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spin-offージェイクと騎士ー

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「ジェイクさん、僕……」
「どうしたの? とにかくこっちへ……」
 思い詰めた様子のルイを誘導しようと腕に手を伸ばした瞬間、ルイが俺の手を跳ね返した。
「ルイ?」
「あの、田舎に帰ります。今までお世話になりました」

 お辞儀をすると、ルイはホテルを飛び出して行った。
「え? ねぇちょっと待って!!」
 追いかけようとしたが、ルイは大荷物をものともしない速さで人混みに姿を消した。

「副支配人、ちょっと良いですか?」
 こんなタイミングで従業員に呼び止められてしまった。会場の準備も大詰めだ。
 賄いも早く食べてもらわないといけない。でも……。
「え、いや……ちょっと今は……」
「少しだけ確認したいことが……」
「ああ……」

 ……ルイはわざと俺が仕事の時間を狙って来たのか……。
 田舎に帰るなんて、今まで一言も言っていなかった。
 急用? 
 でもすぐこっちに帰ってくるなら、わざわざ俺の所なんて寄らないだろう。

「……人? ……副支配人?」
「す、すまない。このまま進めてくれて大丈夫だ。厨房には、一応声をかけておいてくれ」
「承知しました」

 さっきのルイはやはり変だ。
 ……まさか……俺と別れるっていう意味で……?
 それはない!! もうすぐ番うんだ。
 最近だって変な様子はなかった。むしろ、ようやく少し甘えて来てくれるようになったほどだ。

(騎士団で何かあったのか……?)
 胸騒ぎが消えない。。

「ジェイク!! ここにルイが来なかったか!?」
「ベルガルドさん!! ついさっき来ました! 田舎に帰るって言って、そのまま走って逃げてしまったんです。何かあったんですか?」

 ベルガルドさんが息を切らしている。
 雨の中、きっとルイを探し回っていたのだろう。全身びしょ濡れだ。
 近くの従業員にタオルと水を持ってくるよう頼んだ。

「ジェイク、ここで出来る話じゃねぇ。二人きりになれる場所はねぇのか?」
「ええ、こちらへ……」
 慌てて従業員が持って来てくれたタオルと水を受け取ると、そのまま会議室へと急いだ。
 ベルガルドさんは一気に水を飲み干し、髪をタオルで豪快に拭きながら、大きく息を吐いた。

「ジェイクは勿論、ルイがオメガだと知ってて付き合ってるんだよな?」
 突然、ベルガルドさんが衝撃的な内容を口にした。
 騎士団で知っているのは、リアム様だけのはずなのに……。
「はい、次の発情期に番になる約束をしています。ベルガルドさんはなぜルイがオメガだと知っているんですか?」
「ヒートを起こしちまったんだよ。騎士団員の前で」
「なんだって!?」

 薬は前の物より負担の少ないものの、効果は十分あるはずだ。医務室の先生の見立てが間違うはずはない。

「ルイのやつ、ジェイクと会う日はどうも薬を飲まずに行っていたみたいなんだ。それで、いつもは帰ってすぐに自分の部屋に入るんだが……」
「……いつの、話ですか?」

 全身が震えてきた。
 手から体温が奪われていく感覚に陥った。
 そんなの、聞いていない。
 ルイがヒートを起こした?
 それはきっと、フェロモン過剰分泌症のことだろう。
 誰かが、ルイに触れたんだ。
 それで、ルイからフェロモンが出て、ヒートだと勘違いしたに違いない。

「五日前だ」
「……確かに、会っていました……」
「これだけは安心してくれ。何もなかった!! ジェイクが心配するような事態はどうにか防いだんだ」

 フェロモンに当てられた騎士団員は、ルイに抱きついた。
 しかし、たまたまベルガルドさんがルイのところを訪ねて来たタイミングだった。
 異変に気づいたベルガルドさんは、二人を引き剥がす際、ルイがオメガだと一瞬で判断したらしい。

「手荒ではあったが、ルイを部屋にぶち込んで『中から鍵をかけろ!』って叫んだんだ。でもその事件で、他の騎士団員にもバレちまってな……」
「それで!! それでルイは騎士団を解雇されたって言うんですか!?」
 それならば、リアム様に直談判をしに行かなければならない。

「違う!! なってない!! 解雇なんて団長はこれっぽっちも考えてない。それなのに、ルイの方が落ち込んじまって……」
 宿舎に置き手紙をおいて、気付いた時には出てしまっていたらしい。
 あれだけの荷物を持って、誰も気づかなかったのか、とベルガルドさんは怒鳴ったそうだが、ルイ自身が見つからない時を虎視眈々と狙って出ていったようだった。


「……ベルガルドさん、俺……行ってきます……」

 会議室を飛び出した。
 まだ、この街から離れられないはずだ。

「ルイ、行くな……」
 
 ルイの走り去った方へと飛び出した。
 どんなに人混みでも、見つけ出してみせる。
 そうしたら、絶対に離さない。

 もう、何も失いたくない……。
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