幻想世界のセラピスト ~言の音の呪いと聖賢の乙女~

鈴片ひかり

文字の大きさ
11 / 40
サマリー4 呪詛性魔法受容体伝達障害

エルフの来訪者

しおりを挟む
 「肝心な時にいないんだからキース君は」

「いや待ってくれ、俺がいないときを狙ってあいつらは来たんだと思うぞ。あんたは知らないだろうから教えておくとだな、魔導学院の連中は選民意識が脂を纏って歩いているような連中だってことを覚えておけよ」

なんだか戯曲に出てくる典型的な悪役だなぁとさえ思えていた。

フィーネは気にする様子もなく、鍋をかき回す手伝いをしてくれている。

「これからが本題なんだが、今から俺の紹介で あるやんごとなき方が来るから失礼がないようにな」

「は!? そういうことは早く言ってくれ、こっちだって準備が色々あるんだよ」

「準備って、さっきから料理作ってるだけじゃないか」

「キースさん、先生がはりきって作ってくれているのですから絶対おいしいはずですよ」

「フィーネ様はこいつに甘すぎるんです。ってほら来たようだ。もし下手なことしたら外交問題だからな」

フードを目深にかぶり、顔を隠したローブ姿の人物が護衛の者と一緒に入り口をくぐる。

フィーネが出迎えたが、フードを取ったその姿に思わず光平は声をあげてしまった。

「え、エルフ!?」

創作の中でしか登場しないと思っていた存在が目の前にいる。

しかも人間離れした美しさ、いやフィーネも負けていないが輝く金髪と長い耳、鋭く宝石のようなサファイアブルーの瞳が光平を値踏みするように見つめていた。

「このお方はエルフ連合国の姫君です、来所の目的は言うまでもなく、言の音の呪いに関するものということです」

 カレー作りを中断し、光平は一度気合を入れると訓練室へと通すことにした。

同行者は姫の護衛らしく、これまた美しいエルフの女性である。

「私はこの訓練所で言葉の訓練をしている音無光平です」

「私は先生の助手をしているフィーネと申します」

さすが元貴族だけあって、堂々としていて品があるなと感心する光平。

「私はエルフ連合国リーヴァリオンの第6王女シュリア・マーベルです。あなた聖賢の乙女でありますな?」

「えっと皆が勝手にそう呼んでいるだけで、私は光平先生の助手ですよ」

シュリアは護衛に外で待っているように伝えると、やや不満そうにキースと待合室に向かったようだ。

「ではシュリアさん、あなたは今どのような言葉の悩みを抱えていますか?」

「……呪文が使えぬようになってしまった。エルフの王族は見聞を広めるため10年ほど諸外国を回るのが慣例になっておる。今回もその一貫でラングワース王国を訪れたのだが、一週間ほど前から突然呪文を唱えても魔法が使えなくなってしまい、困り果てキース殿を通じてお主を紹介してもらったのだ」

 個別訓練室で対面するシュリアだが、その美貌もやはりプロモードに精神状態が入るとまったく気にならなくなっていた。これから問題点を探りだし、自分で対応可能な言語障害であるかどうかを見定めよう、そう決意したとたん言葉がすらすらと口から滑り出していく。
 
 「では精霊魔法の詠唱をしても精霊が反応せず呪文が発動しない、これが主訴ですね」

「しゅ、しゅそ?」患者の訴える最も治したい症状と理解してもらっていいだろう。

「一番困ってることの確認です」

まずは舌や上顎、下顎の形態異常。といってもエルフもほぼ同じだと一級治療師資格を持つフィーネから助言はもらっていた。

シュリアは恥ずかしがっていたが、軟口蓋の鼻咽腔閉鎖機能(びいんくうへいさきのう)にも問題はない。

ならば構音検査だろうということで、光平が用意したこの世界に馴染みのある絵カードを読んでもらうことになったが……

「お前は私を馬鹿にしているのか? これらを知らぬと思ったか?」

「違うんです、単音レベルで問題がなくても、単語レベルで問題が見つかる場合があるのです。意味のある言葉は詠唱でも扱いが違うでしょ?」

「そうですよ姫様、先生の言う通りやったら私も治ったんです。まずは何が問題かをしっかり調べることが重要なんです。そうしないとちゃんとした訓練ができませんからね」

「うぬぬ、聖賢の乙女がそう言うのであれば従おう。……あめ、いと、うし、エルフ? おの ……」

単語レベルで50音+濁音、撥音(はつおん)、拗音(ようおん)までチェックしてみたがまったく問題はなく、むしろ美しいエルフの声色に魅せられてしまいそうになったほどだ。

「先生、現状で問題はないように思うのですが……」

「シュリアさん、魔法詠唱中に気になること、引っ掛かることはありますか? 違和感でもいいです」

「普段通り詠唱しても、魔法が発動しないのです。念もオルナも十分に込めているのに」

光平の頭に浮かび上がる疑念――もしかしたらこれは言の音の呪いではないのではないか?

 ここで魔法幼年学校に通っていたことが頭をよぎる。呪文の文章が一言一句間違ってはいけないという内容だ。魔法に関する知識や知見がほとんどない光平はそういうものだと言われるままに受け止めていたが、彼女の場合はどうなのだろう? 

呪文を間違えている、呪文錯語のような症状が起きてはいないのだろうか?

錯語とは脳損傷により生じる失語症の症状の一つで、音韻を誤ったり別の語への置き換えが起きたりするものだ。

確かめてみる必要があるな、気づかないうちに脳腫瘍による脳血管障害を引き起こしている可能性を。

「シュリアさんも詠唱時には決まった呪文を唱えているのんですよね?」

「当たり前ではないですか、なあ聖賢の乙女よ。この者で本当に大丈夫なのか?」

「先生を信用してください。大丈夫です」

「うぬぬ」

こう思われてしまうのは自分の実力がないからだ。不甲斐ないし、フィーネさんにも申し訳ない。

「すいません、簡単な呪文を一つここで詠唱してみてください」

「ならば、この木の器から芽を出す呪文を……」

エルフらしい平和な呪文だと光平は暖かい気分になる。

「ローエルグシア フォル バルヴェラス」
……
器には何の変化も訪れていない。

「こういう状態なのです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~

鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。 そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。 母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。 双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた── 前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...