選ばれなくてよかったと、今は思います

たくわん

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クロードが文書院に来たのは、月曜日の午後だった。

今回の案件は商業省の定例照会で、前回と同じくセシルが窓口対応をした。
書類の受け渡しは十分ほどで終わった。

帰り際にクロードが言った。

「少し時間があるか。昼食でも」

セシルは一拍おいた。

「業務中ですので」
「短時間でいい。話したいことがあって」
「後日、書面でお知らせいただければ対応します」
「そういうことじゃなくて……個人的な話だ」

廊下を職員が何人か通り過ぎた。
クロードが少し声を小さくした。

「君のことを、ずっと気にかけていた」

気にかけていた。

セシルは、その言葉の形を頭の中でなぞった。
五年間で一度も言われなかった言葉が、婚約を破棄した後に出てきた。

「ありがとうございます」

感情を抑えたわけではなかった。
ただ、今の自分には、それ以上の言葉がなかった。

「セシル」
「ご用件は以上でしょうか。業務に戻らせていただきます」

一礼して、廊下を歩いた。
背後でクロードが何か言いかけたが、聞こえなかったことにした。


渉外部に戻ってしばらくして、エドワードに呼ばれた。

長官室に入ると、机の上にオルタス商会の書類が広げられていた。

「次回の打ち合わせで確認すべき論点を整理したい。第七条の件だ」

セシルはメモを開いた。
二人で条文の解釈を確認し、先方が受け入れやすい落としどころを考えた。

エドワードは時折、短く問いかけた。

「この文言だと抜け道が生まれないか」
「第三項で縛れます。こういう解釈なら」
「先方の法務担当はそこまで読んでくるか」
「前回の打ち合わせの様子から見ると、来ると思います」

問いと答えが続いた。
無駄な言葉がなかった。

打ち合わせが一時間ほど続いて、エドワードが「今日はここまで」と言った。

セシルは書類をまとめながら、ふと今日の午後を振り返った。

クロードの「気にかけていた」という言葉と、エドワードとの一時間が、頭の中に並んだ。

二つは同じ時間の長さでも、同じ重さでもなかった。

一方は言葉だけがあった。
もう一方は言葉が少なくて、かわりに中身があった。

どちらが誠実かなどと、比べるつもりはなかった。
ただ、その違いは確かにあった。

「ロウエル職員」

立ち上がったセシルに、エドワードが言った。

「次の打ち合わせ、よく準備しておけ」
「はい」
「先方は今回、本腰を入れてくる」

それは、信頼して任せるという意味に聞こえた。
セシルは「承知しました」と答えて、扉を閉めた。


廊下を歩きながら、窓の外の空を見た。

秋の日暮れが早くなっていた。
もう夕暮れが始まっている。

クロードへの答えは、まだ出ていなかった。
が、今日の一時間を経た後では、何かが少し整理された気がした。

自分が必要としているのは何か、ということについて。
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