33 / 50
第四章 対決と真実の暴露
33
しおりを挟む
国王エルンストとの謁見は、簡潔だった。
国王は玉座を降り、リーゼの前に立って頭を下げた。王が平民でもない貴族の令嬢に頭を下げるなど、前代未聞のことだった。居並ぶ重臣たちが息を呑んだ。
「リーゼ嬢、王家の非礼を改めて詫びる。我が息子の愚行により、貴女に深い傷を負わせてしまった」
「陛下、お顔をお上げください。私は王家を恨んではおりません」
リーゼの声は穏やかだったが、毅然としていた。
「結界の修復に全力を尽くします。ただし、終わりましたら北方に戻ることをお許しください」
「もちろんだ。全て貴女の意思を尊重する」
謁見は短く終わり、リーゼたちには王宮の一角に客室が用意された。結界修復は翌日から始める手筈だった。
その日の午後、来客があった。
ヴァイセン伯爵、ルドルフ・フォン・ヴァイセン。リーゼの父だった。
客室の扉を叩いた伯爵の顔は、数ヶ月前より十年は老けて見えた。痩せこけた頬、落ち窪んだ目。背中も丸くなっている。
「リーゼ……」
父が娘の名前を呼ぶのは、いつ以来だろう。リーゼの記憶にある限り、母の葬儀の日が最後だった。
「お父様。お久しぶりです」
伯爵が部屋に入ろうとした時、アルヴィンが立ち塞がった。
「ノルトハイム公爵閣下。娘に会いに来た。少しだけ時間をいただきたい」
アルヴィンは冷ややかな目で伯爵を見下ろした。
「護衛もつけず娘を北方に送り出した方が、今更父親面ですか」
伯爵が顔を歪めた。だが言い返す力はないようだった。
「アルヴィン様」
リーゼが静かに言った。
「大丈夫です。少しだけ、話させてください」
アルヴィンは一瞬迷い、それから黙って道を空けた。部屋を出る際、伯爵に低い声で告げた。
「五分だけだ」
扉が閉まり、父娘が二人きりになった。
伯爵は椅子に座ることもできず、部屋の真ん中に立ち尽くしていた。
「リーゼ、お前が聖女だったとは……私は知らなかった。いや、気づこうとしなかった」
「お父様」
「グレーテルから聞いた。手紙のことも。あの子がお前の手紙を握り潰していたと。許してくれ」
リーゼは父の姿を見つめた。
かつて恐れていた父。冷淡で無関心で、娘の存在など眼中にないような人。その人が今、目に涙を浮かべて許しを請うている。
哀れだった。だが同時に、もう遅いとも感じた。
「お父様。恨んではいません」
リーゼの声は凪いでいた。
「あの日、北方への馬車に一人で乗った時、悲しかったのは確かです。見送りにすら来てくださらなかった。でも、あの馬車に乗ったおかげで、私は今ここにいます」
伯爵が顔を覆った。
「だから恨んではいません。でも」
リーゼは一拍置いた。
「もう家族には戻れません」
伯爵の肩が震えた。
「私の家族は、北方にいます。私を必要としてくれる人たちがいます。お父様にはお父様の、姉様には姉様の人生があるでしょう。どうかご自分の幸せを見つけてください」
それは訣別の言葉だった。だが冷たいものではなかった。むしろ、長い間胸の中に溜まっていた澱を、静かに流すような穏やかさがあった。
伯爵は何度か口を開きかけ、結局何も言えなかった。最後に小さく「すまなかった」と呟き、部屋を出て行った。
扉が閉まった後、リーゼは深く息をついた。
思ったほど辛くはなかった。涙も出なかった。北方に来る前なら泣いていただろう。だが今の自分には、帰る場所がある。
扉が開き、アルヴィンが入ってきた。
「終わったか」
「はい」
「泣いていないな」
「泣く必要がありませんでしたから」
アルヴィンはリーゼの顔をじっと見て、小さく頷いた。
「強くなったな」
「アルヴィン様のおかげです」
「俺は何もしていない」
「いいえ。全部、あなたのおかげです」
アルヴィンは少し困った顔をして、窓の方を向いた。耳が赤い。
リーゼは小さく笑った。北方に来てから、笑えるようになった自分が少し誇らしかった。
国王は玉座を降り、リーゼの前に立って頭を下げた。王が平民でもない貴族の令嬢に頭を下げるなど、前代未聞のことだった。居並ぶ重臣たちが息を呑んだ。
「リーゼ嬢、王家の非礼を改めて詫びる。我が息子の愚行により、貴女に深い傷を負わせてしまった」
「陛下、お顔をお上げください。私は王家を恨んではおりません」
リーゼの声は穏やかだったが、毅然としていた。
「結界の修復に全力を尽くします。ただし、終わりましたら北方に戻ることをお許しください」
「もちろんだ。全て貴女の意思を尊重する」
謁見は短く終わり、リーゼたちには王宮の一角に客室が用意された。結界修復は翌日から始める手筈だった。
その日の午後、来客があった。
ヴァイセン伯爵、ルドルフ・フォン・ヴァイセン。リーゼの父だった。
客室の扉を叩いた伯爵の顔は、数ヶ月前より十年は老けて見えた。痩せこけた頬、落ち窪んだ目。背中も丸くなっている。
「リーゼ……」
父が娘の名前を呼ぶのは、いつ以来だろう。リーゼの記憶にある限り、母の葬儀の日が最後だった。
「お父様。お久しぶりです」
伯爵が部屋に入ろうとした時、アルヴィンが立ち塞がった。
「ノルトハイム公爵閣下。娘に会いに来た。少しだけ時間をいただきたい」
アルヴィンは冷ややかな目で伯爵を見下ろした。
「護衛もつけず娘を北方に送り出した方が、今更父親面ですか」
伯爵が顔を歪めた。だが言い返す力はないようだった。
「アルヴィン様」
リーゼが静かに言った。
「大丈夫です。少しだけ、話させてください」
アルヴィンは一瞬迷い、それから黙って道を空けた。部屋を出る際、伯爵に低い声で告げた。
「五分だけだ」
扉が閉まり、父娘が二人きりになった。
伯爵は椅子に座ることもできず、部屋の真ん中に立ち尽くしていた。
「リーゼ、お前が聖女だったとは……私は知らなかった。いや、気づこうとしなかった」
「お父様」
「グレーテルから聞いた。手紙のことも。あの子がお前の手紙を握り潰していたと。許してくれ」
リーゼは父の姿を見つめた。
かつて恐れていた父。冷淡で無関心で、娘の存在など眼中にないような人。その人が今、目に涙を浮かべて許しを請うている。
哀れだった。だが同時に、もう遅いとも感じた。
「お父様。恨んではいません」
リーゼの声は凪いでいた。
「あの日、北方への馬車に一人で乗った時、悲しかったのは確かです。見送りにすら来てくださらなかった。でも、あの馬車に乗ったおかげで、私は今ここにいます」
伯爵が顔を覆った。
「だから恨んではいません。でも」
リーゼは一拍置いた。
「もう家族には戻れません」
伯爵の肩が震えた。
「私の家族は、北方にいます。私を必要としてくれる人たちがいます。お父様にはお父様の、姉様には姉様の人生があるでしょう。どうかご自分の幸せを見つけてください」
それは訣別の言葉だった。だが冷たいものではなかった。むしろ、長い間胸の中に溜まっていた澱を、静かに流すような穏やかさがあった。
伯爵は何度か口を開きかけ、結局何も言えなかった。最後に小さく「すまなかった」と呟き、部屋を出て行った。
扉が閉まった後、リーゼは深く息をついた。
思ったほど辛くはなかった。涙も出なかった。北方に来る前なら泣いていただろう。だが今の自分には、帰る場所がある。
扉が開き、アルヴィンが入ってきた。
「終わったか」
「はい」
「泣いていないな」
「泣く必要がありませんでしたから」
アルヴィンはリーゼの顔をじっと見て、小さく頷いた。
「強くなったな」
「アルヴィン様のおかげです」
「俺は何もしていない」
「いいえ。全部、あなたのおかげです」
アルヴィンは少し困った顔をして、窓の方を向いた。耳が赤い。
リーゼは小さく笑った。北方に来てから、笑えるようになった自分が少し誇らしかった。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい
冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」
婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。
ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。
しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。
「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」
ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。
しかし、ある日のこと見てしまう。
二人がキスをしているところを。
そのとき、私の中で何かが壊れた……。
私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね?
みこと。
恋愛
鉛色の髪と目を持つクローディアは"鉱石姫"と呼ばれ、婚約者ランバートからおざなりに扱われていた。
「俺には"宝石姫"であるタバサのほうが相応しい」そう言ってランバートは、新年祭のパートナーに、クローディアではなくタバサを伴う。
(あんなヤツ、こっちから婚約破棄してやりたいのに!)
現代日本にはなかった身分差のせいで、伯爵令嬢クローディアは、侯爵家のランバートに逆らえない。
そう、クローディアは転生者だった。現代知識で鉱石を扱い、カイロはじめ防寒具をドレス下に仕込む彼女は、冷えに苦しむ他国の王女リアナを助けるが──。
なんとリアナ王女の正体は、王子リアンで?
この出会いが、クローディアに新しい道を拓く!
※小説家になろう様でも「私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね? 〜不実な婚約者を見限って。冷え性令嬢は、熱愛を希望します」というタイトルで掲載しています。
夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です
流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。
父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。
無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。
純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました
青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。
それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる