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4 不安
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今日も無事に仕事を終え家路に向かう。そこへ京介からメールが届く。
「夕食一緒にどう?」
今朝も会ったのに夕食まで一緒は勘弁してくれ。作り笑いで顔面が引きつりそうな私の身にもなってくれ。断りのメールを送ろうとしたとき、昼間の愛理との会話が頭をよぎった。私は誘いを受けることにした。
駅前。私は自販機で缶コーヒーを買い、仕事帰りの同僚に会わないように柱の陰に隠れて京介を待つことにした。京介が歩いてくるのが見えた。私は柱の陰から出て、京介に向けて軽く手を振った。私に気づいた京介は笑みを浮かべて小走りで近づいてくる。
「おまたせ」
私は目の前に来た京介をじっと見つめた。復讐のために必要な駒としか考えていなかったが、確かに愛理の言うように人気があるってのもわかる気がした。
「遥? どうかした?」
京介は不思議そうに私を見つめる。
「あ、ごめん。何でもない。京介ってイケメンだなって見惚れてたの」
「なんだそれ。照れくさいからそんなに見ないでよ」
私たちは微笑み合い歩きだす。人間とは恐ろしいものだ。葵を失ったあの日から、私は嘘が上手くなった。何かを隠すための嘘や心にもないことを顔色ひとつ変えずにさらっと言えるようになった。会社の同僚はもちろん、京介でさえ私が殺人犯だとは微塵も思っていないだろう。私は心の中でほくそ笑んでいた。
「……ルチフェル」
「え!?」
うわの空で京介の話を聞いていたが、聞き覚えがあるフレーズの登場に私は驚き、思わず京介の顔を見た。
「どうしたの? そんな驚いた顔して……」
私の驚きが移ったように京介も驚いた顔をしている。
「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた。今、何て言ったの?」
気をとり直してもう一度聞いた。
「ああ。昨日、殺人事件があったらしくて、そんなに遠くないところだったから怖いなって。犯人まだ捕まってないらしいよ」
「そうなんだ……」
「あと現場にメッセージがあって『ルチフェル』って書いてたみたい」
「へえ……」
「ルチフェルってサタンの別名だったような……。遥も夜道とか気をつけてね」
そう言って、京介は心配そうに私を見た。
「うん、ありがとう。京介もね」
私は京介に軽く微笑みかけた。私は完全に油断していた。不自然な反応は命取りだというのに、感づかれなかっただろうか。私はそればかりが気になり、そのあと食事をしたのだがイタリアンを食べたのか、中華を食べたのか、あるいはフレンチだったのか、まったく覚えていない。とにかく必死に取り繕って、笑顔で事なきを得たということだけは確かだ。
帰宅した私は疲れきっていた。今日も次のターゲットの調査をしなければいけないのはわかってるが、体が言うことを聞かない。仕方ない、少し仮眠をとってからにしよう。私はベッドに横たわり少し眠ることにした。
携帯のアラームが鳴り響く。私は慌ててベッドから飛び起き、カーテンを開ける。明るい陽ざしが部屋を照らし、公園の鳥たちが朝を告げている。私は大きなため息をついた。警察にバレる前にあと2人仕留めなくてはならないというのに、のんきに8時間も寝ている場合ではないだろう。とは言え、今さら仕方ない。気をとり直して身支度を始めた。
それから何事もなく数日が過ぎたある日。職場に2人の刑事が来た。男刑事が熱心に聞き込みをしている。その横で女刑事がメモを取りながら周囲の様子を見ている。私はその女刑事の目が無性に怖かった。目を合わせてはいけない気がした。そこへ愛理が近づいてきた。
「ねえ、聞いた? あのルチフェル事件、SNSの書き込みが原因じゃないかって話よ?」
「そうなんだ。だからうちの会社に来たってわけだ」
私はパソコン画面を見たまま答えた。
「そうみたい。本名や顔出しでのSNSってほんと怖いわよねー。まあ、今回の被害者はやっばい投稿ばっかしてたみたいだけどね」
「じゃあ、しょうがないね」
「たしかにー」
愛理はデスクに腰をかけ、コーヒーをすすりながら刑事たちの方を見ている。
「あ、そんなことよりあの刑事さん見てよ! かっこよくない!?」
愛理は私の肩を数回叩きながら小声で言う。
「はいはい、そうだね」
私は見もせずさらっと答えた。それが気に入らなかった愛理は、私の椅子を引き、私を体ごと刑事たちの方に向かせた。
「京介さんがいるからって友達の恋バナをガン無視するとこ良くないぞ! ほら、よく見てよ」
愛理はムッとした表情で私を見て、私が今一番見たくないものを強制してくる。だが、ここまでされて見ないのも不自然だ。私は観念して刑事たちの方を見た。するとよりにもよって最も警戒したかった女刑事と目が合ってしまった。女刑事が私に気づき近づいてくる。
「はじめまして。私、一課の田中千尋です。少しお時間もらってもよろしいですか?」
最悪だ。今ほどデスクの電話が鳴ってほしいと思ったことはないだろう。
「はい、少しなら」
私は軽く会釈した。田中は話を続ける。
「被害者男性はラッキーセブンというアカウント名を使用していたみたいですが、トラブルなどなかったか調べてもらえますか?」
「わかりました。少し待ってください」
私はパソコンに向かい検索を始める。心臓が早鐘を打つ。田中はメモを片手に静かに私の動きを見ている。ただそれだけなのに、まるでヘビににらまれたカエルのように私は怯えていた。
「これです」
田中はパソコン画面をのぞき込む。
「ああ、けっこうトラブルありますね」
田中は何かをメモに書き止めている。
「ねえ、刑事さん。私からも質問していい?」
愛理が田中に声をかけた。
「どうぞ、何ですか?」
田中は手を止め、愛理を見る。
「あの刑事さんって恋人いるの? もしかしてお二人は付き合ってたりする感じ?」
田中は少し驚いた後、笑いながら言った。
「何かと思ったらそんなことですか? 私たちはそんなんじゃないのでお好きなようにしてください」
「ほんと!? ラッキー! あとでお茶に誘っちゃおっと」
愛理は私にハイタッチして自分の席に戻っていった。
「面白い方ですね」
田中は私に微笑みかける。
「あ、はい。ちょっと変なのかも」
そのあと田中はデータを黙々とメモして何事もなく帰っていった。私の考え過ぎだったのかもしれない。
「夕食一緒にどう?」
今朝も会ったのに夕食まで一緒は勘弁してくれ。作り笑いで顔面が引きつりそうな私の身にもなってくれ。断りのメールを送ろうとしたとき、昼間の愛理との会話が頭をよぎった。私は誘いを受けることにした。
駅前。私は自販機で缶コーヒーを買い、仕事帰りの同僚に会わないように柱の陰に隠れて京介を待つことにした。京介が歩いてくるのが見えた。私は柱の陰から出て、京介に向けて軽く手を振った。私に気づいた京介は笑みを浮かべて小走りで近づいてくる。
「おまたせ」
私は目の前に来た京介をじっと見つめた。復讐のために必要な駒としか考えていなかったが、確かに愛理の言うように人気があるってのもわかる気がした。
「遥? どうかした?」
京介は不思議そうに私を見つめる。
「あ、ごめん。何でもない。京介ってイケメンだなって見惚れてたの」
「なんだそれ。照れくさいからそんなに見ないでよ」
私たちは微笑み合い歩きだす。人間とは恐ろしいものだ。葵を失ったあの日から、私は嘘が上手くなった。何かを隠すための嘘や心にもないことを顔色ひとつ変えずにさらっと言えるようになった。会社の同僚はもちろん、京介でさえ私が殺人犯だとは微塵も思っていないだろう。私は心の中でほくそ笑んでいた。
「……ルチフェル」
「え!?」
うわの空で京介の話を聞いていたが、聞き覚えがあるフレーズの登場に私は驚き、思わず京介の顔を見た。
「どうしたの? そんな驚いた顔して……」
私の驚きが移ったように京介も驚いた顔をしている。
「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた。今、何て言ったの?」
気をとり直してもう一度聞いた。
「ああ。昨日、殺人事件があったらしくて、そんなに遠くないところだったから怖いなって。犯人まだ捕まってないらしいよ」
「そうなんだ……」
「あと現場にメッセージがあって『ルチフェル』って書いてたみたい」
「へえ……」
「ルチフェルってサタンの別名だったような……。遥も夜道とか気をつけてね」
そう言って、京介は心配そうに私を見た。
「うん、ありがとう。京介もね」
私は京介に軽く微笑みかけた。私は完全に油断していた。不自然な反応は命取りだというのに、感づかれなかっただろうか。私はそればかりが気になり、そのあと食事をしたのだがイタリアンを食べたのか、中華を食べたのか、あるいはフレンチだったのか、まったく覚えていない。とにかく必死に取り繕って、笑顔で事なきを得たということだけは確かだ。
帰宅した私は疲れきっていた。今日も次のターゲットの調査をしなければいけないのはわかってるが、体が言うことを聞かない。仕方ない、少し仮眠をとってからにしよう。私はベッドに横たわり少し眠ることにした。
携帯のアラームが鳴り響く。私は慌ててベッドから飛び起き、カーテンを開ける。明るい陽ざしが部屋を照らし、公園の鳥たちが朝を告げている。私は大きなため息をついた。警察にバレる前にあと2人仕留めなくてはならないというのに、のんきに8時間も寝ている場合ではないだろう。とは言え、今さら仕方ない。気をとり直して身支度を始めた。
それから何事もなく数日が過ぎたある日。職場に2人の刑事が来た。男刑事が熱心に聞き込みをしている。その横で女刑事がメモを取りながら周囲の様子を見ている。私はその女刑事の目が無性に怖かった。目を合わせてはいけない気がした。そこへ愛理が近づいてきた。
「ねえ、聞いた? あのルチフェル事件、SNSの書き込みが原因じゃないかって話よ?」
「そうなんだ。だからうちの会社に来たってわけだ」
私はパソコン画面を見たまま答えた。
「そうみたい。本名や顔出しでのSNSってほんと怖いわよねー。まあ、今回の被害者はやっばい投稿ばっかしてたみたいだけどね」
「じゃあ、しょうがないね」
「たしかにー」
愛理はデスクに腰をかけ、コーヒーをすすりながら刑事たちの方を見ている。
「あ、そんなことよりあの刑事さん見てよ! かっこよくない!?」
愛理は私の肩を数回叩きながら小声で言う。
「はいはい、そうだね」
私は見もせずさらっと答えた。それが気に入らなかった愛理は、私の椅子を引き、私を体ごと刑事たちの方に向かせた。
「京介さんがいるからって友達の恋バナをガン無視するとこ良くないぞ! ほら、よく見てよ」
愛理はムッとした表情で私を見て、私が今一番見たくないものを強制してくる。だが、ここまでされて見ないのも不自然だ。私は観念して刑事たちの方を見た。するとよりにもよって最も警戒したかった女刑事と目が合ってしまった。女刑事が私に気づき近づいてくる。
「はじめまして。私、一課の田中千尋です。少しお時間もらってもよろしいですか?」
最悪だ。今ほどデスクの電話が鳴ってほしいと思ったことはないだろう。
「はい、少しなら」
私は軽く会釈した。田中は話を続ける。
「被害者男性はラッキーセブンというアカウント名を使用していたみたいですが、トラブルなどなかったか調べてもらえますか?」
「わかりました。少し待ってください」
私はパソコンに向かい検索を始める。心臓が早鐘を打つ。田中はメモを片手に静かに私の動きを見ている。ただそれだけなのに、まるでヘビににらまれたカエルのように私は怯えていた。
「これです」
田中はパソコン画面をのぞき込む。
「ああ、けっこうトラブルありますね」
田中は何かをメモに書き止めている。
「ねえ、刑事さん。私からも質問していい?」
愛理が田中に声をかけた。
「どうぞ、何ですか?」
田中は手を止め、愛理を見る。
「あの刑事さんって恋人いるの? もしかしてお二人は付き合ってたりする感じ?」
田中は少し驚いた後、笑いながら言った。
「何かと思ったらそんなことですか? 私たちはそんなんじゃないのでお好きなようにしてください」
「ほんと!? ラッキー! あとでお茶に誘っちゃおっと」
愛理は私にハイタッチして自分の席に戻っていった。
「面白い方ですね」
田中は私に微笑みかける。
「あ、はい。ちょっと変なのかも」
そのあと田中はデータを黙々とメモして何事もなく帰っていった。私の考え過ぎだったのかもしれない。
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