3 / 60
3
しおりを挟む『房宿』の私の役割は、最上位幹部である『卯』の補佐。 しかし、私はこれまでに『卯』の姿を見た事が無かった。 上位役員になると与えられる連絡用の端末を通して届く、文面の指示に従っているだけだ。
一年の終わり頃に来年の大まかな予定、月の終わり頃に来月の大体の予定、週の終わりに来週のほぼ確定事項の予定、消灯時間の少し前に端末内のリストに明日の予定が書き込まれている。 予定が変更される時は2、3日前からお知らせが入るので、急な予定変更に戸惑うこともない。 しかし、詳細な事は仕事のミスを減らすと言うけれど、ちょっと細か過ぎる気がする。
私は毎日、予定表と指示の通りに、少々柔軟に対処しながら仕事をしている。 特に昇格したいだとか、何をしたいとかは考えずに日がな一日ぼんやりと過ごす。 無駄な一日と言われるかもしれないけれど、一日の過ごし方ぐらい、自分で好きにさせて欲しい。
そんな私に“どうして『仮の面』に入ったのか” そう聞かれても、“住む場所について悩んでいた時に、目が離せなくなるほどの色香を持った美しい女性に出会い、気が付いたら『仮の面』構成員になっていた” としか言いようがないのだけれど。
私がする仕事は、下級構成員の頃から相も変わらず魔法少女の粉の回収と、充てがわれた責務の全う。 しかし何故か最近、親切な先輩方から他の仕事を振られる事が増えて、資料の整理や分類までする羽目になっている。
お陰で頭の回転が速くなった気がするし、使える魔法の幅や種類も増えた気がする。
因みにあの女性には、今のところ一度も会っていない。
×
資料の分類に一段落つき、周囲に誰もいない事を確かめてから伸びをした。 山積みの資料達は最初の半分くらいの量になり、かなり時間が経った事に気が付く。
私が居るこの部屋は、組織内にある多数の会議室のうちの一つだ。 無機質で飾り気の無い、横長な机と持ち運びが便利な折りたたみ椅子だけが置いてある少し狭い部屋。 ロビーの吹き抜けを囲うようにある片廊下に面しており、廊下の方に窓が一つにドア一つ。
私の他には誰も居ない。 資料をここに運び込んだ人達はさっさと居なくなってしまったし。 少しくらい手伝ってくれてもいいのに。
「……」
資料の山を見つめて溜息を吐く。 今日中に終わるのだろうか。 時計を見れば、就業時間は間近に迫っているようで、終わらせるのは無理そうな気がした。
「助けぐらい求めたっていいんじゃない?」
急に前から降った声に思わず、顔を上げた。 鈴を転がすような声と共に、魅惑的な香りが狭い室内に充満する。 ドアの開いた音はしなかった筈なのに。
「ね、あなたはこんな量を1人でやってたの?」
身構えるこちらに構わず、甘い香りを振り撒きながらその人は横に並んだ。
×
あっという間の時間だった。
気が付くと山積みの資料達は全て片付けられ、私は住居領へ向かっていた。
あの人とどんな会話を交わしたのかさえほとんど覚えていなかった。 唯一覚えていたことは――
『……やっぱり、あなたみたいね』
そう呟く、申し訳なさそうな顔だった。
×
今日はいつにも増して、組織内が騒がしい気がした。 慌てる声、興奮気味に捲し立てる声、悲しそうな声。 誰かの葬式かな、とふざけ半分に聞き耳を立てた時、
誰かの声が言った。
「――『卯』の席が空いてしまった」
と。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる