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第一章 婚約破棄と旅立ち
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シャンデリアの光が、広間を黄金色に染め上げていた。
王宮の大舞踏会。年に一度、エルステリア王国の貴族たちが一堂に会する華やかな夜。楽団の優雅な旋律が天井に反響し、色とりどりのドレスが花園のように揺れている。
リーゼ・フォン・ヴァイセンは、会場の隅で静かにグラスを傾けていた。淡い藤色のドレスは仕立ては悪くないが、周囲の令嬢たちの煌びやかな装いに比べると地味に映る。いつものことだった。
婚約者であるクラウス第二王子の姿を探して視線を巡らせる。見つけたその先に、リーゼは小さく息を呑んだ。
クラウスの隣に、見知らぬ令嬢が寄り添っていた。蜂蜜色の巻き毛に、薔薇のように赤い唇。豊かな胸元を強調した深紅のドレスが、男たちの目を釘付けにしている。
「あれは誰かしら」
リーゼの呟きに答える者はいなかった。
やがて楽団の演奏が止まり、クラウスが広間の中央に進み出た。
「皆に伝えたいことがある」
朗々とした声が広間に響く。クラウスは金髪を掻き上げ、自信に満ちた笑みを浮かべた。その隣には、あの赤いドレスの令嬢が控えている。
「本日をもって、リーゼ・フォン・ヴァイセンとの婚約を破棄する」
空気が凍った。
いや、凍ったのはリーゼ自身だった。グラスを持つ指先から血の気が引いていく。数百の視線が一斉にリーゼに集まった。
「な……」
声が出なかった。
クラウスは構わず続けた。
「理由は明白だ。リーゼは地味で退屈、王妃としての華がない。聖女の力があると聞いていたが、何の成果も見せたことがない。王家にとって何の役にも立たぬ女だ」
ひそひそと囁きが広がる。同情の視線、嘲笑の視線、好奇の視線。それらすべてがリーゼの肌を刺した。
「そして紹介しよう。ミレーユ・パーシヴァルだ。彼女こそ真の聖女の力を持ち、この国を救う存在となるだろう」
ミレーユが優雅に一礼した。その唇が微かに弧を描くのを、リーゼは見た。勝ち誇った笑みだった。
「クラウス様……私、何か至らぬことが……」
ようやく絞り出した声は震えていた。
「至らぬことだらけだと言っている。もう下がれ、リーゼ。お前を見ていると気が滅入る」
笑い声がどこかから漏れた。
リーゼはグラスをテーブルに置いた。手が震えてかすかに音が鳴った。顔を上げ、泣くまいと奥歯を噛んだ。この場で涙を見せれば、それこそ彼の思う壺だ。
「……承知いたしました」
深く一礼し、リーゼは背を向けた。
一歩、また一歩。背中に突き刺さる視線を感じながら、広間を横切る。永遠に続くかと思われた距離を歩き切り、大扉の向こうに出た瞬間、膝が崩れそうになった。
回廊の柱に手をついて、リーゼは唇を噛んだ。
五年だった。
十三のときに決まった婚約。少しでも王子に相応しくなろうと、礼儀作法を磨き、教養を身につけ、聖女の力を伸ばそうと努力した五年間。
その全てを、あの男はたった数秒で切り捨てた。
涙が一筋、頬を伝った。
リーゼはそれを乱暴に拭い、夜空を見上げた。冬の星が冷たく瞬いている。
「……もう、泣かない」
誰に言うでもなく、リーゼは呟いた。
舞踏会の音楽が、扉の向こうから遠く響いていた。まるで自分だけが世界の外に弾き出されたようだった。
王宮の大舞踏会。年に一度、エルステリア王国の貴族たちが一堂に会する華やかな夜。楽団の優雅な旋律が天井に反響し、色とりどりのドレスが花園のように揺れている。
リーゼ・フォン・ヴァイセンは、会場の隅で静かにグラスを傾けていた。淡い藤色のドレスは仕立ては悪くないが、周囲の令嬢たちの煌びやかな装いに比べると地味に映る。いつものことだった。
婚約者であるクラウス第二王子の姿を探して視線を巡らせる。見つけたその先に、リーゼは小さく息を呑んだ。
クラウスの隣に、見知らぬ令嬢が寄り添っていた。蜂蜜色の巻き毛に、薔薇のように赤い唇。豊かな胸元を強調した深紅のドレスが、男たちの目を釘付けにしている。
「あれは誰かしら」
リーゼの呟きに答える者はいなかった。
やがて楽団の演奏が止まり、クラウスが広間の中央に進み出た。
「皆に伝えたいことがある」
朗々とした声が広間に響く。クラウスは金髪を掻き上げ、自信に満ちた笑みを浮かべた。その隣には、あの赤いドレスの令嬢が控えている。
「本日をもって、リーゼ・フォン・ヴァイセンとの婚約を破棄する」
空気が凍った。
いや、凍ったのはリーゼ自身だった。グラスを持つ指先から血の気が引いていく。数百の視線が一斉にリーゼに集まった。
「な……」
声が出なかった。
クラウスは構わず続けた。
「理由は明白だ。リーゼは地味で退屈、王妃としての華がない。聖女の力があると聞いていたが、何の成果も見せたことがない。王家にとって何の役にも立たぬ女だ」
ひそひそと囁きが広がる。同情の視線、嘲笑の視線、好奇の視線。それらすべてがリーゼの肌を刺した。
「そして紹介しよう。ミレーユ・パーシヴァルだ。彼女こそ真の聖女の力を持ち、この国を救う存在となるだろう」
ミレーユが優雅に一礼した。その唇が微かに弧を描くのを、リーゼは見た。勝ち誇った笑みだった。
「クラウス様……私、何か至らぬことが……」
ようやく絞り出した声は震えていた。
「至らぬことだらけだと言っている。もう下がれ、リーゼ。お前を見ていると気が滅入る」
笑い声がどこかから漏れた。
リーゼはグラスをテーブルに置いた。手が震えてかすかに音が鳴った。顔を上げ、泣くまいと奥歯を噛んだ。この場で涙を見せれば、それこそ彼の思う壺だ。
「……承知いたしました」
深く一礼し、リーゼは背を向けた。
一歩、また一歩。背中に突き刺さる視線を感じながら、広間を横切る。永遠に続くかと思われた距離を歩き切り、大扉の向こうに出た瞬間、膝が崩れそうになった。
回廊の柱に手をついて、リーゼは唇を噛んだ。
五年だった。
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その全てを、あの男はたった数秒で切り捨てた。
涙が一筋、頬を伝った。
リーゼはそれを乱暴に拭い、夜空を見上げた。冬の星が冷たく瞬いている。
「……もう、泣かない」
誰に言うでもなく、リーゼは呟いた。
舞踏会の音楽が、扉の向こうから遠く響いていた。まるで自分だけが世界の外に弾き出されたようだった。
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