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伊央は叶翔たちが保健室を出てから一時間ほど経ってから目を覚ました。
「———ここは」
ぼんやりと映る視界に見えるのは白いカーテンと天井。寝返りを打とうとした時、自分が海星のジャケットを抱きしめていると気が付いた。
海星が図書室に来たのか。
あの時、叶翔の匂いで自分がヒートを起こしたのを覚えているが、その後のことは殆ど思い出せない。体が限界を超えて熱くなり、目の前にいるアルファを欲した。
自分とは違う誰かが頭の中を支配している気持ち悪さが残っていて、なんとなく気持ち悪い。
あの時のことは覚えていなくても、体に残っている感触だけで叶翔に襲わせたのは分かる。
腰周りの鈍痛、そして全身が力み過ぎていたらしく、筋肉痛のような痛みも感じる。
叶翔になんと謝罪すればいいのだろうか。
自分から避けておいて、なんの言い訳もできないままヒートを起こしてオメガのフェロモンで誘惑して……。
「最低だ……最低なことをした」
正気を失っていたとはいえ、話し合うどころか襲わせてしまうなんて。
こうならない為に距離を置いたのに、何の意味もない。
叶翔はどうなったのだろうか。
海星は……。
まさか、海星のことも誘惑していたらどうしよう。
考えるほどに不安が募る。
嗚咽を漏らした時、保健の先生がカーテンを開けて覗き込んだ。
「起きたのね。気分はどう?」
「まだボーッとしてます。あの、僕は……」
「森島くんと天海君が運んでくれたのよ。あ、体を拭いたのは私だから、安心して」
「あ、はい……ありがとうございます……」
先生はベッドの隣の椅子に座ると、叶翔から聞いた話を全て教えてくれた。
やはり、伊央と叶翔は一線を超えてしまっていた。そりゃそうだ。あの状況で何もなかったなんて言われた方が納得がいかない。
「時田君はどこまで覚えているの?」
「———叶翔に抱きしめられた時、叶翔の匂いを一気に吸ってしまって……体温が急に上がったと思ったら、息がまともにできなくなって……」
思い出しながら順を追って説明していく。先生は叶翔の証言と一致しているかを確かめているようだった。
叶翔から久しぶりに触れられ、首元を吸われた時、体の奥で燻っていた熾火が大きく燃え上がるような感覚があった。
今思えば、あれがヒートを起こす直前の症状ということになる。
「僕が叶翔を誘惑しました。オメガのフェロモンで。叶翔は何も悪くありません」
「そんな風に自分を責めるのは良くないわ」と先生は言ったが、今は慰めて欲しいわけではなかった。
「僕は悪いオメガです。叶翔に不本意なことをさせてしまいました」
唇を噛み締める。
堪えていた涙が、眦から流れて枕を濡らした。
「彼のことが好きなのね」
先生の言葉に、思わず目を合わせてしまった。
「天海君も、同じように想っているんじゃない?」
「叶翔がそんな話をしたんですか?」
「いいえ、ただ、話を聞いていると、そんなふうに思えたから」
「そう……ですか……。幼馴染なんです。僕と叶翔」
先生が恋愛の意味でそう捉えたのか、友情の意味で捉えたのかまでは言わなかった。
ただ、「天海君にとって、時田君がとても大切な存在には間違いないわ」と微笑んだ。
「それで、海星君はなぜ?」
「そっか、そこはもう自我を失った後だものね。なかなか二人が帰ってこないから心配で探してくれたのよ。あなたたちを引き剥がして助けたのは森島君なのよ」
「海星君が」
先生は頷くと、今は獣化した叶翔に付き添い病院へ行ったと教えてくれた。
「どうやら、天海くんは特殊なアルファのようね。獣化がもしかすると後遺症となる危険性がある。それを診てもらったほうがいいから念の為に行ってもらった」
「特殊なアルファ?」
そんなのは聞いたことがない。しかし生徒のカルテにも『特殊性アルファ』としか記録されていないそうだ。
血液検査で特殊性が出たが、きっとまだ確信的な症状が現れた訳ではないからそれ以上何も記しようがないのだろうと先生は言う。
「あなたも受診しておいたほうがいいんじゃない?」と言ったが、「自分は大丈夫です」と返事をして帰宅することにした。
「森島君が迎えに来るって言ってたけど」
「一人で大丈夫だから帰ったとだけ伝えてください」と頼んでおいた。
今、海星に会えばまた彼の優しさに甘えてしまう。
伊央には一人で考える時間が必要だった。
家までは先生が車で送ってくれ、また自分の経験談を聞かせてくれた。
「今日はゆっくりして、明日は必ず病院に行くこと。いいわね?」
「はい。ありがとうございました」
自室に入るとベッドに体を埋め、ため息を吐く。
自分がどうするべきなのか、叶翔は無事なのか。会って話がしたい。でももしまた叶翔を誘惑してしまったら……。
叶翔の人生に傷をつけてしまったことへの罪悪感が拭えない。幼馴染だからと言って許される行為ではない。それが例え本能が原因だったとしても。誰にも叶翔を傷つける権利などないのだ。
どのくらいの時間、そうしていただろうか。外はいつの間にか真っ暗になっていた。部屋の電気も点けないで、ぼんやりとただ横になっていた。
鞄の中でスマホが光る。重い体を引きずり手に持つと、画面に叶翔からのメッセージが届いたと表示されていた。
『電話、してもいい?』
「———ここは」
ぼんやりと映る視界に見えるのは白いカーテンと天井。寝返りを打とうとした時、自分が海星のジャケットを抱きしめていると気が付いた。
海星が図書室に来たのか。
あの時、叶翔の匂いで自分がヒートを起こしたのを覚えているが、その後のことは殆ど思い出せない。体が限界を超えて熱くなり、目の前にいるアルファを欲した。
自分とは違う誰かが頭の中を支配している気持ち悪さが残っていて、なんとなく気持ち悪い。
あの時のことは覚えていなくても、体に残っている感触だけで叶翔に襲わせたのは分かる。
腰周りの鈍痛、そして全身が力み過ぎていたらしく、筋肉痛のような痛みも感じる。
叶翔になんと謝罪すればいいのだろうか。
自分から避けておいて、なんの言い訳もできないままヒートを起こしてオメガのフェロモンで誘惑して……。
「最低だ……最低なことをした」
正気を失っていたとはいえ、話し合うどころか襲わせてしまうなんて。
こうならない為に距離を置いたのに、何の意味もない。
叶翔はどうなったのだろうか。
海星は……。
まさか、海星のことも誘惑していたらどうしよう。
考えるほどに不安が募る。
嗚咽を漏らした時、保健の先生がカーテンを開けて覗き込んだ。
「起きたのね。気分はどう?」
「まだボーッとしてます。あの、僕は……」
「森島くんと天海君が運んでくれたのよ。あ、体を拭いたのは私だから、安心して」
「あ、はい……ありがとうございます……」
先生はベッドの隣の椅子に座ると、叶翔から聞いた話を全て教えてくれた。
やはり、伊央と叶翔は一線を超えてしまっていた。そりゃそうだ。あの状況で何もなかったなんて言われた方が納得がいかない。
「時田君はどこまで覚えているの?」
「———叶翔に抱きしめられた時、叶翔の匂いを一気に吸ってしまって……体温が急に上がったと思ったら、息がまともにできなくなって……」
思い出しながら順を追って説明していく。先生は叶翔の証言と一致しているかを確かめているようだった。
叶翔から久しぶりに触れられ、首元を吸われた時、体の奥で燻っていた熾火が大きく燃え上がるような感覚があった。
今思えば、あれがヒートを起こす直前の症状ということになる。
「僕が叶翔を誘惑しました。オメガのフェロモンで。叶翔は何も悪くありません」
「そんな風に自分を責めるのは良くないわ」と先生は言ったが、今は慰めて欲しいわけではなかった。
「僕は悪いオメガです。叶翔に不本意なことをさせてしまいました」
唇を噛み締める。
堪えていた涙が、眦から流れて枕を濡らした。
「彼のことが好きなのね」
先生の言葉に、思わず目を合わせてしまった。
「天海君も、同じように想っているんじゃない?」
「叶翔がそんな話をしたんですか?」
「いいえ、ただ、話を聞いていると、そんなふうに思えたから」
「そう……ですか……。幼馴染なんです。僕と叶翔」
先生が恋愛の意味でそう捉えたのか、友情の意味で捉えたのかまでは言わなかった。
ただ、「天海君にとって、時田君がとても大切な存在には間違いないわ」と微笑んだ。
「それで、海星君はなぜ?」
「そっか、そこはもう自我を失った後だものね。なかなか二人が帰ってこないから心配で探してくれたのよ。あなたたちを引き剥がして助けたのは森島君なのよ」
「海星君が」
先生は頷くと、今は獣化した叶翔に付き添い病院へ行ったと教えてくれた。
「どうやら、天海くんは特殊なアルファのようね。獣化がもしかすると後遺症となる危険性がある。それを診てもらったほうがいいから念の為に行ってもらった」
「特殊なアルファ?」
そんなのは聞いたことがない。しかし生徒のカルテにも『特殊性アルファ』としか記録されていないそうだ。
血液検査で特殊性が出たが、きっとまだ確信的な症状が現れた訳ではないからそれ以上何も記しようがないのだろうと先生は言う。
「あなたも受診しておいたほうがいいんじゃない?」と言ったが、「自分は大丈夫です」と返事をして帰宅することにした。
「森島君が迎えに来るって言ってたけど」
「一人で大丈夫だから帰ったとだけ伝えてください」と頼んでおいた。
今、海星に会えばまた彼の優しさに甘えてしまう。
伊央には一人で考える時間が必要だった。
家までは先生が車で送ってくれ、また自分の経験談を聞かせてくれた。
「今日はゆっくりして、明日は必ず病院に行くこと。いいわね?」
「はい。ありがとうございました」
自室に入るとベッドに体を埋め、ため息を吐く。
自分がどうするべきなのか、叶翔は無事なのか。会って話がしたい。でももしまた叶翔を誘惑してしまったら……。
叶翔の人生に傷をつけてしまったことへの罪悪感が拭えない。幼馴染だからと言って許される行為ではない。それが例え本能が原因だったとしても。誰にも叶翔を傷つける権利などないのだ。
どのくらいの時間、そうしていただろうか。外はいつの間にか真っ暗になっていた。部屋の電気も点けないで、ぼんやりとただ横になっていた。
鞄の中でスマホが光る。重い体を引きずり手に持つと、画面に叶翔からのメッセージが届いたと表示されていた。
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