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解析結果と責任感。
しおりを挟む「解析結果持ってきましたよー!」
バァン! と診療所からロビーに続くドアが勢いよく開けられ、戌が書類を見せて叫んだ。
「喧しい!」
「ぐふぅっ?!」
瞬間に、先程からずっと黙って書類作業をしていた筈の亥の逆鱗に触れたようで、フリスビーのように投げられたカルテを鳩尾に喰らい、地面に崩れた。
「……あまり、引っ張らないでくれませんか……。はぁ」
その後ろから、少し息を切らした午が顔を出す。 疲れたような憂いを帯びた様子でも、キラキラしく爽やかであった。
「おー、午っち、戌っち。 お疲れ様」
契約書をくるくる巻きながら、子は午と戌に声をかけた。
「お気遣い感謝致します…。 おや、卯さんに申さん、帰っていらしたのですね」
子に頭を下げた後卯と申に気が付き、お帰りなさい、と柔らかく微笑む。 卯は戸惑いつつ、小さく頭を下げる。
「報告役の戌が来るのは分かるが、なんで忙しい筈のお前までここに来たんだよ」
寝転んだまま午に軽く手を上げて応え、申はそのままごろりと身体を午に向けて問う。 行儀が悪い。
「いえ、分析結果の内容について、もう少し細かく補足説明をしようかと思っていただけで、特に他に深い意味はありませんよ」
行儀の悪い申を厭うことなく、午は朗らかに返答した。
×
「成分については、3名程、人間の血液が混ざっていました」
午は蹲る戌からやんわりと報告書を取り上げ、報告書の概要を話す。
「これで言い逃れできないですよねー」
(息を吹き返した)戌が子に同意を求めると、「そだねん」と、軽く返答し、連絡用の端末を取り出した。 子は何処かに連絡を入れるようだ。
「うん、まあ想定通りだったから自由にして良いよん」
連絡がついたらしい相手へ端的に話し、すぐさま連絡を切る。 そして、再びどこかに連絡をかけ始める。
「ちょーっと、失礼しますよ」
忙しそうだな、とぼんやり子を見ていた卯の前に、戌がぬっと立ち、卯の小さい白い両手を同じく両の手で握った。 軍手のような手袋を着けている戌の手は、卯の二回りほど大きく、少し筋肉質で硬い。
「なに?」
卯は戌の行動が理解できずに、首を傾げる。 なんとなくで手をもにもにと揉んでみると、指の腹や掌に少し硬い盛り上がりがあることに気が付いた。 肉球だろうか。
「う¨っ、がわ¨い¨い¨……!」
「さっさとやってやれよ」
申は、顔を顰めて悶絶している戌に、不機嫌そうに舌打ちする。
「後で面倒な目に遭うの、お前だけじゃねーんだよ」
「そうですねー」
申の文句を雑にあしらい、戌は不思議そうな卯の顔を見て、にまっと笑う。
「大丈夫ですよ、怖くないですからね」
その途端、赤黒い靄のようなものが卯から立ち上る。
「なに、これ」
急に意識が遠のきかけ、卯は頭痛に苛まれる。
「『恐怖』の感情ですよ。 ……実に美味しそうです」
戌は舌なめずりをし、にたりと笑う。
「戌に任せとけ。 『恐怖の感情』を、お前から引きずり出してるだけだ」
申の声が遠くに聞こえた。 眩む視界で目の前の戌は「いただきまーす」と大きく口を開け、赤黒い靄を吸い取っていく。
「いかがですか?」
戌の大きな掌で頭を撫でられ、卯は意識を取り戻す。
「もう、震えないでしょう?」
にまっと笑うその顔を見て、卯はずっと自分が恐怖で震えていたことに気が付いた。
×
「因みに、お二人の容態はいかがですか」
子が連絡を切ったタイミングを見計らって、午が声をかける。 『お二人』というのは恐らく、丑と寅のことだろう。
「早めの治療のお陰でもあるけど、持ち前の回復力でほぼ治ってるよん。今は、もしもの事を考えて療養中」
「それなら安心しました」
卯もそれを聞き、少し安心した。
「……処で、酉さんは?」
見かけませんね、と午が首を傾げて問う。 今更かよ、と申は溜息を吐いた。
「妖精のところだよん」
午から受け取った報告書を、子はぱらぱらとめくりつつ答える。 と、
「そういえばですけど、妖精に捕まったらしいですよ」
「「「えっ」」」
実にあっさりと、戌は報告した。
卯は思わず戌の方を見る。 ほかの幹部も驚いたように戌を見る。
「今し方、連絡きまして」
ほらほら、と戌はメッセージを周囲に見せる。 『妖精に捕縛されたので、後の方よろしく』と、意外にも内容が軽かった。
「はァ? 大丈夫かよ」
「心配なら見に行けば?」
顔を顰める申に、存外落ち着いている子は言葉を投げる。
「んー……そうだな。 魔力も体力も回復したし」
よっこらせ、と申は起き上がってベッドから降りる。
「……私も、行くわ」
卯は声を絞り出した。
「……ふーん? どうしてさ」
さっき、随分と怖い思いをしたんでしょ? と子は首を傾げ、言葉の意味を促す。
「私の所為で捕まってしまったのなら、……責任を取らないといけないもの」
「うーん。 ……まあ行ってくれるんなら、それに越したことはないけどねん」
少し強張った顔の卯を見た後、子は申のほうを見る。
「『本人の意思を尊重して』だとよ」
俺知らね、と言いた気に子から目を逸らした。
「なら、良いよん」
「じゃ、迎えに行くか」
(意外にもあっさりと)子から許可が降りたのを確認して、申は卯に言う。
「……そう、ね」
卯は緊張した面持ちで頷いた。
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