これで、私も自由になれます

たくわん

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公爵家の危機

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冬が訪れた。

王都は雪に覆われ、街は静かだった。

ローゼンベルク公爵邸の執務室で、アレクサンダーは書類の山に埋もれていた。

借金の返済計画。人員削減案。経費削減のための施策。

どれも、辛い決断ばかりだ。

「若様」

秘書官が入ってきた。その顔は青ざめている。

「公爵様が、倒れられました」

「何だと!」

アレクサンダーは立ち上がった。

父の寝室に駆けつけると、公爵がベッドに横たわっていた。侍医が診察をしている。

「父上!」

「若様」

侍医が振り返った。

「公爵様は、過労による発作です。しばらく安静が必要です」

「どのくらい?」

「少なくとも、三ヶ月は」

アレクサンダーは、愕然とした。

三ヶ月。その間、公爵家の全ての責任が、自分にかかってくる。

「アレクサンダー……」

公爵が、弱々しい声で呼んだ。

「父上、喋らないでください」

「いや……聞け」

公爵は、息を整えながら言った。

「お前に、全てを任せる。この三ヶ月で、お前の真価が問われる」

公爵の目は、厳しかった。

「もし、家を立て直せなければ……お前を廃嫡する」

「父上……」

「これは、最後の試練だ」

公爵は目を閉じた。

「頼んだぞ、アレクサンダー」

アレクサンダーは、重い責任を感じながら、執務室に戻った。

机の上には、未処理の書類が山積みになっている。

領地からの報告、商人からの請求書、家臣からの相談。

どれも、重要な案件だ。

「どうすれば……」

アレクサンダーは頭を抱えた。

その時、扉が開き、ソフィアが入ってきた。

「アレクサンダー様、聞きましたわ。公爵様が倒れたって」

「ああ……」

「それで? これからどうなさるおつもりですの?」

ソフィアは、不安そうな顔をしていた。

「当然、立て直す」

アレクサンダーは言った。

「三ヶ月で、何とかする」

「本当にできますの?」

ソフィアの声には、疑いが混じっていた。

「もし失敗したら、私たちはどうなるのですか?」

「ソフィア……」

「私は、貧乏な生活なんて嫌ですわ」

ソフィアは涙目になった。

「もし公爵家が没落したら……私の立場は……」

「心配するな」

アレクサンダーは、疲れた声で言った。

「必ず、何とかする」

しかし、彼自身、その言葉に自信が持てなかった。

翌日、アレクサンダーは家臣たちを集めて会議を開いた。

「諸君、率直に聞きたい。我が家の財政を立て直すには、何が必要か」

家臣たちは、顔を見合わせた。

財務担当の老臣が口を開いた。

「若様、正直に申し上げます。現状では、根本的な改革が必要です」

「具体的には?」

「まず、無駄な支出を全て削減すること。それから、領地経営を抜本的に見直すこと」

老臣は、厳しい表情で続けた。

「そして……奥方様の支出を、大幅に制限すること」

アレクサンダーは、黙って頷いた。

「分かった。全て、実行しよう」

「しかし、若様」

別の家臣が言った。

「我々には、そのような改革の経験がありません。どこから手をつければ……」

その時、アレクサンダーの頭に、ある考えが浮かんだ。

エリザベート。

彼女なら、どうするだろうか。

彼女は、わずか半年で辺境の領地を変えた。

その手腕、その知識。

「若様?」

家臣が不思議そうに尋ねた。

「いや……」

アレクサンダーは首を振った。

彼女に頼るなど、できるはずがない。

自分が捨てた女性に、助けを求めるなど。

「とにかく、できることから始めよう」

アレクサンダーは立ち上がった。

「まず、領地の視察だ。現状を、この目で確認する」

一週間後、アレクサンダーは自分の領地を視察していた。

久しぶりに訪れた領地は、思っていたより荒れていた。

手入れの行き届いていない農地。老朽化した建物。元気のない領民たち。

「これは……」

アレクサンダーは愕然とした。

自分が領地経営を疎かにしていた結果が、ここにある。

「若様」

領地の執事が説明した。

「農民たちは、不満を抱えています。税は高いのに、領主は何もしてくれないと」

「改善策は?」

「それが……我々にも分かりません」

執事は困った顔をした。

「どうすれば良いのか……」

アレクサンダーは、農民たちの家を訪ねた。

質素な、いや、貧しい暮らし。

「若様、お願いです」

老農夫が頭を下げた。

「税を、少しだけ軽くしていただけませんか。このままでは、生活が……」

アレクサンダーは、何も答えられなかった。

税を下げれば、公爵家の収入はさらに減る。

でも、このままでは、領民が苦しむ。

どうすれば……。

その夜、宿舎でアレクサンダーは一人考え込んでいた。

机の上には、領地の資料が広げられている。

しかし、彼には、何をすべきか分からなかった。

「エリザベートなら……」

アレクサンダーは、思わず呟いた。

「彼女なら、どうするだろう」

彼は、立ち上がった。

プライドを捨てる時が来た。

自分のためではない。

領地のため、領民のため、そして家のために。

翌日、アレクサンダーは王都に戻った。

そして、ある場所へ向かった。

商人ギルドの本部。

「ローゼンベルク公爵家の若様」

ギルド長のグスタフ・シュミットが、驚いた顔で迎えた。

「これは珍しい。どうされました?」

「シュミット殿」

アレクサンダーは、深く頭を下げた。

「一つ、お願いがあります」

「何でしょう?」

「リヒテンシュタイン辺境伯の令嬢、エリザベート様に会いたいのです」

グスタフの目が、鋭くなった。

「ほう……それは、どういった用件で?」

「助言を、いただきたい」

アレクサンダーは、正直に答えた。

「我が家は、今、危機に瀕しています。領地経営の改革が必要です。しかし、私には、その方法が分からない」

彼は顔を上げた。

「彼女なら、知っているはずです。どうか、彼女との面会を取り次いでいただけませんか」

グスタフは、しばらく黙ってアレクサンダーを見ていた。

そして、ゆっくりと頷いた。

「分かりました。しかし、決めるのは彼女です」

「もちろんです」

「では、手紙を送りましょう。返事が来るまで、お待ちください」

一週間後、返事が来た。

エリザベートは、面会を承諾した。

ただし、場所は彼女の領地、ノイシュタット。

アレクサンダーは、すぐに準備を整えた。

ソフィアには、「領地の視察」とだけ告げた。

三日後、アレクサンダーはノイシュタット領に到着した。

領境を越えた瞬間、彼は驚いた。

道が、整備されている。

石畳の、しっかりとした道。

馬車の揺れが、明らかに減った。

そして、進むにつれて、領地の発展ぶりが目に入ってきた。

整然とした農地。活気のある村々。笑顔で働く人々。

「これが……あの辺境?」

アレクサンダーは、信じられない思いだった。

わずか一年前、ここは貧しい領地だったはずだ。

それが今や、王国でも有数の発展した領地に見える。

領都ノイシュタットに着くと、さらに驚いた。

市場は賑わい、新しい建物が建ち並んでいる。

製鉄所の煙突からは煙が立ち上り、商人たちが活発に取引をしている。

「若様、あれを」

御者が指差した。

広場に、学校らしき建物が建っている。

子供たちが、元気に出入りしている。

「学校……?」

「リヒテンシュタイン令嬢様が作られたそうです」

御者が説明した。

「領民の子供たちに、無償で教育を施しているとか」

アレクサンダーは、言葉を失った。

これが、エリザベートの作り上げた世界。

城に到着すると、執事のフリードリヒが迎えに出た。

「ローゼンベルク公爵家の若様、お待ちしておりました」

「お世話になります」

アレクサンダーは、緊張しながら城内に入った。

応接室に通されると、そこにエリザベートが座っていた。

質素だが品のあるドレス。穏やかな表情。

しかし、その目には、以前にはなかった強さと自信が宿っていた。

「ようこそ、アレクサンダー様」

エリザベートは立ち上がり、優雅に会釈した。

「お久しぶりです」

「エリザベート……」

アレクサンダーは、彼女の前に立った。

そして、深く頭を下げた。

「まず、謝らせてほしい」

「アレクサンダー様……」

「あの時、私は愚かだった」

アレクサンダーは、頭を下げたまま言った。

「君の価値を理解せず、表面的な華やかさに惑わされた。君を傷つけ、捨てた」

「顔を上げてください」

エリザベートは優しく言った。

「それは、もう過去のことです」

アレクサンダーは顔を上げた。

「今日、ここに来たのは……助けを求めるためだ」

彼は正直に説明した。

父の病、家の財政危機、領地の荒廃。

全てを、包み隠さず話した。

エリザベートは、静かに聞いていた。

「それで」

アレクサンダーは言った。

「君の助言が、欲しい。どうすれば、領地を立て直せるのか」

エリザベートは、しばらく考えた。

そして、口を開いた。

「アレクサンダー様、一つ質問があります」

「何だ?」

「あなたは、本当に領地を良くしたいのですか?」

エリザベートの目が、真剣だった。

「家を守るためだけではなく、領民のために」

アレクサンダーは、その問いに、深く考えた。

最初は、確かに家を守るためだけだった。

でも、領地を回って、領民たちの苦しい生活を見て。

自分のせいで、彼らが苦しんでいると知って。

「ああ」

アレクサンダーは、強く頷いた。

「本気だ。領民のためにも、領地を良くしたい」

エリザベートは、小さく微笑んだ。

「分かりました」

彼女は立ち上がった。

「では、お手伝いしましょう」

「本当か!」

「ただし、条件があります」

エリザベートは、真剣な顔で言った。

「私の提案を、全て実行していただきます。中途半端はなしです」

「もちろんだ」

「それから」

エリザベートは続けた。

「奥方様の支出を、大幅に削減していただきます。これは譲れません」

アレクサンダーは、苦い顔をした。

ソフィアが、どれだけ反発するか。

でも。

「分かった。約束する」

「では」

エリザベートは、書類を取り出した。

「まず、現状分析から始めましょう。あなたの領地の詳細なデータが必要です」

こうして、二人の奇妙な協力関係が始まった。

かつての婚約者と、それを捨てた男。

しかし今、彼らは共通の目的のために、共に働くことになった。
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