幻想世界のセラピスト ~言の音の呪いと聖賢の乙女~

鈴片ひかり

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サマリー5 騎士の鎧と歯茎弾き音

暗殺者

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 クライグが姿を見せなくなって一週間ほど。

日没前に訓練を終え、掃除や後片づけにいそしんでいたときだった。

フィーネは隣の王立治療院の助っ人に向かい、ルビナは食材の買い出しで光平は留守番をしながら訓練記録の整理をし終えた時である。

食堂でお茶でも飲もうと足を運んだところで、突如現れた黒いフードローブに仮面をつけた男が光平に向けて剣で切りつけてきたのだ。

「わっ!」

と後ろにすっころんで避けたものの、黒いローブの男は剣を振り上げながら襲い掛かって来た。

椅子を投げて距離を取ろうとするも、恐怖で足がうまく動かず出口付近で盛大にすっころんでしまった。

「いてて」

したたかに背中を打って呻く光平に黒いローブの男が距離を詰める。

振り下ろされた剣が光平の掴んでいた椅子の背もたれに突き刺さった。

「ひゃあ!」

思わず椅子から手を放し、勝手口から外へ転がり出たところで黒ローブが剣を突き刺そうとしてる姿が目に飛び込んできた。

ああ、まずい、このままじゃ殺される。串刺しにされたら痛いだろうなと思ったところで、聞き覚えのある声が轟いたのだ。

「あにきいいいいいいいい!」

その声に飛び退いた黒ローブの男は、クライグに恐れを為したのかすぐに逃げ去ってしまったという。

光平は痛みと恐怖でしばらくぼーっとしていたが、クライグが駆けつけてくれたおかげでなんとか助かったのだ。

「ありがとうクライグ君、命の恩人だよ~」

「無事でよかった! とりあえず次の刺客が襲ってくる可能性があるから、姉さんのいる治療院に避難しますほら兄貴、しっかり!」

なんて心強いのだろう。クライグは周囲を確かめつつ光平を護衛しながら無事治療院へと辿り着く。

クライグがフィーネを呼ぶ声が院内に轟き、慌てて治療エプロンを付けた彼女が駆けつける。

「姉さん! 兄貴が黒ローブの刺客に襲われた! 俺がなんとか間に合ったが警戒をたのむって!」

「クライグは先生を守って! おのれえええ!」

エプロンを投げ捨てたフィーネは短縮詠唱で身体強化術をかけるという離れ業をやってのけ、襲われたと思われる音無ハウスへ到着するもそこには争った跡と、わずかな血痕が芝生に堕ちている。

「まさか先生!?」

何者かが小石を靴で弾くか蹴った音が高台に続く坂道の方向から聞こえてきた。

既にフィーネの周囲には、苛烈な怒りに同調した炎の精霊たちが実体化し始めている。

あまりの怒りに感情が言葉として表現することすらできずにいるフィーネの前に現れたのは、生あくびをしながらだるそうに坂道を登ってくるキースの姿だった。

「うわっ! フィ、フィーネ様!? どうしたんですか? ただごとじゃ、えっと怖いです」

「キース!? あなた怪しい人影を見なかった!? 黒いローブを着た暗殺者よ!」

「え? 暗殺者って!? うそ、まさか!?」

「光平先生が狙われたの!」

「おっさんが!? えっとすぐに詰め所に戻って応援呼んできます!」


 結局のところ、光平は暗殺者によって右手を切られ僅かに出血していたものの毒などは問題なく、すぐに安堵しボロボロと泣き出し抱きついたフィーネによって治癒呪文がかけられた。

しかし……その呪文はまったく効果がなく光平の手に負った傷口からはいまだに血が流れている。

深くはないが20cmほどの切り傷よりも、ルビナが複製魔法で仕上げてくれたトレーナーが破れ汚れてしまったことのほうがショックらしい光平にクライグも呆れ気味だが、試しに他の治療師たちが呪文をかけても光平の怪我はまったく治らなかった。

「恐らくですが、光平先生の体には私たちのように魔力が流れていません。だから治癒力を作用させる呪文が発動しなかったのかもしれ……ません。ごめんなさい先生、私の力が至らないばかりに」

「何言ってるんだフィーネさん。僕のためにがんばってくれてありがとね、後で包帯巻いたり消毒してもらったりを手伝ってもらおうかな」

「私にできることならなんでも!」

「あとクライグ君は命の恩人だよ、ほんとありがとね」

「兄貴すまねえ! 俺がもうちょっと早く着いていたら怪我なんてさせなかったのによ!」

消毒での痛さに顔をしかめる姿をからかわれながら包帯を巻いてもらい一息つく光平。

フィーネはいまだに怒りを抑えきれず、周囲の魔力がスパークを起こしかけている。

 その後キースが呼んできた衛兵たちが周囲の捜索にあたってくれたが、当然証拠となりそうな物が出ることもなく引き上げていった。

「どうやら私が監視兼護衛として昼夜常駐することになりそうです。しかし言の音の呪いを解かれてまずい人間がいるということでしょうか」

「もしかしたらそいつの背後にいる連中が、言の音の呪いを振りまいているなんてことはないわよね?」

「フィーネ様、そのお考えは分かりますが今は落ち着いてください。魔力スパークで先生が気絶していますよ」

「いやあああ! 先生! 先生!」




 白薔薇剣術大会は一般公開されていないため応援に行けなかったものの、クライグはなんと優勝を勝ち取った。

一式鎧を着て現れた彼を皆が嘲笑したという。

だがクライグは心を乱されることもなく、風の祝福を受け高速移動で敵をかく乱し風の刃で相手の剣を切り裂き、決勝戦でさえ僅か10数秒で決着をつけるという前代未聞の優勝になった。

最初はバカにしていた貴族や騎士団OBなどを驚愕させ、短く移動中でも唱えやすい詠唱の組み合わせを駆使し魔法においても、剣技においても見事に圧倒した。

 騎士甲冑で怯むことなく攻撃を受け盾で守り打ちのめす騎士団の伝統とは大きくかけ離れた戦い方ではあったが、その鮮烈で真っすぐな剣技に人々は称賛の拍手を惜しまなかった。

優勝杯を受け取る際、騎士団長ファルベリオスがクライグに問うた。

「一式鎧にした理由を聞かせてもらえるかな?」

「理由ですか、身軽なほうが守りたい相手に手が届く気がしたんです」

「身軽か、ぐはははは! 面白い奴だな、騎士の鎧は己の心を移す鏡だと誰かが言っておったな。重い鎧にも軽い鎧にも、それぞれの役目があるであろう」


頭一つ飛びぬけると叩かれる。

だが二つ飛びぬけてしまえば、下手に叩かれなくなる。

 クライグは見事に逆境から栄光を掴むことに成功した。支えた家族と態度を変えなかった友人たち、そして真っ先に忠犬のごとく音無ハウスへやってきたクライグは訓練に訪れた親子たちに一日中剣術大会のトロフィーを見せびらかし戦いの模様を話続けた。

「まったくいつまで話続けるんだあいつは」

「そういうなってキース君。うれしいんだよ、自分の勝利を自分の言葉で誰かに伝えられる幸せを噛み締めてるんだろうね」

「気持ちが分かるから今日だけは自由にさせてあげますけど、明日からは邪魔させませんから」

そう言いつつも、フィーネも誇らしそうに微笑んでいる。

 一緒に魔法詠唱の短縮化と、【お願い】ルートや【手伝って】ルートの構築を行いかなり革命的な詠唱システムを開発できたという。

それはフィーネにとっても同じことであり、10数秒かかる電撃呪文の詠唱が走りながら僅か3秒ほどに短縮ができたことなどは軍事レベルでの発明であったため胸にしまうことにした。

 祝勝会のカレーやプリンを満喫し久々に楽しい夜を過ごした後、光平が片付けで席を外したタイミングを狙ってこう囁いた。

「いいかみんな、兄貴が治癒魔法を受け付けないって事実を絶対他の奴らに知られるなよ?」

「わかったわ」

「そうですね、刺客に知られては一大事です」

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