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第九話 花綻ぶ夏の夜
第九話 八
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まもなく街の入り口が見えてきた。
見慣れたはずの街は、一夜にして様変わりしていた。
頭上には張子のように花びらを張り合わせた提灯が数えきれないほど連なり、外壁や手すり、階段、通りにはいつも以上に鉢植えが飾られている。噴水や運河の水面にも無数の花が散り、揺蕩う。どこからか運ばれた花びらが風に舞い踊り、ひらりふわふわ降り落ちた。
通りを行き交う大勢のひとは、ほとんどが祭礼用の衣装に身を包んでいる。上衣は皆白色だが、下衣は色とりどりで、裾がふわりと広がる様はまるで花が開くようだった。
想像以上の景色に圧倒されていると、腕を引かれた。
「人が多いから気を付けて。あと、はぐれないようにね」
どうやらひとにぶつかりそうなところを回避してくれたらしい。
「すみません。気を付けます」
ウタセは真面目な顔をして頷いた。
「知らない人にはついていかない、危ないひとには近寄らない、だよ」
「さすがに大丈夫ですよ。小さな子どもではありませんし」
ニアにも出発前に似たようなことを言われたが、そんなに不安要素があるだろうか。慈乃にはよくわからない。
「そこで『攻撃は最大の防御』の発想が出てこないんだもんね……。まあ、シノがそういう発言をしたらそれはそれで怖いけど」
「誰です、それ。ニアさんですか」
「ニア姉を筆頭に、うちの女子は大概そんな感じだよ? じゃなきゃ心配過ぎて花祭で自由行動なんて許可できないよ」
慈乃としてはそちらの方がよほど戦慄したし、心配になる衝撃的発想である。
ウタセはつないだ手をそのままに、慈乃を先導するようにしてひとごみを縫って歩く。
気恥ずかしさはあったものの、これ以上心配をかけるくらいならこのまま従おうと慈乃は考えた。それに、慈乃が子ども達を預かる側だった場合、同じことをするだろうとも思ったからだ。
それはそれとして、やはり先ほどの発言が気になったので追及はした。
「学び家の女子は大概って……タムちゃんとかアスキちゃんとかも、ですか」
ウタセは顔だけ振り向けると「そうだよ」と当然のことのように頷いた。
「タムはあれで勘が鋭いから出会う前に逃げるが徹底してるし、アスキも最低限の護身はできるよ。容赦なく砂を投げるとか、大きい声を出したときは本当にすごいんだから」
普段眠そうに、というか眠っているタムや慈乃ですら口数が少ないと思うアスキの意外過ぎる一面を聞き、耳を疑った。
「小さい子ほど無茶が利くともいうしね。ニア姉は例外だけど。悪知恵が働くし物理攻撃も手加減しないし。そういう点でいうと、今の学び家で心配なのはまずシノだよ」
ここまで話を聞くと、ニアやウタセが慈乃を大げさなほど案じる理由にも納得いった。慈乃が非力だからではなく、学び家の皆が強かなのだ。
「護身術……。私も習った方がいいのでしょうか」
「あはは……。あんまり想像できないなぁ。カモミールの精の力を借りられるようにするのも手だと思うよ」
慈乃が真剣に護身術を検討し始めたところで、ウタセは異なる案を出した。
「花守は花の精と会話ができたり、花言葉の力を使えたりするけど、これらを応用するとかね」
「外部に助けを求めるとか、そういうことですか」
「花の精どうしなら話せることもあるみたいだから、間接的に助けを呼べる可能性はあるね。ただ、確実じゃないけど」
声が届く花の精を見つけて、その花の精の花守に話を通し、そのひとが行動を起こす。これは不可能ではないが、賭けにも近い。
「もっと確実な方法をとるなら……。あ、このタンポポを見ててね」
レンガ石の間に生えたタンポポをウタセが指さしたので、慈乃もそれを見る。
「……そう、ちょっとだけ揺らしてみてほしいんだ」
おそらくセイヨウタンポポの精に頼んでいるのだろう。直後、地面のタンポポ一輪だけが左右に揺れた。風に吹かれるのとは違う奇妙な揺れ方をしている。
「……ありがとう。こんな風に変な動きって気になるよね。これで案内をするのもひとつ。ただし、あまり珍しい花には向かないね」
カモミールは本来なら珍しい花ではないはずだが、ここでは事情が異なる。しかし、いずれ役に立つかもしれないから、知っておく分には損はないだろう。そんなときが来ないに越したこともないのだが。
「一番効果があるのは、これだと思うんだけど。……せーのっ!」
最後にウタセがやってみせたのは、目くらましや注意を逸らすのに効果的だという力の使い方だった。ウタセの合図とともに、何もない空中から黄色い舌状花と白い綿毛が出現し、宙に舞う。
「今のは少しだけだけど、これをたくさん散らせたら驚くよね」
「驚きます。それに、きれいですね」
いまだ滞空する綿毛を目で追いながら、慈乃は感嘆の息をもらした。
誕生会のとき、出入り口で花のシャワーを撒くのはもはや恒例だが、季節を問わずに花守の皆が花を用意するのを不思議に思っていた。今さっきウタセがやってみせたのと似たような原理で用意していたとしたら合点がいく。
「ふふ。みんな喜んでるよ。きれいって褒められて嬉しいみたい」
「私も、こんな光景を目にできて嬉しいですよ」
慈乃には何も聞こえないが、ウタセはさらに目を細めて笑っていたから、きっとセイヨウタンポポの精がはしゃいでいるのだろう。
見慣れたはずの街は、一夜にして様変わりしていた。
頭上には張子のように花びらを張り合わせた提灯が数えきれないほど連なり、外壁や手すり、階段、通りにはいつも以上に鉢植えが飾られている。噴水や運河の水面にも無数の花が散り、揺蕩う。どこからか運ばれた花びらが風に舞い踊り、ひらりふわふわ降り落ちた。
通りを行き交う大勢のひとは、ほとんどが祭礼用の衣装に身を包んでいる。上衣は皆白色だが、下衣は色とりどりで、裾がふわりと広がる様はまるで花が開くようだった。
想像以上の景色に圧倒されていると、腕を引かれた。
「人が多いから気を付けて。あと、はぐれないようにね」
どうやらひとにぶつかりそうなところを回避してくれたらしい。
「すみません。気を付けます」
ウタセは真面目な顔をして頷いた。
「知らない人にはついていかない、危ないひとには近寄らない、だよ」
「さすがに大丈夫ですよ。小さな子どもではありませんし」
ニアにも出発前に似たようなことを言われたが、そんなに不安要素があるだろうか。慈乃にはよくわからない。
「そこで『攻撃は最大の防御』の発想が出てこないんだもんね……。まあ、シノがそういう発言をしたらそれはそれで怖いけど」
「誰です、それ。ニアさんですか」
「ニア姉を筆頭に、うちの女子は大概そんな感じだよ? じゃなきゃ心配過ぎて花祭で自由行動なんて許可できないよ」
慈乃としてはそちらの方がよほど戦慄したし、心配になる衝撃的発想である。
ウタセはつないだ手をそのままに、慈乃を先導するようにしてひとごみを縫って歩く。
気恥ずかしさはあったものの、これ以上心配をかけるくらいならこのまま従おうと慈乃は考えた。それに、慈乃が子ども達を預かる側だった場合、同じことをするだろうとも思ったからだ。
それはそれとして、やはり先ほどの発言が気になったので追及はした。
「学び家の女子は大概って……タムちゃんとかアスキちゃんとかも、ですか」
ウタセは顔だけ振り向けると「そうだよ」と当然のことのように頷いた。
「タムはあれで勘が鋭いから出会う前に逃げるが徹底してるし、アスキも最低限の護身はできるよ。容赦なく砂を投げるとか、大きい声を出したときは本当にすごいんだから」
普段眠そうに、というか眠っているタムや慈乃ですら口数が少ないと思うアスキの意外過ぎる一面を聞き、耳を疑った。
「小さい子ほど無茶が利くともいうしね。ニア姉は例外だけど。悪知恵が働くし物理攻撃も手加減しないし。そういう点でいうと、今の学び家で心配なのはまずシノだよ」
ここまで話を聞くと、ニアやウタセが慈乃を大げさなほど案じる理由にも納得いった。慈乃が非力だからではなく、学び家の皆が強かなのだ。
「護身術……。私も習った方がいいのでしょうか」
「あはは……。あんまり想像できないなぁ。カモミールの精の力を借りられるようにするのも手だと思うよ」
慈乃が真剣に護身術を検討し始めたところで、ウタセは異なる案を出した。
「花守は花の精と会話ができたり、花言葉の力を使えたりするけど、これらを応用するとかね」
「外部に助けを求めるとか、そういうことですか」
「花の精どうしなら話せることもあるみたいだから、間接的に助けを呼べる可能性はあるね。ただ、確実じゃないけど」
声が届く花の精を見つけて、その花の精の花守に話を通し、そのひとが行動を起こす。これは不可能ではないが、賭けにも近い。
「もっと確実な方法をとるなら……。あ、このタンポポを見ててね」
レンガ石の間に生えたタンポポをウタセが指さしたので、慈乃もそれを見る。
「……そう、ちょっとだけ揺らしてみてほしいんだ」
おそらくセイヨウタンポポの精に頼んでいるのだろう。直後、地面のタンポポ一輪だけが左右に揺れた。風に吹かれるのとは違う奇妙な揺れ方をしている。
「……ありがとう。こんな風に変な動きって気になるよね。これで案内をするのもひとつ。ただし、あまり珍しい花には向かないね」
カモミールは本来なら珍しい花ではないはずだが、ここでは事情が異なる。しかし、いずれ役に立つかもしれないから、知っておく分には損はないだろう。そんなときが来ないに越したこともないのだが。
「一番効果があるのは、これだと思うんだけど。……せーのっ!」
最後にウタセがやってみせたのは、目くらましや注意を逸らすのに効果的だという力の使い方だった。ウタセの合図とともに、何もない空中から黄色い舌状花と白い綿毛が出現し、宙に舞う。
「今のは少しだけだけど、これをたくさん散らせたら驚くよね」
「驚きます。それに、きれいですね」
いまだ滞空する綿毛を目で追いながら、慈乃は感嘆の息をもらした。
誕生会のとき、出入り口で花のシャワーを撒くのはもはや恒例だが、季節を問わずに花守の皆が花を用意するのを不思議に思っていた。今さっきウタセがやってみせたのと似たような原理で用意していたとしたら合点がいく。
「ふふ。みんな喜んでるよ。きれいって褒められて嬉しいみたい」
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