カモミールの福音 ~花と〈家族〉に癒される優しい世界の物語~

南 鈴紀

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第九話 花綻ぶ夏の夜

第九話 四

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まだ日の明るいうちに帰ってきたのは、準備しなければならないことがもうひとつ残っていたからだ。
 花守は自らが冠する花の飾りを身に着ける。それはペンダントやコサージュ、ストラップなどなんでもいいそうだが、慈乃は髪飾りにしようと考えていた。
 本来、花守であれば、花の精と花の加護を頼りに生花を長持ちさせることが可能らしい。しかし、今の慈乃にはそんな芸当はとてもではないができないので、今回は造花という形を取ることにした。
 手芸が得意だというスギナに相談してみたところ、ガラス玉細工はどうかと提案された。要するにビーズ細工のようなものだ。
 互いの都合をつけた結果、今日の昼寝の時間帯ならといことで話がまとまり、約束したのだ。
 時間になって慈乃が一階の〇~一歳児部屋に行くと、既に準備を整えて壁際のソファーに座るスギナの姿があった。
 手元では適当なガラス玉細工を作りながら、ちらちらと部屋で眠るツユ、ラナ、フユ、ラジルを見守っている。
 慈乃が来たのにも気配で気づいたようで、ノックをする前に「静かにな」と言われた。
 慈乃がそろそろと扉を開閉し、足音を忍ばせてソファーにちょこんと腰かけると、スギナは早速切り出した。
「参考までに、こんなんでいいか?」
 スギナはちょうど糸の始末を終えた完成品を慈乃に差し出した。
 直径五ミリメートル大の黄色のガラス玉を中央にして、一ミリメートル大の透明なガラス石を連ねていくつもの輪を作り、花弁を表現している。
 窓から差し込む午後の光に、ガラス玉がチカリと瞬いた。
「あー、先に言っておくと、マーガレットやらノースポールやらに見えるとかの苦情は受け付けねぇからな」
 こうして時間を割いてもらえるだけでもありがたいのだ。そんな文句を言うつもりは毛頭ない。
「いえ。教えていただけるだけでも十分です。ありがとうございます」
「礼を言うのはまだ早いけどな。まあ、いい。とにかく作るぞ」
「はい。よろしくお願いします」
 スギナの手の動きを真似ながら順調に形を作り上げていくと、思いの外すんなりとできた。仕上げに茎と葉をイメージした黄緑色のリボンをつけて、髪飾りは完成した。
 なんとはなしに、近くに置かれた裁縫箱を慈乃は見た。
 そこにはガラス玉の他にも、刺繍糸や端切れ、ボタンなどが大量に収められている。
「……手芸が趣味なんですか?」
「趣味っつーか、職業病に近い」
 道具を片付けながら、スギナは淡々と答えた。
「靴下の穴とかボタンの付け直しとかやってたら、ぬいぐるみとかストラップとかねだられるようになって、気づいたらこんなん」
 ねだられて断らずに完成させるというのが何ともスギナらしくて、慈乃は頬を緩めた。
「スギナさんらしいですね」
「つっても何年か前まではウタがやってたんだけどな。いつの間にかオレに仕事が回ってくるようになってただけで」
 そういえば、慈乃がメリルから譲り受けたタンポポオバケやウタセに直接もらったガラス玉がついた髪紐などはウタセ自身が作ったものだと聞いた。スギナの言にもすんなり納得できる。
 その後も慈乃とスギナはぽつぽつと話していたが、やがてツユが起きだしたのをきっかけに慈乃は部屋を辞することにした。慈乃は休日でも、スギナは勤務中である。これ以上の長居は憚られる。
 スギナも特に引き留めることはしなかったが、見送りに際してツユに目配せして、慈乃に手を振った。するとツユも慈乃に手を振りだす。
 慈乃はときどきこの部屋に手伝いで入ることがあるが、最後に来た時にはツユはまだバイバイはできなかった。彼女の成長を目の当たりにして、素直に喜ばしく思う。
 慈乃もまた手を振り返したら、ツユはさらに勢いよく手を振った。
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