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暗殺未遂事件から一ヶ月が過ぎた。
エリーゼは妊娠七ヶ月目に入り、お腹はさらに大きくなっていた。もう、出産まであと二ヶ月だ。
その日の午後、エリーゼは王宮の庭園を散歩していた。
「王妃様、どなたかがお会いしたいと」
侍女が告げた。
「どなた?」
「ロザリンド・フォン・アルトハイム様とおっしゃいます」
エリーゼの表情が曇った。
「ロザリンドが……」
「お断りいたしましょうか」
「いえ」
エリーゼは少し考えた後、答えた。
「会いましょう」
「よろしいのですか」
「ええ。何の用か、聞いてみたいわ」
応接室に案内されると、そこにはロザリンドが座っていた。
かつての豪奢な装いは影も形もなかった。質素なドレスを着て、髪も粗末に結われている。顔は痩せこけ、目の下には隈ができていた。
「エリーゼ……」
ロザリンドは立ち上がった。
「王妃様、とお呼びすべきね」
「ロザリンド様。お久しぶりです」
エリーゼは冷静に答えた。
「どうぞ、お座りください」
二人は向かい合って座った。
「まず、お腹の赤ちゃんは無事で?」
「はい、おかげさまで」
「それは、よかった」
ロザリンドは複雑な表情で言った。
「暗殺未遂のこと、聞いたわ。本当に、恐ろしいことだったでしょう」
「ええ」
沈黙が流れた。
ロザリンドが口を開いた。
「実は、お願いがあって来たの」
「お願い、ですか」
「ええ」
ロザリンドは俯いた。
「家が、破産寸前なの」
「……」
「母の浪費で、全ての財産が消えたわ。借金だらけで、もう屋敷も手放さなければならない」
「そうですか」
エリーゼは表情を変えなかった。
「父も病気で、もう長くないと医者は言っている」
ロザリンドの声が震えた。
「私、どうしたらいいか分からない。仕事の経験もないし、結婚の話も全部破談になったし」
「それで、私に助けを求めに来たのですか」
「ええ」
ロザリンドは顔を上げた。
「お願い、エリーゼ。妹なんだから、助けてくれるわよね」
その言葉に、エリーゼの表情が変わった。
「妹……」
冷たい声だった。
「あなたは、私を妹だと思ったことがありますか」
「え?」
「思い出してください」
エリーゼは静かに、しかし明確に言った。
「あなたは私を、どう扱いましたか」
「それは……」
「使用人のように働かせた」
「でも……」
「母の形見のドレスを奪い、汚した」
「ごめんなさい、あれは……」
「私が大切にしていたものを、次々と奪った」
エリーゼは立ち上がった。
「そして、舞踏会にも出してくれなかった。私を笑い者にした」
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
ロザリンドは泣き崩れた。
「私が悪かった。でも、あれは母に言われてやったことで……」
「人のせいにするのですか」
「違う! そうじゃなくて……」
ロザリンドは必死に言葉を探した。
「私、嫉妬していたの。あなたのことを」
「嫉妬?」
「ええ」
ロザリンドは涙を拭った。
「あなたは美しくて、賢くて、品があった。私が、どんなに着飾っても、高価なドレスを着ても、あなたには敵わなかった」
「……」
「だから、あなたを貶めたかった。惨めな姿にして、自分が上だと思いたかった」
ロザリンドは正直に告白した。
「でも、結局あなたは王妃になって、私は全てを失った。これが、報いなのね」
エリーゼは長い沈黙の後、口を開いた。
「ロザリンド様」
「はい」
「あなたの苦境には、同情します」
「エリーゼ……」
「でも、それは自業自得です」
エリーゼの声は、穏やかだが断固としていた。
「あなたは、他人を傷つけて生きてきた。その報いを受けているだけです」
「分かっているわ! 分かっているのよ!」
ロザリンドは叫んだ。
「でも、助けてくれるわよね。妹なんだから」
「妹……」
エリーゼは首を横に振った。
「私を妹と思ったことがないあなたが、都合の良い時だけ姉妹を持ち出すのですか」
「お願い! 本当にお願い!」
ロザリンドは床に膝をついた。
「このままじゃ、私、路頭に迷うわ。誰も助けてくれない。あなただけが頼りなの」
エリーゼは冷静にロザリンドを見下ろした。
かつて、自分もこうして床に膝をつき、屈辱を味わった。だが、誰も助けてくれなかった。
「お願い、何でもするから!」
「何でも、ですか」
「ええ! 使用人でも何でもするわ!」
「では」
エリーゼは静かに言った。
「最低限の援助はします」
「本当!」
ロザリンドの顔が明るくなった。
「ただし、条件があります」
「何? 何でも聞くわ!」
「まず、父上の医療費と、当面の生活費は援助します」
「ありがとう!」
「しかし、それ以上は一切援助しません」
ロザリンドの表情が曇った。
「それと、二度と私の前に現れないでください」
「え……」
「連絡も、不要です」
エリーゼは冷たく告げた。
「これ以上、あなたと関わるつもりはありません」
「そんな……」
「これが、私の答えです」
「エリーゼ、お願い! もう少し……」
「お帰りください」
エリーゼは侍女に合図した。
「ロザリンド様を、お送りして」
「はい、王妃様」
ロザリンドは引きずられるように、部屋から出ていった。
「エリーゼ! エリーゼ!」
必死に叫ぶ声が、遠ざかっていく。
一人になると、エリーゼは窓辺に座った。
胸が痛んだ。完全に拒絶することもできたが、それはしなかった。
最低限の援助。それは、エリーゼの最後の温情だった。
「これで、いいのよね」
お腹に手を当てる。
「私は、あなたのお母さんになる。強くなければ」
赤ちゃんが動いた。
「ありがとう」
アレクシスが部屋に入ってきた。
「ロザリンドが来たと聞いた」
「ええ」
「どうした?」
「最低限の援助をすると伝えました。でも、それ以上は関わらないと」
「そうか」
アレクシスはエリーゼを抱きしめた。
「辛かっただろう」
「いえ、大丈夫です」
エリーゼは微笑んだ。
「これが、私の答えです」
「優しいな、君は」
「優しいのではありません」
エリーゼは首を横に振った。
「ただ、完全に見捨てることはできなかった。それだけです」
「それが、優しさだ」
アレクシスは優しく言った。
「復讐するのではなく、最低限の援助をする。それが、君らしい」
「本当は、もっと冷たくできればよかったのですが」
「いや、それでいい」
アレクシスはエリーゼの手を握った。
「憎しみに支配されないことが、何より大切だ」
その夜、エリーゼはベッドで考えた。
ロザリンドとの決別。それは、過去との決別でもあった。
もう、彼女たちのことで心を痛める必要はない。
これから、自分は母親になる。新しい命を育てる。
過去ではなく、未来を見なければ。
窓の外の星が、優しく瞬いていた。
「お母様、見ていてください」
小さく呟いた。
「私、あなたのように優しく、そして強い母親になります」
ペンダントを握りしめ、エリーゼは目を閉じた。
過去は、終わった。
これから始まるのは、新しい人生。
母として、王妃として、そして一人の女性として。
エリーゼの人生は、これからが本番だった。
エリーゼは妊娠七ヶ月目に入り、お腹はさらに大きくなっていた。もう、出産まであと二ヶ月だ。
その日の午後、エリーゼは王宮の庭園を散歩していた。
「王妃様、どなたかがお会いしたいと」
侍女が告げた。
「どなた?」
「ロザリンド・フォン・アルトハイム様とおっしゃいます」
エリーゼの表情が曇った。
「ロザリンドが……」
「お断りいたしましょうか」
「いえ」
エリーゼは少し考えた後、答えた。
「会いましょう」
「よろしいのですか」
「ええ。何の用か、聞いてみたいわ」
応接室に案内されると、そこにはロザリンドが座っていた。
かつての豪奢な装いは影も形もなかった。質素なドレスを着て、髪も粗末に結われている。顔は痩せこけ、目の下には隈ができていた。
「エリーゼ……」
ロザリンドは立ち上がった。
「王妃様、とお呼びすべきね」
「ロザリンド様。お久しぶりです」
エリーゼは冷静に答えた。
「どうぞ、お座りください」
二人は向かい合って座った。
「まず、お腹の赤ちゃんは無事で?」
「はい、おかげさまで」
「それは、よかった」
ロザリンドは複雑な表情で言った。
「暗殺未遂のこと、聞いたわ。本当に、恐ろしいことだったでしょう」
「ええ」
沈黙が流れた。
ロザリンドが口を開いた。
「実は、お願いがあって来たの」
「お願い、ですか」
「ええ」
ロザリンドは俯いた。
「家が、破産寸前なの」
「……」
「母の浪費で、全ての財産が消えたわ。借金だらけで、もう屋敷も手放さなければならない」
「そうですか」
エリーゼは表情を変えなかった。
「父も病気で、もう長くないと医者は言っている」
ロザリンドの声が震えた。
「私、どうしたらいいか分からない。仕事の経験もないし、結婚の話も全部破談になったし」
「それで、私に助けを求めに来たのですか」
「ええ」
ロザリンドは顔を上げた。
「お願い、エリーゼ。妹なんだから、助けてくれるわよね」
その言葉に、エリーゼの表情が変わった。
「妹……」
冷たい声だった。
「あなたは、私を妹だと思ったことがありますか」
「え?」
「思い出してください」
エリーゼは静かに、しかし明確に言った。
「あなたは私を、どう扱いましたか」
「それは……」
「使用人のように働かせた」
「でも……」
「母の形見のドレスを奪い、汚した」
「ごめんなさい、あれは……」
「私が大切にしていたものを、次々と奪った」
エリーゼは立ち上がった。
「そして、舞踏会にも出してくれなかった。私を笑い者にした」
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
ロザリンドは泣き崩れた。
「私が悪かった。でも、あれは母に言われてやったことで……」
「人のせいにするのですか」
「違う! そうじゃなくて……」
ロザリンドは必死に言葉を探した。
「私、嫉妬していたの。あなたのことを」
「嫉妬?」
「ええ」
ロザリンドは涙を拭った。
「あなたは美しくて、賢くて、品があった。私が、どんなに着飾っても、高価なドレスを着ても、あなたには敵わなかった」
「……」
「だから、あなたを貶めたかった。惨めな姿にして、自分が上だと思いたかった」
ロザリンドは正直に告白した。
「でも、結局あなたは王妃になって、私は全てを失った。これが、報いなのね」
エリーゼは長い沈黙の後、口を開いた。
「ロザリンド様」
「はい」
「あなたの苦境には、同情します」
「エリーゼ……」
「でも、それは自業自得です」
エリーゼの声は、穏やかだが断固としていた。
「あなたは、他人を傷つけて生きてきた。その報いを受けているだけです」
「分かっているわ! 分かっているのよ!」
ロザリンドは叫んだ。
「でも、助けてくれるわよね。妹なんだから」
「妹……」
エリーゼは首を横に振った。
「私を妹と思ったことがないあなたが、都合の良い時だけ姉妹を持ち出すのですか」
「お願い! 本当にお願い!」
ロザリンドは床に膝をついた。
「このままじゃ、私、路頭に迷うわ。誰も助けてくれない。あなただけが頼りなの」
エリーゼは冷静にロザリンドを見下ろした。
かつて、自分もこうして床に膝をつき、屈辱を味わった。だが、誰も助けてくれなかった。
「お願い、何でもするから!」
「何でも、ですか」
「ええ! 使用人でも何でもするわ!」
「では」
エリーゼは静かに言った。
「最低限の援助はします」
「本当!」
ロザリンドの顔が明るくなった。
「ただし、条件があります」
「何? 何でも聞くわ!」
「まず、父上の医療費と、当面の生活費は援助します」
「ありがとう!」
「しかし、それ以上は一切援助しません」
ロザリンドの表情が曇った。
「それと、二度と私の前に現れないでください」
「え……」
「連絡も、不要です」
エリーゼは冷たく告げた。
「これ以上、あなたと関わるつもりはありません」
「そんな……」
「これが、私の答えです」
「エリーゼ、お願い! もう少し……」
「お帰りください」
エリーゼは侍女に合図した。
「ロザリンド様を、お送りして」
「はい、王妃様」
ロザリンドは引きずられるように、部屋から出ていった。
「エリーゼ! エリーゼ!」
必死に叫ぶ声が、遠ざかっていく。
一人になると、エリーゼは窓辺に座った。
胸が痛んだ。完全に拒絶することもできたが、それはしなかった。
最低限の援助。それは、エリーゼの最後の温情だった。
「これで、いいのよね」
お腹に手を当てる。
「私は、あなたのお母さんになる。強くなければ」
赤ちゃんが動いた。
「ありがとう」
アレクシスが部屋に入ってきた。
「ロザリンドが来たと聞いた」
「ええ」
「どうした?」
「最低限の援助をすると伝えました。でも、それ以上は関わらないと」
「そうか」
アレクシスはエリーゼを抱きしめた。
「辛かっただろう」
「いえ、大丈夫です」
エリーゼは微笑んだ。
「これが、私の答えです」
「優しいな、君は」
「優しいのではありません」
エリーゼは首を横に振った。
「ただ、完全に見捨てることはできなかった。それだけです」
「それが、優しさだ」
アレクシスは優しく言った。
「復讐するのではなく、最低限の援助をする。それが、君らしい」
「本当は、もっと冷たくできればよかったのですが」
「いや、それでいい」
アレクシスはエリーゼの手を握った。
「憎しみに支配されないことが、何より大切だ」
その夜、エリーゼはベッドで考えた。
ロザリンドとの決別。それは、過去との決別でもあった。
もう、彼女たちのことで心を痛める必要はない。
これから、自分は母親になる。新しい命を育てる。
過去ではなく、未来を見なければ。
窓の外の星が、優しく瞬いていた。
「お母様、見ていてください」
小さく呟いた。
「私、あなたのように優しく、そして強い母親になります」
ペンダントを握りしめ、エリーゼは目を閉じた。
過去は、終わった。
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母として、王妃として、そして一人の女性として。
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