34 / 50
第四章 対決と真実の暴露
34
しおりを挟む
父の訪問から一日置いて、今度はグレーテルが来た。
リーゼは正直、会いたくなかった。手紙を握り潰し、ミレーユに情報を流した姉。だが門前払いにするのも違う気がして、客室での面会を受け入れた。
アルヴィンは「同席する」と言ったが、リーゼが「一人で大丈夫です」と告げると、渋々引き下がった。ただし「何かあればすぐに呼べ」と念を押された。
扉が開き、グレーテルが入ってきた。
リーゼは息を呑んだ。姉の変わりように驚いたのだ。
あの完璧だった金髪は手入れが行き届かず艶を失い、頬はこけている。目の下に隈があり、唇は荒れていた。社交界の華と謳われた面影は薄い。
「リーゼ」
グレーテルの声は掠れていた。
「姉様。お座りください」
促されるままに椅子に腰を下ろしたグレーテルは、しばらく膝の上の手を見つめていた。
「あなたに、謝らなければならないことがあるの」
「手紙のことですね」
グレーテルが顔を上げた。
「知っているのね」
「ええ。手紙を握り潰したこと。そしてそれがミレーユ・パーシヴァルの手に渡ったことも」
グレーテルの顔が蒼白になった。
「それは……私がミレーユに渡したのではないわ。引き出しに入れていたのを、侍女に盗まれたの。後からわかったことだけれど、あの侍女はミレーユに買収されていた」
「そうですか」
リーゼの声は平坦だった。侍女が盗んだにせよ、そもそも手紙を握り潰さなければこんなことにはならなかった。
グレーテルもそれはわかっているのだろう。唇を噛み、目を伏せた。
「あなたの手紙、本当は読んだの。二通とも」
「読んでいたのですか」
「握り潰したと言ったけれど、捨てられなかった。引き出しの奥に入れて、夜になると引っ張り出して読んだわ」
グレーテルの声が震え始めた。
「北方での暮らしが順調だと書いてあった。結界術の訓練に励んでいると。領地の方々に良くしていただいていると。それを読んで私は」
言葉が途切れた。グレーテルが両手で顔を覆った。
「嫉妬したの。あなたが新しい居場所を見つけて、幸せそうなのが許せなかった。私はずっとあなたより上だと思っていた。容姿も、才能も、家での扱いも。なのにあなただけが……」
嗚咽が漏れた。グレーテルの肩が小刻みに揺れている。
リーゼは黙って見ていた。怒りはなかった。悲しみもほとんどなかった。ただ、目の前の姉が一人の弱い人間に見えた。
「姉様」
「何よ」
「許します」
グレーテルが顔を上げた。涙で化粧が崩れ、素の顔が露わになっている。その顔は、取り繕うものがない分、正直だった。
「許すって……そんな簡単に」
「簡単ではありません。でも、恨みを抱えていても何も生まれませんから」
リーゼは穏やかに続けた。
「私は北方で学びました。大切なのは過去ではなく、これからどう生きるかだと。姉様にも、姉様の幸せがあるはずです」
「私の幸せなんて……侯爵家との縁談も、この騒動で白紙になったわ。社交界での評判もがた落ち。何もかも失ったのよ」
「それなら、何もないところから始めればいいのです。私もそうでした」
グレーテルは目を見開いた。何もない場所から始めた妹の姿が、今ここにある。かつて見下していた妹が、自分より遥かに強く、遥かに美しく見えた。
「あなた、変わったわね」
「変わったのではなく、ようやく自分を見つけただけです」
グレーテルは涙を拭い、立ち上がった。
「ありがとう、リーゼ。私には、もったいない妹だわ」
「姉様」
「大丈夫。私も、やり直すわ」
グレーテルは最後に小さく笑い、部屋を出て行った。その背中はまだ細くて頼りなかったが、来た時よりは少しだけ真っ直ぐだった。
リーゼは窓辺に立ち、空を見上げた。
家族との清算が終わった。全てではないかもしれない。でも今はこれで十分だ。
明日からは結界の修復に全力を注ぐ。それが今の自分にできる、最も大切なことだから。
リーゼは正直、会いたくなかった。手紙を握り潰し、ミレーユに情報を流した姉。だが門前払いにするのも違う気がして、客室での面会を受け入れた。
アルヴィンは「同席する」と言ったが、リーゼが「一人で大丈夫です」と告げると、渋々引き下がった。ただし「何かあればすぐに呼べ」と念を押された。
扉が開き、グレーテルが入ってきた。
リーゼは息を呑んだ。姉の変わりように驚いたのだ。
あの完璧だった金髪は手入れが行き届かず艶を失い、頬はこけている。目の下に隈があり、唇は荒れていた。社交界の華と謳われた面影は薄い。
「リーゼ」
グレーテルの声は掠れていた。
「姉様。お座りください」
促されるままに椅子に腰を下ろしたグレーテルは、しばらく膝の上の手を見つめていた。
「あなたに、謝らなければならないことがあるの」
「手紙のことですね」
グレーテルが顔を上げた。
「知っているのね」
「ええ。手紙を握り潰したこと。そしてそれがミレーユ・パーシヴァルの手に渡ったことも」
グレーテルの顔が蒼白になった。
「それは……私がミレーユに渡したのではないわ。引き出しに入れていたのを、侍女に盗まれたの。後からわかったことだけれど、あの侍女はミレーユに買収されていた」
「そうですか」
リーゼの声は平坦だった。侍女が盗んだにせよ、そもそも手紙を握り潰さなければこんなことにはならなかった。
グレーテルもそれはわかっているのだろう。唇を噛み、目を伏せた。
「あなたの手紙、本当は読んだの。二通とも」
「読んでいたのですか」
「握り潰したと言ったけれど、捨てられなかった。引き出しの奥に入れて、夜になると引っ張り出して読んだわ」
グレーテルの声が震え始めた。
「北方での暮らしが順調だと書いてあった。結界術の訓練に励んでいると。領地の方々に良くしていただいていると。それを読んで私は」
言葉が途切れた。グレーテルが両手で顔を覆った。
「嫉妬したの。あなたが新しい居場所を見つけて、幸せそうなのが許せなかった。私はずっとあなたより上だと思っていた。容姿も、才能も、家での扱いも。なのにあなただけが……」
嗚咽が漏れた。グレーテルの肩が小刻みに揺れている。
リーゼは黙って見ていた。怒りはなかった。悲しみもほとんどなかった。ただ、目の前の姉が一人の弱い人間に見えた。
「姉様」
「何よ」
「許します」
グレーテルが顔を上げた。涙で化粧が崩れ、素の顔が露わになっている。その顔は、取り繕うものがない分、正直だった。
「許すって……そんな簡単に」
「簡単ではありません。でも、恨みを抱えていても何も生まれませんから」
リーゼは穏やかに続けた。
「私は北方で学びました。大切なのは過去ではなく、これからどう生きるかだと。姉様にも、姉様の幸せがあるはずです」
「私の幸せなんて……侯爵家との縁談も、この騒動で白紙になったわ。社交界での評判もがた落ち。何もかも失ったのよ」
「それなら、何もないところから始めればいいのです。私もそうでした」
グレーテルは目を見開いた。何もない場所から始めた妹の姿が、今ここにある。かつて見下していた妹が、自分より遥かに強く、遥かに美しく見えた。
「あなた、変わったわね」
「変わったのではなく、ようやく自分を見つけただけです」
グレーテルは涙を拭い、立ち上がった。
「ありがとう、リーゼ。私には、もったいない妹だわ」
「姉様」
「大丈夫。私も、やり直すわ」
グレーテルは最後に小さく笑い、部屋を出て行った。その背中はまだ細くて頼りなかったが、来た時よりは少しだけ真っ直ぐだった。
リーゼは窓辺に立ち、空を見上げた。
家族との清算が終わった。全てではないかもしれない。でも今はこれで十分だ。
明日からは結界の修復に全力を注ぐ。それが今の自分にできる、最も大切なことだから。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい
冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」
婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。
ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。
しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。
「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」
ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。
しかし、ある日のこと見てしまう。
二人がキスをしているところを。
そのとき、私の中で何かが壊れた……。
私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね?
みこと。
恋愛
鉛色の髪と目を持つクローディアは"鉱石姫"と呼ばれ、婚約者ランバートからおざなりに扱われていた。
「俺には"宝石姫"であるタバサのほうが相応しい」そう言ってランバートは、新年祭のパートナーに、クローディアではなくタバサを伴う。
(あんなヤツ、こっちから婚約破棄してやりたいのに!)
現代日本にはなかった身分差のせいで、伯爵令嬢クローディアは、侯爵家のランバートに逆らえない。
そう、クローディアは転生者だった。現代知識で鉱石を扱い、カイロはじめ防寒具をドレス下に仕込む彼女は、冷えに苦しむ他国の王女リアナを助けるが──。
なんとリアナ王女の正体は、王子リアンで?
この出会いが、クローディアに新しい道を拓く!
※小説家になろう様でも「私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね? 〜不実な婚約者を見限って。冷え性令嬢は、熱愛を希望します」というタイトルで掲載しています。
夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です
流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。
父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。
無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。
純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました
青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。
それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる