私はもう、あなたの所有物ではありません

たくわん

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第二章 目覚める力と芽生える想い

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北方に来て一ヶ月が過ぎた頃、リーゼは手紙を書いた。

宛先はヴァイセン伯爵家。父宛でもあり、姉宛でもある。何度も書き直し、最終的にはごく短い文面に落ち着いた。

北方での暮らしは順調であること。結界術の訓練に励んでいること。領地の方々に良くしていただいていること。そして、家族が元気でいることを願っていること。

恨みの言葉は一つも書かなかった。書く気にもならなかった。もう王都での日々は遠い昔のように感じている。

ハインリヒに頼んで、王都への定期便に手紙を託した。

「返事が来るといいですな」

ハインリヒの声にはわずかな憂いが混じっていたが、リーゼはそれに気づかなかった。


一週間が過ぎた。返事はない。

二週間。まだ来ない。

北方から王都への便は片道五日ほどだという。往復と返事を書く時間を考えても、二週間あれば届くはずだ。

「遅れているだけかもしれませんね。冬は雪で道が悪くなりますから」

エルザが励ましてくれた。リーゼも自分にそう言い聞かせた。

だが三週間が経っても、手紙は届かなかった。

リーゼは二通目の手紙を書いた。一通目が届かなかった可能性を考え、内容は同じようなものにした。それも託した。

そしてまた、沈黙だけが返ってきた。


ある夕方、訓練を終えて廊下を歩いていると、ハインリヒがアルヴィンの執務室から出てくるのと鉢合わせた。

「あ、ハインリヒさん。郵便のことでお聞きしたいのですが……」

「手紙のことですね」

ハインリヒの表情がわずかに曇った。

「実は、確認のために王都の知人に問い合わせていたのです。リーゼ嬢のお手紙は確かにヴァイセン伯爵邸に届いています」

「届いている……なら、なぜ」

「それが、その」

ハインリヒが言葉を濁した。珍しいことだった。いつも飄々としている彼が、明らかに言いづらそうにしている。

「正直にお話ししたほうがよいですか」

「お願いします」

「お手紙は、お姉様のグレーテル嬢が受け取っておいでです。伯爵様のお手元には渡っていないとのことで」

リーゼは一瞬、意味がわからなかった。

「姉が……握り潰している、ということですか」

ハインリヒは黙って頷いた。

血の気が引くような感覚があった。が、それは悲しみよりも、諦めに近いものだった。考えてみれば予想できたことだ。グレーテルにとって、リーゼは家名を汚した恥さらしでしかない。その恥さらしから手紙が届くこと自体、不快なのだろう。

「そう、ですか」

声は平坦だった。泣くかと自分でも思ったが、涙は出なかった。

「リーゼ嬢……」

「大丈夫です。わかっていたことですから」

笑おうとしたが、うまくいかなかった。

「すみません、少し部屋に戻ります」

足早に廊下を去る。振り返れば泣いてしまいそうだったから。


部屋に戻り、ベッドに腰を下ろした。膝を抱え、額を押し当てる。

わかっていた。わかっていたのに。

家族というものに、まだ期待していた自分が愚かだった。母を亡くしてから、あの家にリーゼの居場所はなかった。それでも血の繋がりというものに縋りたかったのだ。

扉を叩く音がした。

「リーゼ様」

エルザの声だった。

返事をしないでいると、扉が静かに開いた。エルザが盆を持って入ってくる。温かい飲み物と、小さな焼き菓子が乗っていた。

エルザは何も言わずにリーゼの隣に座った。そして、その丸い肩をそっとリーゼの方に寄せた。

「泣きたい時は、泣いていいのですよ」

その一言で、堰が切れた。

リーゼはエルザの胸に顔を埋め、声を殺して泣いた。エルザは黙ってリーゼの背中を撫で続けた。母が生きていた頃、こうしてもらった記憶がある。温かくて、柔らかくて、安心する。

どれくらい泣いただろう。やがて涙が枯れ、リーゼは顔を上げた。

「すみません、エルザさん……」

「謝ることなんてありません」

エルザが優しくリーゼの頬を拭った。

「リーゼ様。血の繋がりだけが家族ではありませんよ」

「え……」

「ここにはリーゼ様を大切に思う人がたくさんいます。私も、ハインリヒ様も、領民の皆も。それから」

エルザは少し言葉を区切り、微笑んだ。

「公爵様も」

リーゼは目を瞬いた。

「ここがあなたの家です、リーゼ様」

その言葉を、リーゼは胸の一番深い場所にしまった。

温かい飲み物を一口含む。甘い蜂蜜の味が、冷えた体に染み渡った。
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