私はもう、あなたの所有物ではありません

たくわん

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第三章 王都の策謀と迫る脅威

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吹雪が明けて数日後、王都から使者が来た。

屋敷の門前に、王家の紋章をあしらった馬車が停まっている。護衛の騎士が四名。仰々しい陣容だった。

リーゼが訓練場から戻ると、ハインリヒが廊下で待ち構えていた。

「王都から勅使が来ております。公爵様の執務室に通しましたが、あまり穏やかな雰囲気ではありません」

「勅使……」

「リーゼ嬢に関わる用件のようです。お呼びがかかるかもしれません」

嫌な予感がした。リーゼは訓練着のまま居室に戻り、急いで身なりを整えた。手袋を外し、髪を整え、清潔な上衣に着替える。

エルザが駆け寄ってきた。

「リーゼ様、執務室からお呼びです」

深呼吸をして、執務室に向かった。


扉を開けると、アルヴィンが机の向こうに立っていた。普段は座っていることが多いのに、立っている。それだけで空気の張りつめ方が違った。

正面の椅子に、壮年の男が座っていた。仕立ての良い官服を纏い、胸には王家の紋章が光っている。

「リーゼ・フォン・ヴァイセン嬢だね」

男は立ち上がり、慇懃に一礼した。

「王室書記官のヴェルナーと申す。国王陛下より勅令を携えてまいった」

勅令。国王直々の命令。リーゼの背筋が冷たくなった。

ヴェルナーが羊皮紙の巻物を広げ、読み上げた。

「聖女の素養を持つリーゼ・フォン・ヴァイセンに命ずる。速やかに王都に帰還し、大結界の修復に従事せよ。これは王国の存亡に関わる緊急の要請である」

王命。拒否できない最上位の命令だ。

リーゼは唇を結んだ。予想していなかったわけではない。王都の結界が崩壊しつつあること、自分の力が原因であること。いずれこうなると、どこかで覚悟していた。

「お返事をいただきたい」

ヴェルナーがリーゼを見た。だがリーゼが口を開くより先に、アルヴィンの声が割って入った。

「断る」

低く、冷たい声だった。執務室の温度が二度ほど下がった気がした。

「公爵閣下、これは国王陛下の勅令です」

「聞いた上で断ると言っている」

アルヴィンが机を回り、ヴェルナーの正面に立った。長身のアルヴィンに見下ろされ、ヴェルナーの額にわずかに汗が浮かぶ。

「リーゼ・フォン・ヴァイセンは、第二王子クラウスによって公衆の面前で婚約を破棄された。その際、王家はこの娘に何の保護も与えなかった。護衛もつけず、北方への旅路を一人で行かせた。王家が彼女を捨てたのだ」

「それは殿下の個人的な判断であり、国王陛下の……」

「国王が止めなかった以上、王家の判断だ」

アルヴィンの声に感情はない。だがその無感情さこそが、怒りの深さを示していた。

「都合のよい時だけ呼び戻す。捨てた道具を拾い直すような真似を、俺は許さない」

ヴェルナーは言葉に詰まった。正論だった。外交上も筋が通らない。

リーゼは黙ってアルヴィンの背中を見つめていた。広い肩が壁のように自分を守っている。胸が熱くなった。

「公爵閣下のお立場は理解いたします。しかし、王都の民が苦しんでいるのも事実です。結界の崩壊は深刻で、日に日に被害が……」

「それは王家の責任だ。聖女を追い出した代償を、民に払わせているのは王家のほうだろう」

ヴェルナーは沈黙した。

「帰れ。返事は改めて書面で送る」

アルヴィンの最後通牒に、ヴェルナーは渋々頷くしかなかった。


使者が去った後、執務室にリーゼとアルヴィンだけが残った。

「アルヴィン様」

「何だ」

「ありがとうございます。私のために怒ってくださって」

アルヴィンは窓の外に目を向けた。使者の馬車が門を出ていくのが見える。

「怒ったわけではない。筋を通しただけだ」

「でも、王都の民が苦しんでいるというのは本当のことです」

リーゼの声は静かだったが、揺るぎがなかった。

「私の力が必要だというなら、いずれは行かなければなりません」

アルヴィンが振り返った。蒼い瞳が真っ直ぐにリーゼを見る。

「今ではない」

「はい。でも、いつかは」

アルヴィンはしばらくリーゼを見つめていた。その目に浮かんだものを、リーゼは読み取れなかった。怒りとも悲しみとも違う、もっと複雑な何か。

「その時が来たら、俺も行く」

「え」

「お前一人で王都には行かせない」

リーゼは目を見開いた。

「必ず、共に行く」

その言葉を胸に刻み、リーゼは深く頷いた。
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