私はもう、あなたの所有物ではありません

たくわん

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第五章 氷解と永遠の誓い

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ノルトハイム公爵とリーゼ・フォン・ヴァイセンの婚約が、正式に公表された。

知らせは北方全域を駆け巡り、領民たちは沸き立った。ヴィンターフェルトでは即席の祝宴が開かれ、酒場は昼から満員になった。エーデルヴァイスの村長は「わしの目が黒いうちに、こんなめでたいことが」と涙を流した。

だが波紋が最も大きかったのは、王都の社交界だった。

「あの捨てられた伯爵令嬢が、氷の公爵と婚約ですって」

貴族たちのサロンはこの話題で持ちきりになった。

「ノルトハイム公爵といえば、国内屈指の名門よ。領地の広さも軍事力も、下手な王族を凌ぐわ」
「しかも聖女として王都の結界を蘇らせた功労者。これ以上ない組み合わせだこと」
「最初にあの娘を嘲笑っていた私たち、今頃顔から火が出るわね」

手のひらを返す者、素直に祝福する者、嫉妬に歯噛みする者。反応は様々だったが、誰もがこの婚約が持つ意味を理解していた。

北方の大領主と聖女の結婚。それは単なる恋愛の成就ではなく、王国の勢力図を塗り替える一大事件だった。


王宮にも報せは届いた。

第一王子フリードリヒは書簡を読み、穏やかに頷いた。

「良い知らせだ。ノルトハイム公爵は信頼できる男だし、リーゼ嬢には王家として返しきれない恩がある。祝いの品を贈ろう」

オルトヴィンも婚約の報に接し、教会として祝辞を送った。添えられた私信にはこう書かれていた。

「あなたが北方で幸せを見つけられたことを、心から嬉しく思います。あの夜、舞踏会を去るあなたの背中を見送ることしかできなかった自分を、私は今も悔いています」

老魔術師の率直な言葉は、リーゼの胸に沁みた。あの夜、広間にいた人々の中にも、心を痛めてくれた人がいたのだ。

一方、離宮に幽閉されたクラウスのもとにも、噂は伝わった。

小さな窓しかない質素な部屋で、クラウスは壁に背をつけて座り込んでいた。

婚約の報せを持ってきた侍従を、クラウスは黙って聞いていた。怒りは湧かなかった。もうそんな力も残っていなかった。

「……そうか」

呟いたのはそれだけだった。

窓の外に見える狭い空を見上げる。あの空の下のどこかで、リーゼが笑っている。自分が捨てた女が、自分では決して手に入れられなかった幸福を掴んでいる。

後悔。今更ながらに、その感情の正体がようやくわかった。


北方の屋敷では、婚礼の準備が着々と進んでいた。

ハインリヒが奔走し、領内外から職人を呼び寄せる。式は北方の大聖堂で挙げることが決まり、領民総出の祝いの場にすると宣言された。

リーゼはエルザとともにドレスの仕立てに追われていた。王都から呼んだ仕立て屋が採寸をし、北方の伝統的な意匠を取り入れた白いドレスの制作が始まった。

「リーゼ様、こちらのレースはいかがですか。北方産の雪糸で織ったものです」

「綺麗……。でもあまり華美にはしたくないのです。アルヴィン様も質素なものを好まれるでしょうし」

「いえいえ、結婚式だけは別ですよ。花嫁は誰よりも美しくあるべきです。公爵様だってきっとそう望んでおいでです」

「そうでしょうか」

「間違いありません。あの方、リーゼ様のドレスの費用について訊かれた時、金に糸目はつけるなと仰ったそうですよ」

リーゼは頬を染めた。あの質素を好む人が、そんなことを。

「ハインリヒ様が嬉しそうに教えてくださいました」

「あの人は本当に……」

余計なことを全部喋るのだ。リーゼは呆れつつも、口元が緩むのを止められなかった。

夜、指輪を月明かりにかざした。氷晶石が青く光る。

あと一月で、この人の隣に立つ。妻として。伴侶として。

指輪をそっと唇に当てた。冷たい金属の向こうに、あの温かい手の感触がある。

「待っていてください。必ず、一番綺麗な花嫁になります」

誰にともなく呟いた言葉は、春の夜風に溶けて消えた。
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