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短編
遠征任務-長野⑨
しおりを挟む日向が彼を見つけた時、信は満身創痍だった。
裸体に大きめのスーツのジャケットのみ羽織っている。
全身に擦り傷や切り傷があり、頭からは血を流していた。
信は日向の姿を見ると緊張の糸が切れたように倒れこむ。
日向は慌てて手を伸ばしてその体を抱きしめた。
「大丈夫か?遅くなった。きつい思いさせたな。本当にごめん」
後ろから歩いてきたラクが慌てて日向の隣まで来る。
「ちょっとあんた邪魔です。早く手当てしないと」
その言葉に信の閉じていた目が開く。
「一輝君は?」
「ああ、行方不明者をピエロ…っと協力者と一緒に救出して外に出したところだ」
「ならはよここを出んと。あいつが来る前に…あいつが、ジーゼが…」
日向が落ち着かせるように信の背中をさするが、信は青い顔で『早く早く』と壊れたようにつぶやく。
このままじゃ埒が明かないと思ったラクが提案する。
「じゃあ、とりあえず出ます?そのジーゼってやつが来る前に…」
「呼びましたか?」
防火扉を開けて悠々と入ってきたのは、白いワイシャツ姿の男だった。
営業帰りのサラリーマンのような風体にラクが困惑して信を見る。
「あの人は行方不明者ですか…?」
ラクの言葉に誰も反応せず、信がガタガタと震えだす。
日向はジーゼに会ったことがないが、信の様子から彼がジーゼなのだとわかった。
信を後ろにかばうようにし、ジーゼを睨みつける。
その様子を見ていたジーゼの纏う空気が変わった。
ジーゼの表情は変わらずニコニコしながらも肌を刺すようなぴりぴりした空気を纏う。
明らかに向けられる敵意に日向が武器に手を伸ばした時、信が無言で日向を押しのけてジーゼの前に出た。
「おいっ」
日向は止めようとするが、それを無視し信は一歩前に出ると日向とラクをジーゼから守るように手を広げる。
指先の震えを隠すようにジーゼを見据え、ジーゼに教わった異星の言葉をゆっくりと紡いでいく。
「やめてください…」
「…」
「あなたに従います。わしが、できることなら、何でもします。お願いします。この人たちを傷つけんでください」
ジーゼは無言で信を見つめる。
その表情はどこまでも穏やかなはずが深淵を覗くかのような底知れなさがあった。
一歩ジーゼが信に近づく。
日向は前に出ようとするが異様な空気を察知したラクが日向の腕を掴んで止める。
異星の言葉はラクにはわからない。
しかし信とジーゼの間の空気は他者が立ち入ってはいけない気がした。
ー下手に手出ししようものなら、すぐにやられるー
ラクは前の部屋で見た2体のエイリアンの死体を思い出す。
ジーゼのことは何も知らないが、彼が恐ろしい怪物であることはわかった。
また一歩。
そしてジーゼは信に手を伸ばし、頬に触れようとする。
それを受け入れるように信が目を閉じた。
「はい、そこまで」
凛とした女性の声とともに、音もなくジーゼと信の間に割って入ったのは10名ほどの隊員と隊服を着た香川さんだった。
「E隊員の特殊部隊…」
ラクがポツリとつぶやく。
日向が素早く信を引っ張ると腕の中にかばう。
「あなたがいくら強くてもこの数相手は無理でしょう?
それにもし私たちが全滅してもこの地下ごと特殊な爆弾で破壊するように指示してあるの。
さすがに無傷で出ることはできないでしょうね。
ここはわたしに免じて引いてくれないかしら」
「…」
ジーゼは無言で突如やってきた乱入者を見据える。
何の感情も感じられない。まるで道端の石ころを見ているときのように。
「おおよそあなたの目的はわかっています。母船の仲間の制裁でしょう。ならもうすでに用は済んだはずでは?」
その言葉にジーゼがため息をつくと、人間のようにやれやれと肩をすくめた。
「そうですね。私もここで無駄な労力を使う気はありません。ここは引きましょう。…探し物も見つかりましたし」
ちらりと信の方を見る。香川さんはその視線から信を隠すように前に出ると威圧感を滲ませてにっこりほほ笑んだ。
「そう、それは良かったですね」
「では皆さん、良い一日を」
ジーゼは後ろ姿で手を振ると、来た時と同じように防火扉を開けて去っていく。
その姿が完全に見えなくなるまで見送ると警戒を解いた。
E隊員たちが撤収作業を行う中、香川さんが信と日向、ラクに向き直る。
「お疲れさま。大変だったね。みんなよく頑張ったわ」
「ありがとうございます」
「信君は早く手当てしないと。日向くん、上で車待たせてあるから連れて行ってあげて」
「はい、あとはよろしくお願いします」
日向が信を抱えて上に行ったのを確認すると香川さんはラクに近づき、内緒話をするように他に聞こえない小さい声で尋ねる。
「ラクくん。いい写真は撮れた?」
「2枚くらいしかないですよ。あと人間じゃないですし」
「そう、残念ね。でもないよりいいわ。後でちょうだい」
「わかりました」
わくわくするような声音で話していた香川さんが声を潜める。
「あと…信君、とんでもないのに目を着けられてるわね」
その言葉にラクもジーゼのことを思い出す。
「みたいですね。僕はよく知りませんけど」
「ラク君も大変だろうけど守ってあげてね」
「手がかかる部下を持つと大変です」
やれやれと肩をすくめて見せると、香川さんがクスクス笑った。
「でも好きなんでしょ」
「え?」
「何でもないわ。じゃあ休み明けに会いましょ」
「はい、お疲れ様です」
香川さんは来た時と同じように颯爽と去っていく。
ラクはため息をついた。連休って言ってもあと一日しかない。
いつもは貴重な休みを無駄にしたと嘆くところだが、なぜか今日は少しだけ気分は良かった。
_______________________________________________
昼下がりのあたたかな日差しが差し込む病室。
優しい風がクリーム色のカーテンを膨らませる。
頭に包帯を巻いて青い病衣服を着た信がベッドに横たわり、その横で椅子に座った日向がスマホゲームをしていた。
「お前、ゲームすんなら家でせぇよ…。大したことないから心配いらんて」
「別に、俺がここにいたいだけだし」
「でもゴールデンウイーク最終日やん。やりたいことあったんやないの?」
「ねぇよそんなん。いいからお前は寝てろ」
日向が信に無理矢理布団をかぶせると、信がもがもが言って布団を剥ぐ。
「何すんねん。窒息させる気か」
「なぁ、お前さ…」
日向がスマホを置くと、真剣な表情で信を見る。
「ジーゼと会った、あの時お前、自分を犠牲にしようとしただろ」
エイリアンの言葉などわからないはずの日向に指摘され、信は心中でどきりとした。
「どうせエイリアンの言葉なんてわかんないからって高をくくってたんだろ。わかんなくてもお前の考えくらいわかるよ」
日向は信の両肩を掴んだ。
「ほんとやめろよな。そういうの絶対禁止。わかったか?」
「おん」
日向の真剣な表情に押し負けて返事をする。
「すごい敵が来たって、最後まで戦おうぜ。お前犠牲にして助かったってなんもうれしくねぇんだよ。な、約束」
「約束…」
指切りをすると晴れ渡るような日向の笑顔につられてほほ笑む。
しかし信にはわかっていた。
頑張ったってどうやったって敵わない敵はいるのだ。
そして自分が犠牲になって日向の命が助かるなら、自分は間違いなく同じことを繰り返す。
それで恨まれたとしても彼が生きているならそれで十分だ。
これからこの子どもはもっとたくさんの人の太陽になる。
生きていれば失うものがあったとしても、隙間を埋めるように新しい大切なものが増えていくだろう。
だから。それで十分だ。
「信さん、お見舞い来たよ、らっくんも途中で会って…」
「うわっ、メンバーそろってるじゃないですか、時間ずらせばよかった」
景気よくガラッと病室の扉を開けて入ってきたのは一輝と、それに引きずられるようにしているのはラクだ。
それを見て呆れたように、そして少しうれしさを滲ませて信がほほ笑んだ。
「お前ら、そろいもそろって暇やなぁ」
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