幻想世界のセラピスト ~言の音の呪いと聖賢の乙女~

鈴片ひかり

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サマリー4 呪詛性魔法受容体伝達障害

魔法受容体

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 しょんぼりと落ち込むシュリアを慰めるフィーネだが、ふと気付いたことがあったようだ。視線に含まれた思いが胸にすーっと流れ込んできたような気がする。

フィーネに訪ねると呪文の文言に詠唱間違いはなく、護衛からもそのような指摘を受けたことがないという。ぱっと何かを察したらしく、光平に発言の許可を求めるように首を傾けたのでお願いしますと頷いた。

「先生、私気付いたことがあるんです。精霊に対する命令は途中まで通っているように見えました、実際精霊も受ける準備をしていたように感じます」

「聖賢の乙女は精霊を認識できるのか?」

「オルナの流れから感じる感情のようなものですが」

「さ、さすがであるな」

「つまり、ある経路、ポイントだけ問題になっていると?」

「はい、そうなんです」

「ずばりそのポイントとは、命令、指示に関する文言ではないですか?」

「さすがです先生!」

魔法幼年学校で習った基礎において、魔法を扱う人間やエルフたちは霊的器官とも言える魔法受容体の器官が備わっておりそこから精霊に対して命令を発したり、精霊からの信号を受信するという。

 その話を聞いた時に感じたのは脳細胞のニューロンやシナプスに似ているなと、光平は直感的にあることを思い出した。脳神経はシナプスという脳内物質を出したり受けたりする受容体によって信号の送受信を行う。

興奮系のドーパミン、抑制系のアセチルコリンなどの脳内物質が有名だ。

信号の伝達自体はできているのであれば、もっと大きな魔法受容体の部位が局所的に閉鎖、傷害を受けている可能性か、いや少し想像がすぎると光平は自省する。

 落ち着いて整理してみる光平。

ローエルグシア フォル バルヴェラス

木の芽 よ 発芽せよ  という内容の古代語と授業で習っていた。

バルビ の命令形が バルヴェラス  

命令系の詠唱シナプス受容体が遮断状態もしくは、損傷しているならば別の言い方で呪文が唱えられないか?

脳血管障害後遺症 CVDの状態に似ているという直感から繋がったのは、いわゆる局所的微細脳梗塞のような受容体損傷が起きているという推測だった。

 話を聞けば聞くほどに、魔法受容体の構造が脳細胞や脳神経系とリンクする。考えてみれば人間の脳細胞の延長としての霊的器官であるならばそれもまた自然の摂理と言えた。

恐らく魔法を使えぬ理の外にいる光平だからこそ辿り着けた推測であったのだろう。

「フィーネさん、バルヴェラス が【 発芽せよ 】 であったら、発芽してほしいなぁ つまりお願い、願望はどうやって言うのですか?」

「お願い、ですか? えっと古代語ですから、バルバ メラス ?」

「おい、何をやっておる。呪文を勝手にいじくるな。お前たちは知らぬのか? 古より伝承されし呪文は一言一句間違ってはならぬものなのだぞ?」

「でも子供たちは練習でよく言い間違えますよ?」

「それは屁理屈よ!」

「時に屁理屈は道理をぶっ壊して道を作るのですよ」

光平がふわり微笑むと、シュリアは頬を真っ赤にしながら俯いた。きっと怒ったのだろうやれやれと思いながらも、突破口が出来たことに前のめりになりつつある。

「ほらシュリアさん、さっきの呪文唱えてみてください」

フィーネにせっつかれ仕方なくといった様子のシュリアは、もじもじしながら語尾を「命令」から「お願いに」変更した呪文を詠唱し始めた。

「ローエルグシア フォル バルバ メラス」

淡い光が木の器から発せられたと同時に、ドンという衝撃音と共に机がひしゃげ光平たちは椅子から転げ落ちたのだ。

「いたた、何が起き……!?」

さっきまで机があった場所に木の幹が生え床と天井を突き破っている。

「くっ! うぅ……」

吹っ飛ばされたシュリアだが、床で苦しそうに呻きさらに体から黒い煙が放出されている。

フィーネのときに感じたあの状態と似ていた。

「しっかりしてシュリアさん、言の音の呪いを打ち破るの! 追い出して!」

フィーネに支えられたシュリアは黒い煙を追い出すかのように呻き、もがき、ようやく煙が抜けきったところでがくりと力を失いぐったりとしていた。

黒霧の漏出だけ? しかもその絶対量はフィーネと比較にならないほどに少ない。

手の形にならなかったのは呪詛の具合と関係あるのだろうか。フィーネの放出する柔らかい光に照らされ燃えるように消え去っていく黒い霧。

かけつけた護衛が何事かと冷や汗をたらしながら姫の名を叫んでいた。

「はぁはぁ、何が起きたの?」

「安心して私も似た様な状態になったの。落ち着いたら試してみましょ」

とりあえず訓練室をぶち破った木の幹は放っておいて、別室で休ませると少量の水を出す呪文を器に向けて行使することになった。
規定通りにいじてっていない呪文。

「エリュミュリース フォア ラブラ」

ちょろちょろと、手の平から溢れた透明な水が器を満たしていく。

「ああ! あああ! じゅ、呪文が!」

がしっとフィーネに抱きつき、泣き出すシュリア。

優しく背中を撫でながら受け止めるフィーネに、光平は言葉にできないほどの感動を受けていた。

もしかしたらあの黒い霧で呪詛を受けるかもしれないのに、動じることなくシュリアを助けようとした彼女の勇気と覚悟。

聖賢の乙女と呼ばれるほどの少女は、その心根もまた二つ名以上に美しいものだったのだ。

喜びに震えるシュリアは今までの不安を吹き飛ばすように、外に出て呪文を行使しまくった。


風の呪文、土の呪文、木々の呪文など。

森に住むエルフらしい魔法の数々は美しかった。

キースや護衛の女性エルフも、たった一日で治してしまったことに驚いているようだ。

今回も、ではあるがやはり自分一人の力で辿り着くことが無理であったと思う。フィーネがいてくれたからこそ言の音の呪いを打ち破れた。

今回シュリアに起きた言の音の呪いについて、細かな名称をつけるのであればどうするべきか……呪詛性魔法受容体伝達障害  としておくことに決めた。

だが一つ気になることがある。

訓練室がぶっ壊れてしまったことだ。



 食堂で一息ついた光平たちは、カレーを作っていたことを思い出し、ちょうど戻って来たルビナの助けを借りて米を炊き上げた。

時間をおいたことでちょうど良い塩梅になったカレーが全員に振舞われる。

米を食ったことのないキースやエルフのシュリアは何が起きるのかと目を丸くしているが、フィーネも果たして食べられるものなのか不安な表情が浮かんでいた。

得意げなのは光平ただ一人。

炊きあがった白米に熱々のカレーがかけられる。

「おおー!」とルビナは既に味見をしていたのか、待ちきれない様子で皆に配膳していく。

一同席につき、光平が大きく通る声で叫んだ。

「いただきまーす! あぐっクゥ……うめえええ!」

その表情を見たフィーネとシュリアたちも後を追うようにカレーを口に運ぶ。

「んーー!!」

各所で悲鳴にも似た歓喜の叫びが轟いた。

 なによりがっついたのがあのどこか斜に構えてクールを装っているキース君であり、あまりのおいしさにすぐおかわりを要求し口をカレーだらけにしながら味わってくれている。

いいものだと光平はじんわり涙が滲んできた。

自分のしたことで誰かが喜んでくれるのって、こんなにうれしかったんだなぁと。

護衛エルフでさえ、姫をほったらかしでおかわりを所望している姿に笑みがこぼれる。

「先生、こんなにおいしいもの食べたことありません!」

伯爵令嬢であったフィーネが言うと説得力がある。決してルビナが作ってくれる夕食はまずくないし、おいしい部類に入ると思うのだが、米のおいしさはまた別格であろうと日本人で良かったと満足する光平であった。

 だがまだ終わってはいない。魔法冷蔵庫に冷やしておいた特製プリンはちょうど人数分。デザートとして出してみると、またもや悲鳴に近い歓喜のおたけびが食堂に轟いた。

なんとなくだが、勝った! という気分になれた光平は皆の笑顔にまた涙が滲んできたのであった。



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