幻想世界のセラピスト ~言の音の呪いと聖賢の乙女~

鈴片ひかり

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サマリー5 騎士の鎧と歯茎弾き音

がんばれクライグ君

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 黒霧の手を掴んで引き剥がすことについて、光平は今後も続けると言って聞かなかった。怪しい魔力や呪詛性の魔力も感知されず、現在痛みや痺れがないと聞いて安堵するフィーネ。

「魔力のない僕だからこそできるし、リスクもないからね」

「私は先生が危険な目に遭うとか見るのが辛いんですから!」

「それにしても、優しい女性の声が聖賢魔法を導いてくれたとは」

「誰だったのでしょう。何の疑いもなく、ただ揺るぎない確信だけが心を埋め尽くしていました」

「結果、黒霧の手は聖賢魔法で焼き尽くされたんだね。でもあの白い炎は最初の解呪時にフィーネさんの体から溢れていたものと同じに見えたんだよなぁ。もしかしたら無意識のうちに聖賢魔法を発動してたってことはある?」

さすがにフィーネにとっても初めてのことばかりなので戸惑っていいたが、黒霧現象が同じものではなく < 霧状呪体 > と < 黒霧手状呪体 > の二つがあることが確認されたことだけは間違いない。

現状では、フィーネとクライグという王国の若き才能二人。

「分からないんです。そもそも聖賢魔法などというものがこの世界に存在しているなんて」

「今後は解呪になりそうなケースには必ず二人が同席するようにしようね」

「は、はい!」 

 フィーネにとっては、不謹慎ながらも光平と二人でこの世の神秘と陰謀に挑んでいるような使命感を背負ってしまったことを尊いものだと思い始めていた。



 クライグが解呪してから二週間あまり、騎士の任務明けには手土産を持ってきては代わりにプリンやカレーをねだってごちそうになっていく。

キースと異なりお土産を持ってくるあたりが忠義に厚い騎士らしく、フィーネは忠犬クライグと既に呼び始めている。

「キース! お前は土産もなしに毎度カレーを食ってるってのか!?」

「私は監視任務があるんだから業務内での飲食ですよ」

「減らず口を、しかも兄貴をおっさん呼ばわりとはいい度胸だ表出ろ、鍛錬のついでに揉んでやる」

「誰が次期白薔薇剣技大会の優勝候補と立ち合いますか」

「へえクライグ君って優勝候補なんだ、すごいな」

「実は兄貴にそのことで相談があったんです」

「剣術大会で相談って、僕の出る幕ないと思うけど」

「いえ、実は……姉さんにも」

姉さんとは言わずもがな、フィーネのことだ。

 解呪後の魔法詠唱訓練に付き合ってあげていたフィーネから、ある指摘を受けたのが原因だった。

騎士が使う魔法剣は9割以上が炎属性の魔法を好む。火は破壊であり、敵を遠ざける力の象徴でもあるからだ。

流れ的にクライグも幼少から炎魔法を使ってはいたが……

「クライグの放つオルナは明らかに風の精霊と相性が良いわ、そのことを指摘したら最初はすごく怒ったわよね? ね?」

「す、すいませんでした! でも、姉さんに教わった加速移動の呪文を試しに使ってみたらその、しっくりくるんですよめちゃくちゃ! 
風が体に溶け込んで力が漲って自分の体の重さがないぐらいに感じるんです」

「すごいこと、なんだよね?」

キースに視線を送るとさすがに目をパチパチさせながら、あることを思い出したようだ。

「それって精霊の祝福現象ですか?」

「私もそう思います。クライグはそのおっちょこちょいでお調子者、だけど自由でおおらかな気質を持っているのもあって、風の精霊たちが自然と集まり力を貸そうとしてくれているわ」

「ってことは、俺は炎属性を無理に使おうとしていたってことか」

「ねえ、今密かに試している魔導研究があるんだけど、ちょっと試してみない?」

「姉さんが!? や、やります、やらせてください!」

裏庭に連れていかれたクライグは、剣を構えながらフィーネに教わった呪文が書かれた紙きれを見て首をかしげる。

「姉さんこの呪文って間違ってませんかね?」

「いいからやりなさい」

「は、はい!」

「サラシュティア フォブ レグルス!」

周囲の風がクライグの周辺で渦を巻き、彼の手足に吸収されるかのような動きを見せている。

「うおおお! すげえ、感じたことのない力! 風の祝福と風の息吹! ごめんな、これからはお前らと一緒に大切な人たちを守っていこうぜ!ってうお!」

その言葉に応えたのだろうか、構えた剣の刃に風が収束していきクライグの一振りで生じた衝撃波、いや真空の刃が大木を両断してしまったのだ。

「ぬあ! こ、これじゃ威力が強すぎて相手を殺しちまう!」

「ソニックブレードって奴なのかな? 魔法ってすごいな!」

光平までが興奮しているが、フィーネにとってもクライグの魔法剣技はかなりのものだと思えた。

 属性がこれほどまでにシンクロしていると、クライグだけのオリジナルスペルと言っても良いレベルだ。

 この後身体強化系に風の力を取り入れられるよう、【お願い】系ルートを使った呪文語尾を探り当てたクライグはしばらくの間、興奮してしゃべりまくっていた。

「兄貴、姉さん、俺の剣技さ少し整理してからまた来るよ!」

進むべき道が見つかった清々しい笑顔でクライグは王立治療院前の坂道を走り去っていった。

「よかった。一人の青年の未来が閉ざされずに済んだ」

「光平先生はきっと女神さまが遣わしてくれた、救世主なんだと思っています」

「やめてよそんな。でもあの時出会ったあの女の子なら事情を知ってそうなんだよね、いったい誰だったんだろう」

「不思議な女の子に導かれたのですか?」

「名乗った気がしたんだけど、なんだか思い出せないんだ」

二人で外のベンチに腰を下ろすと、なんとなく夕暮れを見ながら話をしていた。

 フィーネの横顔もあいかわらず美しい。

もう何回も訓練を続けてきたが、フィーネのサポートはありがたい限りで生き証人の存在感に大いに助けられている。

解呪時に消耗する体力低下現象も、フィーネの治癒魔法によって対処できている。黒霧手に立ち向かうには共に協力しなければいけない。

二人の戦いは続く。

 噂を聞きつけ近隣の農村からやって来た親子がいた。母親は払うお金がないので、自分を奴隷として売ってくるのでこの子の解呪を頼みますと土下座してきたことがあった。

奴隷制度があることに驚きつつも、光平はお金はいらないし治るまで空き室を使っていいと提案するとまるで神でも見るかのような視線で祈られてしまった。

 王都はそこまでではないが、農村では領主たる貴族たちの搾取が激しすぎてこのような考えになってもおかしくないのだという。

自身が貴族出身ということが、彼女にとっては負い目になっているのだろうか?

ここの運営資金もフィーネが実家を恫喝したことで維持出来ている状況であるが、なんとかこの親子のようなケースも解呪してあげたい。

 幸いにも、というか呪いを受けていた8歳児はs→t置換だったため、今では熱心にs音の練習に励んでいる。

「その女の子ってどういう姿形だったんですか? あれでしたら衛兵詰め所に聞いてみてもいいかもしれませんね」

「なんだかね、5,6歳に見えたんだけど髪の毛はキラキラしたライトブラウンで、眼が大きく綺麗で、そうだ年の割にはやたら髪が長かったなぁ。あの年頃で腰ぐらいまで髪伸びるもん?」



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