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真の聖女は私です
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それから三ヶ月が過ぎた。リディアはアランスの領地で治癒師として働き続け、多くの人々を救っていた。彼女の評判は領地内だけでなく、近隣の地域にまで広がっていった。
ある日の午後、リディアが診療所で働いていると、セバスチャンが慌てた様子で入ってきた。
「リディア様、王都から使者が参りました」
「王都から?」
リディアは嫌な予感がした。王都。そこには神殿がある。セリアがいる。
「アランス様が応接室でお待ちです。すぐに来てほしいと」
リディアは患者に断りを入れて、急いで屋敷へ向かった。応接室の扉を開けると、アランスと見知らぬ男性が座っていた。男性は神殿の制服を着ている。
「リディア、こちらは神殿から来た使者だ」
使者は立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「はじめまして。私は神殿の補佐官、マルクスと申します。リディア様にお話があって参りました」
「どのような……」
「神殿に戻っていただきたいのです」
リディアは息を呑んだ。戻る? 自分を追放した神殿に?
「どういうことですか。私は追放されたはずです」
マルクスは困ったような顔をした。
「それは……大変な誤解があったようでして」
「誤解?」
「セリア様の奇跡について、問題が発覚しました」
リディアは心臓が高鳴るのを感じた。アランスも真剣な表情で使者を見ている。
「セリア様が行っていた奇跡は、実は魔道具の力によるものだったのです。『聖女の涙』という、古代に作られた希少な魔道具を密かに使用していたことが判明しました」
「嘘……」
「本人も認めました。彼女は最初から治癒の力など持っていなかったのです」
リディアは言葉を失った。姉が嘘をついていた。あの完璧な聖女が、魔道具で偽っていた。
「ですので、神殿は真の聖女であるリディア様に戻っていただきたいのです。立場も報酬も、全て最高のものをお約束します」
マルクスは真摯な表情で訴えた。だが、リディアは首を横に振った。
「お断りします」
「え……」
「私は追放されたときから、もう神殿とは無関係です。今更戻る理由がありません」
「しかし、あなたは聖女です。神殿にいるべき方なのです」
「聖女かどうかは、私が決めることではありません。でも、今の私にはここでやるべきことがあります」
リディアははっきりと言った。マルクスは困惑した顔でアランスを見た。
「辺境伯様、どうか説得していただけないでしょうか」
アランスは冷たい目で使者を見た。
「彼女の意思は聞いた通りだ。私からも付け加えることがある。リディアは私の領地の専属治癒師だ。彼女の雇用契約は私が結んでいる。神殿が彼女を必要とするなら、正式に交渉すべきだ」
「それは……」
「だが、私は彼女を手放すつもりはない。彼女はこの領地に必要な人材だ。それに」
アランスはリディアを見た。
「彼女自身が望まないことを強制するつもりもない」
マルクスは諦めたように溜息をついた。
「分かりました。神殿には報告します。ですが、リディア様。もう一つお伝えしなければならないことがあります」
「何ですか」
「セリア様は……神殿を追放されました。そして、その後の行方が分からなくなっています」
リディアの胸が締め付けられた。姉が追放された。自分と同じように。
「探しているのですが、見つかっていません。もし何か情報があれば、お知らせください」
使者は深く頭を下げて、部屋を出て行った。
使者が帰った後、リディアは応接室でアランスと二人きりになった。
「大丈夫か」
アランスが尋ねた。リディアは頷いた。
「はい。ただ、少し驚いただけです」
「お前の姉が魔道具を使っていたとは、予想外だったな」
「はい……でも、どこかで感じていたのかもしれません。姉上の奇跡は、確かに派手でしたが、どこか不自然でした」
リディアは窓の外を見た。
「姉上は、きっと焦っていたんだと思います。期待に応えなければならない、完璧でなければならないと」
「同情するのか」
「同情というより……理解、でしょうか。姉上も苦しんでいたのだと思います」
アランスは少し考え込むような表情をした。
「お前は優しいな」
「そうでしょうか」
「ああ。普通なら、恨んでもおかしくない相手だ」
リディアは微笑んだ。
「確かに、追放されたときは辛かったです。でも、今はここにいます。アランス様に出会えて、自分の力を認めてもらえて。だから、姉上を恨む気持ちにはなれません」
アランスはリディアをじっと見つめた。その視線には、いつもとは違う何かがあった。
「リディア」
「はい」
「お前は、これからもここにいてくれるか」
リディアは少し驚いた。アランスがこんな風に尋ねてくるのは珍しかった。
「もちろんです。ここが私の居場所ですから」
「そうか……」
アランスは安堵したような表情を浮かべた。リディアは心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
その夜、リディアは自室で考え事をしていた。神殿からの使者の話、姉の失踪、そして自分の今の立場。全てが複雑に絡み合っている。
ノックの音がして、扉を開けるとアランスが立っていた。
「夜分遅くにすまない。少し話がある」
「どうぞ」
アランスは部屋に入り、暖炉の前に立った。
「お前に正直に話したいことがある」
「何でしょうか」
アランスは少し言葉を選ぶように間を置いた。
「私がお前を雇ったのは、最初は純粋に治癒師が必要だったからだ。だが、今は違う」
リディアの心臓が激しく打った。
「お前と過ごす時間が増えるにつれて、私は気づいた。お前が側にいることが、当たり前になっていた。お前の笑顔を見ることが、楽しみになっていた」
「アランス様……」
「私は、お前を愛している」
リディアは言葉を失った。アランスは真剣な目でリディアを見つめている。
「お前を治癒師としてだけでなく、一人の女性として愛している。もし、お前が受け入れてくれるなら、私の妻になってほしい」
リディアの目に涙が溢れた。それは悲しみの涙ではなく、喜びの涙だった。
「私……私もです」
「リディア」
「私も、アランス様のことを……愛しています」
アランスはリディアに近づき、優しく抱きしめた。リディアはその温かさに身を委ねた。
「ありがとう。お前を必ず幸せにする」
「はい……」
二人はしばらくそうしていた。暖炉の火が、優しく二人を照らしていた。
それから一ヶ月後、リディアとアランスの婚約が正式に発表された。領民たちは大いに喜び、祝福の声が上がった。リディアを慕う人々は、彼女が幸せになることを心から喜んでいた。
婚約の知らせは、王都にも届いた。そして、神殿にも。
神殿では大騒ぎになった。追放した聖女が、辺境伯と婚約する。しかも、彼女の治癒の力は本物で、多くの人々を救っていると。大神官は頭を抱えた。
「なぜ、あの娘を追放してしまったのだ……」
だが、もう遅かった。リディアは神殿に戻るつもりはない。彼女は新しい人生を歩み始めていた。
婚約発表の一週間後、リディアの元に一通の手紙が届いた。差出人の名前を見て、リディアは息を呑んだ。セリア。姉からの手紙だった。
手紙を開くと、震える文字で書かれた言葉があった。
「リディア、ごめんなさい。私はあなたに酷いことをしました。嫉妬していました。あなたの力は本物で、私のは偽物だったから。でも、認めることができなかった。今、私は全てを失いました。当然の報いです。あなたが幸せになることを、心から願っています。二度と会うことはないでしょう。どうか、お元気で」
リディアは手紙を握りしめた。涙が溢れた。姉を許すことができた。そして、姉もまた苦しんでいたのだと理解できた。
「リディア、どうした」
アランスが入ってきた。リディアは手紙を見せた。アランスはそれを読み、リディアを抱きしめた。
「お前は本当に優しいな」
「姉上も、幸せになってほしいです」
「きっと、そうなるさ」
リディアは頷いた。全ての人が幸せになれるわけではない。でも、少なくとも自分は幸せになれた。そして、その幸せを分かち合える人がいる。
婚礼の日は、晴れ渡った秋の日だった。屋敷の庭には多くの領民が集まり、二人の門出を祝った。
リディアは白いドレスを纏い、アランスの隣に立っていた。アランスはいつもよりも柔らかい表情で、リディアを見つめていた。
「愛しています、リディア」
「私も愛しています、アランス様」
二人は誓いの口づけを交わした。周囲から歓声と拍手が湧き上がった。
神殿に不要と言われた聖女は、今、誰よりも幸せだった。自分を認めてくれる人と出会い、愛し合い、多くの人々に囲まれている。
これが、本当の幸せなのだと、リディアは心から思った。
婚礼から数ヶ月後、王都では大きな動きがあった。セリアが使っていた魔道具「聖女の涙」が、実は人々に悪影響を与えていたことが判明したのだ。
表面的には病気や怪我を治すように見えたが、実際には体内に呪いのような残滓を残していた。それが時間をかけて蓄積し、後に深刻な病を引き起こしていたのだ。
リディアが治療した村の疫病も、実はセリアの奇跡を受けた人々が発症したものだった。リディアの治癒の力は、その呪いを浄化し、根本から治すことができた。だからこそ、完治したのだ。
神殿は大混乱に陥った。セリアの奇跡を受けた人々を全て探し出し、治療しなければならない。だが、それができるのはリディアだけだった。
神殿は再び使者を送ったが、リディアは条件を出した。
「私は神殿には戻りません。でも、苦しんでいる人々を見捨てることはできません。私がここで治療します。患者をこの領地に送ってください」
神殿は了承するしかなかった。こうして、リディアの元には次々と患者が訪れるようになった。彼女は一人一人、丁寧に治療していった。
アランスは診療所を拡張し、リディアをサポートするための医療スタッフも増やした。リディアの評判は国中に広まり、「真の聖女」として人々に慕われるようになった。
ある日の夕方、リディアが診療所から戻ると、アランスが庭で待っていた。
「お疲れ様」
「ただいま」
アランスはリディアを抱きしめた。
「今日も多くの人を救ったな」
「はい。でも、まだまだ治療が必要な人がたくさんいます」
「無理はするなよ」
「大丈夫です。あなたが側にいてくれるから」
リディアは微笑んだ。アランスも微笑み返した。
二人は手を繋いで屋敷へ戻った。夕日が二人の背中を優しく照らしていた。
神殿で不要と言われた聖女は、今、最も必要とされる存在になっていた。そして、何よりも大切な人に愛されていた。
これ以上の幸せはない、とリディアは思った。
かつて姉の影に怯え、自分の価値を見失っていた少女は、もういない。今ここにいるのは、自分の力を信じ、愛する人と共に歩む一人の女性だった。
リディアの新しい人生は、これからも続いていく。多くの人を救い、愛され、そして愛しながら。
数年後、リディアとアランスの間には子供が生まれた。小さな女の子は、母親譲りの治癒の才能を持っていた。
リディアは娘を抱きながら、窓の外を見た。広がる領地は豊かで、人々は健康に暮らしている。診療所には今日も多くの患者が訪れ、スタッフたちが忙しく働いている。
「ママ、誰か来たよ」
娘が言った。リディアが見ると、診療所の前に一人の女性が立っていた。ボロボロの服を着て、疲れ切った様子だった。
だが、その顔を見て、リディアは驚いた。セリアだった。
リディアは娘をアランスに預け、急いで診療所へ向かった。
「姉上……」
セリアは顔を上げた。かつての美しさは失われ、痩せ細り、髪も乱れていた。だが、その目には以前にはなかった誠実さがあった。
「リディア……来てはいけないと分かっていた。でも、どうしても謝りたくて」
セリアは膝をついた。
「本当にごめんなさい。あなたを傷つけて、嘘をついて、全部私のせいで……」
リディアはセリアの手を取った。
「姉上、顔を上げてください」
「でも……」
「私はもう、姉上を恨んでいません。姉上も苦しんでいたのだと分かります」
セリアは涙を流した。リディアも涙を流した。長い年月を経て、二人の姉妹は本当の意味で理解し合えた。
「姉上、ここで働きませんか。治癒の力がなくても、できることはたくさんあります」
「私なんかが……」
「大丈夫です。一緒にやり直しましょう」
セリアは何度も頷いた。リディアは姉を抱きしめた。
リディアは心から思った。全ての経験が、今の幸せに繋がっているのだと。辛いことも、悲しいことも、全てが意味があったのだと。
そして、これからも自分の道を歩んでいこうと、強く決意した。愛する人と、大切な人たちと共に。
ある日の午後、リディアが診療所で働いていると、セバスチャンが慌てた様子で入ってきた。
「リディア様、王都から使者が参りました」
「王都から?」
リディアは嫌な予感がした。王都。そこには神殿がある。セリアがいる。
「アランス様が応接室でお待ちです。すぐに来てほしいと」
リディアは患者に断りを入れて、急いで屋敷へ向かった。応接室の扉を開けると、アランスと見知らぬ男性が座っていた。男性は神殿の制服を着ている。
「リディア、こちらは神殿から来た使者だ」
使者は立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「はじめまして。私は神殿の補佐官、マルクスと申します。リディア様にお話があって参りました」
「どのような……」
「神殿に戻っていただきたいのです」
リディアは息を呑んだ。戻る? 自分を追放した神殿に?
「どういうことですか。私は追放されたはずです」
マルクスは困ったような顔をした。
「それは……大変な誤解があったようでして」
「誤解?」
「セリア様の奇跡について、問題が発覚しました」
リディアは心臓が高鳴るのを感じた。アランスも真剣な表情で使者を見ている。
「セリア様が行っていた奇跡は、実は魔道具の力によるものだったのです。『聖女の涙』という、古代に作られた希少な魔道具を密かに使用していたことが判明しました」
「嘘……」
「本人も認めました。彼女は最初から治癒の力など持っていなかったのです」
リディアは言葉を失った。姉が嘘をついていた。あの完璧な聖女が、魔道具で偽っていた。
「ですので、神殿は真の聖女であるリディア様に戻っていただきたいのです。立場も報酬も、全て最高のものをお約束します」
マルクスは真摯な表情で訴えた。だが、リディアは首を横に振った。
「お断りします」
「え……」
「私は追放されたときから、もう神殿とは無関係です。今更戻る理由がありません」
「しかし、あなたは聖女です。神殿にいるべき方なのです」
「聖女かどうかは、私が決めることではありません。でも、今の私にはここでやるべきことがあります」
リディアははっきりと言った。マルクスは困惑した顔でアランスを見た。
「辺境伯様、どうか説得していただけないでしょうか」
アランスは冷たい目で使者を見た。
「彼女の意思は聞いた通りだ。私からも付け加えることがある。リディアは私の領地の専属治癒師だ。彼女の雇用契約は私が結んでいる。神殿が彼女を必要とするなら、正式に交渉すべきだ」
「それは……」
「だが、私は彼女を手放すつもりはない。彼女はこの領地に必要な人材だ。それに」
アランスはリディアを見た。
「彼女自身が望まないことを強制するつもりもない」
マルクスは諦めたように溜息をついた。
「分かりました。神殿には報告します。ですが、リディア様。もう一つお伝えしなければならないことがあります」
「何ですか」
「セリア様は……神殿を追放されました。そして、その後の行方が分からなくなっています」
リディアの胸が締め付けられた。姉が追放された。自分と同じように。
「探しているのですが、見つかっていません。もし何か情報があれば、お知らせください」
使者は深く頭を下げて、部屋を出て行った。
使者が帰った後、リディアは応接室でアランスと二人きりになった。
「大丈夫か」
アランスが尋ねた。リディアは頷いた。
「はい。ただ、少し驚いただけです」
「お前の姉が魔道具を使っていたとは、予想外だったな」
「はい……でも、どこかで感じていたのかもしれません。姉上の奇跡は、確かに派手でしたが、どこか不自然でした」
リディアは窓の外を見た。
「姉上は、きっと焦っていたんだと思います。期待に応えなければならない、完璧でなければならないと」
「同情するのか」
「同情というより……理解、でしょうか。姉上も苦しんでいたのだと思います」
アランスは少し考え込むような表情をした。
「お前は優しいな」
「そうでしょうか」
「ああ。普通なら、恨んでもおかしくない相手だ」
リディアは微笑んだ。
「確かに、追放されたときは辛かったです。でも、今はここにいます。アランス様に出会えて、自分の力を認めてもらえて。だから、姉上を恨む気持ちにはなれません」
アランスはリディアをじっと見つめた。その視線には、いつもとは違う何かがあった。
「リディア」
「はい」
「お前は、これからもここにいてくれるか」
リディアは少し驚いた。アランスがこんな風に尋ねてくるのは珍しかった。
「もちろんです。ここが私の居場所ですから」
「そうか……」
アランスは安堵したような表情を浮かべた。リディアは心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
その夜、リディアは自室で考え事をしていた。神殿からの使者の話、姉の失踪、そして自分の今の立場。全てが複雑に絡み合っている。
ノックの音がして、扉を開けるとアランスが立っていた。
「夜分遅くにすまない。少し話がある」
「どうぞ」
アランスは部屋に入り、暖炉の前に立った。
「お前に正直に話したいことがある」
「何でしょうか」
アランスは少し言葉を選ぶように間を置いた。
「私がお前を雇ったのは、最初は純粋に治癒師が必要だったからだ。だが、今は違う」
リディアの心臓が激しく打った。
「お前と過ごす時間が増えるにつれて、私は気づいた。お前が側にいることが、当たり前になっていた。お前の笑顔を見ることが、楽しみになっていた」
「アランス様……」
「私は、お前を愛している」
リディアは言葉を失った。アランスは真剣な目でリディアを見つめている。
「お前を治癒師としてだけでなく、一人の女性として愛している。もし、お前が受け入れてくれるなら、私の妻になってほしい」
リディアの目に涙が溢れた。それは悲しみの涙ではなく、喜びの涙だった。
「私……私もです」
「リディア」
「私も、アランス様のことを……愛しています」
アランスはリディアに近づき、優しく抱きしめた。リディアはその温かさに身を委ねた。
「ありがとう。お前を必ず幸せにする」
「はい……」
二人はしばらくそうしていた。暖炉の火が、優しく二人を照らしていた。
それから一ヶ月後、リディアとアランスの婚約が正式に発表された。領民たちは大いに喜び、祝福の声が上がった。リディアを慕う人々は、彼女が幸せになることを心から喜んでいた。
婚約の知らせは、王都にも届いた。そして、神殿にも。
神殿では大騒ぎになった。追放した聖女が、辺境伯と婚約する。しかも、彼女の治癒の力は本物で、多くの人々を救っていると。大神官は頭を抱えた。
「なぜ、あの娘を追放してしまったのだ……」
だが、もう遅かった。リディアは神殿に戻るつもりはない。彼女は新しい人生を歩み始めていた。
婚約発表の一週間後、リディアの元に一通の手紙が届いた。差出人の名前を見て、リディアは息を呑んだ。セリア。姉からの手紙だった。
手紙を開くと、震える文字で書かれた言葉があった。
「リディア、ごめんなさい。私はあなたに酷いことをしました。嫉妬していました。あなたの力は本物で、私のは偽物だったから。でも、認めることができなかった。今、私は全てを失いました。当然の報いです。あなたが幸せになることを、心から願っています。二度と会うことはないでしょう。どうか、お元気で」
リディアは手紙を握りしめた。涙が溢れた。姉を許すことができた。そして、姉もまた苦しんでいたのだと理解できた。
「リディア、どうした」
アランスが入ってきた。リディアは手紙を見せた。アランスはそれを読み、リディアを抱きしめた。
「お前は本当に優しいな」
「姉上も、幸せになってほしいです」
「きっと、そうなるさ」
リディアは頷いた。全ての人が幸せになれるわけではない。でも、少なくとも自分は幸せになれた。そして、その幸せを分かち合える人がいる。
婚礼の日は、晴れ渡った秋の日だった。屋敷の庭には多くの領民が集まり、二人の門出を祝った。
リディアは白いドレスを纏い、アランスの隣に立っていた。アランスはいつもよりも柔らかい表情で、リディアを見つめていた。
「愛しています、リディア」
「私も愛しています、アランス様」
二人は誓いの口づけを交わした。周囲から歓声と拍手が湧き上がった。
神殿に不要と言われた聖女は、今、誰よりも幸せだった。自分を認めてくれる人と出会い、愛し合い、多くの人々に囲まれている。
これが、本当の幸せなのだと、リディアは心から思った。
婚礼から数ヶ月後、王都では大きな動きがあった。セリアが使っていた魔道具「聖女の涙」が、実は人々に悪影響を与えていたことが判明したのだ。
表面的には病気や怪我を治すように見えたが、実際には体内に呪いのような残滓を残していた。それが時間をかけて蓄積し、後に深刻な病を引き起こしていたのだ。
リディアが治療した村の疫病も、実はセリアの奇跡を受けた人々が発症したものだった。リディアの治癒の力は、その呪いを浄化し、根本から治すことができた。だからこそ、完治したのだ。
神殿は大混乱に陥った。セリアの奇跡を受けた人々を全て探し出し、治療しなければならない。だが、それができるのはリディアだけだった。
神殿は再び使者を送ったが、リディアは条件を出した。
「私は神殿には戻りません。でも、苦しんでいる人々を見捨てることはできません。私がここで治療します。患者をこの領地に送ってください」
神殿は了承するしかなかった。こうして、リディアの元には次々と患者が訪れるようになった。彼女は一人一人、丁寧に治療していった。
アランスは診療所を拡張し、リディアをサポートするための医療スタッフも増やした。リディアの評判は国中に広まり、「真の聖女」として人々に慕われるようになった。
ある日の夕方、リディアが診療所から戻ると、アランスが庭で待っていた。
「お疲れ様」
「ただいま」
アランスはリディアを抱きしめた。
「今日も多くの人を救ったな」
「はい。でも、まだまだ治療が必要な人がたくさんいます」
「無理はするなよ」
「大丈夫です。あなたが側にいてくれるから」
リディアは微笑んだ。アランスも微笑み返した。
二人は手を繋いで屋敷へ戻った。夕日が二人の背中を優しく照らしていた。
神殿で不要と言われた聖女は、今、最も必要とされる存在になっていた。そして、何よりも大切な人に愛されていた。
これ以上の幸せはない、とリディアは思った。
かつて姉の影に怯え、自分の価値を見失っていた少女は、もういない。今ここにいるのは、自分の力を信じ、愛する人と共に歩む一人の女性だった。
リディアの新しい人生は、これからも続いていく。多くの人を救い、愛され、そして愛しながら。
数年後、リディアとアランスの間には子供が生まれた。小さな女の子は、母親譲りの治癒の才能を持っていた。
リディアは娘を抱きながら、窓の外を見た。広がる領地は豊かで、人々は健康に暮らしている。診療所には今日も多くの患者が訪れ、スタッフたちが忙しく働いている。
「ママ、誰か来たよ」
娘が言った。リディアが見ると、診療所の前に一人の女性が立っていた。ボロボロの服を着て、疲れ切った様子だった。
だが、その顔を見て、リディアは驚いた。セリアだった。
リディアは娘をアランスに預け、急いで診療所へ向かった。
「姉上……」
セリアは顔を上げた。かつての美しさは失われ、痩せ細り、髪も乱れていた。だが、その目には以前にはなかった誠実さがあった。
「リディア……来てはいけないと分かっていた。でも、どうしても謝りたくて」
セリアは膝をついた。
「本当にごめんなさい。あなたを傷つけて、嘘をついて、全部私のせいで……」
リディアはセリアの手を取った。
「姉上、顔を上げてください」
「でも……」
「私はもう、姉上を恨んでいません。姉上も苦しんでいたのだと分かります」
セリアは涙を流した。リディアも涙を流した。長い年月を経て、二人の姉妹は本当の意味で理解し合えた。
「姉上、ここで働きませんか。治癒の力がなくても、できることはたくさんあります」
「私なんかが……」
「大丈夫です。一緒にやり直しましょう」
セリアは何度も頷いた。リディアは姉を抱きしめた。
リディアは心から思った。全ての経験が、今の幸せに繋がっているのだと。辛いことも、悲しいことも、全てが意味があったのだと。
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