関西白星一昼夜物語

ゆん

文字の大きさ
6 / 10

 ところが、それから1週間後、例の居酒屋でまた会ったんよな。今度は俺もひとりで、向こうもひとり。


「井草さん!こんちは!こないだはどーも!」


 先に飯食ってた井草さんに近づきながら挨拶をすると、黙ったまま手を挙げて、それから自分の前の席を指差した。


「あ、ええんですか?後から誰か来たりとか」
「誰も来ん」
「じゃ、お邪魔さんです~」


 スーツの上着を脱いで4人掛けの奥の席へ置き、ネクタイを緩めて暑い暑いと手うちわで顔を仰ぎながら井草さんの向かいへ座った。井草さんはこの間と同じぴたりとフィットした黒い長袖Tシャツを少し捲っただけで、涼しそうな顔をしとる。


「真夏に長袖、暑うないんですか?」
「慣れとる」
「鳶さんですよね?炎天下の肉体労働っちゅうイメージですけど」
「直射日光を肌で受ける方が疲れんねん」
「あぁ、なるほど」


 こんな調子で井草さんはぽつりぽつりと必要最小限の言葉で話す感じやったけど意外と波長が合って、酒を飲みながら結構長い時間、色んな話をしてた。

 井草さんは鳶職の中でも足場鳶という、建築物を建てる時の足場を組む専門の職人さんやということ。大学では建築を専攻して建築士として働くはずやったのに、現場を見て回るうちに鳶職をやりとうなってその世界に飛び込んだこと。今26歳。彼女ナシ。

 俺は勉強があんま好きやなかったし家がビンボーやったから高卒。関西圏では中堅どころのスーパーに就職して今が3年目の21歳。彼氏ナシ。俺がゲイやっちゅうことはもう話す必要もなかったけど、何しろこんな不愛想でも優しいひとやというのは初対面の時のことでよう分かっとったから、まだ2回目やのに随分リラックスしてペラペラ話してしもた。


「母一人子一人の母子家庭に育ってゲイやなんて親不孝やなぁって思うけど、こればっかりはしゃあないしな。オカンは未だ知らんねん。彼女はおらんのんかって訊かれるたび笑って誤魔化してな。悪い息子やで」


 それは独り言みたいなもんで、特に返事は求めてへんかってんけど──

 
「そんなもんやろ。俺も話してへんし」


 そう、返って来て。
 ん?俺も?その、も、はどこにかかる、も? 


『俺もゲイっちゅうことは家族に話してへん』 という意味に取りそうになるけど、井草さんがゲイなら最初の方で匂わせてくるやろし、じゃあどういう意味やねんって、ぐるぐるぐるぐる考えた。そんな俺の顔を見て、井草さんが微かに笑った。


「何。何が可笑しいん」
「別に」
「別にちゃうやん、笑ったもん、今」


 いつからかタメ口になりながら下から覗き込むようにすると、 井草さんは今度ははっきり笑って「俺も、お前とおんなしってことや」 と言って店員を呼び、焼酎のロックを注文した。
 俺は声を最小限に絞って、まるで口パクみたいに 「井草さんもゲイってこと?」 と訊きなおした。無言は肯定の意味。


「なんなん!早うゆうてや!」
「わざわざ言うことでもないやん」
「や、俺がそうって分かってんねんから!ゆうやろ、そこは!」


 なんや、ほんまに嬉しゅうて……色々一気に超えてまうやん。

 その日の夜──居酒屋を出てそのまま井草さんちに行って、寝た。好きや、とか、付き合おう、とかそんなんあらへん。ああ、ええ奴やなぁってだけでもう、そこはOKやもん。
 そんで次の朝に連絡先を交換して、時たま飲んで、寝て。そのうち、居酒屋行かんと直接井草さんち行くようになって、向こうは俺を慧斗って呼んで、俺は彬光って呼ぶようになって。家事が割と得意な俺が彬光んちにあれこれ手ぇ出すようになるまでひと月かからへんかったなぁ……



「なぁ、それ旨い?旨いやろ?外はカリッと中はジューシーハンバーグ、火加減、めっちゃ工夫してんで」

 折り畳みテーブルに並べた夕食を挟んで訊くと、彬光は旨い、と口に飯が入ってくぐもった声で答えた。旨い、以外の答えは求めてへんからウンウン頷きながら自分もモリモリ食って、それでむっちゃ幸せで。
 だって改めて見ても彬光、めっちゃタイプやし。主に体が。誠也も体格はええ方やったけど、誠也を四駆のオフロード車としたら、彬光はダンプって感じ。もう筋肉の付き方が全然ちゃうねん。自分があんま筋肉つかへん方やから惚れ惚れする。それも見せかけの筋肉ちゃうもん。日に焼けて、汗水たらして付いた、ほんまもんの筋肉やもん。
 風呂上がりのパンイチの彬光を見ると、つい近寄って触ってしまう。ぱん、と張った弾力のある胸に手を触れ、肩から腕にかけての筋肉の曲線を確かめて、彬光が片腕で俺を抱き寄せたら、両手を後ろに回して硬いケツを揉む。


「揉むなや」
「え~~揉むやん、こんなん。彬光、ほんまええケツしとんで。ぷりっぷりやもん。ぷりケツ」
「もっと色っぽいこと言えへんか」


 笑いながらキスして、締まって重い体に伸し掛かられて、軽々と押し開かれて、声が掠れるまで喘いで。いわゆる蜜月が過ぎても、始まりがそんなんやったからあんま変わらんと月日が経って、でもそれやからこそ3年経って互いに不満が募ってきた時、振り返れば ”好き” とかって言いおうた記憶もなくて、気付けばそれは不確かな足場で、二人で生きるこの先、を考えるにはあまりにもあやふややった。

 それでも、ないわけやない。俺と彬光が一緒に過ごした時間も濃度も証明はできひんけど、俺たちの間になんもないとか、そんなわけないやん。

 彬光が宇宙人に乗っ取られてから気づくなんて、遅すぎやけどさ。



感想 0

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡