私に用はないのでしょう?

たくわん

文字の大きさ
12 / 22
婚約破棄された商人の娘、異国の商人に拾われる

3

しおりを挟む
ロッシ商会とアレクセイの事業は、着実に成長を続けた。半年後には従業員を増やし、一年後には新しい倉庫を借りた。スラヴィアとの交易は安定し、他の商会も注目するようになった。

「ロッシ商会が急成長しているらしい」「あの東方の青年商人と組んでいるとか」「新しい交易路を開拓したそうだ」

街の商人たちの間で、新たな噂が流れ始めた。今度は好意的な噂だった。

ソフィアは、かつて自分を見下していた社交界の人々から、再び声をかけられるようになった。

「ソフィア様、お久しぶりですわ。実は、スラヴィアの毛皮を扱っていらっしゃると聞いて」

「あら、今さら何の御用でしょうか」

ソフィアの声は冷たかった。困難な時には見向きもしなかった人々が、成功すると擦り寄ってくる。そんな人々を、彼女は信用しなかった。

しかし、アレクセイは異なる考えを示した。

「ソフィア、彼らを完全に拒絶する必要はない。ビジネスは感情ではなく、利益で動くものだ。彼らが良い顧客になるなら、それでいい」

「でも、彼らは私たちが困っている時、助けてくれませんでした」

「そうだね。でも、恨みを持ち続けることは、俺たちの成長を妨げる。過去は過去。未来を見よう」

アレクセイの言葉は、常に前向きだった。彼には、過去に囚われることなく、常に次のステップを考える力があった。

ソフィアは、その姿勢に感銘を受けた。確かに、恨みに時間を費やすより、事業を成長させることに集中すべきだ。

ある日、ソフィアとアレクセイは港の近くのカフェで、今後の計画を話し合っていた。小さな店だが、港を見渡せる良い場所だった。

「次は南方との交易も視野に入れたい。君の分析では、香辛料の需要が高まっているそうだね」

「ええ。でも、南方ルートはフィオーレ商会が独占しています。参入は難しいかもしれません」

「確かに。でも、君となら不可能なことはないと思っている」

アレクセイがそう言って微笑むと、ソフィアの心臓が大きく跳ねた。

いつからだろう。彼を見ると、胸が苦しくなるようになった。彼の言葉を待ち望み、彼の笑顔に安らぎを感じるようになった。朝、商会に行くのが楽しみになったのは、仕事が好きだからだけではない。彼に会えるからだ。

これは、ただのビジネスパートナー以上の感情だ。

ソフィアは気づいていた。自分がアレクセイに恋をしていることに。

しかし、彼はどう思っているのだろう。もしかしたら、自分のことをただの仕事仲間としか見ていないのかもしれない。そう思うと、この感情を口にすることはできなかった。

「ソフィア? どうかした? 顔が赤いけど」

「あ、いえ、何でもありません。少し暑いだけです」

ソフィアは慌てて視線を逸らした。

その様子を見て、アレクセイは優しく微笑んだ。実は、彼も同じ感情を抱いていた。しかし、ソフィアの立場を考えると、簡単には口にできなかった。

彼女は婚約破棄という辛い経験をしたばかりだ。今、恋愛感情を向けることは、彼女に負担をかけるかもしれない。それに、自分は外国人で、この街に定住するかどうかもわからない。そんな不安定な立場で、彼女の人生に踏み込んでいいのだろうか。

だから、アレクセイは自分の感情を抑え、仕事に集中しようと努めた。

しかし、運命は二人を別の形で試すことになる。

ある日、フィオーレ商会から使者が来た。

「ソフィア様にお会いしたいとのことです」

「誰が?」

「マルコ様です」

ソフィアの表情が硬くなった。

「お断りします」

「しかし、マルコ様は何としてもとおっしゃっていまして...」

その時、アレクセイが口を挟んだ。

「会ってみたらどうだ? 何を言いたいのか、聞いてみる価値はある」

「でも...」

「大丈夫。俺も同席する」

アレクセイの言葉に、ソフィアは頷いた。

応接室で、マルコは疲れた表情で座っていた。かつての自信に満ちた態度は消え、憔悴した青年がそこにいた。高価な服を着ているが、どこか乱れている。目の下には隈ができていた。

「久しぶりだな、ソフィア」

「マルコ。用件は何ですか」

ソフィアの声は冷たかった。

「単刀直入に言う。俺たちと提携してくれないか」

「提携?」

「ああ。お前の商会は、スラヴィアとの交易で成功している。そのノウハウを、フィオーレ商会と共有してほしい。もちろん、対価は払う」

「お断りします」

ソフィアは即答した。

「待ってくれ。話を聞いてくれ」

マルコは焦った様子で続けた。

「実は、フィオーレ商会は今、厳しい状況にある。南方との交易で大きな損失を出してしまった。イザベラの父親が推薦した商人が詐欺師で、多額の投資が無駄になった。それに、イザベラ自身も...」

マルコは言葉を詰まらせた。

「イザベラは、浪費家だった。毎日のようにパーティーを開き、高価な宝石を買い漁った。俺は、それが社交に必要な投資だと思っていた。しかし、実際には何の成果も生まなかった。ただの見栄の張り合いだった」

ソフィアは黙って聞いていた。

「そして、イザベラの父親が没落した。南方で政変があり、モンテベルデ家は権力を失った。途端に、イザベラは俺を見限った。『貴方の商会はもう魅力がない』と言って、別の富豪のところへ行ってしまった」

マルコの声には、悔恨が滲んでいた。

「ソフィア、俺は間違っていた。お前を見下し、商会を陥れようとした。それは全て、俺の愚かさゆえだ。どうか、許してくれないか。そして、助けてほしい」

沈黙が流れた。

アレクセイは何も言わず、ソフィアの反応を待った。これは彼女が決めるべきことだった。

ソフィアは深呼吸をした。

「マルコ、あなたは私を『地味で魅力がない』と言いました。私の商会を潰そうとしました。そして今、困ったから助けてほしいと言う。それは虫が良すぎませんか」

「わかっている...すまない」

「私は、もうあなたを恨んではいません。むしろ感謝しています。あなたが婚約を破棄してくれたおかげで、本当に自分を認めてくれる人に出会えたのですから」

ソフィアはアレクセイを見た。彼は優しく微笑んだ。

「でも、だからといって、あなたを助ける義理はありません。ビジネスは慈善事業ではありません。対等な関係でなければ、成立しないのです」

「対等な関係...」

「あなたは、私を対等なパートナーとして見たことがありますか? 答えは否です。あなたにとって私は、常に『添え物』でした。そんな関係では、提携はうまくいきません」

マルコは何も言えなかった。ソフィアの言葉は、すべて真実だった。

「お帰りください、マルコ。これ以上、話すことはありません」

「ソフィア...」

「従業員、お客様をお送りしてください」

マルコは従業員に促され、肩を落として部屋を出て行った。

マルコが去った後、アレクセイが心配そうに尋ねた。

「大丈夫か? 少し厳しすぎたかもしれないが...」

「いいえ、これで良かったんです。もう、過去に囚われたくありません」

ソフィアは窓の外を見た。港には、新しい船が入ってくるのが見えた。

「アレクセイ、あなたに会えて本当に良かった。あなたは、私を対等なパートナーとして見てくれた。それが、どれほど嬉しかったか」

「ソフィア...」

アレクセイは何か言いかけたが、躊躇した。今、この瞬間、自分の感情を伝えるべきだろうか。しかし、まだ時期尚早かもしれない。

「実は話がある。今日の仕事が終わったら、少し時間をもらえないか」

「もちろんです。何でしょう」

「それは...その時に」

アレクセイは珍しく、口ごもった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

あなたがそのつもりなら

素亭子
恋愛
リリアーナはランス侯爵からの求婚をうけて結婚したが、わずか一年で夫は愛人を持った。リリアーナの仕返しの話です

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

処理中です...