これで、私も自由になれます

たくわん

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国王の召喚

王宮からの召喚状が届いたのは、晩秋の朝だった。

エリザベートは執務室で、製鉄所の設計図を検討していた。そこに、執事フリードリヒが重々しい足取りで入ってきた。

「お嬢様、王宮からの使者が参っております」

エリザベートは顔を上げた。

「王宮から?」

「はい。国王陛下の親書をお持ちです」

エリザベートは立ち上がり、応接室に向かった。

そこには、王宮の礼装を身につけた使者が待っていた。

「リヒテンシュタイン辺境伯令嬢、エリザベート様」

使者は恭しく一礼し、金色の封蝋が施された手紙を差し出した。

「国王陛下より、親書を賜りました」

エリザベートは手紙を受け取り、開封した。

流麗な文字で書かれた内容を読むうちに、彼女の目がわずかに見開かれた。

『リヒテンシュタイン辺境伯令嬢 エリザベート殿

余は、貴殿の領地経営における卓越した手腕について耳にした。

王国の繁栄のため、貴殿の知見を伺いたく思う。

つきましては、一週間後の午前、王宮にて余と面会されたい。

王国の未来について、共に語り合おうではないか。

国王 フリードリヒ三世』

エリザベートは、手紙を読み終えると、使者を見た。

「畏まりました。必ず参内いたします」

「では、そのようにお伝えいたします」

使者は再び一礼し、退出した。

フリードリヒが心配そうに尋ねた。

「お嬢様、何と?」

「国王陛下が、私に会いたいと仰っています」

エリザベートは手紙を見つめた。

「領地経営について、話を聞きたいそうです」

フリードリヒの目が見開かれた。

「それは……大変な栄誉ですな」

「ええ」

エリザベートは小さく笑った。

「でも、正直言えば、少し面倒ね。やることが山積みなのに」

「お嬢様!」

フリードリヒが慌てた。

「国王陛下の召喚を、面倒などと……」

「冗談よ」

エリザベートは微笑んだ。

「でも、これは良い機会かもしれない。王国全体の経済政策に影響を与えられるなら、それは領地のためにもなる」

彼女は、既に頭の中で計画を立て始めていた。

一週間後。

エリザベートは、王宮への道を進んでいた。

今回は、質素ながらも品のある淡い青のドレスを選んだ。過度な装飾はないが、辺境伯家の令嬢として相応しい装いだ。

馬車の中で、彼女は持参する資料を最終確認していた。

領地の経営報告書、改革の成果を示すデータ、今後の計画書。全てが、完璧に整理されている。

「お嬢様」

同行する財務官ハインリヒが言った。

「緊張なさいませんか? 相手は国王陛下ですぞ」

「緊張はしているわ」

エリザベートは正直に答えた。

「でも、準備は完璧にした。あとは、誠実に話すだけ」

馬車は、王宮の門をくぐった。

白亜の宮殿が、朝日を浴びて輝いている。

エリザベートが降りると、宮廷の侍従が迎えに出た。

「リヒテンシュタイン令嬢様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

長い廊下を進む。壁には歴代の国王の肖像画が飾られ、豪華な装飾が施されている。

すれ違う宮廷貴族たちが、エリザベートを興味深そうに見ていた。

「あれが、噂の令嬢か」

「思ったより地味だな」

「だが、その手腕は本物だという」

小声の会話が聞こえてくる。

エリザベートは、それらを気にせず、まっすぐ前を見て歩いた。

やがて、謁見の間の前に到着した。

重厚な扉が、ゆっくりと開かれる。

「リヒテンシュタイン辺境伯令嬢、エリザベート・フォン・リヒテンシュタイン、参内!」

侍従が声高に告げた。

エリザベートは、一歩、また一歩と、謁見の間に入っていった。

広大な間。高い天井。そして、玉座には、国王フリードリヒ三世が座っていた。

五十代の、威厳に満ちた男性。鋭い目が、エリザベートを見つめている。

エリザベートは、玉座の前で膝をついた。

「陛下、エリザベート・フォン・リヒテンシュタイン、参りました」

「顔を上げよ」

国王の声は、重々しかった。

エリザベートは顔を上げた。国王と、視線が合う。

「そなたが、噂の令嬢か」

国王は、興味深そうにエリザベートを見た。

「確かに、華やかではないな。だが、目に力がある」

「恐縮です、陛下」

「余は、そなたの領地経営について聞き及んでいる。わずか半年で、貧しい辺境を変えたと」

国王は身を乗り出した。

「どうやって、それを成し遂げた?」

エリザベートは、少し考えた後、答えた。

「陛下、特別なことは何もしておりません」

「ほう?」

「ただ、現状を正確に把握し、問題を明確にし、実行可能な計画を立て、着実に実行しただけです」

エリザベートは、持参した資料を取り出した。

「お許しいただけるなら、具体的にご説明いたします」

国王は頷いた。

「許す。近くに来て、説明せよ」

エリザベートは立ち上がり、玉座に近づいた。

周囲の重臣たちが、緊張した面持ちで見守っている。

「まず、農業改革です」

エリザベートは、図表を広げた。

「従来の三圃式農法には、休閑地という無駄がありました。そこで、マメ科植物を取り入れた輪作制に切り替え、収穫量を増やしつつ土壌の肥沃度も維持しました」

国王は、真剣に資料を見ていた。

「次に、鉱山開発。未開発だった資源を活用し、雇用を創出。そして、商業では、商人ギルドと対等な取引契約を結び、流通を確保しました」

エリザベートは、一つ一つ、丁寧に説明していった。

数字、データ、実績。全てが、明確に示されている。

「さらに」

エリザベートは続けた。

「道路などのインフラ整備を並行して進めることで、長期的な発展の基盤を作りました」

国王は、しばらく黙って資料を見ていた。

そして、顔を上げた。

「見事だ」

国王の声には、率直な賞賛が込められていた。

「余は、多くの領主たちに領地の発展を命じてきた。だが、実際に成果を上げた者は少ない」

国王は立ち上がった。

「そなたは、若く、女性であるにも関わらず、これだけの成果を上げた。それは、才能と努力の賜物だ」

「もったいないお言葉です」

「エリザベート・フォン・リヒテンシュタイン」

国王は、厳かに言った。

「余は、そなたに『王国財政顧問』の称号を授ける」

謁見の間が、どよめいた。

「陛下!」

財務大臣が驚いて前に出た。

「それは……女性に、そのような重職を……」

「何か問題があるか?」

国王は、冷たく財務大臣を見た。

「この娘は、実績を示した。性別が何だというのだ」

財務大臣は、言葉を失った。

国王は、再びエリザベートを見た。

「無論、強制はせぬ。そなたには、領地経営という本分がある。だが、余の相談に乗ってほしい。王国の経済政策について、そなたの知見を貸してほしい」

エリザベートは、深く考えた。

これは、大きな責任だ。

しかし、同時に、大きな機会でもある。

王国全体の政策に影響を与えられるなら、自分の領地だけでなく、多くの人々を助けられる。

「畏まりました」

エリザベートは深く頭を下げた。

「微力ながら、お力添えさせていただきます」

「よし」

国王は満足そうに頷いた。

「では、月に一度、王宮に来て、余に報告せよ。そして、王国の経済政策について、意見を述べよ」

「はい、陛下」

謁見が終わり、エリザベートが退出しようとした時。

「待て」

国王が呼び止めた。

「一つ、聞きたいことがある」

「何でございましょう」

「そなたは、ローゼンベルク公爵家との婚約を破棄されたと聞く」

国王の目が、鋭くなった。

「あの若造は、愚かだったな。そなたのような才女を手放すとは」

エリザベートは、穏やかに微笑んだ。

「陛下、それは彼の選択でした。そして、私はそれに感謝しております」

「感謝?」

「はい。あの婚約が続いていたら、私は今、こうして領地経営に専念することはできませんでした」

エリザベートは、まっすぐに国王を見た。

「人生には、全てに意味があると思います。あの経験があったからこそ、今の私がいます」

国王は、しばらくエリザベートを見つめた後、大きく笑った。

「はははは! 良い答えだ。そなたは、本当に賢い」

国王は手を振った。

「下がってよい。また会おう、エリザベート」

エリザベートは深く一礼し、謁見の間を後にした。

廊下に出ると、待っていたハインリヒが駆け寄ってきた。

「お嬢様、おめでとうございます! 王国財政顧問とは!」

「ええ」

エリザベートは微笑んだ。

「でも、これは始まりに過ぎないわ。責任も重くなった」

二人が廊下を歩いていると、前方から人影が近づいてきた。

エリザベートは、その人物を見て、足を止めた。

アレクサンダー・フォン・ローゼンベルクだった。

彼も、エリザベートに気づいて立ち止まった。

しばらく、二人は無言で見つめ合った。

アレクサンダーの顔は、以前より痩せて、疲れているように見えた。

「エリザベート……」

アレクサンダーが、ようやく口を開いた。

「久しぶりだな」

「ええ、お久しぶりです、アレクサンダー様」

エリザベートは、穏やかに答えた。

「お元気そうで、何よりです」

「君も……」

アレクサンダーは、言葉に詰まった。

「君の成功は、聞いている。素晴らしいことだ」

「ありがとうございます」

沈黙が流れた。

アレクサンダーは、何か言いたそうだった。

しかし、結局、彼は何も言えなかった。

「では、私はこれで」

エリザベートは優雅に一礼した。

「ごきげんよう、アレクサンダー様」

彼女は、アレクサンダーの横を通り過ぎて行った。

振り返ることなく。

アレクサンダーは、その背中を見つめていた。

かつて、「つまらない」と言って手放した女性。

今、彼女は国王から認められ、王国財政顧問という栄誉ある地位を得た。

一方、自分は何を得たのか。

財政難。父からの叱責。そして、深い後悔。

「エリザベート……」

アレクサンダーは、小さく呟いた。

しかし、その声は、もう彼女には届かない。

エリザベートは、王宮を後にした。

外に出ると、秋の爽やかな風が吹いていた。

「お嬢様」

ハインリヒが言った。

「アレクサンダー様と、お話しされなくてよろしかったのですか?」

「話すことなど、もう何もないわ」

エリザベートは空を見上げた。

「あの方は、あの方の道を歩んでいる。私は、私の道を歩む。それだけよ」

馬車に乗り込み、ノイシュタット領へ向かう。

窓の外、王都の景色が流れていく。

かつて、この街で「地味」と言われた自分。

しかし今、国王から認められ、王国の経済政策に関わる立場になった。

「人生は、面白いわね」

エリザベートは、小さく笑った。

そして、彼女は前を向いた。

領地では、やるべきことが山ほど待っている。

製鉄所の建設、新しい商品の開発、教育制度の整備。

夢は、まだまだ途中だ。

「さあ、帰りましょう」

エリザベートは、未来を見据えた。

彼女の物語は、これからも続いていく。

誰かに認められるためではなく。

ただ、自分自身のために。
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