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第五章 氷解と永遠の誓い
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婚礼を前に、それぞれの人生が新たな道を歩み始めていた。
ミレーユ・パーシヴァルは、王都郊外の修道院に送られた。
本来ならばより重い処罰もあり得たが、国王の温情と、リーゼの「命までは奪わないでください」という進言により、修道院での終身奉仕という形に落ち着いた。
修道院の粗末な個室で、ミレーユは灰色の修道服に身を包んでいた。深紅のドレスも蜂蜜色の巻き毛も、もうない。髪は短く切られ、化粧も許されない。
窓の外に広がるのは、畑と塀と空だけだった。
「こんなはずじゃなかった」
もう何度呟いたかわからない言葉を、また繰り返す。だが以前のような激情は薄れていた。毎日の祈りと労働が、少しずつミレーユの角を削いでいる。
修道院長の老女が時折訪ねてくる。
「過去は変えられません。でも未来はまだあります。ここでの日々を、自分と向き合う時間にしなさい」
ミレーユは答えなかった。だが、以前のように噛みつくこともしなくなっていた。
クラウス第二王子は、北東の辺境にある小さな離宮に移された。
王族の身分は維持されたが、実権は何もない。侍従が数名つくだけの質素な暮らし。社交界とは完全に隔絶され、訪ねてくる者もいない。
最初の数週間は荒れた。壁を殴り、家具を蹴り、侍従に当たり散らした。だが暴れる相手もいない静かな日々が続くうちに、嵐は収まっていった。
ある日、離宮の庭に出てみた。手入れされていない庭は荒れ放題だったが、隅に小さな花が咲いていた。雑草に紛れた名もない花。
クラウスはその花をしばらく見つめた。
リーゼの言葉が蘇る。人の価値は見た目の華やかさでは決まらない、と。
膝をついて、花の周りの雑草を抜いた。生まれて初めて、土に手を触れた。爪の間に黒い土が入り込む。
それは王子として過ごした二十一年間で、最も惨めで、最も正直な瞬間だったかもしれない。
グレーテル・フォン・ヴァイセンは、王都を離れた。
侯爵家との縁談は白紙に戻り、社交界での居場所も失った。だがグレーテルは意外にも、それを嘆かなかった。
リーゼとの再会が、何かを変えたのだ。何もないところから始めればいい、という妹の言葉が胸に残っていた。
グレーテルは東方の小さな街で、裁縫の仕事を始めた。伯爵令嬢として身につけた刺繍の腕が、ここでは生活の糧になる。最初は粗末な仕立て屋の手伝いだったが、腕前が認められ、少しずつ客がつき始めた。
質素な部屋で針を動かしながら、グレーテルは思う。
これが本当の自分なのかもしれない。家名と見栄に縛られていた頃より、今のほうがずっと楽だ。
机の引き出しの奥に、リーゼからの手紙が一通入っている。北方から届いた新しい手紙。今度はグレーテルがちゃんと受け取ったものだ。
姉様へ。お元気ですか。新しい暮らしが実りあるものになることを祈っています。いつか北方にも遊びに来てください。
短い文面に、リーゼの優しさが滲んでいた。グレーテルはその手紙を何度も読み返した。
「いつか、きっと」
そう呟いて、また針を動かした。
ヴァイセン伯爵ルドルフは、王都の屋敷で静かに暮らしていた。
娘二人がいなくなった屋敷は広すぎた。書斎に籠もり、領地の管理だけを淡々とこなす日々。
だが最近、伯爵は時折庭に出るようになった。妻が生前好きだった薔薇の花壇の前に立ち、しばらく眺めている。
手入れをする者がいなくなった花壇は荒れていたが、伯爵はある日、庭師を呼んで整えさせた。
誰にも言わなかったが、リーゼの婚約の知らせを受け取った夜、伯爵は一人で杯を傾けた。祝いの酒だったのか、悔恨の酒だったのか。おそらく、両方だった。
それぞれの場所で、それぞれの人生が続いている。
選択の結果を引き受けながら、人は歩いていく。誰かは暗い部屋で、誰かは荒れた庭で、誰かは針と糸で、それぞれの明日を紡いでいる。
そして北方の大地では、一組の男女が最も幸福な日を迎えようとしていた。
ミレーユ・パーシヴァルは、王都郊外の修道院に送られた。
本来ならばより重い処罰もあり得たが、国王の温情と、リーゼの「命までは奪わないでください」という進言により、修道院での終身奉仕という形に落ち着いた。
修道院の粗末な個室で、ミレーユは灰色の修道服に身を包んでいた。深紅のドレスも蜂蜜色の巻き毛も、もうない。髪は短く切られ、化粧も許されない。
窓の外に広がるのは、畑と塀と空だけだった。
「こんなはずじゃなかった」
もう何度呟いたかわからない言葉を、また繰り返す。だが以前のような激情は薄れていた。毎日の祈りと労働が、少しずつミレーユの角を削いでいる。
修道院長の老女が時折訪ねてくる。
「過去は変えられません。でも未来はまだあります。ここでの日々を、自分と向き合う時間にしなさい」
ミレーユは答えなかった。だが、以前のように噛みつくこともしなくなっていた。
クラウス第二王子は、北東の辺境にある小さな離宮に移された。
王族の身分は維持されたが、実権は何もない。侍従が数名つくだけの質素な暮らし。社交界とは完全に隔絶され、訪ねてくる者もいない。
最初の数週間は荒れた。壁を殴り、家具を蹴り、侍従に当たり散らした。だが暴れる相手もいない静かな日々が続くうちに、嵐は収まっていった。
ある日、離宮の庭に出てみた。手入れされていない庭は荒れ放題だったが、隅に小さな花が咲いていた。雑草に紛れた名もない花。
クラウスはその花をしばらく見つめた。
リーゼの言葉が蘇る。人の価値は見た目の華やかさでは決まらない、と。
膝をついて、花の周りの雑草を抜いた。生まれて初めて、土に手を触れた。爪の間に黒い土が入り込む。
それは王子として過ごした二十一年間で、最も惨めで、最も正直な瞬間だったかもしれない。
グレーテル・フォン・ヴァイセンは、王都を離れた。
侯爵家との縁談は白紙に戻り、社交界での居場所も失った。だがグレーテルは意外にも、それを嘆かなかった。
リーゼとの再会が、何かを変えたのだ。何もないところから始めればいい、という妹の言葉が胸に残っていた。
グレーテルは東方の小さな街で、裁縫の仕事を始めた。伯爵令嬢として身につけた刺繍の腕が、ここでは生活の糧になる。最初は粗末な仕立て屋の手伝いだったが、腕前が認められ、少しずつ客がつき始めた。
質素な部屋で針を動かしながら、グレーテルは思う。
これが本当の自分なのかもしれない。家名と見栄に縛られていた頃より、今のほうがずっと楽だ。
机の引き出しの奥に、リーゼからの手紙が一通入っている。北方から届いた新しい手紙。今度はグレーテルがちゃんと受け取ったものだ。
姉様へ。お元気ですか。新しい暮らしが実りあるものになることを祈っています。いつか北方にも遊びに来てください。
短い文面に、リーゼの優しさが滲んでいた。グレーテルはその手紙を何度も読み返した。
「いつか、きっと」
そう呟いて、また針を動かした。
ヴァイセン伯爵ルドルフは、王都の屋敷で静かに暮らしていた。
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だが最近、伯爵は時折庭に出るようになった。妻が生前好きだった薔薇の花壇の前に立ち、しばらく眺めている。
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誰にも言わなかったが、リーゼの婚約の知らせを受け取った夜、伯爵は一人で杯を傾けた。祝いの酒だったのか、悔恨の酒だったのか。おそらく、両方だった。
それぞれの場所で、それぞれの人生が続いている。
選択の結果を引き受けながら、人は歩いていく。誰かは暗い部屋で、誰かは荒れた庭で、誰かは針と糸で、それぞれの明日を紡いでいる。
そして北方の大地では、一組の男女が最も幸福な日を迎えようとしていた。
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