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3 生業
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朝の陽ざしが部屋を照らし、私はまぶしさで目を覚ました。テレビをつけ、コーヒーを淹れ、顔を洗う。コーヒーをすすりながらベランダに出る。鳥がさえずり、遠くで車や電車の音が聞こえる。いつもと変わらない朝だ。私は身支度をすませ会社に向かった。
昨夜の殺人がなかったかのように私は普段通りの行動をしていた。しかし、電車を降りたとき、私のルーティーンは崩された。
「遥!」
背後から声をかけられ、振り返ると京介が手をあげて近づいてくる。別に会いたくもないがその気持ちを押し殺し、私は笑顔で手を振り返した。
「おはよ、京介」
「いつもこの電車に乗るって言ってた気がして合わせてみた。遥に会いたかったから」
京介は無邪気な笑顔で私に微笑みかける。
「何それ。ここで会ったって会社までの5分を急ぎ足で歩くだけなのに」
「いいんだ、それでも。朝から顔が見れただけでも元気もらえるから」
「ふーん。まあいいけど」
私たちは少し急ぎ足で会社に向かった。その間、京介は嬉しそうに微笑んでいた。その笑みが私には怖かった。「おまえの行動はわかっているぞ」と言われている気がした。私が少しでもいつもと違う行動をすれば怪しまれる。電車の時間を教えてしまったのは失敗だった。この様子じゃ明日も明後日も明明後日もここで会うつもりだ。これだから恋人は面倒だ。恋人関係なら会えることがお互いの幸せだと思い込みがちだ。もしかしたら会いたくないかもとは1ミリも考えない。恋人でも会いたくない日や時間、タイミングというものがあるんだよ。でもこればかりは仕方がない我慢しよう。私の計画には京介が必要なのだから嫌われるわけにはいかない。
「京介、ありがとう」
「え?」
「私が今の仕事につけてるのは京介が口利きしてくれたからだし、ほんとに感謝してるんだよ」
「どうしたの急に」
「ちゃんと言ってなかったから」
京介は微笑む。
「そんなこといいんだ。僕も遥と一緒に働けて嬉しいから」
「これからもよろしく」
「改まって言われると照れくさいけど、こちらこそよろしくお願いします」
互いに微笑み、それぞれの職場に向かった。
私は自分のデスクに座り仕事を始める。私の仕事は、ネット上の迷惑コメントや暴言などを見つけ出し忠告すること。簡単に言えばネット警備員である。忠告しても改めないたちの悪い奴はたくさんいる。そういう奴は次の段階へ送られ、京介の担当になり法的処分になる場合がある。この仕事で顔のない悪人どもが消滅すればいいが、そうはいかないのが現実だ。法で裁かれても懲りずに繰り返す奴はたくさんいる。そういうときは私の出番。誰かの心が死ぬ前に根源である奴の息の根を止める。とは言えこれは私の独断であり、この会社がやっていることではない。バレると私は捕まるだろう。それでも葵のような悲しみを二度と生まないために、私はどこまでも堕ちる覚悟はできている。さあ、今日も愚かな犯罪者の卵たちを見つけるとしよう。
私はまだ新人だが誰よりも仕事熱心だった。同僚の愛理がコーヒーを持ってきて、私のデスクに置いた。愛理がデスクに軽く腰かけ話しかけてきた。
「遥はほんと熱心よね。どんだけ頑張っても同じお給料って知ってる?」
私はコーヒーをちらっと見て、また仕事を続けた。
「ありがとう。愛理は他人にコーヒーばっか淹れて、上手くさぼってるね」
「やだ、バレてた? だってずっと画面見てたら疲れるし、心病みそうなんだもん」
「そういう仕事選んだんでしょ。ちゃんとやりなよ。愛理が仕事すれば救われる命も増えるよ」
「大げさね。私一人で何も変わらないわよ」
「本気でやる気ないなら辞めちまえよ!」
私はデスクを強く叩き、声を荒げて愛理をにらみつけた。愛理は驚き、デスクのペン立てを倒し床にペンが散乱する。愛理がペンを拾っている。私はすぐに反省した。怒りを愛理にぶつけてしまったが、私が怒るべき対象は彼女ではない。クソみたいなコメントしか発信しない奴らなのだ。私は散乱したペンを一緒に拾った。
「愛理ごめん。突然怒鳴ったりして。それに仕事のやる気って人それぞれでいいと思う。仕事は一生懸命やるものって誰が決めたんだって感じだもんね」
私は恐る恐る愛理の顔を見た。愛理は私を見つめて微笑んでくれた。
「いいの。ちょっとびっくりしたけど、いつも熱心に仕事に取り組んでる遥からしたらイラっとする気持ちわかるし。私みたいにテキトーに仕事してる奴と給料一緒とか納得できないよね」
「何言ってんだよ。私が熱心なのは私がそうしたいからだよ。愛理は何も悪くない。勝手に必死にやって、やらない奴に仕事しろってキレるとか頭おかしい奴じゃん。給料一緒が嫌なら私が手を抜けばいいだけ、そうしないって私が選択したんだから愛理が罪悪感とか感じなくていいからね」
愛理が笑顔で私に抱きついてきた。
「これだから遥好きなのよねー」
私は愛理の背中を軽く2回叩く。
「はいはい、ありがとう。仕事戻るから離れて」
私は愛理の腕をほどき、ペン立てを元に戻し椅子に腰かけた。
「ねえ、ところで今朝、京介さんと一緒に出勤したんだって?」
愛理が笑みを浮かべながらデスクに腰かける。
「まあ……だから?」
「羨ましいなーって。京介さんってけっこう人気あるみたいよ? そんな人を捕まえちゃうなんて遥はラッキーよ」
「そうなんだ。大事にしなきゃね」
私は心にもないことを口にしていた。いや、復讐のためには大事かもしれない。
「そうよ。油断したら誰かによこどりされちゃうわよ。気をつけて」
そう言って、愛理は私の肩を軽く叩き自分のデスクに戻って行った。
昨夜の殺人がなかったかのように私は普段通りの行動をしていた。しかし、電車を降りたとき、私のルーティーンは崩された。
「遥!」
背後から声をかけられ、振り返ると京介が手をあげて近づいてくる。別に会いたくもないがその気持ちを押し殺し、私は笑顔で手を振り返した。
「おはよ、京介」
「いつもこの電車に乗るって言ってた気がして合わせてみた。遥に会いたかったから」
京介は無邪気な笑顔で私に微笑みかける。
「何それ。ここで会ったって会社までの5分を急ぎ足で歩くだけなのに」
「いいんだ、それでも。朝から顔が見れただけでも元気もらえるから」
「ふーん。まあいいけど」
私たちは少し急ぎ足で会社に向かった。その間、京介は嬉しそうに微笑んでいた。その笑みが私には怖かった。「おまえの行動はわかっているぞ」と言われている気がした。私が少しでもいつもと違う行動をすれば怪しまれる。電車の時間を教えてしまったのは失敗だった。この様子じゃ明日も明後日も明明後日もここで会うつもりだ。これだから恋人は面倒だ。恋人関係なら会えることがお互いの幸せだと思い込みがちだ。もしかしたら会いたくないかもとは1ミリも考えない。恋人でも会いたくない日や時間、タイミングというものがあるんだよ。でもこればかりは仕方がない我慢しよう。私の計画には京介が必要なのだから嫌われるわけにはいかない。
「京介、ありがとう」
「え?」
「私が今の仕事につけてるのは京介が口利きしてくれたからだし、ほんとに感謝してるんだよ」
「どうしたの急に」
「ちゃんと言ってなかったから」
京介は微笑む。
「そんなこといいんだ。僕も遥と一緒に働けて嬉しいから」
「これからもよろしく」
「改まって言われると照れくさいけど、こちらこそよろしくお願いします」
互いに微笑み、それぞれの職場に向かった。
私は自分のデスクに座り仕事を始める。私の仕事は、ネット上の迷惑コメントや暴言などを見つけ出し忠告すること。簡単に言えばネット警備員である。忠告しても改めないたちの悪い奴はたくさんいる。そういう奴は次の段階へ送られ、京介の担当になり法的処分になる場合がある。この仕事で顔のない悪人どもが消滅すればいいが、そうはいかないのが現実だ。法で裁かれても懲りずに繰り返す奴はたくさんいる。そういうときは私の出番。誰かの心が死ぬ前に根源である奴の息の根を止める。とは言えこれは私の独断であり、この会社がやっていることではない。バレると私は捕まるだろう。それでも葵のような悲しみを二度と生まないために、私はどこまでも堕ちる覚悟はできている。さあ、今日も愚かな犯罪者の卵たちを見つけるとしよう。
私はまだ新人だが誰よりも仕事熱心だった。同僚の愛理がコーヒーを持ってきて、私のデスクに置いた。愛理がデスクに軽く腰かけ話しかけてきた。
「遥はほんと熱心よね。どんだけ頑張っても同じお給料って知ってる?」
私はコーヒーをちらっと見て、また仕事を続けた。
「ありがとう。愛理は他人にコーヒーばっか淹れて、上手くさぼってるね」
「やだ、バレてた? だってずっと画面見てたら疲れるし、心病みそうなんだもん」
「そういう仕事選んだんでしょ。ちゃんとやりなよ。愛理が仕事すれば救われる命も増えるよ」
「大げさね。私一人で何も変わらないわよ」
「本気でやる気ないなら辞めちまえよ!」
私はデスクを強く叩き、声を荒げて愛理をにらみつけた。愛理は驚き、デスクのペン立てを倒し床にペンが散乱する。愛理がペンを拾っている。私はすぐに反省した。怒りを愛理にぶつけてしまったが、私が怒るべき対象は彼女ではない。クソみたいなコメントしか発信しない奴らなのだ。私は散乱したペンを一緒に拾った。
「愛理ごめん。突然怒鳴ったりして。それに仕事のやる気って人それぞれでいいと思う。仕事は一生懸命やるものって誰が決めたんだって感じだもんね」
私は恐る恐る愛理の顔を見た。愛理は私を見つめて微笑んでくれた。
「いいの。ちょっとびっくりしたけど、いつも熱心に仕事に取り組んでる遥からしたらイラっとする気持ちわかるし。私みたいにテキトーに仕事してる奴と給料一緒とか納得できないよね」
「何言ってんだよ。私が熱心なのは私がそうしたいからだよ。愛理は何も悪くない。勝手に必死にやって、やらない奴に仕事しろってキレるとか頭おかしい奴じゃん。給料一緒が嫌なら私が手を抜けばいいだけ、そうしないって私が選択したんだから愛理が罪悪感とか感じなくていいからね」
愛理が笑顔で私に抱きついてきた。
「これだから遥好きなのよねー」
私は愛理の背中を軽く2回叩く。
「はいはい、ありがとう。仕事戻るから離れて」
私は愛理の腕をほどき、ペン立てを元に戻し椅子に腰かけた。
「ねえ、ところで今朝、京介さんと一緒に出勤したんだって?」
愛理が笑みを浮かべながらデスクに腰かける。
「まあ……だから?」
「羨ましいなーって。京介さんってけっこう人気あるみたいよ? そんな人を捕まえちゃうなんて遥はラッキーよ」
「そうなんだ。大事にしなきゃね」
私は心にもないことを口にしていた。いや、復讐のためには大事かもしれない。
「そうよ。油断したら誰かによこどりされちゃうわよ。気をつけて」
そう言って、愛理は私の肩を軽く叩き自分のデスクに戻って行った。
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