仮の面はどう足掻いても。

月乃宮 夜見

文字の大きさ
23 / 60

今聞かれても。

しおりを挟む

「そんなこと、実は如何どうだって良いんじゃないかな」

酉は言った。

「……それって、どういうことです?」

怪訝な顔の戌をちらと見遣り、

「何故始めた、誰が始めた、そんなのは本当の所、如何だって良いんだよ」

酉は新しく紙の束を出す。 それを周囲に開示する事をせずに子の傍まで来ると、何やら耳打ちをして手渡した。 子は受け取った書類の表紙をつまらなそうに見た後、すぐにしまい込む。

「結果的に、『仮の面オレ達』が狙われて、こうやって動く羽目になっているんだからさ」

子から離れた酉は「こんなに面倒な事ってありはしないよね」、と大袈裟に肩を竦めて首を振る。

「兎に角、このままじゃあ情報量が少ないから、オレはもう少しこの状況について調査しておくよ」

酉は席に戻り、自身の話を締めた。


×


 会議が終わり、最上位幹部達は解散する。 子は丑にも乗らずにさっさと研究室に戻っていったようだ。 少し手持無沙汰な丑に「休んでなまっていた分を取り戻すぞ」と、寅がジムのほうへ引っ張っていく。 卯は少し伸びをして、固まった体をほぐした。

『話の中身がよく分かんなかったねこ』

「……そういうこと言わない」
『に¨っ』

 右手の上で伸びをする『ねこ』を左手を被せて挟み込む。 巳はどこか浮かない顔をして辰の後ろを付いて会議室を出た。

「ずぅっと気になっていたんですけれど、それなんですか」

 いつの間にかそばにいた戌が『ねこ』を指さし首を傾げる。 午は周囲の最上位幹部に軽く会釈をして会議室を出る。 持ち場の食事処に戻るようだ。 「先に行っとくからね」と、亥の声が聞こえた。

『ねこは〈ねこ〉ねこ』

「なんですって?」

卯の指の間から頭を出した『ねこ』の言葉に、戌は更に首を傾げる。 一人称と名乗りと口癖が同じすぎて意味が分かり難かったようだ。 卯は『ねこ』の上から、白魚のようなその手をそっと外した。

「この子は……(別にどうだっていいのだけれど)私の一部よ」

『よく分かんにゃいけどへんにゃ間があったねこ』

「”大事なもの”ってヤツですか」

 楽しそうな声色で戌は問う。 重たい前髪の間から見えた左目が鋭い歯の口と共に、にんまりと歪められていた。

「……そうなるのかしら」
『み¨っ』

ぷるぷる震える『ねこ』を雑に腰元のポケットにしまい込む。

「だったら、きちんと大事にしてかないと弱点として捕虜にされたとき困りますね」

「別に、そんなこと起こらないわ」

卯はつん、とすました顔で戌に言い返す。

『ねこはつよいねこ』

ふんす、と、肩に現れた、どや顔を決める『ねこ』を置いておいて、卯は周囲を見る。

「いい加減起きろ」
ふぅ~んう~ん、もうひょっとちょっと食へられるおたべられるよ
「お、き、ろ」

眠っている未を、申が起こそうとしていた。 仮面の下の柔らかそうなほっぺが申に引っ張られて伸びている。 酉は会議で使った資料を纏め、「起こすの諦めてさっさと運び出してくれないかなぁ」と申をせっつき、

「君達、話しをするのなら、ここから出てからにして」

会議室ここ閉めなきゃオレ仕事に戻れないんだよ、そう卯と戌に告げた。 今回招集をかけた酉が、会議室の戸締りや後始末をするらしい(『後始末』とは?)。

「せっかちな男は嫌われますよ」

ふん、と戌は鼻を鳴らし、未を持ち上げて申の背に乗せている酉に言い放った。

「結構結構。 オレはそういう『好き嫌い』についてはどうでも良いからね」

「寧ろ、怨まれてもらう方がオレ的には良いよ」と言いながら酉は魔法で机や椅子達を片付け始めた。

「重っ!? また太ったなお前」「そ、そんなことないよ」「起きたな」「……むにゃ、ぼくねてるもん。 だから申くんおんぶしてよね」「……おい」

「そんなことより、少しあなたに訊きたいことがあるのだけど」

申と未のやり取りを聞き流して会議室を出る用意をしながら、卯は戌に声を掛ける。

「何でしょう? 私はBL、GL、NL、TL、R‐18G、3Lなんでも行けますよ!」

いきなりどうした。 「ぶっちゃけ地雷ないです!」と叫ぶ戌を怪訝な目で見る。 視界の奥で、申が無理に体を捻って未の耳をふさいでいるのが見えた。

「訊かれる前に、私の性癖を暴露してみました!」

「……」

ただ自分で暴露したかっただけじゃないのか。

「うへへ、アナタのその眼差し、意外と……痛ったぁ!?」

胡乱な目の卯に何故かニタニタしだした戌の頭部に、酉が分厚いファイルの角を叩き込む。 パカン、と(何も入っていなさそうな)小気味の良い音がした。

「早く出てくれる、かな?」

頭をさする戌とそれを茫然と見る卯に、にっこりと笑みを浮かべて酉は告げる。 口元は笑っていたが目は笑っていなかった。


×


「で、訊きたい事って何ですか」

会議室を出て戌は卯に問う。

「妖精って何?」

「へ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...