妹なんだから助けて? お断りします

たくわん

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三日後の朝は、いつもと変わらず始まった。

エリーゼは早朝から、義姉たちの部屋の掃除をしていた。心は空っぽだった。アレクシス王子のことを忘れようと努めていたが、ふとした瞬間に、あの優しい笑顔が脳裏をよぎる。

「エリーゼ! 下に降りてきなさい!」

継母の声が、階下から響いた。いつもより甲高く、何か慌てているようだった。

「はい、今参ります」

階段を降りると、屋敷中が騒然としていた。使用人たちが慌ただしく動き回り、継母とロザリンドは鏡の前で髪を整えている。

「どうかされましたか」

「どうもこうもないわ! 大変なことになったのよ!」

継母は上ずった声で言った。

「ヴェルディア王国の使節団が、この屋敷に向かっているですって!」

エリーゼの心臓が、大きく跳ねた。

「ヴェルディア王国……」

「何の用事かは分からないけれど、失礼があってはいけないわ。エリーゼ、あなたは屋根裏部屋に隠れていなさい」

「え?」

「見られたくないでしょう。そんな惨めな格好で」

継母は冷たく言い放った。

だが、エリーゼの足は動かなかった。

もしかして、あの人が来るのだろうか。

「早くしなさい!」

継母が叫んだ瞬間、屋敷の門が開く音がした。

窓から見ると、豪華な馬車が何台も入ってくる。金と青の装飾が施された、ヴェルディア王国の紋章が輝いている。

そして、最初の馬車から降りてきたのは。

「アレ……アレクシス様」

金髪の王子が、凛々しい正装姿で馬車から降り立った。

エリーゼの心臓が激しく鳴った。

「まあ、王子様ご自身が!」

継母とロザリンドが、慌てて玄関に駆け寄る。

執事が扉を開けると、アレクシス王子が凛とした表情で入ってきた。後ろには、数名の護衛と側近たちが続く。

「アルトハイム伯爵家へようこそお越しくださいました」

継母が深々とお辞儀をした。その声は、いつものエリーゼへの叱責とは全く違う、甘ったるいものだった。

「マルグリット・フォン・アルトハイム様ですね」

「はい、殿下。光栄でございます」

「本日参上したのは、他でもありません」

アレクシスは堂々と告げた。

「エリーゼ・フォン・アルトハイム嬢に、正式な求婚をするためです」

静寂が訪れた。

継母の顔から、血の気が引いた。ロザリンドは口を開けたまま固まっている。

「え、エリーゼに……ですか?」

「はい。彼女はどちらに」

「あ、あの……その……」

継母は言葉に詰まった。

「エリーゼ嬢は、この屋敷におられるはずですが」

アレクシスの声が、少し厳しくなった。

その時、階段の上から声がした。

「ここにおります」

エリーゼだった。

粗末な黒いドレスを着たままだったが、背筋を伸ばし、顎を上げて、堂々と階段を降りてくる。その姿には、貴族の令嬢としての気品が溢れていた。

「エリーゼ」

アレクシスの顔が、パッと明るくなった。

「アレクシス様……いえ、殿下」

エリーゼは階段を降り切り、丁寧にお辞儀をした。

「お久しぶりです」

「ええ。あなたに別れも告げずに去ってしまい、申し訳ございませんでした」

アレクシスは、エリーゼの前に膝をついた。

周囲がざわめく。王子が、一介の令嬢の前に膝をつくなど、前代未聞だった。

「エリーゼ・フォン・アルトハイム。僕は商人アレックスとして、あなたと出会いました。そして、あなたの知性と優しさ、強さに惹かれました」

アレクシスはエリーゼの手を取った。

「正体を隠していたことをお許しください。ですが、あなたへの想いに嘘はありません」

「殿下……」

「僕の妃となってください。あなたと共に、人生を歩みたい」

エリーゼの目から、涙が溢れた。

「でも、私は……こんな惨めな境遇で」

「その境遇については、全て調査済みです」

アレクシスは立ち上がり、継母の方を向いた。その眼差しは、冷たく厳しいものだった。

「マルグリット様。あなたがエリーゼにした仕打ちについて、詳細な報告を受けています」

「そ、それは……」

継母は青ざめた。

「本来なら、虐待の罪で訴追すべきところです」

「お許しを! 私は、ただ……」

「ただ、何ですか」

アレクシスの声が、一層厳しくなった。

「実の娘のように育てようとしただけですか? それとも、亡き妻の財産を奪い、実の娘を使用人扱いすることが、あなたの愛情表現ですか」

継母は言葉を失った。

「今回は、エリーゼの意向を尊重し、法的措置は取りません。しかし、二度とエリーゼに近づかないでいただきたい」

「はい……はい……」

継母は震える声で答えた。

アレクシスは再びエリーゼに向き直った。

「エリーゼ。返事を聞かせてください」

エリーゼは涙を拭った。

夢のようだった。あの優しい「アレックス」が王子だったこと。そして、自分に求婚してくれること。

「殿下」

エリーゼは真っ直ぐに彼の目を見た。

「私は、あなたを愛しています。商人のアレックス様としても、王子のアレクシス様としても」

「エリーゼ……」

「ですが、私は相応しい妃になれるでしょうか。こんな惨めな日々を送ってきた私が」

「あなたは十分に相応しい」

アレクシスは優しく微笑んだ。

「いや、あなた以上に相応しい人はいません。苦難を経験したからこそ、あなたは民の痛みを理解できる。虐げられたからこそ、弱者に寄り添える。それこそが、王妃に必要な資質です」

「殿下……」

「それに、何より」

アレクシスはエリーゼの手を握りしめた。

「僕は、あなたを愛している。それで十分ではないですか」

エリーゼの心は決まった。

「はい」

小さく、しかし確かな声で答えた。

「喜んで、あなたの妃になります」

アレクシスの顔が、輝くような笑顔になった。

「ありがとう、エリーゼ」

彼はエリーゼを優しく抱きしめた。

周囲から、小さな拍手が起こった。使用人たちは涙を流し、セバスチャンは喜びで震えていた。

「お嬢様……ああ、お嬢様……」

セバスチャンは、ハンカチで目を拭った。

一方、継母とロザリンドは蒼白な顔で立ち尽くしていた。クラリッサだけは、複雑な表情でエリーゼを見ていた。

「三日後に、正式に迎えに参ります」

アレクシスがエリーゼに告げた。

「それまでに、準備を整えてください」

「はい」

「それから」

アレクシスは継母に向き直った。

「この三日間、エリーゼに一切の仕事をさせないように。もし何かあれば、即座に報告が入ります。私の護衛を、この屋敷に残していきます」

「はい、もちろんでございます」

継母は必死に頭を下げた。

アレクシスは最後にもう一度、エリーゼに微笑みかけた。

「三日後に」

「はい、お待ちしています」

王子一行が去った後、屋敷は異様な沈黙に包まれた。

継母は放心状態で座り込み、ロザリンドは悔し涙を流していた。

だが、エリーゼはもう、彼女たちのことは気にならなかった。

三日後には、この屋敷を出られる。

愛する人と共に、新しい人生が始まる。

「お嬢様」

セバスチャンが近づいてきた。

「おめでとうございます。心から、おめでとうございます」

「ありがとう、セバスチャン」

エリーゼは彼の手を取った。

「あなたが支えてくれたから、ここまで耐えられました」

「いえ、お嬢様の強さです」

セバスチャンは涙を拭った。

「奥様も、天国でお喜びでしょう」

エリーゼは母のペンダントを握りしめた。

「お母様、見ていてくださいね。私、幸せになります」

小さく呟いた。

長い、暗いトンネルを抜けて、ようやく光が見えた。

いや、光どころか、眩いばかりの太陽が、エリーゼを照らしていた。

三日後。

新しい人生が始まる。

愛する人と共に。
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