妹なんだから助けて? お断りします

たくわん

文字の大きさ
8 / 20

8

しおりを挟む
三日目の朝、エリーゼは早くから目を覚ました。

今日、この屋敷を出る。そう思うと、胸が高鳴った。

母のラベンダー色のドレスを着て、髪を丁寧に整える。鏡に映る自分は、もう使用人ではなく、貴族の令嬢だった。

「お嬢様、お美しい」

セバスチャンが涙ぐみながら言った。

「ありがとう、セバスチャン。全て、あなたのおかげです」

「いえ、お嬢様ご自身の強さです」

午前中、アレクシス王子の使者が到着するという連絡があった。正式な迎えの儀式が、午後に執り行われる。

「エリーゼ」

継母が部屋を訪ねてきた。いつになく緊張した面持ちだった。

「あの、お願いがあるの」

「何でしょうか」

「今夜、王宮で歓迎の宴があると聞いたわ。私たちも、参加させていただけないかしら」

やはり、とエリーゼは思った。

「それは、殿下が決めることです」

「でも、あなたからお願いすれば……」

「いたしません」

エリーゼははっきりと断った。

「私は、殿下に無理なお願いをするつもりはありません」

継母の顔が引きつった。

「そう……分かったわ」

継母が去った後、ロザリンドが入ってきた。

「ねえ、エリーゼ。私も一緒に行っていい?」

「どこにですか」

「王宮よ。せっかくだから、私も王宮を見てみたいの」

「お断りします」

「なんでよ! ケチね!」

ロザリンドは怒鳴った。

「あなたが王妃になれるのは、たまたま運が良かっただけじゃない。私だって、王子様に会っていれば……」

「では、なぜ会わなかったのですか」

エリーゼは静かに言った。

「街に出て、人々と触れ合えばよかったのではありませんか。でも、あなたは屋敷の中で贅沢をむさぼり、外の世界に目を向けなかった」

「それは……」

「運ではありません。これは必然です」

エリーゼの言葉に、ロザリンドは何も言い返せなかった。

午後になり、王宮からの使節団が到着した。

豪華な馬車が何台も並び、護衛の騎士たちが整列する。その光景に、屋敷の使用人たちも近所の人々も集まってきた。

「エリーゼ・フォン・アルトハイム様、お迎えに参りました」

使節団の長が、丁寧に告げた。

「ありがとうございます」

エリーゼは優雅にお辞儀をした。

その時、突然継母が前に出てきた。

「お待ちください!」

「何でしょうか」

使節団の長が訝しげに尋ねた。

「エリーゼは、まだ準備ができておりません。もう少し時間を」

「いえ、準備は整っております」

エリーゼが言った。

「マルグリット様、何をなさっているのですか」

継母は焦った表情で言った。

「実は、エリーゼはまだ未成年で、保護者の許可が……」

「私は二十歳です。既に成人しております」

エリーゼははっきりと否定した。

「それに、父上の許可は必要ですが、継母の許可は不要です」

「でも……」

その時、これまで沈黙していた父が現れた。

「エリーゼ」

久しぶりに聞く父の声だった。

「父上」

「許可を与える。幸せになりなさい」

父は小さく頷いた。その目には、かすかな後悔の色が見えた。

「ありがとうございます」

エリーゼは父に深くお辞儀をした。怒りはもうなかった。ただ、哀れみがあるだけだった。

「それでは、参りましょう」

使節団の長が促した。

だが、その瞬間、ロザリンドが叫んだ。

「待って!」

彼女は馬車に駆け寄り、エリーゼの腕を掴んだ。

「あなただけ、幸せになるなんて許さない!」

「ロザリンド様、離してください」

「嫌よ! あなたは私のドレスも、私の宝石も、全部盗んだじゃない!」

「盗んだ……?」

エリーゼは信じられないという表情で見つめた。

「その言葉、本気でおっしゃっているのですか」

「当然よ! 返しなさい! 全部返しなさい!」

周囲の人々がざわめいた。

使節団の長が厳しい声で言った。

「ロザリンド様、エリーゼ様は何も盗んでおりません。全て、亡きご母堂の遺産です」

「嘘よ! あれは私のものよ!」

ロザリンドは錯乱したように叫んだ。

その時、クラリッサが前に出てきた。

「ロザリンド、やめなさい」

「姉様!」

「あれはエリーゼのもの。私たちが奪ったものよ」

クラリッサは毅然とした態度で言った。

「お母様も、あなたも、私も。私たちは、エリーゼから全てを奪った。今さら被害者ぶらないで」

「姉様、どうして……」

「少なくとも、最後くらい正直になりましょう」

クラリッサはエリーゼに向き直った。

「エリーゼ、行って。あなたの幸せを、誰も邪魔する権利はない」

「クラリッサ様……」

エリーゼは複雑な表情で頷いた。

「ありがとうございます」

馬車に乗り込もうとした時、継母が最後の手段に出た。

「待ちなさい、エリーゼ! あなたには、まだ言っていないことがあるの!」

「何でしょうか」

「あなたのお母様は……あなたのお母様は、実は……」

継母は何か悪意のある嘘を作り上げようとしているようだった。

だが、その前にセバスチャンが割って入った。

「マルグリット様、これ以上の虚言は、私が許しません」

「あなた、使用人の分際で!」

「私は、この家に四十年仕えております。全ての真実を知っております」

セバスチャンは毅然として言った。

「もし、亡き奥様について一言でも嘘をつかれるなら、私は全てを暴露いたします。あなた様がどのようにして、この家の財産を奪ったか。全てを」

継母は青ざめた。

「エリーゼお嬢様、どうぞお行きください」

「ありがとう、セバスチャン」

エリーゼは涙を浮かべながら、老執事を抱きしめた。

「あなたは、本当の家族でした」

「お嬢様……」

「いつか、必ずお迎えに来ます。王宮で、ゆっくり休んでください」

「ありがとうございます」

エリーゼは馬車に乗り込んだ。

御者が馬を走らせる。屋敷が、遠ざかっていく。

振り向くと、セバスチャンが涙を流しながら手を振っていた。クラリッサも、静かに手を振っている。

継母とロザリンドは、悔しそうに立ち尽くしていた。父は、背中を向けて屋敷の中に消えていった。

「さようなら」

エリーゼは小さく呟いた。

苦しみの日々も、屈辱の思い出も、全てをこの屋敷に置いていく。

これから向かうのは、新しい世界。

愛する人がいる、光に満ちた世界。

馬車が街を抜け、王国の境を越える。

道の両側には、祝福の旗が並び、民衆が歓声を上げていた。

「エリーゼ様!」

「新しい王妃様!」

「お幸せに!」

人々の温かい声援が、エリーゼの心を満たした。

これが、本当の世界なのだ。

憎しみではなく、愛情。

冷たさではなく、温かさ。

エリーゼは窓から手を振った。涙が頬を伝う。

だが、それは悲しみの涙ではなく、喜びの涙だった。

遠くに、ヴェルディア王国の白い城が見えてきた。

その城の前で、アレクシス王子が待っている。

馬車が城門をくぐると、そこには王子が立っていた。

「エリーゼ」

「殿下」

アレクシスは馬車の扉を開け、エリーゼの手を取った。

「よくぞ来てくれました」

「はい、参りました」

二人は見つめ合い、そして抱き合った。

周囲から、祝福の拍手が湧き起こった。

長い旅が終わった。

いや、新しい旅が、今始まったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたがそのつもりなら

素亭子
恋愛
リリアーナはランス侯爵からの求婚をうけて結婚したが、わずか一年で夫は愛人を持った。リリアーナの仕返しの話です

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】潔く私を忘れてください旦那様

なか
恋愛
「子を産めないなんて思っていなかった        君を選んだ事が間違いだ」 子を産めない お医者様に診断され、嘆き泣いていた私に彼がかけた最初の言葉を今でも忘れない 私を「愛している」と言った口で 別れを告げた 私を抱きしめた両手で 突き放した彼を忘れるはずがない…… 1年の月日が経ち ローズベル子爵家の屋敷で過ごしていた私の元へとやって来た来客 私と離縁したベンジャミン公爵が訪れ、開口一番に言ったのは 謝罪の言葉でも、後悔の言葉でもなかった。 「君ともう一度、復縁をしたいと思っている…引き受けてくれるよね?」 そんな事を言われて……私は思う 貴方に返す返事はただ一つだと。

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。 幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。 一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。 ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】高嶺の花がいなくなった日。

恋愛
侯爵令嬢ルノア=ダリッジは誰もが認める高嶺の花。 清く、正しく、美しくーーそんな彼女がある日忽然と姿を消した。 婚約者である王太子、友人の子爵令嬢、教師や使用人たちは彼女の失踪を機に大きく人生が変わることとなった。 ※ざまぁ展開多め、後半に恋愛要素あり。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...