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第五話 泡沫の白昼夢
第五話 一〇
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成世の訪問をきっかけに少しずつ元気を取り戻していった天音は再び村の中央まで足を運ぶようになっていた。子どもたちと思いっきり駆け回ったり遊びの一環で文字を教えたりすることもあれば、畑仕事を手伝ったり成世の書物整理に手を貸したりすることもある。
今日は以前より陽太たちと約束していた山菜取りに同行させてもらう。
山奥に分け入らないとはいえ黎夜は天音が家を出る直前まで心配していた。黎夜は黎夜で請け負った仕事があるので側にはいないが、あの様子だと今現在も気が気でないと胃を痛めている気がする。
しかし心配性な黎夜には悪いが、天音はこの日を楽しみにしていた。未知の体験に自然と胸が高鳴り、隠しきれない興奮に頬には赤みが差している。
待ち合わせ時間よりも少し早く村の中央に着くと、ちょうど朝市が開催されているところだった。最初に朝市を見かけたときよりは何という野菜かどんな用途の道具なのかなどわかるものも着実に増えていたが、並べられた品の多くはまだ名前すら知らないものばかりで物珍しさについまじまじと見入ってしまう。
好奇心の赴くまま辺りをふらふら歩き回っていると、不意に肩を叩かれた。
「見つけた!」
聞き覚えのある溌溂とした声に天音がぱっと振り返ると、爽やかな朝に似つかわしく快活な笑みを浮かべた陽太が立っていた。
「おはよう、天音さん。門の下にいないと思ったらこんな方まで来てたんだね」
村中央の出入り口付近には木の門が架かっている。集合場所はあの門の下で、十麻が待っているのが遠目に見えた。
「おはよう。ごめんね、色々見てたら奥の方まで来てたみたい」
「いいっていいって、早く着いたんでしょ。朝市って普段村に出回らないようなものも置いてあるから面白いよねー」
天音は急いで戻ろうと踵を返しかけたが、呼びに来たはずの陽太の方が朝市に興味を持ってしまう。
「あっ、桜餅! 春って感じがするなぁ」
「あの、陽太くん……?」
「酒饅頭もある。いつ食べても美味しいんだよなぁ」
「えっと、そろそろ戻ろう?」
甘味に夢中だからか、周囲の客による喧噪のせいか、天音の声は陽太には届いていないようだ。困ったなと思いながら袂を引けばさすがに気づくかと天音が手を伸ばそうとした、その時。
「何やってんの、馬鹿」
「ぐえっ」
容赦なく陽太の襟首を掴んだのは呆れ顔の海斗だった。
「探しに来た方が探されてどうすんの。しかも天音さんまで困らせて」
「か、海斗……苦しい……」
海斗は盛大なため息とともにぱっと手を離すとそのまま陽太の背をばしっと叩いた。
「これ以上十麻の文句が増えないうちにさっさと行くよ」
「な、なんかわたしのせいで、ごめんなさい……」
元はと言えば天音が勝手に行動したせいだ。陽太を気の毒に思って謝ると海斗はさらりと嘯いた。
「陽太が馬鹿なのは今に始まったことじゃないから、気にしなくて大丈夫だよ」
「そうそう大丈夫大丈夫……って酷いこと言われてる、俺⁉」
天音が小さく声を立てて笑うと、陽太と海斗もそれぞれに笑っていた。
門の下で待っていたはずの十麻はいつの間にか同年代の女子三人と談笑していたが、天音たちが戻ってきたことに気がつくと彼女たちにひらりと手を振った。天音たちのもとへ近づきながら人好きしそうな笑顔の仮面を外した十麻は「おっせーよ」と陽太の肩を遠慮なしに叩く。
「痛。早く行ったら行ったで邪魔するなーとか言うくせに」
「そりゃ本命だったら言うけどな、さっきのは友だちだよ。待ちぼうけ食らってる間話し相手になってくれてただけ」
「十麻の本命ってころころ変わるから俺にはよくわかんないし。今は誰だっけ。秋穂さんって人?」
「それ三月前の話な。秋穂ちゃんも付き合ってひと月続かなかったわ」
十麻はさらりと言って肩をすくめた。海斗は呆れ顔で口を挟む気も起きないようだ。陽太も特別驚いてはおらず、十麻の恋愛事情が透けて見えた。
「ふーん。じゃあ今の本命は別にいるわけか」
「なんでいること前提なんだよ。そうじゃない期間もあるからな」
「えっ、いないの⁉」
「うわ、珍しい……」
海斗ですら本音が口に出てしまうほど、十麻に本命の女子がいないことは滅多にない状態らしい。十麻にも少なからず自覚はあるようで憤慨はしていないようだった。
「本命はいないけど、まあ気になる子はいるな」
悪戯っぽく歯を見せて、十麻が天音を振り返る。
「なあ、天音ちゃん?」
「うん? わたしの知ってる人ってこと?」
顔見知りは増えてきたが同年代の女子となるとかなり絞られてくる。ただ十麻と気が合うかはまでは判然としなかった。
うんうんと悩む天音の視界に入らないところで、陽太は天音を見て固まり、海斗は十麻に冷めた目を向けていた。
今日は以前より陽太たちと約束していた山菜取りに同行させてもらう。
山奥に分け入らないとはいえ黎夜は天音が家を出る直前まで心配していた。黎夜は黎夜で請け負った仕事があるので側にはいないが、あの様子だと今現在も気が気でないと胃を痛めている気がする。
しかし心配性な黎夜には悪いが、天音はこの日を楽しみにしていた。未知の体験に自然と胸が高鳴り、隠しきれない興奮に頬には赤みが差している。
待ち合わせ時間よりも少し早く村の中央に着くと、ちょうど朝市が開催されているところだった。最初に朝市を見かけたときよりは何という野菜かどんな用途の道具なのかなどわかるものも着実に増えていたが、並べられた品の多くはまだ名前すら知らないものばかりで物珍しさについまじまじと見入ってしまう。
好奇心の赴くまま辺りをふらふら歩き回っていると、不意に肩を叩かれた。
「見つけた!」
聞き覚えのある溌溂とした声に天音がぱっと振り返ると、爽やかな朝に似つかわしく快活な笑みを浮かべた陽太が立っていた。
「おはよう、天音さん。門の下にいないと思ったらこんな方まで来てたんだね」
村中央の出入り口付近には木の門が架かっている。集合場所はあの門の下で、十麻が待っているのが遠目に見えた。
「おはよう。ごめんね、色々見てたら奥の方まで来てたみたい」
「いいっていいって、早く着いたんでしょ。朝市って普段村に出回らないようなものも置いてあるから面白いよねー」
天音は急いで戻ろうと踵を返しかけたが、呼びに来たはずの陽太の方が朝市に興味を持ってしまう。
「あっ、桜餅! 春って感じがするなぁ」
「あの、陽太くん……?」
「酒饅頭もある。いつ食べても美味しいんだよなぁ」
「えっと、そろそろ戻ろう?」
甘味に夢中だからか、周囲の客による喧噪のせいか、天音の声は陽太には届いていないようだ。困ったなと思いながら袂を引けばさすがに気づくかと天音が手を伸ばそうとした、その時。
「何やってんの、馬鹿」
「ぐえっ」
容赦なく陽太の襟首を掴んだのは呆れ顔の海斗だった。
「探しに来た方が探されてどうすんの。しかも天音さんまで困らせて」
「か、海斗……苦しい……」
海斗は盛大なため息とともにぱっと手を離すとそのまま陽太の背をばしっと叩いた。
「これ以上十麻の文句が増えないうちにさっさと行くよ」
「な、なんかわたしのせいで、ごめんなさい……」
元はと言えば天音が勝手に行動したせいだ。陽太を気の毒に思って謝ると海斗はさらりと嘯いた。
「陽太が馬鹿なのは今に始まったことじゃないから、気にしなくて大丈夫だよ」
「そうそう大丈夫大丈夫……って酷いこと言われてる、俺⁉」
天音が小さく声を立てて笑うと、陽太と海斗もそれぞれに笑っていた。
門の下で待っていたはずの十麻はいつの間にか同年代の女子三人と談笑していたが、天音たちが戻ってきたことに気がつくと彼女たちにひらりと手を振った。天音たちのもとへ近づきながら人好きしそうな笑顔の仮面を外した十麻は「おっせーよ」と陽太の肩を遠慮なしに叩く。
「痛。早く行ったら行ったで邪魔するなーとか言うくせに」
「そりゃ本命だったら言うけどな、さっきのは友だちだよ。待ちぼうけ食らってる間話し相手になってくれてただけ」
「十麻の本命ってころころ変わるから俺にはよくわかんないし。今は誰だっけ。秋穂さんって人?」
「それ三月前の話な。秋穂ちゃんも付き合ってひと月続かなかったわ」
十麻はさらりと言って肩をすくめた。海斗は呆れ顔で口を挟む気も起きないようだ。陽太も特別驚いてはおらず、十麻の恋愛事情が透けて見えた。
「ふーん。じゃあ今の本命は別にいるわけか」
「なんでいること前提なんだよ。そうじゃない期間もあるからな」
「えっ、いないの⁉」
「うわ、珍しい……」
海斗ですら本音が口に出てしまうほど、十麻に本命の女子がいないことは滅多にない状態らしい。十麻にも少なからず自覚はあるようで憤慨はしていないようだった。
「本命はいないけど、まあ気になる子はいるな」
悪戯っぽく歯を見せて、十麻が天音を振り返る。
「なあ、天音ちゃん?」
「うん? わたしの知ってる人ってこと?」
顔見知りは増えてきたが同年代の女子となるとかなり絞られてくる。ただ十麻と気が合うかはまでは判然としなかった。
うんうんと悩む天音の視界に入らないところで、陽太は天音を見て固まり、海斗は十麻に冷めた目を向けていた。
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