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その邪推は全力で否定される。
しおりを挟む季節が半分程過ぎ、申と未が漸く舞台の表に出ることになる。 ルメナージュ、ラヴァージュ、キュイジーヌはその御膳立ての為に、敢えて自分達が不利な状況を作り上げた。
「……くっ、俺様がお前らと手を組むなんてな」
戌こと『キュイジーヌ』が憎々し気にルメナージュとラヴァージュに言葉を溢す。
「ルメナージュはともかく、僕もキュイジーヌ、キミと組むなんて夢にも思わなかったね」
巳こと『ラヴァージュ』も、辛そうに言葉を返す。
「私は、貴女とだって嫌よ」
卯こと『ルメナージュ』は、極めて感情を滲ませずに淡々と言葉を述べた。 卯達は結構長い期間、この世界に留まってメイドの役をしている。 そろそろ組織運営の為に、元の役職に戻った方がいいような気がするのだが、向こうからはなんの連絡も来ていない。
「あなたたち、ぶざまねぇ」
降ってきた舌足らずな声に、メイド達は顔を上げる。 思ったより言葉がきつめで驚いているのもあるが、普段よりも未は小さく、幼い姿になっていた。 頭の角や、尖った耳は、被っている大きな帽子やふわふわな髪で上手く隠している。
「……フィーユ様、何故ここに」
ルメナージュが言葉を溢すように言う。 未こと『フィーユ』は、申こと『メートルドテル』と2人で1組の、魔法少女達に新たに立ち塞がる追加枠。 メイド達よりも強く、魔法少女達の成長を更に促す存在だ。
「あらぁ、おじさまが『メイドたちがやくにたたない』っておなげきになられてたわよぉ?」
フィーユはアリストクラットの姪であるから、その『おじさま』は、酉の事を指す。 が、そういう設定であるものの、酉がそう呼ばれるのが何となく不思議な感じがして、表情が崩れそうになる。
「そうで御座いますね。 このような無能は、排除しませんと」
その後ろに控える、メートルドテルは恭しく丁寧に、にこ、と微笑む。……普段の様子と全く違う。 誰だ、この男。 キュイジーヌの方を見ると、歯を食い縛って顔を歪め、小刻みに震えている。 ラヴァージュの方は、無理やり笑顔を作ったかのように、口元が不自然な笑みを浮かべる形になり、少し引きつっている。
「まって。 あなたたちにこれをあげる」
動き出そうとした執事を引き留め、フィーユはメイド達にアイテムを放る。 それは複数枚の黒いカードだった。
「……これは」
黒いカードを受け取り、ルメナージュは問う。
「『サルテ』を強くする、特別なアイテムでございますよ。 ま、使う度に命が削られますがね」
「めいよばんかいのチャンスをあたえてあげる。 これで、あいつらをたおしなさい」
要するに、敵側の強化アイテム、或いは強化イベントだ。 本当に命を削るアイテムではないが、それっぽい演出をする為に多少の痛みや不快感が与えられると、申が事前に伝えていた。
「せいぜい、わたしたちのやくぐらいにはたちなさいよ」
フィーユは幼いながらに、妖艶に微笑んだ。
×
「ごめんねぇ~、みんなぁ」
卯、巳、戌のメイド達が拠点に帰って来るなり、ぽろぽろと大粒の涙を仮面の隙間から大量に溢しながら、未は3名に縋り付いた。
「ひどい事、ゆっちゃったの、ほんとのきもちじゃないから、ね!」
「……大丈夫だ。 ちゃんとそれは分かっているから」
少し暗い顔の巳が、優しく未の頭を撫でる。
「で、でも……みんな、おかおがへんだよ?」
卯は眉を潜め、口をきつく結んでいるし、戌は怒りが爆発しそうな雰囲気がある。
「……ああ、それか……」
「……どうしたの?」
言い淀む巳に、こてん、と可愛らしく未が首を傾げた途端、
「だぁっひゃははっh、何んですかアレ!!」
とうとう我慢出来ずに、戌が吹きだした。
「煩瑣ェな、テメェ等ぶっ飛ばしてやろうか」
笑うんじゃねェ、と驚く様子も無く、申は大分不機嫌そうな声色で戌を睨み付ける。
「ふぇ?」
突然笑い出した戌に、未は戸惑う。 顔を上げると、巳も口元を押さえて笑い出していた。
「ふふっ……『そうで御座いますね』、だって」
苛烈な発言の幼女な未に、粗野な普段と真逆で丁寧で柔らかな物腰の申が、見事にメイド達のツボに嵌ったらしい。
「酉が『おじさま』……ふっ」
卯も小さく呟き、肩を震わせる。 周囲の笑いを見ていてつられたらしく、いつのまにか未も笑っていた。
「うへへ、いいですよねぇ。 『鬼畜な幼女』……じゅる」
暫く笑った後、戌は何かを思い付いたのか、涎を垂らしながら咄嗟に出したメモにペンを走らせる。
「な、なんだかこわいよ、申くん」
鬼気迫るその様子に、未は申に引っ付く。
「……こういうのは『キモイ』って言うんだ……よ!」
「ふげぇっ!?」
引っ付く未を振り払わずに、申は戌を蹴飛ばした。
「……どうせなら…………幼女に蹴られたかったっ……ガクッ」
「戌ちゃん?!」
「ほっとけ」
ヤクザキックでかなり吹っ飛ばされた戌は、思いっきり壁に打つかると欲望丸出しな言葉を遺して事切れた。 勿論、本当に死んではいない。
「申って未や戌と仲が良いのね」
「……まあ、確かにそう「じゃねーよ! 仲が良くてたまるか、こんな奴ら」
申は事切れた戌の遺体()を拾い上げ、未を引っ付けたまま、拠点の奥に移動する。 それを見て交わしていた卯と巳の言葉を、申は思い切り否定した。
×
『随分と家の者達がお世話になったねぇ』
『お前は……っ!』
物語は終盤に入り、とうとうラスボスの『アリストクラット』が魔法少女達の目の前に姿を現す。 魔法少女達はお互いの絆を見事に強く結び合い、いくつかの衣装チェンジを果たした。 今回はラスボスの圧倒的な力を魔法少女達に見せ付け、それをどうやって乗り越えさせるかを魔法少女に課す。
『ふふふ、……この程度?』
あっという間に魔法少女達に大ダメージを与え、変身解除まで追い込んだ。
『興醒めだねぇ……今日は帰ろう。 次会った時は、オレをもっと楽しませてね』
主人公達の住む街を破壊し尽くし、街の人々や主人公達に絶望感を与えてアリストクラットは一時的に撤退する。 ここでわざわざ魔法少女達にチャンスを与えて見逃さなくても良いのに、と卯は時折思うのだった。
「酉殿、割と楽しそうでしたねー。 流石、ロリコン」
酉が魔法少女達の前から姿を消した時、戌は言った。 幼女痛めつけて愉しんでんですよ、とヘラリと笑って卯に勝手な解説をする。 今日は拠点に残っている酉意外の全員で、モニターで酉や魔法少女達の様子を確認していた。
「……お前、後でどうなっても知らねーぞ」
「そうだねぇ。 オレはそんなのじゃないって、前から言ってるよね」
「ふぎゃあ?!」
戌に呆れ顔で申が突っ込み、それをいつの間にか現れていた酉が同意して戌の頭を鷲掴みにしていた。 メギメギ、と西瓜の皮が軋む様な音が聞こえているような気がするが、気にしない事にした。
「……どうして戌は、酉の事をそう言うの?」
でも理由は気になるから、と卯は横に座る巳に問う。
「…………なんでも、『酉が組織内に引き込んでくる優秀な構成員達の、若い女子率が高いから』らしいんだけど…」
「酉はちゃんと男も引き込んで来るし、引き込んでくる奴らはかなり優秀だ。 ただ、引き込む男は大抵プライドが高くて野心が強過ぎるから、途中で潰れるか大人しくなってて目立たないんだよ」
途中で、卯と巳の会話に申が側まで来て参加した。 若干、巳から遠い位置にいる様な気がするけれど。
「君はもう退場したから、死んでいようが、体のどこかが欠損していようが……問題ないよねぇ」
「ぎゃああぁー!」
戌の断末魔が聞こえた。 酉の言葉通り、実は既に、戌は話の中で退場していた。 ついでに言うと、申と未は戌より早い段階で、かなり短い間で退場した。 調子に乗って前に出過ぎたフィーユを、メートルドテルが後を追うような形で。 次に退場するのは巳で、最終決戦の前あたりで、卯も退場する。
この話が終われば、卯は本格的に『仮の面』最上位幹部として、与えられた世界を管理することになる。 意外と長いような、短いような仕事だったな、と卯は思ったのだった。
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