15 / 30
15
しおりを挟む
大雪の予報は出ていたが、あそこまでひどくなるとは思っていなかった。
夕方の五時を過ぎた頃から急激に積もり始めて、六時には王都の主要道路が通行止めになった。
文書院に残っていた職員が玄関に集まり、ヴィクトルが「今夜は院内で待機してほしい」と言った。
仮眠室は二部屋あった。
女性職員はリンと、記録部の二人と、セシルの四名。
男性は六名ほど。
エドワードを加えると七名。
当直表を急いで作ると、セシルとエドワードが深夜の見回り担当になった。
夜の十一時、廊下の点検を終えて、職員室の隅の暖炉の前に戻った。
リンたちはすでに仮眠室に引き上げていた。
室内にいるのはセシルとエドワードだけだった。
暖炉の火が赤く揺れている。
窓の外では雪が降り続いていた。
「コーヒーがあります」
セシルは棚を開けた。
先週自分で補充しておいたものだった。
「もらう」
二杯分を淹れて、一つをエドワードの横に置いた。
暖炉の前の椅子に、少し離れて座った。
しばらく沈黙が続いた。
「なぜ文書院に来たんだ」
エドワードが言った。
仕事の話ではない声だった。
セシルは少し考えてから、答えた。
「自分の力で立てる場所が欲しかったんです」
「どういう意味だ」
「生まれた家や、誰と婚約しているかではなく……自分がやったことで、自分の場所を作りたかった。文書院はそれができる場所だと思って」
エドワードはコーヒーを一口飲んだ。
「文書院を選ぶ理由にしては、珍しい」
「変ですか」
「変ではない」
短い沈黙があった。
「いい理由だ」
その言葉が、暖炉の火の音に混じって聞こえた。
セシルは少しの間、火を見た。
「長官はなぜ、文書院の長官を」
「国王に任じられた」
「そうではなくて」
エドワードが、珍しく少し間を置いた。
「正しい記録が残ることが、百年後の誰かを守る。そう思っている」
セシルは、その言葉を静かに受け取った。
書庫で読んだ文書の一節を思い出した。
民の暮らしを守るために法はある。
あの言葉と、今の言葉は、同じ場所から来ていた。
「……私も、そう思います」
エドワードが、セシルを見た。
視線が少し、長かった。
「そうか」
それだけだった。
暖炉の火が、時折小さく爆ぜた。
窓の外の雪は、まだやまなかった。
二人とも、それ以上話さなかった。
でも、沈黙は以前よりも少しだけ近い距離にあった。
セシルはそれを、はっきりと感じた。
夕方の五時を過ぎた頃から急激に積もり始めて、六時には王都の主要道路が通行止めになった。
文書院に残っていた職員が玄関に集まり、ヴィクトルが「今夜は院内で待機してほしい」と言った。
仮眠室は二部屋あった。
女性職員はリンと、記録部の二人と、セシルの四名。
男性は六名ほど。
エドワードを加えると七名。
当直表を急いで作ると、セシルとエドワードが深夜の見回り担当になった。
夜の十一時、廊下の点検を終えて、職員室の隅の暖炉の前に戻った。
リンたちはすでに仮眠室に引き上げていた。
室内にいるのはセシルとエドワードだけだった。
暖炉の火が赤く揺れている。
窓の外では雪が降り続いていた。
「コーヒーがあります」
セシルは棚を開けた。
先週自分で補充しておいたものだった。
「もらう」
二杯分を淹れて、一つをエドワードの横に置いた。
暖炉の前の椅子に、少し離れて座った。
しばらく沈黙が続いた。
「なぜ文書院に来たんだ」
エドワードが言った。
仕事の話ではない声だった。
セシルは少し考えてから、答えた。
「自分の力で立てる場所が欲しかったんです」
「どういう意味だ」
「生まれた家や、誰と婚約しているかではなく……自分がやったことで、自分の場所を作りたかった。文書院はそれができる場所だと思って」
エドワードはコーヒーを一口飲んだ。
「文書院を選ぶ理由にしては、珍しい」
「変ですか」
「変ではない」
短い沈黙があった。
「いい理由だ」
その言葉が、暖炉の火の音に混じって聞こえた。
セシルは少しの間、火を見た。
「長官はなぜ、文書院の長官を」
「国王に任じられた」
「そうではなくて」
エドワードが、珍しく少し間を置いた。
「正しい記録が残ることが、百年後の誰かを守る。そう思っている」
セシルは、その言葉を静かに受け取った。
書庫で読んだ文書の一節を思い出した。
民の暮らしを守るために法はある。
あの言葉と、今の言葉は、同じ場所から来ていた。
「……私も、そう思います」
エドワードが、セシルを見た。
視線が少し、長かった。
「そうか」
それだけだった。
暖炉の火が、時折小さく爆ぜた。
窓の外の雪は、まだやまなかった。
二人とも、それ以上話さなかった。
でも、沈黙は以前よりも少しだけ近い距離にあった。
セシルはそれを、はっきりと感じた。
10
あなたにおすすめの小説
侯爵家の婚約者に手を出す意味、わかってます?
碧井 汐桜香
恋愛
侯爵令嬢ジョセリアは地味な外見をしている少女だ。いつも婚約者のアランとその取り巻きの少女たちに罵倒されている。
しかし、今日はアランの取り巻きは一人しかおらず、いつも無視を決め込んでいたジョセリアが口を開いた。
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
邪魔者な私なもので
あんど もあ
ファンタジー
婚約者のウィレル様が、私の妹を食事に誘ったと報告をしてきました。なんて親切な方なのでしょう。でも、シェフが家にいるのになぜレストランに行くのですか?
天然な人の良いお嬢さまが、意図せずざまぁをする話。
「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」
歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。
「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは
泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析
能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り
続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。
婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
不器量令嬢は、婚約破棄の断罪が面倒くさい
あんど もあ
ファンタジー
不器量なマルグリットは、婚約者の美しい第一王子からずっと容姿を貶められる日々。とうとう王立学園の卒業パーティーで王子に婚約破棄を宣言され、「王子から解放される! それいいかも!」となったが、続く断罪が面倒くさくて他の人に丸投げする事にする。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる