私はもう、あなたの所有物ではありません

たくわん

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第二章 目覚める力と芽生える想い

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手紙の一件から数日後、リーゼの訓練に転機が訪れた。

その日は境界壁での実地訓練だった。アルヴィンとハインリヒ、それに護衛の騎士数名が同行している。

壁の前に立つと、以前よりも禍々しい気配が強くなっていた。結界の劣化が進んでいるのだ。文字の光はさらに薄れ、ひび割れも増えている。

「今日はこの区画の結界修復を試みる」

アルヴィンが壁の一角を示した。幅にして十メートルほど。完全に結界が消失した区画だ。

「ここを塞げれば、少なくともこの一帯からの魔物の侵入は防げる。できるか」

十メートル。訓練場で張れる結界の最大範囲は半径三メートルほど。それを大きく超える規模だ。

だがリーゼは頷いた。

「やります」

手袋をはめた両手を壁に向ける。目を閉じ、体の奥の泉に意識を沈める。

穏やかに満ちる光。それを掌に集め、核を形成する。ここまでは何度も繰り返してきた手順だ。

核が安定したら、壁に向かって流す。泉の水が川になり、川が海に注ぐように。

光が掌から溢れ、壁面を這うように広がった。古い文字の溝に沿って光が流れ込み、消えていた紋様が一つ、また一つと蘇っていく。

「すごい……」

ハインリヒが息を呑んだ。

リーゼは目を閉じたまま、力を注ぎ続けた。壁の中に眠っていた古い結界の骨格に、新しい力が染み渡っていくのがわかる。四百年前の術者たちが刻んだ構造は健在だった。枯れた花壇に水をやるように、力を与えれば再び息づく。

五メートル、七メートル、十メートル。

光の膜が壁面を覆い尽くした。

リーゼは最後に深く息を吸い、核に力を固定した。手を離しても結界が自立するように、壁そのものに力を定着させる。古文書に記されていた方法だ。

手を下ろした。

結界は消えなかった。壁面に張り付いた光の膜が、自律的に脈動している。

成功だ。

「やった……」

リーゼの膝から力が抜けた。よろめいたところをハインリヒが支える。

「リーゼ嬢、お見事です!」

護衛の騎士たちからも歓声が上がった。彼らは日々魔物と戦っている。この結界がどれほどの意味を持つか、誰よりも理解しているのだ。

アルヴィンが歩み寄ってきた。壁面の結界をしばらく観察し、それからリーゼを見た。

「見事だ」

たった一言。だがその声には、確かな重みがあった。

リーゼの目に涙が滲んだ。嬉しかった。この人に認めてもらえたことが、何より嬉しかった。


報せはすぐに領地中に広がった。

「聖女様が境界壁を修復なさった」

ヴィンターフェルトの街では人々が沸き立った。境界壁の劣化は領民たちの長年の不安だった。それが修復されたのだ。

「リーゼ様は本物の聖女だ」
「北の光だ。我らの守り手だ」

リーゼの名声は北方全域に響いた。


その夜、屋敷の食堂で小さな祝宴が開かれた。

アルヴィンの発案だとハインリヒが言ったが、本人は「ハインリヒが勝手にやった」と素っ気ない。しかし料理はいつもより品数が多く、食後には珍しい南方の果実酒まで用意されていた。

「公爵様、この果実酒はどちらから」

「前に商人から買い付けた。たまたま在庫があっただけだ」

たまたま。ハインリヒが咳払いをした。

「公爵様、それは三ヶ月前にわざわざ南方の商会に注文なさったものでは」

「黙れ、ハインリヒ」

リーゼは笑った。声を出して笑った。エルザもハインリヒも笑った。アルヴィンだけが渋い顔をしていたが、その目元は穏やかだった。

杯を傾けながら、リーゼはこの光景を心に刻んだ。

温かい食卓。笑い合える人たち。王都にはなかったもの。ここにある全てが愛おしい。

「リーゼ」

アルヴィンが呼んだ。

「はい」

「今日のことは通過点に過ぎない。壁全体の修復には、まだ遠い道のりがある」

「はい、わかっています」

「だが」

アルヴィンは杯を置いた。

「よくやった」

二度目の称賛。リーゼは頬を染めて頷いた。

その夜、リーゼは久しぶりにぐっすりと眠った。夢の中で、境界壁が一面の光に包まれていた。
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