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46 愛しき者

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 赤茶けた木々に囲まれた森の奥深くに歩みを進める明は、したたかに酔っていてよろめきながら歩き、つまずきそうになる度にレキに絡み、粘着質で濃厚な口付けをしていた。  

「明さん、なんだか変」

「ああ、そうだな」

 後ろから見ていると、レキも静かにあやすように口付けを返していて、全く嫌そうではない。

 赤の森の深くしばらく歩いていくと、目の前に粗末な小屋が現れた。

 明が葡萄酒の瓶をレキに渡すと、しばらく天を仰いでから、

「……行くか」

と、シンラと直樹に手招きした。

「明さん?」

「付き合ってくれ、直樹、シンラ」

 明の震える声に驚いて、シンラは直樹の手を握り直す。

「シンラ、何が……」

「わからない」

 明が扉を開くと粗末な寝台に一人の老人が横たわっており、明が悲痛な表情でその寝台にすがり膝をついた。

 その表情は、シンラの胸に痛い程だ。

 赤銅色の髪は色褪せ気味の体躯のよい老人は、長剣を胸に抱き寝台に横たわり、赤国の武官長の赤の正装をしている。

「……すまんな……明。もう、持ちそうにない」

 しゃがれた声が、老人から吐き出された。

「ガラン……俺を置いて行くな。白珠なら……」

 赤王が真っ赤な瞳から涙を溢し、弱々しく動いた老人の手を握りしめる。

「苦手なのに……済まなかった。もう、無理だ……。レキにも礼を言っておいてくれ。白珠を届けに来た時には、お前の話をしてくれた……」

 老人……ガランがふう…と息を吐く。

 目を見開きまるで夢を見ているように、柔らかく微笑んで

「明と初めて会って……愛いだと思い……隅々まで愛でた……。そして……お前の王としての治世にも……武役として役に立てた……満足だ……もう……」

呟くような囁くような声で告げると、赤茶けた瞳を閉じた。

 耳の良いシンラの耳には分かる。

 呼吸が浅くなり、短くなり、そして……ゆっくりと止まる。

「明」

「明さん」

 シンラは直樹の手をきつく握りしめる。直樹は泣いてはいたが、邪魔をしてはならないと、嗚咽を堪えているようだ。

 明は目を閉じ、ふーっと息を付く。

「あーあ……逝っちまったなあ……」

 明はガランと呼んだ老人の手を剣に戻し、泣いていた顔を手の甲で拭うと膝をついていた床から立ち上がる。

「悪かったな……。俺一人じゃ抱えきれなくてなあ」

「レキさんは一緒にいなくて良かったのですか?」

 直樹の言葉に、シンラも頷く。

「ガランは俺の最初の男でなあ……直樹にとってのシンラと同じだ。和合者だったらよかったのになあ、俺は奴の手管に翻弄されたもんさ。そしてガランはレキの恋敵って奴な訳だ。ガランはフェラが上手くてなあ、あっちゅーまに抜かれたもんだ」

「フェラ……って……」

 直樹は真剣に聞くが、明はにやにやと笑い、シンラは何となく察しがついて、直樹の口を塞いだ。

「口淫だ、俺ももするだろうが」

「あ……」

 直樹が真っ赤になり、もじもじと俯く。

 明が少しだけ笑って

「これが現実だ、直樹、シンラ。大切な人は、先に逝く。王と和合者を置いて……」

と、言い放った。

「理解している。俺は直樹の和合者だ」

 シンラは直樹の手を離すことはしない。ハトリもフルトリもシンラを越して、死んでいくのだ。人でありながら、人の世界から取り残される……。それが直樹の和合者であるということだ。そして直樹が王で在るのならば、シンラも時を止めて生き続けるのだ。

 ただ……不死ではないシンラたち和合者が不慮に死んでしまった場合、和合の木についた実はは枯れら再び和合者を求め、神王は交合を繰り返さなければならない。身体が和合者を求めるが故に。

 直樹にそんなことはさせたりしない、魂の和合までしたのだからと、シンラは直樹の手を強く握りしめる。

「直樹と生きると決めたのだ、俺は。俺が永生であるのと等しく、我が配下は血脈により永世を育む。明も同じであろう」

 明は頷き少し笑い、

「ああ、そうだ。武官長も文官長も世代が変わった。俺が揺らがぬ限り、赤国は永世だ。その覚悟を永遠に持て、森の王シンラよ」

と厳しい顔をし、そして再び悲しみの顔をした。

「……俺は……和合者ではないガランに生きろと延命を願い……苦しめた。これはエゴだ。全てを赦していいと思った者が、和合者ではないとはな。天帝も残酷なもんだ」

 明は自らの剣を抜くと薄く形の良い唇を刃の先の方にあて、その刃を老人ガランの肩にあてる。

「赤国元武官長ガラン。赤王に尽くし、赤国の武官を育て上げた功績を称え、その任を解く。ゆっくり休まれよ」

 そして愛おしむように、かさついた老人のもう話すことのない動かない唇に、明の温かな唇を合わせた。

「さよならだ、ガラン。俺の男」
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