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第五章 氷解と永遠の誓い
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王都を発つ朝、空は澄み渡っていた。
リーゼが張った結界が空に淡く光り、王都全体を柔らかく包んでいる。もう魔物の恐怖に怯える必要はない。人々は久しぶりに安心して朝を迎えていた。
王宮の門前に馬車が並び、ノルトハイム公爵の騎士団が隊列を組む。国王自らが見送りに出て、リーゼの手を取った。
「リーゼ嬢、この恩は王家として決して忘れない。何かあればいつでも力になろう」
「ありがたいお言葉です、陛下」
「それから」
国王が声を落とし、穏やかに微笑んだ。
「ノルトハイム公爵とのこと、末永くお幸せに」
リーゼの頬が赤くなった。もう宮廷中に知れ渡っているらしい。隣のアルヴィンは無表情を装っていたが、耳の先が例によって赤い。
ハインリヒが咳払いをして馬車の扉を開けた。
「さあ参りましょう。北方がお待ちですよ」
帰路は来た時よりも賑やかだった。
街道沿いの宿場町で休むたびに、人々が集まってくる。結界を蘇らせた聖女を一目見ようと、遠方から駆けつける者もいた。
「リーゼ様、ありがとうございます」
「聖女様のおかげで夜も安心して眠れます」
リーゼは一人一人に丁寧に応え、感謝を返した。だが内心では、早く北に帰りたいという気持ちが膨らんでいた。
馬車の中でエルザが微笑んだ。
「そわそわしていらっしゃいますね」
「そんなことは……少しだけ」
「北が恋しいのですね」
「はい。それに……」
リーゼは馬車の前方を見た。騎馬で先頭を行くアルヴィンの背中が見える。
「まだ、実感がなくて。あの方と、これから一緒にいられるということが」
エルザが嬉しそうに頷いた。
「実感は、日々の中で育つものですよ」
五日後、馬車はノルトハイム領に入った。
門をくぐった瞬間から、空気が違った。冷たくて澄んだ北方の風。針葉樹の匂い。雪を被った山脈の稜線。
胸の奥がじんと熱くなった。
ヴィンターフェルトの街に入ると、リーゼは目を疑った。
通りに人が溢れていた。街中の住民が総出で道の両側に並んでいる。子供たちが花を持ち、大人たちが旗を振り、屋根の上からも手を振る人がいる。
「おかえりなさい、リーゼ様!」
声が爆発した。
一人の声ではなかった。何百という声が一斉に叫んだのだ。
「おかえりなさい!」
「リーゼ様万歳!」
「北の光が帰ってきた!」
リーゼは馬車の窓を開け、目に飛び込んでくる光景に言葉を失った。
蕪をくれたおかみが泣きながら手を振っている。膝を治した女の子が母親に肩車されて「リーゼおねえちゃーん!」と叫んでいる。パン屋の主人が焼きたてのパンの籠を掲げて笑っている。
涙が止まらなかった。
「ただいま」
声は小さかったが、不思議と通りの端まで届いた気がした。
「ただいま帰りました」
歓声が一段と大きくなった。
馬車を降りたリーゼは、人々に囲まれた。手を握られ、肩を叩かれ、子供たちに抱きつかれた。
蕪のおかみが泣きながらリーゼの手を握った。
「お帰りなさい、リーゼ様。待っていたんですよ、みんなで」
「ありがとうございます。ただいま」
膝を治した女の子が駆け寄ってきて、リーゼの腰にしがみついた。
「リーゼおねえちゃん、もうどこにも行かないで」
「行かないわ。ここが私の家だもの」
その言葉は自然と口から出た。エルザが言ってくれた言葉。今は心の底からそう思える。
屋敷に入ると、使用人たちも総出で出迎えてくれた。厨房からは温かい料理の匂いが漂い、暖炉には薪がたっぷりとくべられている。
書庫のフリッツ老人が、珍しく笑顔で頭を下げた。
「お帰りなさいませ、リーゼ様。留守中に新しい文献が届いておりますよ」
全てがここにある。自分が帰る場所が、ここにある。
その輪の外で、アルヴィンが馬上から見下ろしていた。領民たちの歓喜と、その中心で泣き笑いするリーゼの姿を。
ハインリヒが馬を寄せた。
「いい光景ですな」
アルヴィンは答えなかった。だがその横顔に浮かんだものを、ハインリヒは見逃さなかった。
誇りと、愛おしさと、静かな幸福。
氷の公爵が見せた、最も温かな表情だった。
リーゼが張った結界が空に淡く光り、王都全体を柔らかく包んでいる。もう魔物の恐怖に怯える必要はない。人々は久しぶりに安心して朝を迎えていた。
王宮の門前に馬車が並び、ノルトハイム公爵の騎士団が隊列を組む。国王自らが見送りに出て、リーゼの手を取った。
「リーゼ嬢、この恩は王家として決して忘れない。何かあればいつでも力になろう」
「ありがたいお言葉です、陛下」
「それから」
国王が声を落とし、穏やかに微笑んだ。
「ノルトハイム公爵とのこと、末永くお幸せに」
リーゼの頬が赤くなった。もう宮廷中に知れ渡っているらしい。隣のアルヴィンは無表情を装っていたが、耳の先が例によって赤い。
ハインリヒが咳払いをして馬車の扉を開けた。
「さあ参りましょう。北方がお待ちですよ」
帰路は来た時よりも賑やかだった。
街道沿いの宿場町で休むたびに、人々が集まってくる。結界を蘇らせた聖女を一目見ようと、遠方から駆けつける者もいた。
「リーゼ様、ありがとうございます」
「聖女様のおかげで夜も安心して眠れます」
リーゼは一人一人に丁寧に応え、感謝を返した。だが内心では、早く北に帰りたいという気持ちが膨らんでいた。
馬車の中でエルザが微笑んだ。
「そわそわしていらっしゃいますね」
「そんなことは……少しだけ」
「北が恋しいのですね」
「はい。それに……」
リーゼは馬車の前方を見た。騎馬で先頭を行くアルヴィンの背中が見える。
「まだ、実感がなくて。あの方と、これから一緒にいられるということが」
エルザが嬉しそうに頷いた。
「実感は、日々の中で育つものですよ」
五日後、馬車はノルトハイム領に入った。
門をくぐった瞬間から、空気が違った。冷たくて澄んだ北方の風。針葉樹の匂い。雪を被った山脈の稜線。
胸の奥がじんと熱くなった。
ヴィンターフェルトの街に入ると、リーゼは目を疑った。
通りに人が溢れていた。街中の住民が総出で道の両側に並んでいる。子供たちが花を持ち、大人たちが旗を振り、屋根の上からも手を振る人がいる。
「おかえりなさい、リーゼ様!」
声が爆発した。
一人の声ではなかった。何百という声が一斉に叫んだのだ。
「おかえりなさい!」
「リーゼ様万歳!」
「北の光が帰ってきた!」
リーゼは馬車の窓を開け、目に飛び込んでくる光景に言葉を失った。
蕪をくれたおかみが泣きながら手を振っている。膝を治した女の子が母親に肩車されて「リーゼおねえちゃーん!」と叫んでいる。パン屋の主人が焼きたてのパンの籠を掲げて笑っている。
涙が止まらなかった。
「ただいま」
声は小さかったが、不思議と通りの端まで届いた気がした。
「ただいま帰りました」
歓声が一段と大きくなった。
馬車を降りたリーゼは、人々に囲まれた。手を握られ、肩を叩かれ、子供たちに抱きつかれた。
蕪のおかみが泣きながらリーゼの手を握った。
「お帰りなさい、リーゼ様。待っていたんですよ、みんなで」
「ありがとうございます。ただいま」
膝を治した女の子が駆け寄ってきて、リーゼの腰にしがみついた。
「リーゼおねえちゃん、もうどこにも行かないで」
「行かないわ。ここが私の家だもの」
その言葉は自然と口から出た。エルザが言ってくれた言葉。今は心の底からそう思える。
屋敷に入ると、使用人たちも総出で出迎えてくれた。厨房からは温かい料理の匂いが漂い、暖炉には薪がたっぷりとくべられている。
書庫のフリッツ老人が、珍しく笑顔で頭を下げた。
「お帰りなさいませ、リーゼ様。留守中に新しい文献が届いておりますよ」
全てがここにある。自分が帰る場所が、ここにある。
その輪の外で、アルヴィンが馬上から見下ろしていた。領民たちの歓喜と、その中心で泣き笑いするリーゼの姿を。
ハインリヒが馬を寄せた。
「いい光景ですな」
アルヴィンは答えなかった。だがその横顔に浮かんだものを、ハインリヒは見逃さなかった。
誇りと、愛おしさと、静かな幸福。
氷の公爵が見せた、最も温かな表情だった。
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