私はもう、あなたの所有物ではありません

たくわん

文字の大きさ
23 / 50
第三章 王都の策謀と迫る脅威

23

しおりを挟む
王都、ミレーユの私室。

教会の検査で聖女の力がないと断定されて以来、ミレーユの立場は急速に悪化していた。クラウスは表向きまだ彼女を庇っているが、以前のような甘い態度は消えている。宮廷の侍女たちも、ミレーユの部屋に来るのを避けるようになった。

ミレーユは机に向かい、前世の記憶を頼りに策を練っていた。

この世界に転生した時、ここは自分が前世でプレイした乙女ゲームに似た世界だと確信した。王子がいて、聖女がいて、悪役令嬢がいる。自分はヒロインの座を射止め、王子を攻略すればいい。そう思っていた。

だが現実は甘くなかった。ゲームの知識は断片的で、この世界は細部がゲームとは大きく異なっている。聖女の力が与えられなかったのも想定外だった。

それでも一つだけ、使える切り札があった。

前世で読んだ歴史小説の知識。人を操る術。噂を流し、人心を揺さぶり、敵を内側から崩す方法。ゲームの攻略法ではなく、もっと泥臭い策謀の技術。

「北方の聖女を潰す」

ミレーユは羽ペンを走らせた。

リーゼの評判は日増しに高まっている。このまま放置すれば、リーゼが王都に凱旋し、ミレーユは完全に用済みになる。その前に手を打たねばならない。


数日後、ノルトハイム領に向けて数名の人間が出発した。

商人に身をやつした工作員だった。ミレーユが裏の繋がりを辿って雇った元傭兵や口の達者な詐欺師たち。彼らに与えられた任務は単純だった。

北方でリーゼに関する悪い噂を流す。

「あの女は聖女なんかじゃない。公爵を色仕掛けで誘惑して地位を得た淫売だ」
「結界を修復したというのは嘘で、公爵が金を使って魔術師に修復させただけだ」
「王都で王子に捨てられた女が、今度は北方の公爵に取り入っている。どこまで厚かましいのか」

品のない噂だったが、効果はあった。人は華やかな成功譚よりも、下世話な醜聞に飛びつくものだ。


北方の各地に、噂が浸透し始めた。

ヴィンターフェルトの酒場で、見慣れない商人が酒を振る舞いながら話していた。

「いやあ、王都から来たんですがね。あのリーゼって娘の話、ご存知でしょう。実は王都じゃちょっとした有名人でしてね。男を渡り歩く女だって噂ですよ」

酒場の客たちは最初、不快そうな顔をした。リーゼを慕う領民が多いからだ。だが酒が進み、話が巧みになるにつれ、顔を見合わせる者が出てきた。

「公爵様があんなに若い女を屋敷に住まわせるなんて、普通じゃないだろう」
「確かに、独身の公爵の屋敷に若い娘が一人ってのは……」

疑惑の種は、一度蒔かれると勝手に育つ。


同じ頃、別の工作員は領地の東端にある集落で活動していた。

「結界修復なんて話、本当だと思いますか。私は建材の商人ですが、壁の修繕に使う石材の発注なんて一件も入っていませんよ。本当に修復されたなら、何かしら痕跡があるはずなのに」

結界術と石材の修繕は全く別物だが、術の仕組みを知らない一般の人々にとっては、もっともらしく聞こえる話だった。

「そういえば、修復の現場を見た人は少ないんだよな」
「公爵様とその側近と、あの娘だけだったんだろう。証人が身内ばかりじゃ信用できん」

不信の芽が、少しずつ広がっていった。


ミレーユは王都の私室で、工作員からの報告を読んでいた。

「順調ですわ」

薄い唇が笑みを刻む。

「信頼なんて脆いもの。時間をかけて築いても、壊すのは一瞬。それがこの世界のルールよ」

ミレーユは次の手紙を書き始めた。次は噂だけではない。もっと具体的な証拠を捏造する。リーゼが過去に王都で問題を起こしたという偽の記録。伯爵家から追放された理由に関する嘘の証言。

全てを積み重ねれば、聖女の名声など泡のように消える。

「待っていなさい、リーゼ。あなたの居場所なんて、どこにもないわ」

暗い部屋に、ミレーユの声だけが響いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい

冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」 婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。 ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。 しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。 「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」 ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。 しかし、ある日のこと見てしまう。 二人がキスをしているところを。 そのとき、私の中で何かが壊れた……。

私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね?

みこと。
恋愛
 鉛色の髪と目を持つクローディアは"鉱石姫"と呼ばれ、婚約者ランバートからおざなりに扱われていた。 「俺には"宝石姫"であるタバサのほうが相応しい」そう言ってランバートは、新年祭のパートナーに、クローディアではなくタバサを伴う。 (あんなヤツ、こっちから婚約破棄してやりたいのに!)  現代日本にはなかった身分差のせいで、伯爵令嬢クローディアは、侯爵家のランバートに逆らえない。  そう、クローディアは転生者だった。現代知識で鉱石を扱い、カイロはじめ防寒具をドレス下に仕込む彼女は、冷えに苦しむ他国の王女リアナを助けるが──。  なんとリアナ王女の正体は、王子リアンで?  この出会いが、クローディアに新しい道を拓く! ※小説家になろう様でも「私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね? 〜不実な婚約者を見限って。冷え性令嬢は、熱愛を希望します」というタイトルで掲載しています。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

処理中です...