妹なんだから助けて? お断りします

たくわん

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半年が過ぎた冬のある日、緊急の知らせが届いた。

「王妃様、お手紙です」

侍女が封書を持ってきた。

エリーゼが開くと、それはクラリッサからのものだった。

『エリーゼ様

突然の手紙をお許しください。
セバスチャンが危篤です。
あなた様にお会いしたいと言っています。
どうか、一度お越しください。

クラリッサ』

エリーゼの手が震えた。

「セバスチャン……」

すぐに、アレクシスの元へ向かった。

「祖国に行かせてください」

「セバスチャンが?」

「はい。危篤だと」

アレクシスは即座に答えた。

「すぐに準備させよう。僕も一緒に行く」

「ありがとうございます」

翌日、二人は馬車で祖国へと向かった。

久しぶりに見る故郷の景色。だが、エリーゼの心は不安で一杯だった。

「間に合いますように」

小さく祈った。

アルトハイム家の屋敷に到着すると、クラリッサが出迎えた。

「エリーゼ、来てくれてありがとう」

「セバスチャンは」

「二階の部屋に。医者が付き添っています」

エリーゼは急いで階段を上がった。

使用人部屋の一室に、セバスチャンは横たわっていた。

「セバスチャン!」

エリーゼが駆け寄ると、老執事はゆっくりと目を開けた。

「お嬢様……いえ、王妃様」

「セバスチャン、話さないで。力を使わないで」

「いえ、最後に……お話ししたいことが」

セバスチャンは弱々しく微笑んだ。

「お美しい。まるで、奥様のようです」

「ありがとう、セバスチャン」

エリーゼは涙を堪えた。

「王妃様は、お幸せですか」

「はい、とても」

「それを聞けて……安心しました」

セバスチャンは咳き込んだ。

「私は……あなた様が生まれた時から、ずっと見守ってまいりました」

「ええ、知っています」

「辛い時も……あなた様は、決して品位を失わなかった」

セバスチャンの目に涙が浮かんだ。

「奥様が……天国で、どれほど誇りに思っていることか」

「セバスチャン……」

「あなた様の幸せを見られて……思い残すことは、ありません」

「そんなこと言わないで」

エリーゼの涙が溢れた。

「まだ、一緒にいてください。王宮で、ゆっくり休んでください」

「王妃様……」

セバスチャンはエリーゼの手を握った。

「あなた様は……私の誇りです」

「セバスチャン!」

老執事は静かに目を閉じた。そして、二度と開くことはなかった。

「セバスチャン……」

エリーゼは泣き崩れた。アレクシスが後ろから支えてくれた。

「彼は、幸せだったと思います」

アレクシスが優しく言った。

「最後に、あなたの幸せを確認できたのだから」

セバスチャンの葬儀は、質素だが心のこもったものだった。

多くの使用人たちが集まり、涙を流した。

「セバスチャン様は、良い方でした」

「いつも、私たちを気遣ってくださった」

エリーゼは棺の前に立ち、最後の別れを告げた。

「セバスチャン、ありがとうございました」

「あなたは、私の本当の家族でした」

「天国で、母と再会してください」

「そして、どうか見守っていてください」

棺が土に埋められるのを見届け、エリーゼは深くお辞儀をした。

葬儀の後、エリーゼは久しぶりに実家の屋敷を訪れた。

屋敷は荒れていた。庭の手入れもされておらず、壁には亀裂が入っている。

「随分と……」

「はい」

クラリッサが答えた。

「母の浪費で、家は破産寸前です」

玄関を入ると、そこには継母がいた。

以前の面影はなく、憔悴しきった姿だった。

「エリーゼ……」

継母は小さな声で呼びかけた。

「マルグリット様」

「王妃様と、お呼びすべきですか」

継母は自嘲的に笑った。

「お好きなように」

エリーゼは冷静だった。

「セバスチャンの最期を、看取ってくださったのですか」

「ええ。彼は、最後まであなたのことを心配していました」

継母は俯いた。

「私は……私は、酷いことをしました」

「今さら、謝罪ですか」

「いいえ、許してくれとは言いません」

継母は顔を上げた。その目には、深い後悔があった。

「ただ、知ってほしいのです。私がどれほど愚かだったか」

「そうですか」

エリーゼは興味なさそうに答えた。

「あなたから全てを奪って、私は何を得たのか」

継母は続けた。

「一時の贅沢。それだけでした。そして今、全てを失いました」

「自業自得です」

「ええ、その通りです」

継母は深々と頭を下げた。

「せめて、あなたの幸せを……心から祈っています」

エリーゼは何も答えず、部屋を出た。

父にも会った。

父は書斎で、一人座っていた。白髪が増え、背中も丸くなっていた。

「エリーゼ」

「父上」

「来てくれて、ありがとう」

父は立ち上がり、深々とお辞儀をした。

「セバスチャンは、立派だった。最後まで、お前のことを心配していた」

「はい」

「私は……私は、父親失格だった」

父の声が震えた。

「お前が苦しんでいる時、私は何もしなかった。いや、見て見ぬふりをした」

「……」

「許してくれとは言わない。ただ、お前が幸せそうで……それだけが、救いだ」

父は涙を流した。

エリーゼの心に、複雑な感情が渦巻いた。

怒り、悲しみ、そして……哀れみ。

「父上」

エリーゼは静かに言った。

「私は、もう恨んでいません」

「エリーゼ……」

「ただ、関わりたくないだけです」

「そうか……それが、お前の答えか」

父は頷いた。

「どうか、幸せに」

「はい」

屋根裏部屋も訪れた。

かつて、自分が暮らしていた部屋。今は物置になっている。

窓辺に座り、外を見つめた。

「ここで、たくさん泣いたわ」

小さく呟いた。

「でも、ここで希望も持ち続けた」

アレクシスが入ってきた。

「ここが、あなたの部屋だったのですか」

「ええ」

「随分と……」

アレクシスは言葉を失った。狭く、暗く、寒々としている。

「こんな所で、あなたは……」

「でも、大丈夫でした」

エリーゼは微笑んだ。

「母のペンダントと、希望があったから」

「エリーゼ……」

アレクシスはエリーゼを抱きしめた。

「もう二度と、こんな思いはさせない」

「分かっています」

二人は、しばらくそこに座っていた。

やがて、エリーゼは立ち上がった。

「帰りましょう」

「ええ」

屋敷を出る前、クラリッサが見送りに来た。

「エリーゼ、また会えるかしら」

「いつか、ね」

エリーゼは微笑んだ。

「あなたは、変わったわ。クラリッサ」

「あなたのおかげよ」

「いいえ、あなた自身の力よ」

二人は抱き合った。

「元気で」

「あなたも」

馬車が走り出す。屋敷が、遠ざかっていく。

エリーゼは振り向かなかった。

過去は、過去だ。

これから向かうのは、未来。

愛する人と共に歩む、輝かしい未来。

「大丈夫ですか」

アレクシスが尋ねた。

「ええ」

エリーゼは微笑んだ。

「セバスチャンに、最後の別れを告げられて良かった」

「彼は、幸せな最期だったと思います」

「はい。そう信じます」

馬車は、王国へと向かって走り続けた。

エリーゼの心は、穏やかだった。

過去と決別し、未来へと進む。

それが、今の自分に必要なことだった。
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