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10. 微睡みの中の温もり
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──視界が弾けた。
最後の衝撃に飲まれ、全身が痙攣し、肺の奥から息が勝手に吐き出される。
声にならない声が喉を震わせ、銀の瞳は大きく見開かれたまま、何も映さずに虚空へと揺れていた。
そのまま意識が暗転する。
全身を締めつける熱の余韻だけが、骨の髄を貫き、残酷なほど濃密に身体を支配していた。
* * *
──腕の中で揺られている。
誰かの肩に縋っている。
薄れていく意識の端で、確かな温もりを感じた。
強い腕に支えられ、力強い胸板に抱えられ、夜風が頬を撫でる。
耳の奥に響くのは、自分のものではない荒い呼吸。
焼けるように熱い鼓動が、すぐ耳元で轟いている。
目を開こうとしても、瞼が鉛のように重い。
それでも断片的に映像が差し込む。
──石畳を踏む音。
──夜空にかかる月。
──揺れる影。
それが現実か夢かも分からない。
ただ確かなのは、自分は運ばれているということだった。
* * *
次に意識が浮かんだ時、柔らかな湯の香りが鼻をくすぐった。
衣擦れの音がする。熱い蒸気が肌を包む。
頭を支える掌。指が髪に差し込み、濡れた前髪を優しく梳いている。
首筋を撫でる温かな雫。湯を掬った大きな掌が、肩から背へと静かに流していく。
その手の持ち主は──アルベリックだ。
かつて自分を机に押し付け、激情をぶつけてきた男が、今は壊れ物を扱うように細心の注意を払っていた。
目を開けても、霞んだ視界の中では彼の輪郭が滲んでいる。
だが紅い瞳だけは、暗闇の中でもはっきりと浮かんで見えた。
「……っ」
声をあげようとしたが、喉が焼けているように掠れ、音にならなかった。
それでも彼は何も問わず、黙って湯を流し続ける。
掌が背を撫でるたび、痛みを残す場所と、甘く痺れる場所とが明確に蘇る。
湯と共に、己の痕跡と彼の痕跡が混じって流れ落ちていくのが分かった。
──あれは夢か。
それとも現実だったのか。
意識はすぐに沈んだ。
* * *
再び浮かんだ時には、柔らかな寝台に背を預けていた。
シーツの感触が心地よく、けれど体は鉛のように重い。
瞼の裏にまだ光が瞬いている。
意識が覚醒しきらぬまま、微かに開いた視界の端に、広い背が見えた。
月明かりとランプの光が混じる室内、その背はゆっくりと寝室の扉へ向かっている。
──行ってしまう。
その直感だけが、反射的に唇を動かした。
「……アルベリック」
掠れきった声。
呼んだ自分が驚くほど弱々しく、それでもはっきりと名を呼んでいた。
背が止まる。
振り返った紅の瞳が、驚きと戸惑いを湛えて揺れる。
「……行くのか」
寝台に沈んだまま、レイモンドは続けた。
声は掠れ、息は不安定で、それでも矜持を失わぬ眼差しで彼を見据える。
「……運んでもらった、礼だ。……ここで眠っていけ」
言い訳めいた響き。
羞恥を隠すための仮初の理屈。
自分でも分かっていた。そう告げた瞬間、胸の奥が熱くなる。
視線を逸らし、言葉を投げる。
「……嫌なら、別にいい」
静寂。
しかし次に返ってきた声音は、抑えきれない喜びに震えていた。
「……よろこんで」
その一言に、胸が跳ねた。
言葉以上の熱が伝わってきた。
次の瞬間、寝台が軋む。
傍らに身を滑り込ませたアルベリックの体温が、真正面から押し寄せてきた。
レイモンドは横向きのまま、自然と彼の方を向いていた。
紅い瞳と銀の瞳が、近すぎる距離で交わる。
広い胸板に額が触れ、互いの息が熱を混ぜ合う。
抵抗する間もなく、アルベリックの腕が背中を強く抱き寄せた。
温もりが全身を包み込む。
息苦しいほどの密着──それなのに、不思議と安心だけが満ちていく。
掌が髪を梳き、肩を撫で、背中をさする。
そしてこめかみに、静かな口づけが落ちた。
震えるほど近い吐息が耳を掠める。
「……参謀殿」
囁きは低く、甘く、慈しみに溶けていた。
レイモンドもまた、無意識に腕を回していた。
アルベリックの背へ、自分からも抱き返す。
互いの体温が溶け合い、境目を失うほどに近くなる。
視線はかすみ、言葉はもう要らなかった。
紅と銀の光が、最後に揺らめき合い──やがて、静かな眠りへ落ちていった。
最後の衝撃に飲まれ、全身が痙攣し、肺の奥から息が勝手に吐き出される。
声にならない声が喉を震わせ、銀の瞳は大きく見開かれたまま、何も映さずに虚空へと揺れていた。
そのまま意識が暗転する。
全身を締めつける熱の余韻だけが、骨の髄を貫き、残酷なほど濃密に身体を支配していた。
* * *
──腕の中で揺られている。
誰かの肩に縋っている。
薄れていく意識の端で、確かな温もりを感じた。
強い腕に支えられ、力強い胸板に抱えられ、夜風が頬を撫でる。
耳の奥に響くのは、自分のものではない荒い呼吸。
焼けるように熱い鼓動が、すぐ耳元で轟いている。
目を開こうとしても、瞼が鉛のように重い。
それでも断片的に映像が差し込む。
──石畳を踏む音。
──夜空にかかる月。
──揺れる影。
それが現実か夢かも分からない。
ただ確かなのは、自分は運ばれているということだった。
* * *
次に意識が浮かんだ時、柔らかな湯の香りが鼻をくすぐった。
衣擦れの音がする。熱い蒸気が肌を包む。
頭を支える掌。指が髪に差し込み、濡れた前髪を優しく梳いている。
首筋を撫でる温かな雫。湯を掬った大きな掌が、肩から背へと静かに流していく。
その手の持ち主は──アルベリックだ。
かつて自分を机に押し付け、激情をぶつけてきた男が、今は壊れ物を扱うように細心の注意を払っていた。
目を開けても、霞んだ視界の中では彼の輪郭が滲んでいる。
だが紅い瞳だけは、暗闇の中でもはっきりと浮かんで見えた。
「……っ」
声をあげようとしたが、喉が焼けているように掠れ、音にならなかった。
それでも彼は何も問わず、黙って湯を流し続ける。
掌が背を撫でるたび、痛みを残す場所と、甘く痺れる場所とが明確に蘇る。
湯と共に、己の痕跡と彼の痕跡が混じって流れ落ちていくのが分かった。
──あれは夢か。
それとも現実だったのか。
意識はすぐに沈んだ。
* * *
再び浮かんだ時には、柔らかな寝台に背を預けていた。
シーツの感触が心地よく、けれど体は鉛のように重い。
瞼の裏にまだ光が瞬いている。
意識が覚醒しきらぬまま、微かに開いた視界の端に、広い背が見えた。
月明かりとランプの光が混じる室内、その背はゆっくりと寝室の扉へ向かっている。
──行ってしまう。
その直感だけが、反射的に唇を動かした。
「……アルベリック」
掠れきった声。
呼んだ自分が驚くほど弱々しく、それでもはっきりと名を呼んでいた。
背が止まる。
振り返った紅の瞳が、驚きと戸惑いを湛えて揺れる。
「……行くのか」
寝台に沈んだまま、レイモンドは続けた。
声は掠れ、息は不安定で、それでも矜持を失わぬ眼差しで彼を見据える。
「……運んでもらった、礼だ。……ここで眠っていけ」
言い訳めいた響き。
羞恥を隠すための仮初の理屈。
自分でも分かっていた。そう告げた瞬間、胸の奥が熱くなる。
視線を逸らし、言葉を投げる。
「……嫌なら、別にいい」
静寂。
しかし次に返ってきた声音は、抑えきれない喜びに震えていた。
「……よろこんで」
その一言に、胸が跳ねた。
言葉以上の熱が伝わってきた。
次の瞬間、寝台が軋む。
傍らに身を滑り込ませたアルベリックの体温が、真正面から押し寄せてきた。
レイモンドは横向きのまま、自然と彼の方を向いていた。
紅い瞳と銀の瞳が、近すぎる距離で交わる。
広い胸板に額が触れ、互いの息が熱を混ぜ合う。
抵抗する間もなく、アルベリックの腕が背中を強く抱き寄せた。
温もりが全身を包み込む。
息苦しいほどの密着──それなのに、不思議と安心だけが満ちていく。
掌が髪を梳き、肩を撫で、背中をさする。
そしてこめかみに、静かな口づけが落ちた。
震えるほど近い吐息が耳を掠める。
「……参謀殿」
囁きは低く、甘く、慈しみに溶けていた。
レイモンドもまた、無意識に腕を回していた。
アルベリックの背へ、自分からも抱き返す。
互いの体温が溶け合い、境目を失うほどに近くなる。
視線はかすみ、言葉はもう要らなかった。
紅と銀の光が、最後に揺らめき合い──やがて、静かな眠りへ落ちていった。
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