私に用はないのでしょう?

たくわん

文字の大きさ
12 / 28
婚約破棄された商人の娘、異国の商人に拾われる

3

しおりを挟む
ロッシ商会とアレクセイの事業は、着実に成長を続けた。半年後には従業員を増やし、一年後には新しい倉庫を借りた。スラヴィアとの交易は安定し、他の商会も注目するようになった。

「ロッシ商会が急成長しているらしい」「あの東方の青年商人と組んでいるとか」「新しい交易路を開拓したそうだ」

街の商人たちの間で、新たな噂が流れ始めた。今度は好意的な噂だった。

ソフィアは、かつて自分を見下していた社交界の人々から、再び声をかけられるようになった。

「ソフィア様、お久しぶりですわ。実は、スラヴィアの毛皮を扱っていらっしゃると聞いて」

「あら、今さら何の御用でしょうか」

ソフィアの声は冷たかった。困難な時には見向きもしなかった人々が、成功すると擦り寄ってくる。そんな人々を、彼女は信用しなかった。

しかし、アレクセイは異なる考えを示した。

「ソフィア、彼らを完全に拒絶する必要はない。ビジネスは感情ではなく、利益で動くものだ。彼らが良い顧客になるなら、それでいい」

「でも、彼らは私たちが困っている時、助けてくれませんでした」

「そうだね。でも、恨みを持ち続けることは、俺たちの成長を妨げる。過去は過去。未来を見よう」

アレクセイの言葉は、常に前向きだった。彼には、過去に囚われることなく、常に次のステップを考える力があった。

ソフィアは、その姿勢に感銘を受けた。確かに、恨みに時間を費やすより、事業を成長させることに集中すべきだ。

ある日、ソフィアとアレクセイは港の近くのカフェで、今後の計画を話し合っていた。小さな店だが、港を見渡せる良い場所だった。

「次は南方との交易も視野に入れたい。君の分析では、香辛料の需要が高まっているそうだね」

「ええ。でも、南方ルートはフィオーレ商会が独占しています。参入は難しいかもしれません」

「確かに。でも、君となら不可能なことはないと思っている」

アレクセイがそう言って微笑むと、ソフィアの心臓が大きく跳ねた。

いつからだろう。彼を見ると、胸が苦しくなるようになった。彼の言葉を待ち望み、彼の笑顔に安らぎを感じるようになった。朝、商会に行くのが楽しみになったのは、仕事が好きだからだけではない。彼に会えるからだ。

これは、ただのビジネスパートナー以上の感情だ。

ソフィアは気づいていた。自分がアレクセイに恋をしていることに。

しかし、彼はどう思っているのだろう。もしかしたら、自分のことをただの仕事仲間としか見ていないのかもしれない。そう思うと、この感情を口にすることはできなかった。

「ソフィア? どうかした? 顔が赤いけど」

「あ、いえ、何でもありません。少し暑いだけです」

ソフィアは慌てて視線を逸らした。

その様子を見て、アレクセイは優しく微笑んだ。実は、彼も同じ感情を抱いていた。しかし、ソフィアの立場を考えると、簡単には口にできなかった。

彼女は婚約破棄という辛い経験をしたばかりだ。今、恋愛感情を向けることは、彼女に負担をかけるかもしれない。それに、自分は外国人で、この街に定住するかどうかもわからない。そんな不安定な立場で、彼女の人生に踏み込んでいいのだろうか。

だから、アレクセイは自分の感情を抑え、仕事に集中しようと努めた。

しかし、運命は二人を別の形で試すことになる。

ある日、フィオーレ商会から使者が来た。

「ソフィア様にお会いしたいとのことです」

「誰が?」

「マルコ様です」

ソフィアの表情が硬くなった。

「お断りします」

「しかし、マルコ様は何としてもとおっしゃっていまして...」

その時、アレクセイが口を挟んだ。

「会ってみたらどうだ? 何を言いたいのか、聞いてみる価値はある」

「でも...」

「大丈夫。俺も同席する」

アレクセイの言葉に、ソフィアは頷いた。

応接室で、マルコは疲れた表情で座っていた。かつての自信に満ちた態度は消え、憔悴した青年がそこにいた。高価な服を着ているが、どこか乱れている。目の下には隈ができていた。

「久しぶりだな、ソフィア」

「マルコ。用件は何ですか」

ソフィアの声は冷たかった。

「単刀直入に言う。俺たちと提携してくれないか」

「提携?」

「ああ。お前の商会は、スラヴィアとの交易で成功している。そのノウハウを、フィオーレ商会と共有してほしい。もちろん、対価は払う」

「お断りします」

ソフィアは即答した。

「待ってくれ。話を聞いてくれ」

マルコは焦った様子で続けた。

「実は、フィオーレ商会は今、厳しい状況にある。南方との交易で大きな損失を出してしまった。イザベラの父親が推薦した商人が詐欺師で、多額の投資が無駄になった。それに、イザベラ自身も...」

マルコは言葉を詰まらせた。

「イザベラは、浪費家だった。毎日のようにパーティーを開き、高価な宝石を買い漁った。俺は、それが社交に必要な投資だと思っていた。しかし、実際には何の成果も生まなかった。ただの見栄の張り合いだった」

ソフィアは黙って聞いていた。

「そして、イザベラの父親が没落した。南方で政変があり、モンテベルデ家は権力を失った。途端に、イザベラは俺を見限った。『貴方の商会はもう魅力がない』と言って、別の富豪のところへ行ってしまった」

マルコの声には、悔恨が滲んでいた。

「ソフィア、俺は間違っていた。お前を見下し、商会を陥れようとした。それは全て、俺の愚かさゆえだ。どうか、許してくれないか。そして、助けてほしい」

沈黙が流れた。

アレクセイは何も言わず、ソフィアの反応を待った。これは彼女が決めるべきことだった。

ソフィアは深呼吸をした。

「マルコ、あなたは私を『地味で魅力がない』と言いました。私の商会を潰そうとしました。そして今、困ったから助けてほしいと言う。それは虫が良すぎませんか」

「わかっている...すまない」

「私は、もうあなたを恨んではいません。むしろ感謝しています。あなたが婚約を破棄してくれたおかげで、本当に自分を認めてくれる人に出会えたのですから」

ソフィアはアレクセイを見た。彼は優しく微笑んだ。

「でも、だからといって、あなたを助ける義理はありません。ビジネスは慈善事業ではありません。対等な関係でなければ、成立しないのです」

「対等な関係...」

「あなたは、私を対等なパートナーとして見たことがありますか? 答えは否です。あなたにとって私は、常に『添え物』でした。そんな関係では、提携はうまくいきません」

マルコは何も言えなかった。ソフィアの言葉は、すべて真実だった。

「お帰りください、マルコ。これ以上、話すことはありません」

「ソフィア...」

「従業員、お客様をお送りしてください」

マルコは従業員に促され、肩を落として部屋を出て行った。

マルコが去った後、アレクセイが心配そうに尋ねた。

「大丈夫か? 少し厳しすぎたかもしれないが...」

「いいえ、これで良かったんです。もう、過去に囚われたくありません」

ソフィアは窓の外を見た。港には、新しい船が入ってくるのが見えた。

「アレクセイ、あなたに会えて本当に良かった。あなたは、私を対等なパートナーとして見てくれた。それが、どれほど嬉しかったか」

「ソフィア...」

アレクセイは何か言いかけたが、躊躇した。今、この瞬間、自分の感情を伝えるべきだろうか。しかし、まだ時期尚早かもしれない。

「実は話がある。今日の仕事が終わったら、少し時間をもらえないか」

「もちろんです。何でしょう」

「それは...その時に」

アレクセイは珍しく、口ごもった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

邪魔者な私なもので

あんど もあ
ファンタジー
婚約者のウィレル様が、私の妹を食事に誘ったと報告をしてきました。なんて親切な方なのでしょう。でも、シェフが家にいるのになぜレストランに行くのですか?  天然な人の良いお嬢さまが、意図せずざまぁをする話。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

婚約破棄された公爵令嬢は虐げられた国から出ていくことにしました~国から追い出されたのでよその国で竜騎士を目指します~

ヒンメル
ファンタジー
マグナス王国の公爵令嬢マチルダ・スチュアートは他国出身の母の容姿そっくりなためかこの国でうとまれ一人浮いた存在だった。 そんなマチルダが王家主催の夜会にて婚約者である王太子から婚約破棄を告げられ、国外退去を命じられる。 自分と同じ容姿を持つ者のいるであろう国に行けば、目立つこともなく、穏やかに暮らせるのではないかと思うのだった。 マチルダの母の祖国ドラガニアを目指す旅が今始まる――   ※文章を書く練習をしています。誤字脱字や表現のおかしい所などがあったら優しく教えてやってください。    ※第二章まで完結してます。現在、最終章をゆっくり更新中です。書くスピードが亀より遅いので、お待たせしてすみませんm(__)m    ※小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。

西東友一
ファンタジー
えっ、彼との結婚がダメ? なぜです、お父様? 彼はイケメンで、知性があって、性格もいい?のに。 「じゃあ、家を出ていきます」

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

妹の初恋は私の婚約者

あんど もあ
ファンタジー
卒業パーティーで、第一王子から婚約破棄を宣言されたカミーユ。王子が選んだのは、カミーユの妹ジョフロアだった。だが、ジョフロアには王子との婚約が許されない秘密があった。

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~

山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。 この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。 父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。 顔が良いから、女性にモテる。 わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!? 自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。 *沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m

侯爵家を守るのは・・・

透明
恋愛
姑に似ているという理由で母親に虐げられる侯爵令嬢クラリス。 母親似の妹エルシーは両親に愛されすべてを奪っていく。 最愛の人まで妹に奪われそうになるが助けてくれたのは・・・

処理中です...