演じるのはもうやめます

たくわん

文字の大きさ
6 / 15

6

しおりを挟む
開店から三か月が経ち、『ローズ・アンド・ソーン』は王都で確固たる地位を築いていた。しかし、成功は新たな注目も集める。そして注目は、必ずしも好意的なものばかりではなかった。

ある日の午後、社交界で最も影響力のある老婦人、ヴィクトリア公爵夫人が店を訪れた。彼女は保守的な価値観の持ち主で、女性が商売をすることに批判的だった。

「アリシア様、お噂はかねがね」

夫人の声には、明らかな皮肉が込められていた。

「ヴィクトリア夫人、ようこそお越しくださいました」

アリシアは動じることなく、丁寧に対応した。

「令嬢が商売とは、時代も変わったものですわね。しかし、果たしてそれが品位あることかどうか」
「品位とは、何でしょうか?」

アリシアは穏やかに問い返した。

「家柄にふさわしい行動をすること。伝統を守ること。それが品位です」
「では、私の母が密かに商業投資をしていたことは、品位に欠けることだったのでしょうか?」

夫人は一瞬言葉に詰まった。アリシアの母は、社交界で非常に尊敬されていた女性だった。

「お母様は、誰も傷つけることなく、自分の情熱を静かに追求されました。私は、それをもっと堂々とやっているだけです」

アリシアは続けた。

「夫人、紅茶をお飲みになってください。そして、私の仕事を見てからご判断いただけませんか?」

アリシアは最高の技術で紅茶を淹れた。その所作は優雅で、まさに淑女のものだった。しかし同時に、職人としての誇りと情熱が感じられた。

夫人は一口飲んで、驚きの表情を浮かべた。

「これは…素晴らしい」
「ありがとうございます。これが、私の誇りです」

夫人は長い沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。

「アリシア様、私は古い人間です。変化を恐れ、伝統に固執してきました。しかし、あなたを見ていると、新しい時代を感じます」
「夫人…」
「品位とは、形式だけではないのかもしれません。自分の仕事に誇りを持ち、誠実に生きる。それもまた、品位なのでしょう」

その日以降、ヴィクトリア夫人は『ローズ・アンド・ソーン』の常連客となった。そして、保守的な貴族たちの中でも、アリシアを認める声が広がっていった。

しかし、すべての批判が消えたわけではなかった。特に、既存の商人組合からの反発は強かった。

「令嬢が商売をするなど、我々商人への侮辱だ」
「貴族の資金力で市場を荒らされては、たまらない」

組合の代表、ギルバート商会長がアリシアに会いに来た。

「アリシア様、あなたのビジネスは、我々の領域を侵している」
「私は公正に商売をしています。何か問題がありますか?」
「問題は、あなたが貴族だということだ。資金力も人脈も、我々とは比較にならない」

アリシアは真剣な表情で答えた。

「ギルバートさん、確かに私には利点があります。しかし、それは努力で補えないほどの差ではありません」
「綺麗事を…」
「綺麗事ではありません。私は毎日、朝から晩まで働いています。資金繰りに悩み、経営判断に苦しんでいます。貴族だからといって、楽をしているわけではありません」

ギルバートは黙って彼女を見つめた。

「それに、私は市場を独占するつもりはありません。むしろ、市場全体を拡大したいのです」
「市場を拡大?」
「ええ。紅茶文化を広めることで、新しい需要を作る。そうすれば、みんなにビジネスチャンスが生まれます」

アリシアは提案した。

「商人組合と協力して、紅茶の普及活動をしませんか?私は知識と資金を提供します。あなた方は流通網と経験を提供する」

ギルバートは考え込んだ。

「つまり、競争ではなく協力を?」
「ええ。一人で成功するより、みんなで成功する方が良いと思いませんか?」

その提案は、組合内で激しい議論を呼んだ。しかし最終的に、多数の賛成を得た。そして、アリシアと商人組合の提携が成立した。

この提携により、紅茶は王都全体に広まり、市場は急速に拡大した。『ローズ・アンド・ソーン』も繁盛したが、他の商人たちも利益を得た。

「アリシア様は、本物の商人だ」

ギルバートは、以前の敵意を完全に捨てていた。

しかし、成功の影には常に嫉妬がある。ある貴族の商人が、アリシアを陥れようと画策していた。

マルコムという男だった。彼は以前、アリシアに求婚して断られていた。その恨みから、彼女の評判を落とそうとした。

「『ローズ・アンド・ソーン』の紅茶は、実は質が悪い。貴族の名前で騙しているだけだ」

そんな噂を流し始めた。最初は誰も信じなかったが、マルコムは偽の証拠まで用意した。

「この茶葉を見てください。これが『ローズ・アンド・ソーン』で使われている茶葉です。明らかに、宣伝されているような高級品ではありません」

マルコムが示した茶葉は、確かに質の悪いものだった。しかし、それは彼が別の場所で入手した偽物だった。

噂は社交界に広がり、一部の客が『ローズ・アンド・ソーン』から離れ始めた。

「お嬢様、売上が落ちています」

スタッフが報告に来た。アリシアは冷静に状況を分析した。

「噂の出所を調べて」
「それが、マルコム様という方が…」
「マルコム…」

アリシアは彼を思い出した。一年前、執拗に求婚してきた男だ。彼女が断ると、激怒して去っていった。

「分かったわ。正面から対処する」

アリシアは、社交界の大きな集まりで、公開的に真実を語ることにした。

王太子妃主催の茶会に招待された時、アリシアは立ち上がって宣言した。

「皆様、私のお店について、様々な噂が流れていることは承知しています。今日、真実をお話しします」

会場がざわめいた。

「まず、『ローズ・アンド・ソーン』で使用している茶葉は、すべて東方から直接輸入した最高級品です。これは、取引記録と品質証明書で証明できます」

アリシアは書類を提示した。

「次に、噂の発端となった『質の悪い茶葉』ですが、これは私の店とは無関係です。誰かが、私の評判を落とすために偽造したものです」

マルコムは顔色を変えた。

「証拠はあるのか?」

彼が叫んだ。

「ええ、あります」

アリシアは冷静に答えた。

「その茶葉の販売記録を調べました。それは南部の市場で購入された安価な茶葉です。そして、その購入者は…マルコム様、あなたです」

会場が騒然となった。マルコムは青ざめた。

「私は、あなたを恨んではいません。ただ、真実を明らかにしたかっただけです」

アリシアの堂々とした態度に、人々は感銘を受けた。

王太子妃が立ち上がった。

「アリシア様の誠実さは、証明されました。そして、マルコム卿の卑劣さも」

マルコムは社交界から追放された。アリシアの評判は、以前より高まった。

その夜、店に戻ったアリシアは、スタッフたちに囲まれた。

「お嬢様、素晴らしかったです!」
「あんな堂々と…感動しました」

アリシアは微笑んだ。

「みんな、真実は必ず勝つのよ。だから、誠実に仕事をし続けることが大切なの」

この事件を通じて、アリシアは重要なことを学んだ。成功は、敵も作る。しかし、真実と誠実さがあれば、必ず道は開ける。

一方、ヴィクターはこの騒動を遠くから見ていた。アリシアの堂々とした姿、彼女を支える人々、そして彼女が築き上げた信頼。

すべてが、かつて自分が当然のように享受していたものだった。そして、自分で手放したものだった。

「俺は、何を失ったんだ…」

ヴィクターは呟いた。しかし、その答えを見つけるには、まだ時間が必要だった。

アリシアは前を向いて歩き続ける。困難があっても、支えてくれる人々がいる。そして、自分を信じる強さがある。

それが、本当の自分として生きるということだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

あなたがそのつもりなら

素亭子
恋愛
リリアーナはランス侯爵からの求婚をうけて結婚したが、わずか一年で夫は愛人を持った。リリアーナの仕返しの話です

「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります!

恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」 「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」 十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。 再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、 その瞬間に決意した。 「ええ、喜んで差し上げますわ」 将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。 跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、 王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。 「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」 聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

悲報!地味系令嬢、学園一のモテ男に「嘘の告白」をされる。

恋せよ恋
恋愛
「君のひたむきさに心打たれた」 学園の王子様、マーロン侯爵令息から突然の告白。 けれどそれは、退屈な優等生である彼が仕掛けた「罰ゲーム」だった。 ターゲットにされたのは、地味で貧乏な子爵令嬢・サブリナ。 彼女は震える声で告白を受け入れるが――眼鏡の奥の瞳は、冷徹に利益を計算していた。 (侯爵家の独占契約……手に入れたも同然だわ!) 実は、サブリナの正体は王都で話題の「エアハート商会」を率いる敏腕マネージャー。 「嘘の告白」をした男と、「嘘の快諾」をした女。 互いに利用し合うつもりが、いつの間にか本気に……? お互いの本性を隠したまま進む、腹黒×腹黒の騙し合いラブコメディ! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

処理中です...