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33 復讐の小道具はここにあります
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毒を飲まされアミィ嬢にまさかのざまぁをされたあの日、運び込まれた馬車の中で私は徐々に体の自由を取り戻しました。やっと瞼を開ける事が出来て視線を動かすと、目の前には頬にこびりついた口紅を袖で懸命に拭っているジルさんがいたのです。
「なにこの口紅、ベトベトして気持ち悪いんだけど……あ、もう動けるようになった?実はさ、あの時に飲ませた飴玉は中和剤だったんだ。副作用は無いはずだけど、今は無理しないようにね。で、感想は?意識だけはあったでしょ?」
「…………また騙したんですね」
ジロリと目を細めれば、ジルさんは素直に頷いて「うん、騙してごめんね。でも、もう隠さないよ」とにこりと微笑みました。そして、今度こそやっと理由を教えてくれたのでした。
「……ジルさんの親友が、アミィ嬢のせいで殺されたって事ですか?」
「うん。そいつ、超がつく真面目だったんだけどほんと馬鹿だったからさぁ。そんですんごい一直線な奴だったんだ。どうしてそんなにアミィ嬢のことが好きになったのかは今となってはわからないけど、結局アミィ嬢はあいつではなく隣国の王子を選んだんだ。あの香水だって自分で使えばそれこそアミィ嬢を虜に出来たかも知れないのに馬鹿正直に渡しちゃって、挙げ句に利用されて邪魔になったからって殺されて終わりだ。きっと、もう骨も残ってないだろうね」
きっとその親友の方はジルさんにとって大切な方だったのだろうと思いました。いつもはふざけているその目が、なんだか寂しげだったからです。
「……アミィ嬢は時々よくわからない発言をなさっていましたが、それはあの香水と関係あるんでしょうか?」
「あぁ、どうだろうね。とにかくなぜかはわからないけど、自分は特別な人間だって思い込んでたみたいだな。まぁ、あんな香水を手に入れたら人生観も変わると思うよ。しかしいくら元男爵令嬢だからって礼儀もマナーもめちゃくちゃだ。あのまま使い続けていれば香水だっていつかは無くなるのに、そんな日がくるなんて欠片も考えた事なさそうだったよね。それに、その香水が手元から消えたのにまだなんとかなるって信じてたみたいだから、おめでたい女さ。まさか香水がなくても自分はそれだけの魅力があるとでも思ってたのかな?まるでこの世界の絶対王者かのような思考だったね」
「確かに、彼女は絶対の自信を持っているようでしたね。どんな状況でも前向きなのは見習うべきかしら。それに、私のことも散々貶していたようなのですがその表現がよくわからなかったのですが……それもあの香水の影響なのでしょうか?」
「うーん。オレは知らないけど、効果については個人差が激しい毒だったからね。危険だからそれほど実験もしてないはずだし、アミィ嬢はよっぽど相性が良かったみたいだから新たな影響があってもおかしくないよ。ーーーーところでさ」
そうして、ジルさんは「この復讐はオレに譲って欲しいんだ」といったのです。寂しげだった笑みではなく、いつものにんまりとした怪しげな笑みで。
「え?」
「君はオレが君の復讐を手伝ってると思っているだろうけど、オレは君をいいように利用してるだけだ。エドガーとの婚約破棄だって君を信用させるためにやっただけだし、利用させてもらうための報酬を先払いしたに過ぎない」
「……」
「君が聖女になってくれたからアミィ嬢への復讐をスムーズに行う事ができた。オレはね、あの女を幸せの絶頂まで登らせてから一気に叩き落としたかったんだよ。ここまでこんなにも順調だったのも聖女の存在があってあの女を煽る事が出来たからだ。それにはとても感謝している。
だから、ロティーナもオレを利用したらいい。そうすれば自分の手を汚さずに全部上手くいくだろう?」
「……アミィ嬢にどのような復讐をなさるつもりですか?まさか命を取ったりは」
「やだな、命は取らないよ。地位や名誉は奪うけど、ちゃんと彼女に相応しい幸せを与えてやるさ」
そう言って笑ったジルさんの姿に、むしょうに腹立たしさを覚えました。その誤魔化すような態度に、やっぱり肝心なところは何も教えてくれないんだなと悲しくなります。
「つまり、私が動くと邪魔なんですね?私はお飾りの餌でただそこにいればいいと……。そうですね、確かにその通りです。私はただ言われるままに突っ立っていただけで何もしてませんもの。ジルさんがひとりでやった方がスムーズに進み、ちゃんと成功するってわかってます!」
「いや、だから」
「だからわかってますよ!ジルさんのおかげでアミィ嬢と公爵家の縁も切れたんですから!感謝しかありません!どうもありがとうございます!!
でも。それでも、例え偽の聖女だからって……私だって……!」
「え、いや、聖女は別に偽ってわけじゃ……」
「とにかく!アミィ嬢の事は任せますけど小道具くらいは私が準備しますからね!」
「え、小道具?」
「いいから、ナイフを貸してください」
「え、なんでナイフ……」
戸惑うジルさんの懐に勢い良く手を突っ込み、ナイフを奪い取りました。(ここに小さな護身用ナイフが隠してあるのは知ってたので)そして、その刃先を自分の後頭部にあてます。
驚いたジルさんがナイフを取り返そうと腕を伸ばす前に、ザクリと音を立て根元からごっそりと桃色の髪を切り落としてやったのです。
「ロティーナ、なにを……?!」
「この大量の髪の毛があれば私を始末した証拠くらいにはなるのではないですか?こんな桃色の髪なんて私くらいしかいませんから」
こうしてみると、けっこうな量がありますね……。なんて思いながら大量の髪の束をなぜか呆然としているジルさんに渡しました。あら、なんだか頭が軽くなりましたわ。
「えぇぇぇぇーーーー!ロティーナの髪がぁ!!」
「なんですか、髪の毛くらいすぐ伸びます。それともそんな髪の毛くらいじゃ役に立ちませんか?なんなら多少のケガくらいなら平気ですけど」
うーん、髪の毛の束に血でもついていれば信憑性が増すかしら?そう思い、さらにナイフを構えようとする私をジルさんが必死に止めてきます。何をそんなに焦っているのでしょうか。
「これでじゅうぶんだから!女の子なんだから髪の毛は大事にしてくれよ……。髪は女の命って言うじゃないか」
「あら、随分古くさい事を言うんですね。確かに王族や高位貴族ではそんな考えもまだありますけど、髪の長さで女の価値が変わるなんて男女差別もいいところですよ。……それに、元々学園を卒業したら切ろうと思っていたんです。生まれ変わった気持ちで領地のために頑張ろうと。ただ、そんなときにエドガーにこの髪を誉められて……長くて綺麗だって……だから、なんとなく切るタイミングを逃していただけですから」
今から思えばあんな上辺だけの言葉に一喜一憂していたなんて私も馬鹿でした。
「ジルさんの気持ちを汲んでアミィ嬢への復讐は譲ります。その代わり、お願いがあるんです。ジルさんを利用しろとおっしゃるならとことん利用しますけど……私の復讐相手はもうひとりいますから。隣国の王子との面会を取り付けてください。あなたが隣国のスパイであろうがなかろうが、もちろん手伝ってくださいますよね?」
私が「“異国の聖女”って権力があるんでしょう?」とにっこりと微笑んでみれば、ジルさんは諦めたように肩をすくめるのでした。
「もちろんだよ、オレの聖女様」と。
「なにこの口紅、ベトベトして気持ち悪いんだけど……あ、もう動けるようになった?実はさ、あの時に飲ませた飴玉は中和剤だったんだ。副作用は無いはずだけど、今は無理しないようにね。で、感想は?意識だけはあったでしょ?」
「…………また騙したんですね」
ジロリと目を細めれば、ジルさんは素直に頷いて「うん、騙してごめんね。でも、もう隠さないよ」とにこりと微笑みました。そして、今度こそやっと理由を教えてくれたのでした。
「……ジルさんの親友が、アミィ嬢のせいで殺されたって事ですか?」
「うん。そいつ、超がつく真面目だったんだけどほんと馬鹿だったからさぁ。そんですんごい一直線な奴だったんだ。どうしてそんなにアミィ嬢のことが好きになったのかは今となってはわからないけど、結局アミィ嬢はあいつではなく隣国の王子を選んだんだ。あの香水だって自分で使えばそれこそアミィ嬢を虜に出来たかも知れないのに馬鹿正直に渡しちゃって、挙げ句に利用されて邪魔になったからって殺されて終わりだ。きっと、もう骨も残ってないだろうね」
きっとその親友の方はジルさんにとって大切な方だったのだろうと思いました。いつもはふざけているその目が、なんだか寂しげだったからです。
「……アミィ嬢は時々よくわからない発言をなさっていましたが、それはあの香水と関係あるんでしょうか?」
「あぁ、どうだろうね。とにかくなぜかはわからないけど、自分は特別な人間だって思い込んでたみたいだな。まぁ、あんな香水を手に入れたら人生観も変わると思うよ。しかしいくら元男爵令嬢だからって礼儀もマナーもめちゃくちゃだ。あのまま使い続けていれば香水だっていつかは無くなるのに、そんな日がくるなんて欠片も考えた事なさそうだったよね。それに、その香水が手元から消えたのにまだなんとかなるって信じてたみたいだから、おめでたい女さ。まさか香水がなくても自分はそれだけの魅力があるとでも思ってたのかな?まるでこの世界の絶対王者かのような思考だったね」
「確かに、彼女は絶対の自信を持っているようでしたね。どんな状況でも前向きなのは見習うべきかしら。それに、私のことも散々貶していたようなのですがその表現がよくわからなかったのですが……それもあの香水の影響なのでしょうか?」
「うーん。オレは知らないけど、効果については個人差が激しい毒だったからね。危険だからそれほど実験もしてないはずだし、アミィ嬢はよっぽど相性が良かったみたいだから新たな影響があってもおかしくないよ。ーーーーところでさ」
そうして、ジルさんは「この復讐はオレに譲って欲しいんだ」といったのです。寂しげだった笑みではなく、いつものにんまりとした怪しげな笑みで。
「え?」
「君はオレが君の復讐を手伝ってると思っているだろうけど、オレは君をいいように利用してるだけだ。エドガーとの婚約破棄だって君を信用させるためにやっただけだし、利用させてもらうための報酬を先払いしたに過ぎない」
「……」
「君が聖女になってくれたからアミィ嬢への復讐をスムーズに行う事ができた。オレはね、あの女を幸せの絶頂まで登らせてから一気に叩き落としたかったんだよ。ここまでこんなにも順調だったのも聖女の存在があってあの女を煽る事が出来たからだ。それにはとても感謝している。
だから、ロティーナもオレを利用したらいい。そうすれば自分の手を汚さずに全部上手くいくだろう?」
「……アミィ嬢にどのような復讐をなさるつもりですか?まさか命を取ったりは」
「やだな、命は取らないよ。地位や名誉は奪うけど、ちゃんと彼女に相応しい幸せを与えてやるさ」
そう言って笑ったジルさんの姿に、むしょうに腹立たしさを覚えました。その誤魔化すような態度に、やっぱり肝心なところは何も教えてくれないんだなと悲しくなります。
「つまり、私が動くと邪魔なんですね?私はお飾りの餌でただそこにいればいいと……。そうですね、確かにその通りです。私はただ言われるままに突っ立っていただけで何もしてませんもの。ジルさんがひとりでやった方がスムーズに進み、ちゃんと成功するってわかってます!」
「いや、だから」
「だからわかってますよ!ジルさんのおかげでアミィ嬢と公爵家の縁も切れたんですから!感謝しかありません!どうもありがとうございます!!
でも。それでも、例え偽の聖女だからって……私だって……!」
「え、いや、聖女は別に偽ってわけじゃ……」
「とにかく!アミィ嬢の事は任せますけど小道具くらいは私が準備しますからね!」
「え、小道具?」
「いいから、ナイフを貸してください」
「え、なんでナイフ……」
戸惑うジルさんの懐に勢い良く手を突っ込み、ナイフを奪い取りました。(ここに小さな護身用ナイフが隠してあるのは知ってたので)そして、その刃先を自分の後頭部にあてます。
驚いたジルさんがナイフを取り返そうと腕を伸ばす前に、ザクリと音を立て根元からごっそりと桃色の髪を切り落としてやったのです。
「ロティーナ、なにを……?!」
「この大量の髪の毛があれば私を始末した証拠くらいにはなるのではないですか?こんな桃色の髪なんて私くらいしかいませんから」
こうしてみると、けっこうな量がありますね……。なんて思いながら大量の髪の束をなぜか呆然としているジルさんに渡しました。あら、なんだか頭が軽くなりましたわ。
「えぇぇぇぇーーーー!ロティーナの髪がぁ!!」
「なんですか、髪の毛くらいすぐ伸びます。それともそんな髪の毛くらいじゃ役に立ちませんか?なんなら多少のケガくらいなら平気ですけど」
うーん、髪の毛の束に血でもついていれば信憑性が増すかしら?そう思い、さらにナイフを構えようとする私をジルさんが必死に止めてきます。何をそんなに焦っているのでしょうか。
「これでじゅうぶんだから!女の子なんだから髪の毛は大事にしてくれよ……。髪は女の命って言うじゃないか」
「あら、随分古くさい事を言うんですね。確かに王族や高位貴族ではそんな考えもまだありますけど、髪の長さで女の価値が変わるなんて男女差別もいいところですよ。……それに、元々学園を卒業したら切ろうと思っていたんです。生まれ変わった気持ちで領地のために頑張ろうと。ただ、そんなときにエドガーにこの髪を誉められて……長くて綺麗だって……だから、なんとなく切るタイミングを逃していただけですから」
今から思えばあんな上辺だけの言葉に一喜一憂していたなんて私も馬鹿でした。
「ジルさんの気持ちを汲んでアミィ嬢への復讐は譲ります。その代わり、お願いがあるんです。ジルさんを利用しろとおっしゃるならとことん利用しますけど……私の復讐相手はもうひとりいますから。隣国の王子との面会を取り付けてください。あなたが隣国のスパイであろうがなかろうが、もちろん手伝ってくださいますよね?」
私が「“異国の聖女”って権力があるんでしょう?」とにっこりと微笑んでみれば、ジルさんは諦めたように肩をすくめるのでした。
「もちろんだよ、オレの聖女様」と。
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