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spin-offージェイクと騎士ー

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「わぁ!! これが……海……」
 少し風が強い。潮の香りが鼻を掠める。ルイが初めての景色に言葉を失っていた。

 子供の頃から絵本などで見たことがあるだろう海も、実際に見るとその広さや迫力は想像を超えるだろう。

 潮風がルイの髪を弄んでいる。少し長い前髪を何度もサイドに寄せていた。

「どう? 初めて見た感想は」
「なんか……すごい……」
「俺も初めて見た時は呆然と眺めてしまったのを、今でも覚えている」
 ふふっと笑った。俺が初めて海へ来たのは子供の頃だった。父親に連れられて来たと記憶している。

 その時の俺の反応とよく似ていて、思わず笑ってしまったのだ。

 海が見えるところに父が建てたコテージがある。一息堪能した後は、そこへ案内した。

 父も俺も海を眺めながら食事をするのが好きだ。ルイにもこれを味わってほしかった。

 持って来ていたサンドウィッチを窓際のカウンターに並べる。

 ルイがいつもパーティーで飲んでいるジュースも持って来ているので、グラスに注ぐ。

 その一部始終を物珍しい顔で見ているのが可愛くて仕方ない。

「さあ、食べようか」

 ジュースを入れたグラスで乾杯をする。

「ここから見る景色を、ルイにも見せたかったんだ」

 窓の外に視線を移す。

「すごく綺麗ですね」

 ルイも海に見惚れていた。

「気に入ってもらえたかな?」
「すっごく!!」

 首を縦に振りながら答えてくれた。瞳の輝きが本音だと語っている。
 この笑顔が見られて、大満足だった。

「いつでも連れてくるから、気晴らししたい時は言ってね」

 乱れた髪を手櫛で直す。触れるとビックリされるかと思ったが、僅かに肩を竦めただけで身を委ねるようにジッとしている。

 海のおかげで随分と自然体になってくれているように感じる。

「また来たいです」なんて言ってもらえるとは思ってもいなかった。

 ルイに喜んで欲しくて連れて来たのに、結局自分が喜んでいる。

 サンドウィッチを頬張るルイの髪を撫でながら、心が満たされていくのを感じている。やはり自分はルイが好きだと、改めて思い知らされたような感覚も無視できない。


 しかし問題は帰りの馬車で起きた。

 ルイの様子がおかしい。初めは眠いのかと思っていたのだが、そうではないと気づいたのは『香り』であった。

(甘い……これは……)

 ルイの息が荒くなっている。それを必死に抑えているようだ。

(待て、まさか……だってルイは騎士団員だ。αのはずだろう?)

 しかしこの香り、症状、どこをどう捉えてもこれしか考えつかない。

「ルイ……発情している?」

 ルイは涙目でこちらを見ると掠れた声で言った。

「誰にも、言わないで……」

 そんなことは言うつもりもないが、なぜだ。なぜあのαばかりの騎士団の中に混じって働いているのだ。危険だらけじゃないか。

 αだと嘘をついていると言うのか。

 感情を抑えきれなくなってルイを抱きしめた。

「誰にも言わない。絶対。約束する」

 抑制剤は? と聞くと、持って来ていたバッグの中に入っていると言った。
 錠剤と注射、両方持ち歩いているらしい。

「自分で注射を打てるのか?」と尋ねると無言で頷いた。

 注射の方が即効性がある。ルイに手渡すと覚束ない手付きながらも小慣れた感じで準備し、自分の腕に刺した。

 全てを注入し終えると、力尽きたように注射を落とし腕をだらんとぶら下げた。

「薬が効くまでこうしている。そのまま眠るといい」

 この腕の中にしっかりと収め、ブランケットを掛けた。ルイの中心の昂りには気付かないふりをした。

 俺も、もう過去の失敗は繰り返したくなかったので、どうにか理性を保てた。ルイはそのまま俺の腕の中で寝息を立てている。

 絶対に大切にすると共に、ルイを幸せにするのは自分しかいないと心に誓った。
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