婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん

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シャンデリアの光が、夜会の広間を黄金色に染め上げていた。

王宮の大広間には百名を超える貴族たちが集い、優雅な音楽に合わせて談笑している。その中心で、セレスティア・フォン・ヴァイスベルクは完璧な微笑みを浮かべていた。

淡い金色の髪を複雑に結い上げ、深い青のドレスに身を包んだ彼女は、社交界の華と呼ばれるにふさわしい気品を漂わせている。隣には婚約者である王太子アルベルトが立ち、二人の姿はまさに絵画のように美しかった。

少なくとも、この瞬間までは。

「セレスティア」

アルベルトが急に足を止めた。広間の中央、大勢の視線が集まる場所で。

「大切な話がある」

セレスティアは首を傾げた。大切な話なら、なぜこのような場所で。しかし王太子の言葉に逆らうことなど、彼女の選択肢にはない。

「何でしょうか、殿下」

「僕たちの婚約を、解消したい」

一瞬、広間の空気が凍りついた。

セレスティアは自分の耳を疑った。周囲のざわめきが遠くなり、目の前の光景が現実味を失っていく。

「……殿下、それは」

「君は美しく、優秀だ。それは認めよう」

アルベルトは淡々と続けた。まるで政務の報告でもするかのように。

「しかし、僕が求めているのは、もっと控えめで心優しい女性なんだ。君といると、どうにも息が詰まる」

控えめで、心優しい。

その言葉の意味を、セレスティアはすぐに理解した。アルベルトの視線がわずかに横を向く。そこには、淡いピンクのドレスを着た少女が、おずおずと立っていた。

男爵令嬢ミリア・ローゼンハイム。社交界では目立たない存在だったが、最近アルベルトと親しくしているという噂は、セレスティアの耳にも届いていた。

まさか、とは思っていた。しかしこれほど公然と、これほど残酷な形で突きつけられるとは。

「セレスティア様は、何でも完璧にこなされますわ」

ミリアが小さな声で言った。その声には、同情とも優越ともつかない響きがあった。

「でも殿下には、もっとお側で寄り添える方が必要なのです」

周囲の貴族たちが、扇の陰でひそひそと囁き合っている。憐れみ、好奇心、そしてわずかな嘲笑。その全てがセレスティアの肌を刺した。

完璧であろうとした。

常に最高の令嬢であろうとした。

王太子妃にふさわしい女性になるために、礼儀作法を磨き、教養を身につけ、社交術を極めた。どんな夜会でも笑顔を絶やさず、どんな話題にも的確に応じ、どんな相手にも気を配った。

それが「息が詰まる」と言われるとは。

セレスティアの心の奥で、何かが音を立てて崩れていく。しかし、その顔には一片の乱れも見せなかった。十八年間培ってきた令嬢としての矜持が、かろうじて彼女を支えていた。

「そうですか」

自分でも驚くほど平静な声が出た。

「殿下がそうお望みなら、私に異論はございません」

アルベルトが少し驚いた顔をした。もっと取り乱すと思っていたのだろうか。泣いて縋りつくとでも?

セレスティアはスカートの裾を優雅につまみ、完璧な礼を取った。

「ミリア様、どうぞ殿下をお幸せに」

そして踵を返し、まっすぐに広間を横切った。背筋を伸ばし、顎を上げ、一歩一歩を優雅に。振り返ることはしなかった。


馬車の扉が閉まった瞬間、全身の力が抜けた。

闇に包まれた車内で、セレスティアはようやく仮面を外した。震える手で顔を覆い、押し殺した嗚咽が漏れる。

涙が頬を伝い、高価なドレスの上に染みを作っていく。

五年だ。

五年間、アルベルトの婚約者として、完璧であり続けようとした。彼の好みを研究し、彼の話題に合わせ、彼の前では常に理想的な令嬢でいようとした。

それでも「足りない」と言われた。

いや、むしろ努力しすぎたことが原因なのだろうか。完璧すぎて、息が詰まると。

では、どうすればよかったのだ。

馬車が石畳を進む振動が、彼女の体を揺らす。窓の外を王都の夜景が流れていくが、涙で滲んで何も見えない。

家に着いたら、また仮面を被らなければならない。両親に事情を説明し、使用人たちの視線に耐え、明日からは社交界中の噂の的になる。

元王太子妃候補。婚約破棄された伯爵令嬢。哀れなセレスティア。

その重みを想像しただけで、息ができなくなりそうだった。


翌日から、ヴァイスベルク伯爵邸は騒然となった。

「何ということだ!」

父であるヴァイスベルク伯爵は、朝食の席で怒りを露わにした。

「王太子殿下が、男爵令嬢ごときを選ぶとは! わが家の名誉を何だと思っている!」

母のイレーネは、対照的に冷静だった。冷静ではあるが、その目には計算高い光がある。

「落ち着いてください、あなた。こうなった以上、次の手を考えなければ」

次の手。つまり、新しい縁談だ。

「セレスティア、お前も分かっているでしょう」

母が娘を見据えた。

「お前はまだ二十三。十分に若い。王太子殿下との縁談がなくなったとはいえ、お前の美貌と教養は健在です。すぐに次の相手を見つけましょう」

「お母様、私は」

「侯爵家の次男坊が、前からお前に興味を示していたわ。あるいは、隣国の外交官という手もある。どちらがいいかしら」

セレスティアは言葉を飲み込んだ。

両親にとって、娘の婚姻は家の繁栄のための道具に過ぎない。セレスティア自身の心など、考慮の対象にすらならない。

昨夜の屈辱も、流した涙も、彼らには見えていない。見ようともしていない。

「少し、考えさせてください」

「何を考えることがあるの。早く動かなければ、噂が広まってしまうわ」

「お母様」

セレスティアは静かに、しかしはっきりと言った。

「少しだけ、時間をください」

母は眉をひそめたが、父が「まあ、数日くらいは」と割って入った。珍しく娘の味方をしてくれたのは、おそらく自分自身も動揺しているからだろう。


自室に戻り、セレスティアは窓辺に佇んだ。

王都の街並みが眼下に広がっている。壮麗な建物、行き交う馬車、華やかな人々。この景色を、彼女は生まれてからずっと見てきた。

しかし今、その全てが重荷に感じられた。

ふと、部屋の片隅に置かれた小さな木箱が目に入った。三年前に亡くなった祖母の遺品だ。

祖母エルザは、変わり者として知られていた。貴族の義務を果たした後、晩年は田舎の小さな屋敷で一人暮らしを選んだ。社交界からは「隠居した老女」と噂されたが、祖母自身はとても幸せそうだった。

「セレスティア、いつかお前も分かる日が来るわ」

幼い頃、祖母がよく言っていた。

「本当の幸せは、誰かに認められることじゃない。自分自身でいられる場所を見つけることよ」

当時は意味が分からなかった。しかし今、その言葉が胸に迫ってくる。

木箱を開けると、中には一通の手紙と、古い鍵が入っていた。

手紙には、祖母の田舎の屋敷をセレスティアに遺すと書かれている。グリーンヒルという小さな村。王都から馬車で二日ほどの場所にある、静かな土地だ。

セレスティアは鍵を握りしめた。

逃げだと言われるかもしれない。負け犬の遠吠えだと笑われるかもしれない。

でも、今この瞬間、彼女が最も望んでいるのは——誰の期待にも応えなくていい場所だった。


三日後、セレスティアは両親に告げた。

「祖母の屋敷で、しばらく静養したいのです」

「何を馬鹿な!」

父が声を荒げた。

「今は縁談を進める大事な時期だ。田舎になど行っている場合ではない!」

「数週間だけです。心を落ち着けて、それから戻ります」

嘘だった。戻る気など、今の彼女にはなかった。

しかし、正直に言えば絶対に許可されない。だから、一時的な静養という名目にした。

「あの屋敷は、もう何年も手入れされていないのよ」

母が呆れたように言う。

「使用人もいない、何もない場所で、お前に何ができるというの」

「やってみなければ分かりません」

「セレスティア!」

「お願いです」

セレスティアは深く頭を下げた。こんなふうに両親に懇願したのは、生まれて初めてのことだった。

「私には、時間が必要なのです」

長い沈黙の後、父がため息をついた。

「……分かった。ただし、一ヶ月だ。一ヶ月経ったら必ず戻ってこい」

「ありがとうございます、お父様」

セレスティアは顔を上げ、微かに微笑んだ。

一ヶ月。その期限を守る気は、彼女にはなかった。


出発の朝、セレスティアは最低限の荷物だけを馬車に積んだ。

華やかなドレスは置いていく。宝石も、装飾品も。持っていくのは実用的な服と、数冊の本と、祖母の遺品だけだ。

使用人たちが心配そうに見送る中、馬車が動き出す。

王都の門をくぐり、街並みが遠ざかっていく。セレスティアは窓から後ろを振り返らなかった。

前だけを見て、馬車は田舎道を進んでいく。

目指すは、グリーンヒル村。

祖母が最期の日々を過ごした、小さな田舎の屋敷。

そこに何があるのか、セレスティアには分からない。待っているのは孤独かもしれないし、後悔かもしれない。

それでも、今はただ——息ができる場所が欲しかった。
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