妹なんだから助けて? お断りします

たくわん

文字の大きさ
7 / 20

7

しおりを挟む
王子一行が去った後、屋敷の空気は一変した。

「エリーゼ」

継母が甘ったるい声で呼びかけた。さっきまでの冷たさは微塵もない。

「はい」

エリーゼは警戒しながら振り向いた。

「あなた、疲れたでしょう。部屋で休んでいらっしゃい」

「部屋、ですか」

「ええ。屋根裏部屋なんかじゃなくて、客室を用意させるわ」

継母は使用人に指示を出した。

「一番良い客室をエリーゼ様に用意しなさい。それから、お食事も豪華なものを」

エリーゼは呆れるしかなかった。つい数時間前まで、使用人扱いをしていた人物が、急に「エリーゼ様」などと呼んでいる。

「結構です。屋根裏部屋で十分です」

「そんなことを言わないで。だって、もうすぐ王妃になられるのだから」

継母は媚びへつらうように笑った。

「あなたは私の大切な娘なのよ。本当はずっと、あなたのことを思っていたの」

「大切な娘……ですか」

エリーゼは冷ややかに繰り返した。

「ええ、そうよ。あの、粗末な服とか、使用人のような仕事とかは、全部あなたを鍛えるためだったのよ。将来、王妃になった時に、民の苦しみを理解できるようにって」

あまりにも白々しい言い訳に、エリーゼは笑いそうになった。

「それは、ご親切にありがとうございます」

皮肉を込めて答えると、継母は気づかないのか、嬉しそうに頷いた。

「分かってくれて嬉しいわ。さあ、客室に案内させるから」

「いえ、結構です」

エリーゼは断固として言った。

「残りの三日間は、屋根裏部屋で過ごします。それが私の部屋ですから」

「でも……」

「それに、殿下が護衛を残されました。私に何かあれば、すぐに報告が行きます」

継母の顔が引きつった。

「そ、そうね。分かったわ」

その日の昼食は、豪華な料理が並んだ。

「さあ、エリーゼ。たくさん食べてちょうだい」

継母は自ら料理を取り分けようとした。

「いえ、自分でいたします」

エリーゼは丁重に断った。毒でも入っていないか疑わしい。いや、今さら毒を盛るほど愚かではないだろうが、信用はできない。

ロザリンドは不機嫌そうに食事をしていた。

「なんで、あなたなのよ」

ついに、我慢できなくなったように吐き捨てた。

「王子様が求婚するなら、私の方が相応しいじゃない」

「ロザリンド!」

継母が慌てて止めた。

「でも、お母様! あの子は使用人みたいな生活をしていたのよ。私の方が、ずっと貴族らしい生活を送ってきたわ」

「それは確かにね」

エリーゼは静かに言った。

「あなたは贅沢な生活を送ってきた。私の母の遺産を使って」

「何ですって?」

「でも、殿下が求めていたのは、贅沢に慣れた令嬢ではなく、苦難を知る女性だった。ただ、それだけのことです」

エリーゼの言葉に、ロザリンドは言い返せなかった。

クラリッサは黙って食事をしていた。時折、申し訳なさそうにエリーゼの方を見る。

食事の後、エリーゼは屋敷の庭を歩いていた。

「お嬢様」

セバスチャンが近づいてきた。

「先ほどは、マルグリット様たちの変わりように驚きましたね」

「ええ。でも、予想通りです」

エリーゼは白い薔薇を見つめた。

「人は、自分の利益のためなら、どんなことでもする。今まで虐げていた相手でも、必要とあらば媚びへつらう」

「お嬢様……」

「でも、もう大丈夫です。あと三日で、ここを出られます」

その夜、継母がエリーゼの部屋を訪ねてきた。

「エリーゼ、入ってもいいかしら」

「どうぞ」

継母は大きな箱を抱えて入ってきた。

「これ、あなたに」

箱を開けると、中には美しいドレスが入っていた。

「あなたのお母様が、生前あなたのために用意していたものよ。私が大切に保管していたの」

嘘だ、とエリーゼは思った。継母が保管していたのは、娘たちに着せるためだったはずだ。

「ありがとうございます」

それでも、礼を言った。母の想いが込められたドレスを取り戻せるなら、それでいい。

「それから、これも」

継母は小さな箱を差し出した。中には、母の宝石が入っていた。

「全部、あなたのものよ。元々、あなたのお母様のものだったのだから」

継母は作り笑いを浮かべた。

「私、本当はあなたのことを思っていたのよ。ただ、表現の仕方が下手だっただけで」

「そうですか」

エリーゼは冷静に答えた。

「では、これまでの虐待も、全て私のためだったと?」

「虐待だなんて、そんな……」

「結構です。もう過去のことは問いません」

エリーゼは立ち上がった。

「ただ、一つだけ約束してください」

「何かしら」

「私がここを出た後、セバスチャンに不当な扱いをしないでください。彼は長年、忠実に仕えてきました」

「も、もちろんよ」

継母は慌てて頷いた。

「それから、使用人たちにも優しくしてあげてください。彼らは何も悪くないのですから」

「ええ、分かったわ」

継母が去った後、エリーゼは母のドレスを広げた。

ラベンダー色の美しいドレス。ロザリンドが着ていたものだ。エリーゼが直した痕跡が、まだ残っている。

「お母様、取り戻しましたよ」

ペンダントを握りしめる。

「あなたの想いも、あなたの遺産も、全て取り戻します」

翌日、今度はロザリンドが訪ねてきた。

「エリーゼ、話があるの」

「何でしょうか」

「あのね、私……今まで、ひどいことをしてごめんなさい」

ロザリンドは形だけの謝罪をした。心がこもっていないのは明らかだった。

「もう王妃になるのだから、昔のことは水に流してくれるわよね」

「水に流す、ですか」

「そうよ。それに、私たち姉妹じゃない。これからも仲良くしましょうよ」

ロザリンドは媚びた笑みを浮かべた。

「王宮にも、時々招待してくれるわよね。舞踏会とか」

ああ、これが目的か、とエリーゼは理解した。

「考えておきます」

曖昧に答えると、ロザリンドは不満そうな顔をした。

「考えておくって、どういうこと? 妹なんだから、当然助けてくれるでしょう?」

「妹……」

エリーゼは静かに笑った。

「あなたは、私を妹だと思ったことがありますか」

「え?」

「使用人のように扱い、ドレスを奪い、母の形見を汚した。それが、姉の愛情表現だったのですか」

ロザリンドは言葉に詰まった。

「ごめんなさい。本当に反省してるの。だから……」

「帰ってください」

エリーゼは冷たく告げた。

「今は、あなたと話す気分ではありません」

「ちょっと、エリーゼ!」

ロザリンドは怒鳴ったが、エリーゼは取り合わなかった。

その日の夕方、クラリッサが訪ねてきた。

「エリーゼ、入ってもいい?」

「どうぞ、クラリッサ様」

クラリッサは部屋に入ると、深々と頭を下げた。

「本当に、ごめんなさい」

その声には、本当の後悔が滲んでいた。

「私も、あなたに酷いことをした。母や妹と同じように、あなたを虐めた」

「クラリッサ様……」

「言い訳はしない。でも、私も怖かったの。母の機嫌を損ねたら、私も同じ目に遭うかもしれないって」

クラリッサは涙を流した。

「でも、それは言い訳にならない。あなたを守るべきだった。一緒に虐める側に回るんじゃなくて」

エリーゼは長い沈黙の後、口を開いた。

「クラリッサ様。あなたは、ロザリンド様や継母とは違います」

「エリーゼ……」

「少なくとも、あなたには良心がある。それは認めます」

「ありがとう……」

「でも、許すかどうかは、まだ分かりません」

エリーゼは正直に言った。

「時間をください。いつか、許せる日が来るかもしれません」

クラリッサは頷いた。

「分かった。待ってる。ずっと待ってる」

三日間は、奇妙な時間だった。

継母たちは過剰なまでにエリーゼに優しく接し、使用人たちも急に丁寧な態度になった。

だが、エリーゼは全てを冷静に見ていた。

人は、立場が変われば態度を変える。それは仕方のないことなのかもしれない。

だが、エリーゼは決して忘れない。

本当に辛い時に、誰が味方で、誰が敵だったか。

そして、三日目の朝が来た。

新しい人生の始まりの日が。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

厄介払いされてしまいました

たくわん
恋愛
侯爵家の次女エリアーナは、美人の姉ロザリンドと比べられ続け、十八年間冷遇されてきた。 十八歳の誕生日、父から告げられたのは「辺境の老伯爵に嫁げ」という厄介払いの命令。 しかし、絶望しながらも辺境へ向かったエリアーナを待っていたのは――。

行き倒れていた人達を助けたら、8年前にわたしを追い出した元家族でした

柚木ゆず
恋愛
 行き倒れていた3人の男女を介抱したら、その人達は8年前にわたしをお屋敷から追い出した実父と継母と腹違いの妹でした。  お父様達は貴族なのに3人だけで行動していて、しかも当時の面影がなくなるほどに全員が老けてやつれていたんです。わたしが追い出されてから今日までの間に、なにがあったのでしょうか……? ※体調の影響で一時的に感想欄を閉じております。

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 双子として生まれたエレナとエレン。 かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。 だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。 エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。 両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。 そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。 療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。 エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。 だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。 自分がニセモノだと知っている。 だから、この1年限りの恋をしよう。 そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。 ※※※※※※※※※※※※※ 異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。 現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦) ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦

縁の鎖

T T
恋愛
姉と妹 切れる事のない鎖 縁と言うには悲しく残酷な、姉妹の物語 公爵家の敷地内に佇む小さな離れの屋敷で母と私は捨て置かれるように、公爵家の母屋には義妹と義母が優雅に暮らす。 正妻の母は寂しそうに毎夜、父の肖像画を見つめ 「私の罪は私まで。」 と私が眠りに着くと語りかける。 妾の義母も義妹も気にする事なく暮らしていたが、母の死で一変。 父は義母に心酔し、義母は義妹を溺愛し、義妹は私の婚約者を懸想している家に私の居場所など無い。 全てを奪われる。 宝石もドレスもお人形も婚約者も地位も母の命も、何もかも・・・。 全てをあげるから、私の心だけは奪わないで!!

私の宝物を奪っていく妹に、全部あげてみた結果

柚木ゆず
恋愛
※4月27日、本編完結いたしました。明日28日より、番外編を投稿させていただきます。  姉マリエットの宝物を奪うことを悦びにしている、妹のミレーヌ。2人の両親はミレーヌを溺愛しているため咎められることはなく、マリエットはいつもそんなミレーヌに怯えていました。  ですが、ある日。とある出来事によってマリエットがミレーヌに宝物を全てあげると決めたことにより、2人の人生は大きく変わってゆくのでした。

婚約者様。現在社交界で広まっている噂について、大事なお話があります

柚木ゆず
恋愛
 婚約者様へ。  昨夜参加したリーベニア侯爵家主催の夜会で、私に関するとある噂が広まりつつあると知りました。  そちらについて、とても大事なお話がありますので――。これから伺いますね?

『姉に全部奪われた私、今度は自分の幸せを選びます ~姉の栄光を支える嘘を、私は一枚ずつ剥がす~』

六角
恋愛
復讐はしない。——ただ「嘘」を回収する。 礼儀と帳簿で宮廷の偽りを詰ませる“監査官令嬢”の華麗なる逆転劇。 王家献上宝飾の紛失事件で濡れ衣を着せられ、家族にも婚約者にも捨てられて追放された子爵家次女リリア。  数年後、彼女は王妃直属の「臨時監査官」として、再び宮廷の土を踏む。  そこで待っていたのは、「慈愛の聖女」として崇められる姉セシリアと、彼女に心酔する愚かな貴族たち。しかし、姉の栄光の裏には、横領、洗脳、そして国を揺るがす「偽造魔石」の陰謀が隠されていた。  「復讐? いいえ、これは正当な監査です」  リリアは感情に流されず、帳簿と証拠、そして真実を映す「プリズム」を武器に、姉が築き上げた嘘の城を一枚ずつ剥がしていく。  孤立無援の彼女を支えるのは、氷のように冷徹な宰相補佐レオンハルトと、豪快な近衛騎士団長カミュ。  やがてリリアは、国中を巻き込んだ姉の洗脳計画を打ち砕き、自分自身の幸せと、不器用な宰相補佐からの溺愛を手に入れる——。

処理中です...