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第三章 王都の策謀と迫る脅威
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王都、ミレーユの私室。
教会の検査で聖女の力がないと断定されて以来、ミレーユの立場は急速に悪化していた。クラウスは表向きまだ彼女を庇っているが、以前のような甘い態度は消えている。宮廷の侍女たちも、ミレーユの部屋に来るのを避けるようになった。
ミレーユは机に向かい、前世の記憶を頼りに策を練っていた。
この世界に転生した時、ここは自分が前世でプレイした乙女ゲームに似た世界だと確信した。王子がいて、聖女がいて、悪役令嬢がいる。自分はヒロインの座を射止め、王子を攻略すればいい。そう思っていた。
だが現実は甘くなかった。ゲームの知識は断片的で、この世界は細部がゲームとは大きく異なっている。聖女の力が与えられなかったのも想定外だった。
それでも一つだけ、使える切り札があった。
前世で読んだ歴史小説の知識。人を操る術。噂を流し、人心を揺さぶり、敵を内側から崩す方法。ゲームの攻略法ではなく、もっと泥臭い策謀の技術。
「北方の聖女を潰す」
ミレーユは羽ペンを走らせた。
リーゼの評判は日増しに高まっている。このまま放置すれば、リーゼが王都に凱旋し、ミレーユは完全に用済みになる。その前に手を打たねばならない。
数日後、ノルトハイム領に向けて数名の人間が出発した。
商人に身をやつした工作員だった。ミレーユが裏の繋がりを辿って雇った元傭兵や口の達者な詐欺師たち。彼らに与えられた任務は単純だった。
北方でリーゼに関する悪い噂を流す。
「あの女は聖女なんかじゃない。公爵を色仕掛けで誘惑して地位を得た淫売だ」
「結界を修復したというのは嘘で、公爵が金を使って魔術師に修復させただけだ」
「王都で王子に捨てられた女が、今度は北方の公爵に取り入っている。どこまで厚かましいのか」
品のない噂だったが、効果はあった。人は華やかな成功譚よりも、下世話な醜聞に飛びつくものだ。
北方の各地に、噂が浸透し始めた。
ヴィンターフェルトの酒場で、見慣れない商人が酒を振る舞いながら話していた。
「いやあ、王都から来たんですがね。あのリーゼって娘の話、ご存知でしょう。実は王都じゃちょっとした有名人でしてね。男を渡り歩く女だって噂ですよ」
酒場の客たちは最初、不快そうな顔をした。リーゼを慕う領民が多いからだ。だが酒が進み、話が巧みになるにつれ、顔を見合わせる者が出てきた。
「公爵様があんなに若い女を屋敷に住まわせるなんて、普通じゃないだろう」
「確かに、独身の公爵の屋敷に若い娘が一人ってのは……」
疑惑の種は、一度蒔かれると勝手に育つ。
同じ頃、別の工作員は領地の東端にある集落で活動していた。
「結界修復なんて話、本当だと思いますか。私は建材の商人ですが、壁の修繕に使う石材の発注なんて一件も入っていませんよ。本当に修復されたなら、何かしら痕跡があるはずなのに」
結界術と石材の修繕は全く別物だが、術の仕組みを知らない一般の人々にとっては、もっともらしく聞こえる話だった。
「そういえば、修復の現場を見た人は少ないんだよな」
「公爵様とその側近と、あの娘だけだったんだろう。証人が身内ばかりじゃ信用できん」
不信の芽が、少しずつ広がっていった。
ミレーユは王都の私室で、工作員からの報告を読んでいた。
「順調ですわ」
薄い唇が笑みを刻む。
「信頼なんて脆いもの。時間をかけて築いても、壊すのは一瞬。それがこの世界のルールよ」
ミレーユは次の手紙を書き始めた。次は噂だけではない。もっと具体的な証拠を捏造する。リーゼが過去に王都で問題を起こしたという偽の記録。伯爵家から追放された理由に関する嘘の証言。
全てを積み重ねれば、聖女の名声など泡のように消える。
「待っていなさい、リーゼ。あなたの居場所なんて、どこにもないわ」
暗い部屋に、ミレーユの声だけが響いていた。
教会の検査で聖女の力がないと断定されて以来、ミレーユの立場は急速に悪化していた。クラウスは表向きまだ彼女を庇っているが、以前のような甘い態度は消えている。宮廷の侍女たちも、ミレーユの部屋に来るのを避けるようになった。
ミレーユは机に向かい、前世の記憶を頼りに策を練っていた。
この世界に転生した時、ここは自分が前世でプレイした乙女ゲームに似た世界だと確信した。王子がいて、聖女がいて、悪役令嬢がいる。自分はヒロインの座を射止め、王子を攻略すればいい。そう思っていた。
だが現実は甘くなかった。ゲームの知識は断片的で、この世界は細部がゲームとは大きく異なっている。聖女の力が与えられなかったのも想定外だった。
それでも一つだけ、使える切り札があった。
前世で読んだ歴史小説の知識。人を操る術。噂を流し、人心を揺さぶり、敵を内側から崩す方法。ゲームの攻略法ではなく、もっと泥臭い策謀の技術。
「北方の聖女を潰す」
ミレーユは羽ペンを走らせた。
リーゼの評判は日増しに高まっている。このまま放置すれば、リーゼが王都に凱旋し、ミレーユは完全に用済みになる。その前に手を打たねばならない。
数日後、ノルトハイム領に向けて数名の人間が出発した。
商人に身をやつした工作員だった。ミレーユが裏の繋がりを辿って雇った元傭兵や口の達者な詐欺師たち。彼らに与えられた任務は単純だった。
北方でリーゼに関する悪い噂を流す。
「あの女は聖女なんかじゃない。公爵を色仕掛けで誘惑して地位を得た淫売だ」
「結界を修復したというのは嘘で、公爵が金を使って魔術師に修復させただけだ」
「王都で王子に捨てられた女が、今度は北方の公爵に取り入っている。どこまで厚かましいのか」
品のない噂だったが、効果はあった。人は華やかな成功譚よりも、下世話な醜聞に飛びつくものだ。
北方の各地に、噂が浸透し始めた。
ヴィンターフェルトの酒場で、見慣れない商人が酒を振る舞いながら話していた。
「いやあ、王都から来たんですがね。あのリーゼって娘の話、ご存知でしょう。実は王都じゃちょっとした有名人でしてね。男を渡り歩く女だって噂ですよ」
酒場の客たちは最初、不快そうな顔をした。リーゼを慕う領民が多いからだ。だが酒が進み、話が巧みになるにつれ、顔を見合わせる者が出てきた。
「公爵様があんなに若い女を屋敷に住まわせるなんて、普通じゃないだろう」
「確かに、独身の公爵の屋敷に若い娘が一人ってのは……」
疑惑の種は、一度蒔かれると勝手に育つ。
同じ頃、別の工作員は領地の東端にある集落で活動していた。
「結界修復なんて話、本当だと思いますか。私は建材の商人ですが、壁の修繕に使う石材の発注なんて一件も入っていませんよ。本当に修復されたなら、何かしら痕跡があるはずなのに」
結界術と石材の修繕は全く別物だが、術の仕組みを知らない一般の人々にとっては、もっともらしく聞こえる話だった。
「そういえば、修復の現場を見た人は少ないんだよな」
「公爵様とその側近と、あの娘だけだったんだろう。証人が身内ばかりじゃ信用できん」
不信の芽が、少しずつ広がっていった。
ミレーユは王都の私室で、工作員からの報告を読んでいた。
「順調ですわ」
薄い唇が笑みを刻む。
「信頼なんて脆いもの。時間をかけて築いても、壊すのは一瞬。それがこの世界のルールよ」
ミレーユは次の手紙を書き始めた。次は噂だけではない。もっと具体的な証拠を捏造する。リーゼが過去に王都で問題を起こしたという偽の記録。伯爵家から追放された理由に関する嘘の証言。
全てを積み重ねれば、聖女の名声など泡のように消える。
「待っていなさい、リーゼ。あなたの居場所なんて、どこにもないわ」
暗い部屋に、ミレーユの声だけが響いていた。
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