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リンが気づいたのは、ある水曜日のことだった。
定例会議が終わって、渉外部に戻る廊下で、リンはセシルの隣を歩いていた。
会議室を出た時、エドワードが少し後ろを歩いていた。
いつもは一瞥して終わりのはずが、今日はセシルの方へ視線が向いたまま、数秒止まっていた。
セシルは気づいていなかった。
前を向いて歩いていた。
給湯室でリンはコーヒーを淹れながら、頭の中で整理した。
会議中もそうだった。
セシルが発言した時、長官の目がいつもより少し長くそちらを向いた。
他の職員が発言した時とは、角度が違った。
この二週間ほどで、似たような場面を何度か見た。
廊下ですれ違う時、一歩分だけ足が遅くなる。
書類を渡される時、言葉が一言多い。
「ご苦労だった」とか「よく確認した」とか、そういう短い言葉が増えた。
これはつまり。
リンは自分の結論を確認して、ひとりで少し笑った。
昼休みに、リンはセシルの向かいに座った。
「ねえ、最近の長官、なんか変だと思わない?」
「変、ですか」
セシルは弁当箱の蓋を開けながら首をかしげた。
「いつもより少し、こう……なんていうか、言葉が多くない? セシルに対して」
「そうですか? あまり気にしていなかったです」
「気にしていなかった」
リンは少し信じられないという顔をした。
「私から見ると、結構わかりやすいんだけど」
「何がですか」
「……いや、なんでもない」
セシルは不思議そうな顔をしたまま、弁当を食べ始めた。
リンはコーヒーを一口飲んだ。
セシルが気づいていないのか、気づいていて素知らぬふりをしているのかは、判断しかねた。
でも、その表情を見る限り、本当に気づいていない可能性が高かった。
ある意味、二人ともそろいもそろって、とリンは思った。
その日の夕方、エドワードは執務室で書類に向かいながら、自分が窓の方を見る回数が増えていることに気づいた。
窓の外ではなく、廊下の方向を。
廊下を職員が通り過ぎる音がするたびに、一瞬だけ意識が向いた。
セシルかどうかを、確認していた。
それに気づいた瞬間、エドワードはペンを置いた。
自分が何をしているのかは、はっきりとわかっていた。
ただ、それをどうすればいいのかが、全くわからなかった。
感情を言語化することが苦手だった。
それはずっとそうだった。
八年前も、そのせいで大切な何かを手放した。
今また、同じことをしようとしているのかもしれなかった。
エドワードは眼鏡を外して、目頭を押さえた。
窓の外は、冬の夕暮れが始まっていた。
空の端が、静かに橙色に染まっていた。
定例会議が終わって、渉外部に戻る廊下で、リンはセシルの隣を歩いていた。
会議室を出た時、エドワードが少し後ろを歩いていた。
いつもは一瞥して終わりのはずが、今日はセシルの方へ視線が向いたまま、数秒止まっていた。
セシルは気づいていなかった。
前を向いて歩いていた。
給湯室でリンはコーヒーを淹れながら、頭の中で整理した。
会議中もそうだった。
セシルが発言した時、長官の目がいつもより少し長くそちらを向いた。
他の職員が発言した時とは、角度が違った。
この二週間ほどで、似たような場面を何度か見た。
廊下ですれ違う時、一歩分だけ足が遅くなる。
書類を渡される時、言葉が一言多い。
「ご苦労だった」とか「よく確認した」とか、そういう短い言葉が増えた。
これはつまり。
リンは自分の結論を確認して、ひとりで少し笑った。
昼休みに、リンはセシルの向かいに座った。
「ねえ、最近の長官、なんか変だと思わない?」
「変、ですか」
セシルは弁当箱の蓋を開けながら首をかしげた。
「いつもより少し、こう……なんていうか、言葉が多くない? セシルに対して」
「そうですか? あまり気にしていなかったです」
「気にしていなかった」
リンは少し信じられないという顔をした。
「私から見ると、結構わかりやすいんだけど」
「何がですか」
「……いや、なんでもない」
セシルは不思議そうな顔をしたまま、弁当を食べ始めた。
リンはコーヒーを一口飲んだ。
セシルが気づいていないのか、気づいていて素知らぬふりをしているのかは、判断しかねた。
でも、その表情を見る限り、本当に気づいていない可能性が高かった。
ある意味、二人ともそろいもそろって、とリンは思った。
その日の夕方、エドワードは執務室で書類に向かいながら、自分が窓の方を見る回数が増えていることに気づいた。
窓の外ではなく、廊下の方向を。
廊下を職員が通り過ぎる音がするたびに、一瞬だけ意識が向いた。
セシルかどうかを、確認していた。
それに気づいた瞬間、エドワードはペンを置いた。
自分が何をしているのかは、はっきりとわかっていた。
ただ、それをどうすればいいのかが、全くわからなかった。
感情を言語化することが苦手だった。
それはずっとそうだった。
八年前も、そのせいで大切な何かを手放した。
今また、同じことをしようとしているのかもしれなかった。
エドワードは眼鏡を外して、目頭を押さえた。
窓の外は、冬の夕暮れが始まっていた。
空の端が、静かに橙色に染まっていた。
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