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第二章 長すぎた初恋
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凪の営む『はつ恋おわらせ屋』に姫華がやって来てから、はや三週間が経過した。
姫華が学校終わりや土日にコンスタントにお店に訪ねてくる間、凪はちらほらとやってくるお客さんに儀式の説明をしては逃げられる——ということを繰り返していた。
(まあ、最初から受け入れてくれる人なんかおらんと思っとったし)
凪が『はつ恋おわらせ屋』の経営を始めたのは去年の十月。自分があやかしになって現世に降り立ったと同時に始めたのだ。
凪が生きていたのは明治時代の博多の街である。
そこで二十五歳になるまで生きていたはずなのに、気がつくと櫛田神社の本殿の前で、シロヘビの姿になって佇んでいた。前世での記憶は「明治時代の博多で二十五歳まで暮らしていた」ということしか残っておらず、家族や自分の仕事のことなど、一切覚えていなかった。
月の綺麗な夜で、雲一つない空に、自分がなぜシロヘビの姿になり令和と呼ばれる時代にやって来たのか分からず、孤独を抱えていた。
シロヘビの姿でどこに行けばいいのかも、何をすれば良いのかも分からずに混乱していた最中、櫛田神社の本殿がピカッと光り、その光の真ん中から虹色に輝く鱗が舞い落ちて来たのである。
鱗を口で拾い上げた凪は、胸の中にとある“声”が響くのを感じた。
“この『白蛇の鱗』で初恋を忘れられずに苦しむ人を救いなさい”
それはまるで、天からのお告げだった。
誰にも頼ることもできず、何をすれば良いかすら分からない凪にとって、その声が、自分がシロヘビとして現世でなすべきことを導いてくれているように聞こえたのだ。
こうして凪は櫛田神社からほど近い路地裏の道で『はつ恋おわらせ屋』を営むことにしたのである。
普段は人間に化けているが、儀式を行う時だけはシロヘビの姿にならなければできないようだった。そして、シロヘビの姿になると、驚いて腰を抜かしてしまうお客さんが多く、結局これまで儀式を実行できたのはまだ姫華しかいない。それまでは当然赤字である。幸い、この店の建物のオーナーが、「わたしゃおい先短いけん、家賃なんていつでもいいわよお~。なんならいらないわ~」と、のんびり支払いを待ってくれる、大変懐の大きなおばあさんだったので、これまでなんとかお店を続けられてきたけれど……。
(あと四ヶ月で一年やな……)
姫華がテーブル席で漫画を読んでいる間、掃除をしながら凪はアンニュイな気分に浸っていた。
凪は普段、人前では元気で明るいキャラで通しているが、心の中では意外としんみりと考え事に耽っているのである。
凪がふう、とため息を吐きながら同時に拭き掃除を終えた時、漫画を読んでいた姫華がぱたんと本を閉じて、「あのさ」と声を上げた。
「凪さんって一年前からここに住んどるんよね?」
突然何を言い出すのだろう。姫華の質問の真意が分からずに、凪は戸惑いながら「うん。そうやけど」と答える。姫華には、去年現世に降り立ったということだけを伝えてある。前世で明治時代の博多に生きていたことは教えていない。
「ならさ、博多祇園山笠って知っとる? 毎年七月にある福岡の三大祭りなんやけど、男たちが山笠を担いで博多の街を走り抜ける! ていう男臭いお祭り」
「うーん、聞いたことならあるよ」
博多祇園山笠については、名前の響きだけなんとなく覚えている。たぶん、凪が生きていた頃も博多の街でやっていたお祭りなんだろう。
だけど、前世の記憶がない凪は山笠が実際にどんなものなのかまでは知らなかった。
「ならさ、ちょっと準備の様子とか見に行かん? 実は私、福岡生まれ福岡育ちなんやけど、実際にお祭りに行ったことないっちゃんね。一番の見せ場の『追い山笠』の日は早朝で、なかなか見る機会がなくて。でも凪に博多の街を案内するって思ったら、一回ぐらいこの目で見ておきたくなった。山笠の準備は六月一日——今日から始まってるはず」
姫華が博多祇園山笠の準備の様子や本番の様子を見たいと言い出した時、どうしてか分からないが、凪の胸がドキドキとときめいた。
(なんでやろ。山笠ってそんなに面白いとかいな)
自分の胸が高鳴っている理由が分からない。唯一の友達である姫華に誘われたからだろうか。よく考えれば、姫華とは友達になったものの休日に遊びに出かけるようなことはまだしていない。凪はずっと店番をしなくちゃいけないし、休みという休みが決まっているわけではなかった。
「ねえ、どう? その……嫌ならやめとくけど」
凪がしばらく答えないからか、姫華がちょっとだけ諦めた様子でしゅんと声をしぼませる。そんな姫華の気持ちを持ち上げるように、凪は「行く!」と声を張り上げて答えた。
「行く行く、山笠。準備から見れるったいね? そりゃ楽しそうだわ」
凪が元気よく答えると、姫華は途端にぱあっと華が咲いたように笑った。姫華の満面の笑みを見たのは初めてで、子どもらしい笑顔に、凪の胸はくすぐったくなった。
「正直私ら女やけん、どこまで見せてもらえるかは分からんけど。見学OKなところだけでも見れたらいいね。本番はもちろん、見物しよ」
姫華が楽しそうに誘うので、凪も初めて見る博多祇園山笠が楽しみになってきた。
「とりあえずあれやね。姫華は平日学校やろうけん、土日に店から出ようか」
「うん。あ、でもいいの? お客さんが来るとしたら土日が多いっちゃない?」
「一日中閉めるわけやないから、大丈夫! それに正直今まで一日も休まずに店開けとったけん、一日ぐらい休みたい」
凪がにひひ、と笑うと姫華は「一日も休んでないと!?」と後ろにすっ転びそうなほど驚いていた。
何はともあれ、週末は二人で山笠の準備を見学しに行くことになった。
凪は、それまでに山笠について少しでも調べておこうと胸に決意をし、夕飯の時間になりお店を出ていく姫華を見送るのだった。
凪の営む『はつ恋おわらせ屋』に姫華がやって来てから、はや三週間が経過した。
姫華が学校終わりや土日にコンスタントにお店に訪ねてくる間、凪はちらほらとやってくるお客さんに儀式の説明をしては逃げられる——ということを繰り返していた。
(まあ、最初から受け入れてくれる人なんかおらんと思っとったし)
凪が『はつ恋おわらせ屋』の経営を始めたのは去年の十月。自分があやかしになって現世に降り立ったと同時に始めたのだ。
凪が生きていたのは明治時代の博多の街である。
そこで二十五歳になるまで生きていたはずなのに、気がつくと櫛田神社の本殿の前で、シロヘビの姿になって佇んでいた。前世での記憶は「明治時代の博多で二十五歳まで暮らしていた」ということしか残っておらず、家族や自分の仕事のことなど、一切覚えていなかった。
月の綺麗な夜で、雲一つない空に、自分がなぜシロヘビの姿になり令和と呼ばれる時代にやって来たのか分からず、孤独を抱えていた。
シロヘビの姿でどこに行けばいいのかも、何をすれば良いのかも分からずに混乱していた最中、櫛田神社の本殿がピカッと光り、その光の真ん中から虹色に輝く鱗が舞い落ちて来たのである。
鱗を口で拾い上げた凪は、胸の中にとある“声”が響くのを感じた。
“この『白蛇の鱗』で初恋を忘れられずに苦しむ人を救いなさい”
それはまるで、天からのお告げだった。
誰にも頼ることもできず、何をすれば良いかすら分からない凪にとって、その声が、自分がシロヘビとして現世でなすべきことを導いてくれているように聞こえたのだ。
こうして凪は櫛田神社からほど近い路地裏の道で『はつ恋おわらせ屋』を営むことにしたのである。
普段は人間に化けているが、儀式を行う時だけはシロヘビの姿にならなければできないようだった。そして、シロヘビの姿になると、驚いて腰を抜かしてしまうお客さんが多く、結局これまで儀式を実行できたのはまだ姫華しかいない。それまでは当然赤字である。幸い、この店の建物のオーナーが、「わたしゃおい先短いけん、家賃なんていつでもいいわよお~。なんならいらないわ~」と、のんびり支払いを待ってくれる、大変懐の大きなおばあさんだったので、これまでなんとかお店を続けられてきたけれど……。
(あと四ヶ月で一年やな……)
姫華がテーブル席で漫画を読んでいる間、掃除をしながら凪はアンニュイな気分に浸っていた。
凪は普段、人前では元気で明るいキャラで通しているが、心の中では意外としんみりと考え事に耽っているのである。
凪がふう、とため息を吐きながら同時に拭き掃除を終えた時、漫画を読んでいた姫華がぱたんと本を閉じて、「あのさ」と声を上げた。
「凪さんって一年前からここに住んどるんよね?」
突然何を言い出すのだろう。姫華の質問の真意が分からずに、凪は戸惑いながら「うん。そうやけど」と答える。姫華には、去年現世に降り立ったということだけを伝えてある。前世で明治時代の博多に生きていたことは教えていない。
「ならさ、博多祇園山笠って知っとる? 毎年七月にある福岡の三大祭りなんやけど、男たちが山笠を担いで博多の街を走り抜ける! ていう男臭いお祭り」
「うーん、聞いたことならあるよ」
博多祇園山笠については、名前の響きだけなんとなく覚えている。たぶん、凪が生きていた頃も博多の街でやっていたお祭りなんだろう。
だけど、前世の記憶がない凪は山笠が実際にどんなものなのかまでは知らなかった。
「ならさ、ちょっと準備の様子とか見に行かん? 実は私、福岡生まれ福岡育ちなんやけど、実際にお祭りに行ったことないっちゃんね。一番の見せ場の『追い山笠』の日は早朝で、なかなか見る機会がなくて。でも凪に博多の街を案内するって思ったら、一回ぐらいこの目で見ておきたくなった。山笠の準備は六月一日——今日から始まってるはず」
姫華が博多祇園山笠の準備の様子や本番の様子を見たいと言い出した時、どうしてか分からないが、凪の胸がドキドキとときめいた。
(なんでやろ。山笠ってそんなに面白いとかいな)
自分の胸が高鳴っている理由が分からない。唯一の友達である姫華に誘われたからだろうか。よく考えれば、姫華とは友達になったものの休日に遊びに出かけるようなことはまだしていない。凪はずっと店番をしなくちゃいけないし、休みという休みが決まっているわけではなかった。
「ねえ、どう? その……嫌ならやめとくけど」
凪がしばらく答えないからか、姫華がちょっとだけ諦めた様子でしゅんと声をしぼませる。そんな姫華の気持ちを持ち上げるように、凪は「行く!」と声を張り上げて答えた。
「行く行く、山笠。準備から見れるったいね? そりゃ楽しそうだわ」
凪が元気よく答えると、姫華は途端にぱあっと華が咲いたように笑った。姫華の満面の笑みを見たのは初めてで、子どもらしい笑顔に、凪の胸はくすぐったくなった。
「正直私ら女やけん、どこまで見せてもらえるかは分からんけど。見学OKなところだけでも見れたらいいね。本番はもちろん、見物しよ」
姫華が楽しそうに誘うので、凪も初めて見る博多祇園山笠が楽しみになってきた。
「とりあえずあれやね。姫華は平日学校やろうけん、土日に店から出ようか」
「うん。あ、でもいいの? お客さんが来るとしたら土日が多いっちゃない?」
「一日中閉めるわけやないから、大丈夫! それに正直今まで一日も休まずに店開けとったけん、一日ぐらい休みたい」
凪がにひひ、と笑うと姫華は「一日も休んでないと!?」と後ろにすっ転びそうなほど驚いていた。
何はともあれ、週末は二人で山笠の準備を見学しに行くことになった。
凪は、それまでに山笠について少しでも調べておこうと胸に決意をし、夕飯の時間になりお店を出ていく姫華を見送るのだった。
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