7 / 12
国王の召喚
王宮からの召喚状が届いたのは、晩秋の朝だった。
エリザベートは執務室で、製鉄所の設計図を検討していた。そこに、執事フリードリヒが重々しい足取りで入ってきた。
「お嬢様、王宮からの使者が参っております」
エリザベートは顔を上げた。
「王宮から?」
「はい。国王陛下の親書をお持ちです」
エリザベートは立ち上がり、応接室に向かった。
そこには、王宮の礼装を身につけた使者が待っていた。
「リヒテンシュタイン辺境伯令嬢、エリザベート様」
使者は恭しく一礼し、金色の封蝋が施された手紙を差し出した。
「国王陛下より、親書を賜りました」
エリザベートは手紙を受け取り、開封した。
流麗な文字で書かれた内容を読むうちに、彼女の目がわずかに見開かれた。
『リヒテンシュタイン辺境伯令嬢 エリザベート殿
余は、貴殿の領地経営における卓越した手腕について耳にした。
王国の繁栄のため、貴殿の知見を伺いたく思う。
つきましては、一週間後の午前、王宮にて余と面会されたい。
王国の未来について、共に語り合おうではないか。
国王 フリードリヒ三世』
エリザベートは、手紙を読み終えると、使者を見た。
「畏まりました。必ず参内いたします」
「では、そのようにお伝えいたします」
使者は再び一礼し、退出した。
フリードリヒが心配そうに尋ねた。
「お嬢様、何と?」
「国王陛下が、私に会いたいと仰っています」
エリザベートは手紙を見つめた。
「領地経営について、話を聞きたいそうです」
フリードリヒの目が見開かれた。
「それは……大変な栄誉ですな」
「ええ」
エリザベートは小さく笑った。
「でも、正直言えば、少し面倒ね。やることが山積みなのに」
「お嬢様!」
フリードリヒが慌てた。
「国王陛下の召喚を、面倒などと……」
「冗談よ」
エリザベートは微笑んだ。
「でも、これは良い機会かもしれない。王国全体の経済政策に影響を与えられるなら、それは領地のためにもなる」
彼女は、既に頭の中で計画を立て始めていた。
一週間後。
エリザベートは、王宮への道を進んでいた。
今回は、質素ながらも品のある淡い青のドレスを選んだ。過度な装飾はないが、辺境伯家の令嬢として相応しい装いだ。
馬車の中で、彼女は持参する資料を最終確認していた。
領地の経営報告書、改革の成果を示すデータ、今後の計画書。全てが、完璧に整理されている。
「お嬢様」
同行する財務官ハインリヒが言った。
「緊張なさいませんか? 相手は国王陛下ですぞ」
「緊張はしているわ」
エリザベートは正直に答えた。
「でも、準備は完璧にした。あとは、誠実に話すだけ」
馬車は、王宮の門をくぐった。
白亜の宮殿が、朝日を浴びて輝いている。
エリザベートが降りると、宮廷の侍従が迎えに出た。
「リヒテンシュタイン令嬢様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
長い廊下を進む。壁には歴代の国王の肖像画が飾られ、豪華な装飾が施されている。
すれ違う宮廷貴族たちが、エリザベートを興味深そうに見ていた。
「あれが、噂の令嬢か」
「思ったより地味だな」
「だが、その手腕は本物だという」
小声の会話が聞こえてくる。
エリザベートは、それらを気にせず、まっすぐ前を見て歩いた。
やがて、謁見の間の前に到着した。
重厚な扉が、ゆっくりと開かれる。
「リヒテンシュタイン辺境伯令嬢、エリザベート・フォン・リヒテンシュタイン、参内!」
侍従が声高に告げた。
エリザベートは、一歩、また一歩と、謁見の間に入っていった。
広大な間。高い天井。そして、玉座には、国王フリードリヒ三世が座っていた。
五十代の、威厳に満ちた男性。鋭い目が、エリザベートを見つめている。
エリザベートは、玉座の前で膝をついた。
「陛下、エリザベート・フォン・リヒテンシュタイン、参りました」
「顔を上げよ」
国王の声は、重々しかった。
エリザベートは顔を上げた。国王と、視線が合う。
「そなたが、噂の令嬢か」
国王は、興味深そうにエリザベートを見た。
「確かに、華やかではないな。だが、目に力がある」
「恐縮です、陛下」
「余は、そなたの領地経営について聞き及んでいる。わずか半年で、貧しい辺境を変えたと」
国王は身を乗り出した。
「どうやって、それを成し遂げた?」
エリザベートは、少し考えた後、答えた。
「陛下、特別なことは何もしておりません」
「ほう?」
「ただ、現状を正確に把握し、問題を明確にし、実行可能な計画を立て、着実に実行しただけです」
エリザベートは、持参した資料を取り出した。
「お許しいただけるなら、具体的にご説明いたします」
国王は頷いた。
「許す。近くに来て、説明せよ」
エリザベートは立ち上がり、玉座に近づいた。
周囲の重臣たちが、緊張した面持ちで見守っている。
「まず、農業改革です」
エリザベートは、図表を広げた。
「従来の三圃式農法には、休閑地という無駄がありました。そこで、マメ科植物を取り入れた輪作制に切り替え、収穫量を増やしつつ土壌の肥沃度も維持しました」
国王は、真剣に資料を見ていた。
「次に、鉱山開発。未開発だった資源を活用し、雇用を創出。そして、商業では、商人ギルドと対等な取引契約を結び、流通を確保しました」
エリザベートは、一つ一つ、丁寧に説明していった。
数字、データ、実績。全てが、明確に示されている。
「さらに」
エリザベートは続けた。
「道路などのインフラ整備を並行して進めることで、長期的な発展の基盤を作りました」
国王は、しばらく黙って資料を見ていた。
そして、顔を上げた。
「見事だ」
国王の声には、率直な賞賛が込められていた。
「余は、多くの領主たちに領地の発展を命じてきた。だが、実際に成果を上げた者は少ない」
国王は立ち上がった。
「そなたは、若く、女性であるにも関わらず、これだけの成果を上げた。それは、才能と努力の賜物だ」
「もったいないお言葉です」
「エリザベート・フォン・リヒテンシュタイン」
国王は、厳かに言った。
「余は、そなたに『王国財政顧問』の称号を授ける」
謁見の間が、どよめいた。
「陛下!」
財務大臣が驚いて前に出た。
「それは……女性に、そのような重職を……」
「何か問題があるか?」
国王は、冷たく財務大臣を見た。
「この娘は、実績を示した。性別が何だというのだ」
財務大臣は、言葉を失った。
国王は、再びエリザベートを見た。
「無論、強制はせぬ。そなたには、領地経営という本分がある。だが、余の相談に乗ってほしい。王国の経済政策について、そなたの知見を貸してほしい」
エリザベートは、深く考えた。
これは、大きな責任だ。
しかし、同時に、大きな機会でもある。
王国全体の政策に影響を与えられるなら、自分の領地だけでなく、多くの人々を助けられる。
「畏まりました」
エリザベートは深く頭を下げた。
「微力ながら、お力添えさせていただきます」
「よし」
国王は満足そうに頷いた。
「では、月に一度、王宮に来て、余に報告せよ。そして、王国の経済政策について、意見を述べよ」
「はい、陛下」
謁見が終わり、エリザベートが退出しようとした時。
「待て」
国王が呼び止めた。
「一つ、聞きたいことがある」
「何でございましょう」
「そなたは、ローゼンベルク公爵家との婚約を破棄されたと聞く」
国王の目が、鋭くなった。
「あの若造は、愚かだったな。そなたのような才女を手放すとは」
エリザベートは、穏やかに微笑んだ。
「陛下、それは彼の選択でした。そして、私はそれに感謝しております」
「感謝?」
「はい。あの婚約が続いていたら、私は今、こうして領地経営に専念することはできませんでした」
エリザベートは、まっすぐに国王を見た。
「人生には、全てに意味があると思います。あの経験があったからこそ、今の私がいます」
国王は、しばらくエリザベートを見つめた後、大きく笑った。
「はははは! 良い答えだ。そなたは、本当に賢い」
国王は手を振った。
「下がってよい。また会おう、エリザベート」
エリザベートは深く一礼し、謁見の間を後にした。
廊下に出ると、待っていたハインリヒが駆け寄ってきた。
「お嬢様、おめでとうございます! 王国財政顧問とは!」
「ええ」
エリザベートは微笑んだ。
「でも、これは始まりに過ぎないわ。責任も重くなった」
二人が廊下を歩いていると、前方から人影が近づいてきた。
エリザベートは、その人物を見て、足を止めた。
アレクサンダー・フォン・ローゼンベルクだった。
彼も、エリザベートに気づいて立ち止まった。
しばらく、二人は無言で見つめ合った。
アレクサンダーの顔は、以前より痩せて、疲れているように見えた。
「エリザベート……」
アレクサンダーが、ようやく口を開いた。
「久しぶりだな」
「ええ、お久しぶりです、アレクサンダー様」
エリザベートは、穏やかに答えた。
「お元気そうで、何よりです」
「君も……」
アレクサンダーは、言葉に詰まった。
「君の成功は、聞いている。素晴らしいことだ」
「ありがとうございます」
沈黙が流れた。
アレクサンダーは、何か言いたそうだった。
しかし、結局、彼は何も言えなかった。
「では、私はこれで」
エリザベートは優雅に一礼した。
「ごきげんよう、アレクサンダー様」
彼女は、アレクサンダーの横を通り過ぎて行った。
振り返ることなく。
アレクサンダーは、その背中を見つめていた。
かつて、「つまらない」と言って手放した女性。
今、彼女は国王から認められ、王国財政顧問という栄誉ある地位を得た。
一方、自分は何を得たのか。
財政難。父からの叱責。そして、深い後悔。
「エリザベート……」
アレクサンダーは、小さく呟いた。
しかし、その声は、もう彼女には届かない。
エリザベートは、王宮を後にした。
外に出ると、秋の爽やかな風が吹いていた。
「お嬢様」
ハインリヒが言った。
「アレクサンダー様と、お話しされなくてよろしかったのですか?」
「話すことなど、もう何もないわ」
エリザベートは空を見上げた。
「あの方は、あの方の道を歩んでいる。私は、私の道を歩む。それだけよ」
馬車に乗り込み、ノイシュタット領へ向かう。
窓の外、王都の景色が流れていく。
かつて、この街で「地味」と言われた自分。
しかし今、国王から認められ、王国の経済政策に関わる立場になった。
「人生は、面白いわね」
エリザベートは、小さく笑った。
そして、彼女は前を向いた。
領地では、やるべきことが山ほど待っている。
製鉄所の建設、新しい商品の開発、教育制度の整備。
夢は、まだまだ途中だ。
「さあ、帰りましょう」
エリザベートは、未来を見据えた。
彼女の物語は、これからも続いていく。
誰かに認められるためではなく。
ただ、自分自身のために。
エリザベートは執務室で、製鉄所の設計図を検討していた。そこに、執事フリードリヒが重々しい足取りで入ってきた。
「お嬢様、王宮からの使者が参っております」
エリザベートは顔を上げた。
「王宮から?」
「はい。国王陛下の親書をお持ちです」
エリザベートは立ち上がり、応接室に向かった。
そこには、王宮の礼装を身につけた使者が待っていた。
「リヒテンシュタイン辺境伯令嬢、エリザベート様」
使者は恭しく一礼し、金色の封蝋が施された手紙を差し出した。
「国王陛下より、親書を賜りました」
エリザベートは手紙を受け取り、開封した。
流麗な文字で書かれた内容を読むうちに、彼女の目がわずかに見開かれた。
『リヒテンシュタイン辺境伯令嬢 エリザベート殿
余は、貴殿の領地経営における卓越した手腕について耳にした。
王国の繁栄のため、貴殿の知見を伺いたく思う。
つきましては、一週間後の午前、王宮にて余と面会されたい。
王国の未来について、共に語り合おうではないか。
国王 フリードリヒ三世』
エリザベートは、手紙を読み終えると、使者を見た。
「畏まりました。必ず参内いたします」
「では、そのようにお伝えいたします」
使者は再び一礼し、退出した。
フリードリヒが心配そうに尋ねた。
「お嬢様、何と?」
「国王陛下が、私に会いたいと仰っています」
エリザベートは手紙を見つめた。
「領地経営について、話を聞きたいそうです」
フリードリヒの目が見開かれた。
「それは……大変な栄誉ですな」
「ええ」
エリザベートは小さく笑った。
「でも、正直言えば、少し面倒ね。やることが山積みなのに」
「お嬢様!」
フリードリヒが慌てた。
「国王陛下の召喚を、面倒などと……」
「冗談よ」
エリザベートは微笑んだ。
「でも、これは良い機会かもしれない。王国全体の経済政策に影響を与えられるなら、それは領地のためにもなる」
彼女は、既に頭の中で計画を立て始めていた。
一週間後。
エリザベートは、王宮への道を進んでいた。
今回は、質素ながらも品のある淡い青のドレスを選んだ。過度な装飾はないが、辺境伯家の令嬢として相応しい装いだ。
馬車の中で、彼女は持参する資料を最終確認していた。
領地の経営報告書、改革の成果を示すデータ、今後の計画書。全てが、完璧に整理されている。
「お嬢様」
同行する財務官ハインリヒが言った。
「緊張なさいませんか? 相手は国王陛下ですぞ」
「緊張はしているわ」
エリザベートは正直に答えた。
「でも、準備は完璧にした。あとは、誠実に話すだけ」
馬車は、王宮の門をくぐった。
白亜の宮殿が、朝日を浴びて輝いている。
エリザベートが降りると、宮廷の侍従が迎えに出た。
「リヒテンシュタイン令嬢様、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
長い廊下を進む。壁には歴代の国王の肖像画が飾られ、豪華な装飾が施されている。
すれ違う宮廷貴族たちが、エリザベートを興味深そうに見ていた。
「あれが、噂の令嬢か」
「思ったより地味だな」
「だが、その手腕は本物だという」
小声の会話が聞こえてくる。
エリザベートは、それらを気にせず、まっすぐ前を見て歩いた。
やがて、謁見の間の前に到着した。
重厚な扉が、ゆっくりと開かれる。
「リヒテンシュタイン辺境伯令嬢、エリザベート・フォン・リヒテンシュタイン、参内!」
侍従が声高に告げた。
エリザベートは、一歩、また一歩と、謁見の間に入っていった。
広大な間。高い天井。そして、玉座には、国王フリードリヒ三世が座っていた。
五十代の、威厳に満ちた男性。鋭い目が、エリザベートを見つめている。
エリザベートは、玉座の前で膝をついた。
「陛下、エリザベート・フォン・リヒテンシュタイン、参りました」
「顔を上げよ」
国王の声は、重々しかった。
エリザベートは顔を上げた。国王と、視線が合う。
「そなたが、噂の令嬢か」
国王は、興味深そうにエリザベートを見た。
「確かに、華やかではないな。だが、目に力がある」
「恐縮です、陛下」
「余は、そなたの領地経営について聞き及んでいる。わずか半年で、貧しい辺境を変えたと」
国王は身を乗り出した。
「どうやって、それを成し遂げた?」
エリザベートは、少し考えた後、答えた。
「陛下、特別なことは何もしておりません」
「ほう?」
「ただ、現状を正確に把握し、問題を明確にし、実行可能な計画を立て、着実に実行しただけです」
エリザベートは、持参した資料を取り出した。
「お許しいただけるなら、具体的にご説明いたします」
国王は頷いた。
「許す。近くに来て、説明せよ」
エリザベートは立ち上がり、玉座に近づいた。
周囲の重臣たちが、緊張した面持ちで見守っている。
「まず、農業改革です」
エリザベートは、図表を広げた。
「従来の三圃式農法には、休閑地という無駄がありました。そこで、マメ科植物を取り入れた輪作制に切り替え、収穫量を増やしつつ土壌の肥沃度も維持しました」
国王は、真剣に資料を見ていた。
「次に、鉱山開発。未開発だった資源を活用し、雇用を創出。そして、商業では、商人ギルドと対等な取引契約を結び、流通を確保しました」
エリザベートは、一つ一つ、丁寧に説明していった。
数字、データ、実績。全てが、明確に示されている。
「さらに」
エリザベートは続けた。
「道路などのインフラ整備を並行して進めることで、長期的な発展の基盤を作りました」
国王は、しばらく黙って資料を見ていた。
そして、顔を上げた。
「見事だ」
国王の声には、率直な賞賛が込められていた。
「余は、多くの領主たちに領地の発展を命じてきた。だが、実際に成果を上げた者は少ない」
国王は立ち上がった。
「そなたは、若く、女性であるにも関わらず、これだけの成果を上げた。それは、才能と努力の賜物だ」
「もったいないお言葉です」
「エリザベート・フォン・リヒテンシュタイン」
国王は、厳かに言った。
「余は、そなたに『王国財政顧問』の称号を授ける」
謁見の間が、どよめいた。
「陛下!」
財務大臣が驚いて前に出た。
「それは……女性に、そのような重職を……」
「何か問題があるか?」
国王は、冷たく財務大臣を見た。
「この娘は、実績を示した。性別が何だというのだ」
財務大臣は、言葉を失った。
国王は、再びエリザベートを見た。
「無論、強制はせぬ。そなたには、領地経営という本分がある。だが、余の相談に乗ってほしい。王国の経済政策について、そなたの知見を貸してほしい」
エリザベートは、深く考えた。
これは、大きな責任だ。
しかし、同時に、大きな機会でもある。
王国全体の政策に影響を与えられるなら、自分の領地だけでなく、多くの人々を助けられる。
「畏まりました」
エリザベートは深く頭を下げた。
「微力ながら、お力添えさせていただきます」
「よし」
国王は満足そうに頷いた。
「では、月に一度、王宮に来て、余に報告せよ。そして、王国の経済政策について、意見を述べよ」
「はい、陛下」
謁見が終わり、エリザベートが退出しようとした時。
「待て」
国王が呼び止めた。
「一つ、聞きたいことがある」
「何でございましょう」
「そなたは、ローゼンベルク公爵家との婚約を破棄されたと聞く」
国王の目が、鋭くなった。
「あの若造は、愚かだったな。そなたのような才女を手放すとは」
エリザベートは、穏やかに微笑んだ。
「陛下、それは彼の選択でした。そして、私はそれに感謝しております」
「感謝?」
「はい。あの婚約が続いていたら、私は今、こうして領地経営に専念することはできませんでした」
エリザベートは、まっすぐに国王を見た。
「人生には、全てに意味があると思います。あの経験があったからこそ、今の私がいます」
国王は、しばらくエリザベートを見つめた後、大きく笑った。
「はははは! 良い答えだ。そなたは、本当に賢い」
国王は手を振った。
「下がってよい。また会おう、エリザベート」
エリザベートは深く一礼し、謁見の間を後にした。
廊下に出ると、待っていたハインリヒが駆け寄ってきた。
「お嬢様、おめでとうございます! 王国財政顧問とは!」
「ええ」
エリザベートは微笑んだ。
「でも、これは始まりに過ぎないわ。責任も重くなった」
二人が廊下を歩いていると、前方から人影が近づいてきた。
エリザベートは、その人物を見て、足を止めた。
アレクサンダー・フォン・ローゼンベルクだった。
彼も、エリザベートに気づいて立ち止まった。
しばらく、二人は無言で見つめ合った。
アレクサンダーの顔は、以前より痩せて、疲れているように見えた。
「エリザベート……」
アレクサンダーが、ようやく口を開いた。
「久しぶりだな」
「ええ、お久しぶりです、アレクサンダー様」
エリザベートは、穏やかに答えた。
「お元気そうで、何よりです」
「君も……」
アレクサンダーは、言葉に詰まった。
「君の成功は、聞いている。素晴らしいことだ」
「ありがとうございます」
沈黙が流れた。
アレクサンダーは、何か言いたそうだった。
しかし、結局、彼は何も言えなかった。
「では、私はこれで」
エリザベートは優雅に一礼した。
「ごきげんよう、アレクサンダー様」
彼女は、アレクサンダーの横を通り過ぎて行った。
振り返ることなく。
アレクサンダーは、その背中を見つめていた。
かつて、「つまらない」と言って手放した女性。
今、彼女は国王から認められ、王国財政顧問という栄誉ある地位を得た。
一方、自分は何を得たのか。
財政難。父からの叱責。そして、深い後悔。
「エリザベート……」
アレクサンダーは、小さく呟いた。
しかし、その声は、もう彼女には届かない。
エリザベートは、王宮を後にした。
外に出ると、秋の爽やかな風が吹いていた。
「お嬢様」
ハインリヒが言った。
「アレクサンダー様と、お話しされなくてよろしかったのですか?」
「話すことなど、もう何もないわ」
エリザベートは空を見上げた。
「あの方は、あの方の道を歩んでいる。私は、私の道を歩む。それだけよ」
馬車に乗り込み、ノイシュタット領へ向かう。
窓の外、王都の景色が流れていく。
かつて、この街で「地味」と言われた自分。
しかし今、国王から認められ、王国の経済政策に関わる立場になった。
「人生は、面白いわね」
エリザベートは、小さく笑った。
そして、彼女は前を向いた。
領地では、やるべきことが山ほど待っている。
製鉄所の建設、新しい商品の開発、教育制度の整備。
夢は、まだまだ途中だ。
「さあ、帰りましょう」
エリザベートは、未来を見据えた。
彼女の物語は、これからも続いていく。
誰かに認められるためではなく。
ただ、自分自身のために。
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された公爵令嬢ですが、家族も元婚約者もすべて失いました
あう
恋愛
「真実の愛を見つけた。君との婚約は破棄する」
王都の夜会でそう告げられたのは、公爵令嬢セリシア・ルヴァリエ。
隣に立っていたのは、かねてより彼女を陥れてきた義妹ミレイナだった。
継母は義妹を溺愛し、父は家の利益のために沈黙を貫く。
味方は誰一人いない――まさに四面楚歌。
だが、セリシアは涙を流さなかった。
「婚約破棄、謹んでお受けいたしますわ」
それは絶望ではなく、すべてを覆す反撃の始まりだった。
やがて明らかになる数々の真実。
裏切り者たちは自らの罪によって転落していき、セリシアは新たな出会いとともに、自らの人生を切り開いていく。
これは、誇り高き令嬢が四面楚歌から大逆転を果たし、裏切った者たちに救済なき断罪を下す物語。
そして最後に手にするのは――本当の愛と、揺るがぬ幸せ。
---
■キャッチコピー案(任意で使用可能)
「救済なし、後悔だけをあなたに。」
「すべてを奪ったつもりでしたか? 最後に失うのはあなた方です。」
「四面楚歌の令嬢による、華麗なる大逆転劇。」
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
婚約破棄されたので、前世で倒した魔王を婿にします
なかすあき
恋愛
王宮の舞踏会で、王太子ユリウスから公開の婚約破棄を告げられた公爵令嬢フィオナ。
正式な破棄のために持ち出された王家の宝具「破婚の鏡」は、なぜか黒くひび割れ、彼女の前世の記憶を呼び覚ます。
前世のフィオナは、勇者一行の聖職者として魔王を討った女だった。
だがその瞬間、破婚の鏡は異界への門へと変わり、かつて自ら倒したはずの魔王ゼルヴァンが現れる。
「ようやく、直接会えた。結婚しろ、フィオナ」
軽い恋に酔って婚約者を切り捨てた王太子。
前世で討たれてなお、今世で彼女を探し続けていた魔王。
婚約を失った夜に始まったのは、失恋ではなく、
前世から続く、とびきり厄介な求婚の続きだった。
『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた
歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。
断罪の準備は完璧です!国外追放が楽しみすぎてボロが出る
黒猫かの
恋愛
「ミモリ・フォン・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
パルマ王国の卒業パーティー。第一王子アリオスから突きつけられた非情な断罪に、公爵令嬢ミモリは……内心でガッツポーズを決めていた。
(ついにきたわ! これで堅苦しい王妃教育も、無能な婚約者の世話も、全部おさらばですわ!)
世界の現実は、理不尽で残酷だ――平等など存在しない
こもど
恋愛
「学園内は、身分に関係なく平等であるべきです」
その“正義”が、王国を崩しかけた。
王太子ルイスは、貴族学院で平民出身の聖女マリアがいじめられたと信じ、
婚約者である公爵令嬢アリエノール・ダキテーヌを断罪し、婚約破棄を宣言する。
だが――
たとえそれが事実であったとしても、
それは婚約破棄の正当な理由にはならなかった。
貴族社会において、婚約とは恋愛ではない。
それは契約であり、権力であり、国家の均衡そのものだ。
「世界は、残酷で不平等なのです」
その現実を理解しないまま振るわれた“善意の正義”は、
王太子の廃嫡、聖女の幽閉、王家と公爵家の決定的な断絶を招く。
婚約破棄は恋愛劇では終わらない。
それは、国家が牙を剥く瞬間だ。
本作は、
「いじめられたという事実があっても、それは免罪符にはならない」
「平等を信じた者が、最も残酷な結末に辿り着く」
そんな現実を、徹底して描く。
――これは、ざまぁではない。
誰も救われない、残酷な現実の物語である。
※本作は中世ヨーロッパをモデルにしたフィクションです。
学園制度・男女共学などは史実とは異なりますが、
権力構造と政治的判断の冷酷さを重視して描いています。
---
公爵令嬢ですが、実は神の加護を持つ最強チート持ちです。婚約破棄? ご勝手に
ゆっこ
恋愛
王都アルヴェリアの中心にある王城。その豪奢な大広間で、今宵は王太子主催の舞踏会が開かれていた。貴族の子弟たちが華やかなドレスと礼装に身を包み、音楽と笑い声が響く中、私——リシェル・フォン・アーデンフェルトは、端の席で静かに紅茶を飲んでいた。
私は公爵家の長女であり、かつては王太子殿下の婚約者だった。……そう、「かつては」と言わねばならないのだろう。今、まさにこの瞬間をもって。
「リシェル・フォン・アーデンフェルト。君との婚約を、ここに正式に破棄する!」
唐突な宣言。静まり返る大広間。注がれる無数の視線。それらすべてを、私はただ一口紅茶を啜りながら見返した。
婚約破棄の相手、王太子レオンハルト・ヴァルツァーは、金髪碧眼のいかにも“主役”然とした青年である。彼の隣には、勝ち誇ったような笑みを浮かべる少女が寄り添っていた。
「そして私は、新たにこのセシリア・ルミエール嬢を伴侶に選ぶ。彼女こそが、真に民を導くにふさわしい『聖女』だ!」
ああ、なるほど。これが今日の筋書きだったのね。
婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね
ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。
失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。