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第二章 目覚める力と芽生える想い
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リーゼの噂は、王都にも届き始めていた。
「北方のノルトハイム公爵領で、婚約を破棄された令嬢が聖女として活躍しているらしい」
社交界のサロンや茶会で、その話題が囁かれるようになった。最初は信じる者は少なかった。あの地味なヴァイセン家の次女が聖女だなんて、と笑い飛ばす者もいた。
だが境界壁の一区画を修復したという具体的な情報が伝わると、空気が変わった。
「まさか、あの娘が本物の聖女だったの」
「教会の検査では微弱だったはずでは」
「検査のほうが間違っていたのよ」
社交界は手のひらを返すのが早い。かつてリーゼの婚約破棄を嘲笑した令嬢たちが、今度は真剣な顔で「実は前からあの方には何か特別なものがあると思っていた」などと言い始めた。
そしてもう一つ、社交界を賑わせている話題があった。
「氷の公爵が、あの娘を手元に置いているらしいわよ」
アルヴィン・ヴォルフ・ノルトハイム。社交界にほとんど顔を見せないが、その名は知らぬ者がいない。北方最大の領地を治める若き名君にして、独身。数多の縁談を全て断ってきた男が、一人の令嬢を屋敷に迎え入れた。
「ただの結界師としての招聘でしょう」
「それだけかしら。あの氷の公爵が、わざわざ女性を屋敷に」
憶測が憶測を呼び、噂は膨らんでいった。
グレーテル・フォン・ヴァイセンは、その噂を聞いて顔を歪めた。
侯爵家との縁談は順調に進んでいる。だがリーゼの噂が広まるにつれ、「お宅の妹君は大変ご活躍ですね」と言われることが増えた。社交辞令だとわかっていても、腹が立つ。
あの子は自分より劣っていた。容姿も、社交術も、家での扱いも。それが当然の序列だと思っていた。なのに今、妹の名前が姉である自分より有名になりつつある。
「妹の手紙はどうした」
珍しく父が夕食の席で口を開いた。
「手紙? 何のことです、お父様」
「北方から手紙が届いていると聞いたが」
グレーテルは表情を変えなかった。
「届いておりませんわ。きっと雪で遅れているのでしょう」
嘘だった。二通の手紙は、グレーテルの部屋の引き出しの奥に押し込んである。読みもせずに。
父はそれ以上追及しなかった。この家ではいつもそうだ。面倒なことには目を瞑る。それが伯爵家の処世術だった。
同じ頃、王宮でも波紋が広がっていた。
「北方の聖女の噂、ご存知ですか、クラウス殿下」
第一王子フリードリヒが、弟に声をかけた。五つ年上の兄は穏やかな性格で、弟の暴挙にも表立って咎めることはしてこなかった。だがその穏やかな声に、今日は明確な刃が含まれていた。
「知っている。だからどうした」
「どうもこうも。お前が捨てた娘が本物の聖女だったという話だ。しかもその聖女は今、ノルトハイム公爵の庇護下にある。意味がわかるか」
クラウスは舌打ちした。
「ノルトハイムは北方の大領主だ。軍事力も発言力もある。その公爵が聖女を手中に収めたとなれば、政治的に大きな意味を持つ。逆にお前は聖女を追い出した愚か者として、ますます立場が悪くなる」
「うるさいな。リーゼなんぞいなくても……」
「いなくても何だ? 結界は崩壊し、民は怯え、教会はお前を非難している。ミレーユとやらの聖女の力も嘘だった。お前にはもう何もないぞ、クラウス」
フリードリヒの声は静かだが、その言葉は容赦なかった。
クラウスは拳を握り締め、兄を睨んだ。だが言い返す言葉が見つからなかった。全てが事実だったからだ。
兄が去った後、クラウスは窓から王都の街並みを見下ろした。
かつては輝いて見えた街が、今はくすんで見える。結界の薄れた空の下で、この街はゆっくりと色褪せていく。
「リーゼ……」
その名を呟いた自分に気づいて、クラウスは苛立たしげに首を振った。
あの地味な女に、何の未練もない。あるはずがない。
そう自分に言い聞かせながら、クラウスは窓のカーテンを乱暴に引いた。
「北方のノルトハイム公爵領で、婚約を破棄された令嬢が聖女として活躍しているらしい」
社交界のサロンや茶会で、その話題が囁かれるようになった。最初は信じる者は少なかった。あの地味なヴァイセン家の次女が聖女だなんて、と笑い飛ばす者もいた。
だが境界壁の一区画を修復したという具体的な情報が伝わると、空気が変わった。
「まさか、あの娘が本物の聖女だったの」
「教会の検査では微弱だったはずでは」
「検査のほうが間違っていたのよ」
社交界は手のひらを返すのが早い。かつてリーゼの婚約破棄を嘲笑した令嬢たちが、今度は真剣な顔で「実は前からあの方には何か特別なものがあると思っていた」などと言い始めた。
そしてもう一つ、社交界を賑わせている話題があった。
「氷の公爵が、あの娘を手元に置いているらしいわよ」
アルヴィン・ヴォルフ・ノルトハイム。社交界にほとんど顔を見せないが、その名は知らぬ者がいない。北方最大の領地を治める若き名君にして、独身。数多の縁談を全て断ってきた男が、一人の令嬢を屋敷に迎え入れた。
「ただの結界師としての招聘でしょう」
「それだけかしら。あの氷の公爵が、わざわざ女性を屋敷に」
憶測が憶測を呼び、噂は膨らんでいった。
グレーテル・フォン・ヴァイセンは、その噂を聞いて顔を歪めた。
侯爵家との縁談は順調に進んでいる。だがリーゼの噂が広まるにつれ、「お宅の妹君は大変ご活躍ですね」と言われることが増えた。社交辞令だとわかっていても、腹が立つ。
あの子は自分より劣っていた。容姿も、社交術も、家での扱いも。それが当然の序列だと思っていた。なのに今、妹の名前が姉である自分より有名になりつつある。
「妹の手紙はどうした」
珍しく父が夕食の席で口を開いた。
「手紙? 何のことです、お父様」
「北方から手紙が届いていると聞いたが」
グレーテルは表情を変えなかった。
「届いておりませんわ。きっと雪で遅れているのでしょう」
嘘だった。二通の手紙は、グレーテルの部屋の引き出しの奥に押し込んである。読みもせずに。
父はそれ以上追及しなかった。この家ではいつもそうだ。面倒なことには目を瞑る。それが伯爵家の処世術だった。
同じ頃、王宮でも波紋が広がっていた。
「北方の聖女の噂、ご存知ですか、クラウス殿下」
第一王子フリードリヒが、弟に声をかけた。五つ年上の兄は穏やかな性格で、弟の暴挙にも表立って咎めることはしてこなかった。だがその穏やかな声に、今日は明確な刃が含まれていた。
「知っている。だからどうした」
「どうもこうも。お前が捨てた娘が本物の聖女だったという話だ。しかもその聖女は今、ノルトハイム公爵の庇護下にある。意味がわかるか」
クラウスは舌打ちした。
「ノルトハイムは北方の大領主だ。軍事力も発言力もある。その公爵が聖女を手中に収めたとなれば、政治的に大きな意味を持つ。逆にお前は聖女を追い出した愚か者として、ますます立場が悪くなる」
「うるさいな。リーゼなんぞいなくても……」
「いなくても何だ? 結界は崩壊し、民は怯え、教会はお前を非難している。ミレーユとやらの聖女の力も嘘だった。お前にはもう何もないぞ、クラウス」
フリードリヒの声は静かだが、その言葉は容赦なかった。
クラウスは拳を握り締め、兄を睨んだ。だが言い返す言葉が見つからなかった。全てが事実だったからだ。
兄が去った後、クラウスは窓から王都の街並みを見下ろした。
かつては輝いて見えた街が、今はくすんで見える。結界の薄れた空の下で、この街はゆっくりと色褪せていく。
「リーゼ……」
その名を呟いた自分に気づいて、クラウスは苛立たしげに首を振った。
あの地味な女に、何の未練もない。あるはずがない。
そう自分に言い聞かせながら、クラウスは窓のカーテンを乱暴に引いた。
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