私はもう、あなたの所有物ではありません

たくわん

文字の大きさ
47 / 50
第五章 氷解と永遠の誓い

47

しおりを挟む
婚礼を前に、それぞれの人生が新たな道を歩み始めていた。

ミレーユ・パーシヴァルは、王都郊外の修道院に送られた。

本来ならばより重い処罰もあり得たが、国王の温情と、リーゼの「命までは奪わないでください」という進言により、修道院での終身奉仕という形に落ち着いた。

修道院の粗末な個室で、ミレーユは灰色の修道服に身を包んでいた。深紅のドレスも蜂蜜色の巻き毛も、もうない。髪は短く切られ、化粧も許されない。

窓の外に広がるのは、畑と塀と空だけだった。

「こんなはずじゃなかった」

もう何度呟いたかわからない言葉を、また繰り返す。だが以前のような激情は薄れていた。毎日の祈りと労働が、少しずつミレーユの角を削いでいる。

修道院長の老女が時折訪ねてくる。

「過去は変えられません。でも未来はまだあります。ここでの日々を、自分と向き合う時間にしなさい」

ミレーユは答えなかった。だが、以前のように噛みつくこともしなくなっていた。


クラウス第二王子は、北東の辺境にある小さな離宮に移された。

王族の身分は維持されたが、実権は何もない。侍従が数名つくだけの質素な暮らし。社交界とは完全に隔絶され、訪ねてくる者もいない。

最初の数週間は荒れた。壁を殴り、家具を蹴り、侍従に当たり散らした。だが暴れる相手もいない静かな日々が続くうちに、嵐は収まっていった。

ある日、離宮の庭に出てみた。手入れされていない庭は荒れ放題だったが、隅に小さな花が咲いていた。雑草に紛れた名もない花。

クラウスはその花をしばらく見つめた。

リーゼの言葉が蘇る。人の価値は見た目の華やかさでは決まらない、と。

膝をついて、花の周りの雑草を抜いた。生まれて初めて、土に手を触れた。爪の間に黒い土が入り込む。

それは王子として過ごした二十一年間で、最も惨めで、最も正直な瞬間だったかもしれない。


グレーテル・フォン・ヴァイセンは、王都を離れた。

侯爵家との縁談は白紙に戻り、社交界での居場所も失った。だがグレーテルは意外にも、それを嘆かなかった。

リーゼとの再会が、何かを変えたのだ。何もないところから始めればいい、という妹の言葉が胸に残っていた。

グレーテルは東方の小さな街で、裁縫の仕事を始めた。伯爵令嬢として身につけた刺繍の腕が、ここでは生活の糧になる。最初は粗末な仕立て屋の手伝いだったが、腕前が認められ、少しずつ客がつき始めた。

質素な部屋で針を動かしながら、グレーテルは思う。

これが本当の自分なのかもしれない。家名と見栄に縛られていた頃より、今のほうがずっと楽だ。

机の引き出しの奥に、リーゼからの手紙が一通入っている。北方から届いた新しい手紙。今度はグレーテルがちゃんと受け取ったものだ。

姉様へ。お元気ですか。新しい暮らしが実りあるものになることを祈っています。いつか北方にも遊びに来てください。

短い文面に、リーゼの優しさが滲んでいた。グレーテルはその手紙を何度も読み返した。

「いつか、きっと」

そう呟いて、また針を動かした。


ヴァイセン伯爵ルドルフは、王都の屋敷で静かに暮らしていた。

娘二人がいなくなった屋敷は広すぎた。書斎に籠もり、領地の管理だけを淡々とこなす日々。

だが最近、伯爵は時折庭に出るようになった。妻が生前好きだった薔薇の花壇の前に立ち、しばらく眺めている。

手入れをする者がいなくなった花壇は荒れていたが、伯爵はある日、庭師を呼んで整えさせた。

誰にも言わなかったが、リーゼの婚約の知らせを受け取った夜、伯爵は一人で杯を傾けた。祝いの酒だったのか、悔恨の酒だったのか。おそらく、両方だった。


それぞれの場所で、それぞれの人生が続いている。

選択の結果を引き受けながら、人は歩いていく。誰かは暗い部屋で、誰かは荒れた庭で、誰かは針と糸で、それぞれの明日を紡いでいる。

そして北方の大地では、一組の男女が最も幸福な日を迎えようとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい

冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」 婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。 ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。 しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。 「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」 ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。 しかし、ある日のこと見てしまう。 二人がキスをしているところを。 そのとき、私の中で何かが壊れた……。

私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね?

みこと。
恋愛
 鉛色の髪と目を持つクローディアは"鉱石姫"と呼ばれ、婚約者ランバートからおざなりに扱われていた。 「俺には"宝石姫"であるタバサのほうが相応しい」そう言ってランバートは、新年祭のパートナーに、クローディアではなくタバサを伴う。 (あんなヤツ、こっちから婚約破棄してやりたいのに!)  現代日本にはなかった身分差のせいで、伯爵令嬢クローディアは、侯爵家のランバートに逆らえない。  そう、クローディアは転生者だった。現代知識で鉱石を扱い、カイロはじめ防寒具をドレス下に仕込む彼女は、冷えに苦しむ他国の王女リアナを助けるが──。  なんとリアナ王女の正体は、王子リアンで?  この出会いが、クローディアに新しい道を拓く! ※小説家になろう様でも「私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね? 〜不実な婚約者を見限って。冷え性令嬢は、熱愛を希望します」というタイトルで掲載しています。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

処理中です...