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毒蛇娘の孤独
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1
父親が死んだ。少女の父親は所謂魔王と呼ばれる人物で多くの魔族から信頼を置かれていた。そんな魔王は、勇者と呼ばれる人間の男に殺された。母親が死んだ。少女の母親はメデゥーサと呼ばれる種族で目を見るだけで人を石化させてしまう恐ろしい魔物だった。そんな恐ろしい両親だが、娘の少女や同族の魔物には凄く優しかった。そんな両親は勇者によって殺された。残虐な殺し方だった。首を刎ね飛ばされ、それだけでなく体に聖なる剣を何度も何度も突きつけ、仕舞いには脳味噌を穿り出してぐちゃぐちゃに潰して遊んでいた。そんな光景を、当日九歳の少女は見ていた。魔王の部屋に置かれた小さな物置に隠れた少女は勇者とその仲間達が死体いじりに飽きて帰るまで、ずっと両親の遺体を眺めていた。その少女は怨み、妬み、憎しみ、憎悪、嫌悪、怒り、悲しみ、苦しみ、嘆き、絶望した。
2
少女の名はメルと言った。彼女は両親を殺した勇者とその一向に復讐する為に力を蓄えてきた。しかし勇者は強敵で、勇者の他にも魔法使い、戦士、僧侶、盗賊、格闘家、遊び人などの数多くの仲間がいる。故にメルが一番最初に始めたのは仲間集めだった。幸いこれは実に順調に進んだ。勇者は魔族を所構わず殺して回っていた。なので探せば直ぐに勇者に両親を、祖父母を、兄弟を、友人を。残虐に殺された魔族が見つかった。そんな魔族達にメルは救いの手を差し伸べ、共に地獄へ堕ちる人形(なかま)とした。人形との生活はそれなりに楽しかった。彼らにも彼らなりの生き方や考え方があり、メルと同じ考えをする人形や全く異なる考えを持つ人形もいた。そんな彼らとの生活は例え一時であってもメルに復讐を忘れさせてくれた。
人並みの幸せを取り戻す為に、メルは復讐を行うのだ。
3
三年の月日が経過し、メルは立派なレディに育った。
「身長は百五十センチもあり、体重はなんと四十キロもある。まさに立派なレディだ」
と、嘯いてみるが効果は一切ない。この様な嘘を吐いたのには理由がある。数日後、勇者一向の一人だった戦士がパーティを開くそうだ。そのパーティにはドレスやタキシードを着るのが定番らしく、奇襲にはもってこいだ。ここで何故メルが見栄を張ったのかが分かる。メルが奇襲を提案すると一部の人形がメルの提案を否定したのだ。
「我々はまだ子供だ。大人の勇者一向と戦うのは無謀だ」
分かっていない。まるで分かっていない。我々は魔族だ。人間という生き物より遥かに優れた生き物なのだ。そして魔王を討ち果たした彼らは束の間の平穏を遊んで暮らしている。そんな奴らが突然の自分達より上位の存在による奇襲に対応できる訳がない。しかし幾ら熱弁しようと人形は意見を変えない。そうだ。メルとは全く違う意見を言う存在もいるのだった。戦いを望まない。平和に生きたいと望む人形。だから、その人形の腕をちぎった。
「痛い。痛い痛い」
そんな悲鳴が聞こえる中メルはその腕を地面にゆっくり落とした。そしてもう一度言う。今がチャンスだと。奇襲を仕掛けると。そして最後に、反論のある魔族は前へ出ろと。メルの提案に異論のある魔族はいなかった。
4
結論から言おう。奇襲は成功。メルと人形(なかま)達は見事にパーティに集まった人間を皆殺しにする事に成功した。嬉しい。そんな気持ちに胸がいっぱいになる。嗚呼、復讐とは、何と心地よいのだろうか!
「あの、子供まで殺す必要は無かったのではないでしょうか」
上機嫌のメルにその様な声が響く。小鬼だ。鬼という上位種になれず、かと言って鬼に勝る部分も一切ない完全なる数合わせの駒。そんな男がメルにそう言ってきた。
「人は醜く愚かだ。そこで子供を生かせば成長して我々を殺しに来る。今、我々が人間を殺した様に」
メルの言葉には威圧感があった。そして、カリスマがあった。その言葉に小鬼を含めた人形達は黙り込んだ。
5
人形が死んだ。それもかなり多くの人形が。理由は人間による集落の襲撃だった。どうやら戦士が死んだ事が人間達に伝わり魔族を皆殺しにしなければならないと云う考え方が広まった様だ。無念だ。勇者を殺す戦力を無駄にしてしまった。メルはまだ幼い。故に戦略も立てる事が難しい。ではどうするか。人形(なかま)を増やそう。大切な人を失った子供だけではなく、魔王が殺されたというのにのうのうと生きている大人や戦ったもののまだ生存している大人に力を借りよう。メルはまだ子供なのだから、頼れる大人が必要だ。寄りかかれる人形(なかま)が必要だ。その人形達を、増やしに行こう。
6
人形が増えた。増えたという言葉では言い表せない程に。メルの手駒は遂に全ての魔族になった。何故そうなったのかは至ってシンプル。交渉だ。勇者に復讐する為に力を借りたいと。最初は断られた。
「子供が復讐など無理だ」
「両親の事を忘れろとは言わないけど、前を向かなきゃ」
「人間と戦っても死ぬだけだ。奴らは強い」
「憎しみに憎しみをぶつけても、次なる憎しみしか生まれない」
「嫌だ。痛いのは嫌だ。死ぬのはもっと嫌だ」
悲しいけれど、彼らはメルの手駒にはなってくれなさそうだった。なので、毒を注入してみた。殺しはしない。ただ、解毒薬はメルしか持っていない。
「勇者を殺すのを手伝ってくれたら、解毒薬を渡してあげる」
そうすると彼らは喜んでメルに従ってくれた。それをメルに逆らう人皆んなに行った。いや、みんなと言うには誤解がある。三十人程度の説得を終えたらみんなすんなりとメルの手伝いを申し出てくれたのだから。
「ありがとうみんな。大好きよ」
メルは満面の笑みで、十二歳に相応しい微笑みを見せた。大人もみんなダラダラと汗を流しながら笑ってくれた。
7
戦争が始まった。幸い魔王の右腕と呼ばれる作戦参謀はまだ健在だったので魔族はかなり有利に動く事が出来た。三年と言う長い年月は人の体を衰えさせる。しかし、魔族にとって三年体を動かさない事は三時間体を動かさない事に等しい。大人の魔族の動きはまるで鈍っていなかった。この戦争の中で僧侶、盗賊、格闘家、遊び人を殺せた。実に優秀な成果だ。こちらの戦力も半分程削がれてしまったが、残るは勇者と魔法使いのみ。この程度ならばメルと残りの人形(なかま)で殺し切れるだろう。そう言えば遊び人が妙な事を言っていた。
「お願い助けて。私のお腹の中には勇者様との赤ちゃんがいるの」
よく分からない言葉だった。メルの調べでは勇者は三年程前から魔法使いと恋人関係にあり、今は王都で魔法使いと家庭を築いている筈だ。そんな状況なのに何故遊び人は勇者との子供だと言っていたのか。疑問はもう一つある。お腹に子供がいるから殺さないで、と。どう言う気持ちで言っていたのだろうか。三年前勇者が殺し、その遺体を見て戦いもしなかった癖に後ろで笑っていた遊び人にはわかるまい。メデゥーサの母親のお腹にはメルの弟がいたと言う事を。
8
戦争はますます勢いを増し、遂にメルは勇者と対峙した。勇者は三年前と同じく黄金に輝く剣を握ってメルの人形(なかま)を切り裂いていた。メルは激怒した。人形を殺されたから。両親を殺されたから。姿も声も知らない弟を殺されたから。メルの姿を見た勇者も激怒した。仲間が殺されたから肉体関係を持った女が殺されたから。男か女かも分からない自分の子供を殺されたから。無関係の人間が殺されたから。両者が両者共激怒する理由としては充分だった。
「聖剣よ!我に力を!」
勇者との戦いは非常に熾烈を極めた。黄金の剣から放たれる光線は触れた魔族を溶かし、骨すら残さず焼いていく。メルは持ち前の反射神経で一度も当たらないが、人形(なかま)達は次々に死んでいく。しかしメルも負けてはいない。聖剣の猛攻を躱しながら勇者の陰に隠れて人形達を攻撃する人間達を石化させていく。厄介なのは魔法使いだった。
「聖なる杖よ!」
様々な属性の魔法攻撃。筋力、俊敏力などを底上げする補助魔法。傷や毒を癒す回復魔法。メルにとって厄介極まりない戦法を得意とする女だった。しかし、メルは魔法使いを殺す事に成功した。理由は簡単。とある生き物を目の前に差し出したらピタリと動きが止まり、隙だらけになったのだ。その目の前に差し出した生き物は、勇者と魔法使いの娘だった。二歳にならない年の娘は大きな声で涙を流して泣いていた。メルはその娘に鋭い牙を突きつけようと柔らかい娘の肌に口を近づける。
「やめて!何でもするから!お願い!」
杖を完全に手放した魔法使いを殺すのは赤子の首に噛み付くより簡単だった。
「お前、よくも!!!」
魔法使いと勇者と魔法使いを娘を殺した直後、人形に足止めを頼んでいた勇者が現れた。その目には大粒の涙が溢れていた。
「嗚呼、その目だよ。その目が。その目こそが。私が三年前に宿し、そして今の尚宿り続けている復讐の瞳だ!」
メルと勇者は同時に地面を蹴った。聖剣による一撃を躱してメルが口から猛毒を吐き出す。勇者はその毒を見事に回避するが。
「うぉぉぉぉぉ!」
戦いは長引いた。メルと勇者が戦う中メルの援護に来た人形は聖剣に殺され、勇者を助けに来た勇者の仲間達は石化させられ、その直後に砕かれる。メルと勇者の戦いの決定打となったのは、毒だった。
「はぁ、はぁ!ごはぁ!」
勇者が膝を突き口から溢れる赤い血液を垂れ流す。勇者はメルが吐き出す猛毒に一切触れていない。だが、猛毒というものは呼吸器官に空気を伝って入るだけでも効果を発揮するのだ。聖なる剣による光線とは違う。
「ばいばい」
完全に膝を突き立ち上がる事すら出来ない勇者にメルは猛毒を吐き出した。最後まで勇者には近づかず、メルは完璧な勝利を果たした。
「ふふ、あははははは!これで私の勝ち。私は復讐を遂げた!!これで!!私は幸せに生きられる!!!」
9
勇者を殺した。その事実が凄く楽しく、メルは大きな声でゲラゲラと下品に笑う。ようやくだ。ようやく復讐を果たした。復讐を果たしたメルは気持ちよく人生を生きる事が出来
「あれ。復讐を遂げ終わったら、私は何をすればいいんだろう」
両親の仇は撃った。だが、この先の生活のビジョンが見えない。
「まあ、他の人形(なかま)と楽しく生きればいっか」
そう呟いてメルは歩いた。生きている人形を探す為。しかし、どれだけ歩いても心臓が動いている人形は見つからなかった。
「あれ。誰もいないのか。じゃあ、戦場に出てない人形と一緒に」
そう呟いてから気がつく。戦場に出ていない魔族などいない。何故ならメルが恐怖によって彼らを支配し、無理矢理戦場に連れ出したのだから。
「なら、もういっそ人間でもいい!人間に毒を入れて、私の幸せの糧にならなきゃ殺すって。そう言って生きていこう!私の、私のための人生を続けよう!」
生きた人間は見つからなかった。メルが全て殺せと言ったから。皆殺しにしろと言ったから。生きている人間はその場では無力でも力を付けたら牙を剥いてくると言ったから。
「動物はどうだ!?蛇や蛙。鳥や犬猫。いっそのこと豚でもいい。私の隣に寄り添ってくれる生き物なら何でも」
生き物は息絶えていた。別に生き物を殺せと言った覚えはないと死んだ人形達へ怒りが湧いてくるが、死因を調べて絶望する。動物達は毒で死んでいる。メルが惜しみなく吐き出した毒が空気中に伝って動物達を殺したのだ。
「誰か。いないのか」
メルの言葉に返事するものはいない。魔族は皆死んだ。人間は皆死んだ。犬も、猫も、鳥も、豚も、牛も、鼠も蛙もマンチカンも蛇も狐も。みんなみんな生き絶えた。この世界に生きている生き物は、メルという女ただ一人だ。
「一人」
小さく呟いたメルの瞳からは大粒の涙が溢れた。孤独。孤独だ。メルは人並みの幸せを求めていた。しかしその結果は孤独。自分以外が誰もいない世界。
「あは、あははははははははは!」
狂った笑いが誰もいない世界に響いた。
10
その世界は滅びた。生き物は死に絶え、植物も芽吹かない。そんな世界で、たった一人生きている生物がいる。その生物は孤独だ。孤独しかない。その孤独を癒す為なら、どんな手段でも使うだろう。そんな手段など、どこにも無いというのに。
「あ」
随分と久方ぶりにその生き物は音を発した。その生き物は、こちらを見ている。そう、今この文章を読んでいるあなたを。
「人、人、人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人!!!!!!」
黒く、醜く、汚れ切った生き物は恐るべき速度でこちらに近づいてくる。が、この物語はフィクションである。この生き物があなたの元へ辿り着く事などあり得ない。偶然にもこの生き物があなたという存在に気がついただけで、あなたはこの生き物の孤独を癒す術を持っていない。この生き物は、毒蛇娘は。孤独なのである。
毒蛇娘の孤独
父親が死んだ。少女の父親は所謂魔王と呼ばれる人物で多くの魔族から信頼を置かれていた。そんな魔王は、勇者と呼ばれる人間の男に殺された。母親が死んだ。少女の母親はメデゥーサと呼ばれる種族で目を見るだけで人を石化させてしまう恐ろしい魔物だった。そんな恐ろしい両親だが、娘の少女や同族の魔物には凄く優しかった。そんな両親は勇者によって殺された。残虐な殺し方だった。首を刎ね飛ばされ、それだけでなく体に聖なる剣を何度も何度も突きつけ、仕舞いには脳味噌を穿り出してぐちゃぐちゃに潰して遊んでいた。そんな光景を、当日九歳の少女は見ていた。魔王の部屋に置かれた小さな物置に隠れた少女は勇者とその仲間達が死体いじりに飽きて帰るまで、ずっと両親の遺体を眺めていた。その少女は怨み、妬み、憎しみ、憎悪、嫌悪、怒り、悲しみ、苦しみ、嘆き、絶望した。
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少女の名はメルと言った。彼女は両親を殺した勇者とその一向に復讐する為に力を蓄えてきた。しかし勇者は強敵で、勇者の他にも魔法使い、戦士、僧侶、盗賊、格闘家、遊び人などの数多くの仲間がいる。故にメルが一番最初に始めたのは仲間集めだった。幸いこれは実に順調に進んだ。勇者は魔族を所構わず殺して回っていた。なので探せば直ぐに勇者に両親を、祖父母を、兄弟を、友人を。残虐に殺された魔族が見つかった。そんな魔族達にメルは救いの手を差し伸べ、共に地獄へ堕ちる人形(なかま)とした。人形との生活はそれなりに楽しかった。彼らにも彼らなりの生き方や考え方があり、メルと同じ考えをする人形や全く異なる考えを持つ人形もいた。そんな彼らとの生活は例え一時であってもメルに復讐を忘れさせてくれた。
人並みの幸せを取り戻す為に、メルは復讐を行うのだ。
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三年の月日が経過し、メルは立派なレディに育った。
「身長は百五十センチもあり、体重はなんと四十キロもある。まさに立派なレディだ」
と、嘯いてみるが効果は一切ない。この様な嘘を吐いたのには理由がある。数日後、勇者一向の一人だった戦士がパーティを開くそうだ。そのパーティにはドレスやタキシードを着るのが定番らしく、奇襲にはもってこいだ。ここで何故メルが見栄を張ったのかが分かる。メルが奇襲を提案すると一部の人形がメルの提案を否定したのだ。
「我々はまだ子供だ。大人の勇者一向と戦うのは無謀だ」
分かっていない。まるで分かっていない。我々は魔族だ。人間という生き物より遥かに優れた生き物なのだ。そして魔王を討ち果たした彼らは束の間の平穏を遊んで暮らしている。そんな奴らが突然の自分達より上位の存在による奇襲に対応できる訳がない。しかし幾ら熱弁しようと人形は意見を変えない。そうだ。メルとは全く違う意見を言う存在もいるのだった。戦いを望まない。平和に生きたいと望む人形。だから、その人形の腕をちぎった。
「痛い。痛い痛い」
そんな悲鳴が聞こえる中メルはその腕を地面にゆっくり落とした。そしてもう一度言う。今がチャンスだと。奇襲を仕掛けると。そして最後に、反論のある魔族は前へ出ろと。メルの提案に異論のある魔族はいなかった。
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結論から言おう。奇襲は成功。メルと人形(なかま)達は見事にパーティに集まった人間を皆殺しにする事に成功した。嬉しい。そんな気持ちに胸がいっぱいになる。嗚呼、復讐とは、何と心地よいのだろうか!
「あの、子供まで殺す必要は無かったのではないでしょうか」
上機嫌のメルにその様な声が響く。小鬼だ。鬼という上位種になれず、かと言って鬼に勝る部分も一切ない完全なる数合わせの駒。そんな男がメルにそう言ってきた。
「人は醜く愚かだ。そこで子供を生かせば成長して我々を殺しに来る。今、我々が人間を殺した様に」
メルの言葉には威圧感があった。そして、カリスマがあった。その言葉に小鬼を含めた人形達は黙り込んだ。
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人形が死んだ。それもかなり多くの人形が。理由は人間による集落の襲撃だった。どうやら戦士が死んだ事が人間達に伝わり魔族を皆殺しにしなければならないと云う考え方が広まった様だ。無念だ。勇者を殺す戦力を無駄にしてしまった。メルはまだ幼い。故に戦略も立てる事が難しい。ではどうするか。人形(なかま)を増やそう。大切な人を失った子供だけではなく、魔王が殺されたというのにのうのうと生きている大人や戦ったもののまだ生存している大人に力を借りよう。メルはまだ子供なのだから、頼れる大人が必要だ。寄りかかれる人形(なかま)が必要だ。その人形達を、増やしに行こう。
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「子供が復讐など無理だ」
「両親の事を忘れろとは言わないけど、前を向かなきゃ」
「人間と戦っても死ぬだけだ。奴らは強い」
「憎しみに憎しみをぶつけても、次なる憎しみしか生まれない」
「嫌だ。痛いのは嫌だ。死ぬのはもっと嫌だ」
悲しいけれど、彼らはメルの手駒にはなってくれなさそうだった。なので、毒を注入してみた。殺しはしない。ただ、解毒薬はメルしか持っていない。
「勇者を殺すのを手伝ってくれたら、解毒薬を渡してあげる」
そうすると彼らは喜んでメルに従ってくれた。それをメルに逆らう人皆んなに行った。いや、みんなと言うには誤解がある。三十人程度の説得を終えたらみんなすんなりとメルの手伝いを申し出てくれたのだから。
「ありがとうみんな。大好きよ」
メルは満面の笑みで、十二歳に相応しい微笑みを見せた。大人もみんなダラダラと汗を流しながら笑ってくれた。
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戦争が始まった。幸い魔王の右腕と呼ばれる作戦参謀はまだ健在だったので魔族はかなり有利に動く事が出来た。三年と言う長い年月は人の体を衰えさせる。しかし、魔族にとって三年体を動かさない事は三時間体を動かさない事に等しい。大人の魔族の動きはまるで鈍っていなかった。この戦争の中で僧侶、盗賊、格闘家、遊び人を殺せた。実に優秀な成果だ。こちらの戦力も半分程削がれてしまったが、残るは勇者と魔法使いのみ。この程度ならばメルと残りの人形(なかま)で殺し切れるだろう。そう言えば遊び人が妙な事を言っていた。
「お願い助けて。私のお腹の中には勇者様との赤ちゃんがいるの」
よく分からない言葉だった。メルの調べでは勇者は三年程前から魔法使いと恋人関係にあり、今は王都で魔法使いと家庭を築いている筈だ。そんな状況なのに何故遊び人は勇者との子供だと言っていたのか。疑問はもう一つある。お腹に子供がいるから殺さないで、と。どう言う気持ちで言っていたのだろうか。三年前勇者が殺し、その遺体を見て戦いもしなかった癖に後ろで笑っていた遊び人にはわかるまい。メデゥーサの母親のお腹にはメルの弟がいたと言う事を。
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戦争はますます勢いを増し、遂にメルは勇者と対峙した。勇者は三年前と同じく黄金に輝く剣を握ってメルの人形(なかま)を切り裂いていた。メルは激怒した。人形を殺されたから。両親を殺されたから。姿も声も知らない弟を殺されたから。メルの姿を見た勇者も激怒した。仲間が殺されたから肉体関係を持った女が殺されたから。男か女かも分からない自分の子供を殺されたから。無関係の人間が殺されたから。両者が両者共激怒する理由としては充分だった。
「聖剣よ!我に力を!」
勇者との戦いは非常に熾烈を極めた。黄金の剣から放たれる光線は触れた魔族を溶かし、骨すら残さず焼いていく。メルは持ち前の反射神経で一度も当たらないが、人形(なかま)達は次々に死んでいく。しかしメルも負けてはいない。聖剣の猛攻を躱しながら勇者の陰に隠れて人形達を攻撃する人間達を石化させていく。厄介なのは魔法使いだった。
「聖なる杖よ!」
様々な属性の魔法攻撃。筋力、俊敏力などを底上げする補助魔法。傷や毒を癒す回復魔法。メルにとって厄介極まりない戦法を得意とする女だった。しかし、メルは魔法使いを殺す事に成功した。理由は簡単。とある生き物を目の前に差し出したらピタリと動きが止まり、隙だらけになったのだ。その目の前に差し出した生き物は、勇者と魔法使いの娘だった。二歳にならない年の娘は大きな声で涙を流して泣いていた。メルはその娘に鋭い牙を突きつけようと柔らかい娘の肌に口を近づける。
「やめて!何でもするから!お願い!」
杖を完全に手放した魔法使いを殺すのは赤子の首に噛み付くより簡単だった。
「お前、よくも!!!」
魔法使いと勇者と魔法使いを娘を殺した直後、人形に足止めを頼んでいた勇者が現れた。その目には大粒の涙が溢れていた。
「嗚呼、その目だよ。その目が。その目こそが。私が三年前に宿し、そして今の尚宿り続けている復讐の瞳だ!」
メルと勇者は同時に地面を蹴った。聖剣による一撃を躱してメルが口から猛毒を吐き出す。勇者はその毒を見事に回避するが。
「うぉぉぉぉぉ!」
戦いは長引いた。メルと勇者が戦う中メルの援護に来た人形は聖剣に殺され、勇者を助けに来た勇者の仲間達は石化させられ、その直後に砕かれる。メルと勇者の戦いの決定打となったのは、毒だった。
「はぁ、はぁ!ごはぁ!」
勇者が膝を突き口から溢れる赤い血液を垂れ流す。勇者はメルが吐き出す猛毒に一切触れていない。だが、猛毒というものは呼吸器官に空気を伝って入るだけでも効果を発揮するのだ。聖なる剣による光線とは違う。
「ばいばい」
完全に膝を突き立ち上がる事すら出来ない勇者にメルは猛毒を吐き出した。最後まで勇者には近づかず、メルは完璧な勝利を果たした。
「ふふ、あははははは!これで私の勝ち。私は復讐を遂げた!!これで!!私は幸せに生きられる!!!」
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勇者を殺した。その事実が凄く楽しく、メルは大きな声でゲラゲラと下品に笑う。ようやくだ。ようやく復讐を果たした。復讐を果たしたメルは気持ちよく人生を生きる事が出来
「あれ。復讐を遂げ終わったら、私は何をすればいいんだろう」
両親の仇は撃った。だが、この先の生活のビジョンが見えない。
「まあ、他の人形(なかま)と楽しく生きればいっか」
そう呟いてメルは歩いた。生きている人形を探す為。しかし、どれだけ歩いても心臓が動いている人形は見つからなかった。
「あれ。誰もいないのか。じゃあ、戦場に出てない人形と一緒に」
そう呟いてから気がつく。戦場に出ていない魔族などいない。何故ならメルが恐怖によって彼らを支配し、無理矢理戦場に連れ出したのだから。
「なら、もういっそ人間でもいい!人間に毒を入れて、私の幸せの糧にならなきゃ殺すって。そう言って生きていこう!私の、私のための人生を続けよう!」
生きた人間は見つからなかった。メルが全て殺せと言ったから。皆殺しにしろと言ったから。生きている人間はその場では無力でも力を付けたら牙を剥いてくると言ったから。
「動物はどうだ!?蛇や蛙。鳥や犬猫。いっそのこと豚でもいい。私の隣に寄り添ってくれる生き物なら何でも」
生き物は息絶えていた。別に生き物を殺せと言った覚えはないと死んだ人形達へ怒りが湧いてくるが、死因を調べて絶望する。動物達は毒で死んでいる。メルが惜しみなく吐き出した毒が空気中に伝って動物達を殺したのだ。
「誰か。いないのか」
メルの言葉に返事するものはいない。魔族は皆死んだ。人間は皆死んだ。犬も、猫も、鳥も、豚も、牛も、鼠も蛙もマンチカンも蛇も狐も。みんなみんな生き絶えた。この世界に生きている生き物は、メルという女ただ一人だ。
「一人」
小さく呟いたメルの瞳からは大粒の涙が溢れた。孤独。孤独だ。メルは人並みの幸せを求めていた。しかしその結果は孤独。自分以外が誰もいない世界。
「あは、あははははははははは!」
狂った笑いが誰もいない世界に響いた。
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その世界は滅びた。生き物は死に絶え、植物も芽吹かない。そんな世界で、たった一人生きている生物がいる。その生物は孤独だ。孤独しかない。その孤独を癒す為なら、どんな手段でも使うだろう。そんな手段など、どこにも無いというのに。
「あ」
随分と久方ぶりにその生き物は音を発した。その生き物は、こちらを見ている。そう、今この文章を読んでいるあなたを。
「人、人、人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人!!!!!!」
黒く、醜く、汚れ切った生き物は恐るべき速度でこちらに近づいてくる。が、この物語はフィクションである。この生き物があなたの元へ辿り着く事などあり得ない。偶然にもこの生き物があなたという存在に気がついただけで、あなたはこの生き物の孤独を癒す術を持っていない。この生き物は、毒蛇娘は。孤独なのである。
毒蛇娘の孤独
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