カモミールの福音 ~花と〈家族〉に癒される優しい世界の物語~

南 鈴紀

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第四話 休日の触れ合い

第四話 三

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 ニアは籠を慈乃しのに預けると、準備をするべく先に厨房に向かった。洗濯物を入れていた籐の籠を脱衣所に返してから、慈乃も厨房に行く。
 どうやら慈乃が最後の参加者だったらしく、厨房には既にニア、ウタセの他にもクルル、トゥナ、ヨルメイ、アスキ、ホノがいた。常にない人口密度のせいか、やや圧迫感もあるが、作業進行には問題なさそうだった。
 慈乃の姿を目に留めたクルルは軽く会釈こそしたものの、すぐにトゥナとホノとの会話に戻ってしまった。
昨日と同様、無礼とも異なる、線引きをしているような態度に、慈乃の胸にちくりとした痛みが走った。
 距離は置かれるけれど、それ以外には良くも悪くも何もない。慈乃に対するそのような態度は、以前は慈乃の日常であり、慈乃自身慣れてしまえばなんとも思わなくなった。
 だから、今更『悲しい』などとは思わないはずだ。
 慈乃は、一瞬だけの胸の違和感は気のせいか何かだと思い、気にしないよう努めることにした。
 まもなくニアが開始の声をあげる。
 予め計量された材料が、三組調理台に置かれていた。そのうちの一組には慈乃とヨルメイとアスキ、隣の一組にはクルルとホノ、さらに隣の一組にはウタセとトゥナと自然に組み分けされた。
 ニアは全体の様子を見つつ、指揮をとる。
「まずは小麦粉に砂糖と植物油を加えて混ぜます!」
 ヨルメイとアスキは仲良く丁寧に材料を混ぜるので、慈乃は特別手出しをせず、見守るに留めた。
 クルルとホノも慣れた手つきで協力して作業をしている。
 その隣では、ウタセがトゥナに生暖かい視線を送っていた。
「うっ。そ、そんな目で見ないでよ、ウタ兄!」
「僕の方を見てないで、手元を見ようね」
 トゥナの周辺は粉っぽく、やや煙っていた。
 混ぜる役をホノと交替したクルルが、白けた目をトゥナに向ける。
「料理男子はモテる、だっけ? トゥナには無理なんじゃない?」
「これから上手くなるんだよ!」
「どうだか。うん、ホノは上手ね」
 クルルは肩をすくめてから、ホノの方に向き直った。
 ウタセのアドバイスを受けながらもトゥナがなんとか生地をまとめ終えると、ニアが次の指示を出す。
「次は麺棒で生地を伸ばしまーす」
 ヨルメイとアスキにとって麵棒は大きく、扱いづらいようで、苦戦していた。
「うーん。ボコボコしちゃうね……」
 ヨルメイがアスキに同意を求めると、アスキが困った顔をして頷いた。そして、慈乃を見上げた。ヨルメイが意を察して、同じように慈乃を見た。
「シノ姉さん、お願いしてもいいですか」
「はい。もちろん、です」
 慈乃が快く頷けば、二人とも安心したように笑った。
 生地を均一に伸ばす慈乃を指して、「ほら、シノをお手本にして」とウタセは言うが、トゥナはなかなか手こずっているようだった。
「トゥナも終わった? そうしたら型抜きするから、好きな型使って」
 調理台にいくつか並べられた型は、全て花を模したものだった。桜、梅、樹は慈乃にもなじみがあるものだったが、他にも型はある。ニアによると、ペチュニア、スミレ、イチョウなどらしい。
 ヨルメイ達は思い思いの型を選んでは、生地をくり抜いていく。
 楽しげな様子を眺めつつ、慈乃も時折型抜きをした。
 型抜きが終わったら、生地を焼いていく。
 皆は食堂で歓談をして焼き上がりを待つことにした。
「それにしても、ウワサ通りだったよ」
 そう言ってトゥナが慈乃を上目づかいに見た。
 慈乃が首を傾げると、トゥナは続けた。
「シノ姉が料理上手だって話。美味しいのは食べてわかってたけど、やっぱり手際もいいんだなーって」
「そう、ですか?」
 慈乃としては特別なことをしたつもりはなく、お菓子作りは普段の料理の延長線上の行為という意識しかなかった。
 慈乃が変わらず涼しい顔をしていたからか、トゥナが嘆息した。
「真の料理上手になれる日は遠いかも……」
「え、あ、その……。トゥナくん……は、久しぶりに、やったのです、よね。私は、よく、できていたと、思いますよ……?」
 慈乃が本心から言えば、トゥナはばっと顔を上げた。
「モテてる⁉」
「違うでしょ」
 皆が口をそろえて否定する。慈乃も小さくかぶりを振った。
 厨房の方から微かにクッキーの焼ける香ばしい香りが漂ってくる。それにつられるようにしてレヤを背負ったガザと、左手にフィオ、右手にアズを引き連れたソラルがやって来た。
「美味そうなにおいじゃん。なに、クッキー?」
「朝、勇ましく宣言されてましたが、その後どうですか、トゥナさん」
「……料理男子街道まっしぐらだよ!」
「どこを見ているんですか。今の間はなんですか」
 ガザの背から降ろされたレヤとソラルの手から離れたフィオが、ホノのもとへと駆け寄る。三人は楽しそうに会話に興じ始めた。
 残されたガザ、ソラル、トゥナはなおも話し続けていた。
「でも、シノ姉には褒められたし」
「へー……」
「そうなんですねー」
「うっわ! ふたりとも信じてないでしょ! ちょっとシノ姉、なんとか言ってやってよ」
 トゥナが振り向くものだから、自然慈乃も彼らの会話に加わることになる。
「はぁ。トゥナくんは、頑張っていました、よ……?」
「なんで疑問形⁉ 断じてはくれないんだ」
 ガザとソラルがトゥナに向ける視線は、ますます疑わしいものになる。
「え? 深い意味は、ないです、けど」
「シノ姉、手強いね……」
 トゥナはひとり難しい顔をして、腕を組んだ。
 そんなトゥナは放っておいて、ガザが楽しげに慈乃に話しかける。
「今日はシノも参加してたんだ。オレもやってもよかったかもなぁ」
 慈乃が意味を図りかねていると、傍らにいたソラルが呆れたような溜息を吐いた。しかしながらその顔には、どこか面白がるような色があった。
「ガザさんは飽きませんね」
「おうよっ! いろんなやつと仲良くなれた方が絶対楽しいって。家族ならなおさらさ」
 輝くばかりの笑顔を湛えて、ガザは言い切る。
「ガザさんといると退屈しないですよ」
 微苦笑を浮かべるソラルを、ガザは満足げに見た。
「だろ。ってことで、せっかくの休日だし、この後なんかできない、シノ?」
「それは、構いませんが……。でも、何を、しましょう」
「うーん、何しよっか」
 ソラルは今度こそ呆れた溜息をついた。
「やっぱり計画性がないですよね、ガザさんは」
「とかなんとかいってー。ソラが助けてくれるって、オレは信じてるぜ」
「まったく。調子のいい……」
 そうは言いながらも、ソラルも一緒になって考えだしてくれる。
 慈乃も何かないかと考えを巡らせてみる。しかし、如何せん一人っ子で幼少期を過ごし、学校という集団生活にもなじめなかった慈乃にはこれといった名案は浮かんではこない。
 三人で頭を悩ませているところに、声が降ってきた。
「三人仲良く悩み事?」
「ウタさん」
 声の主はにこりと微笑んだ。
 ガザがここぞとばかりにウタセにも事の経緯を説明し、何かないかと訊いてみる。
 すると、案外すんなりと答えが返ってきた。
「じゃあ、お願いしたいことがあるんだ」
 内容を聞く前に、クッキーの焼きあがる音がした。そのため詳しくは午後のお楽しみということになり、ひとまずは出来立てのクッキーを楽しむことにした。
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