魔樹の子

クラゲEX

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ハリブ編

ショウシツ

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それから二日は日常そのものだった。
いつもの買い出し、いつものように食卓を囲み、いつものように寝ていた。
あまり深く夢について考える事もなかった。
ハリスに相談しようともおもったが彼が責任感から負い目を背負って欲しくは無かった。

鍛錬も佳境を過ぎ、同時展開も無詠唱も成功率は八割を超えた。

修了までにもう微塵も猶予はない状態となっていた。


「もう僕から教えることは無いかな。」

協会の依頼の受け方、ちょっとした実践、魔術の技術、歴史、地理、それと料理の仕方。
 最後はあまり身に付かなかったが、目的としていた魔術の学習は終わった。

明日にでも出るか。
次は丘を3つに獣の森を抜けなければ着かないが、いつまでもここで立ち止まる訳には行かない。
そんな気持ちが今までよりも強くなっている。離れたくない気持ちは相変わらずだが旅が夢では無く、義務とでも思わせる程に
行かなければと俺を奮い立たせる。

「明日にでも出ようと思います。」

今度は逃げるように去ることはしない。
ちゃんと正面を見て別れを発する。

「そうかい、寂しくなるな。」

悲しそうな顔を浮かべる彼になんて声を掛ければ良いのだろうか。
俺はここに来てから一度も恩返しとも言える恩返しが出来ていない。
最後に、いや、これから返して行くために。

「すみません、もし、良ければ何ですが、
少しだけ、次の國、いやハリブの門前まででも良いです!一緒に旅をしてくれませんか?」

最後の方は自分の心臓の音が煩くて何を言ってるのか分からなかった。
けど、彼にはその想いが通じた様だった。

「門の前までって、旅じゃないだろうに」
はにかみながら頷く。

その対応にとても震えた。嬉しさのあまりガッツポーズを取るほどだ。
緊張の糸が切れたのか告白から直ぐに身体がへなついた。
そんな俺を見てハリスは笑った。

これからの旅も一人じゃない。
ハリスが居てくれるんだと思うとまた嬉しくなる。
昨日は結局準備がまともに出来ずハリスを困らせてしまったが、深夜から起き続け準備は完璧。
早朝4:30。早く出るに越したことはない、とハリスから提案された時間に全て旅に出る準備は整った。
「よし、行こう!」

意気揚々と家の扉を二人で開ける。
ここから二人の本格的な旅が始まる。
そう思った。しかし違った。目の前に立っていたのは魔樹教の樹官二人。
異端と認定された災厄を祓う機関の人間が何故?その答えは彼らの口からすぐに出た。

「ハリス・バーンだな。貴様には異端者の疑惑が掛けられている。同行願おうか。」

異端者?ハリスが?可笑しい変な夢を見せる程度の彼が認定などされる訳が無い。

「すいません、彼は魔者であるだけで異端者では無いと思うのですが。」

「魔物…お前はどの様な術を使うか知っているか?」

無表情ながらも威圧的にこちらを見て話を振ってくる。恐怖で身体が動かなくなる。蛇に睨まれた蛙、ガーゴルに見つめられた餌。
息が荒くなるばかりで何も言えない。

ハリスの方からも異様な音が聞こえる。
呼吸の音なのだろうがとてもそうとは思えないほど不規則な上に大きな音だった。

「その怯え様に魔者の証言、ハリス・バーン来てもらうぞ。」

樹官に連れて行かれた者のその後は分からない。連れて行かれた彼らは一生解放されることはなく、樹官らの測りで殺されるからだ。終いには仲間の異端者候補の居場所を吐かせるための拷問も良しとする。
皮を全て剥いでからの塩漬け。ショック死や失血死などをせぬよう適度に治療されながらずっと苦しむ。
逃れることもできない。身体の何処かに樹官の枝を埋め込まれ、その信号からすぐに居場所は特定される。

つまり…ハリスはもう帰って来れない。
また会えたとて、その時にヒトの形を保っている可能性は極めて低い。
俺は心を決めた。元から決断していたことに更にキツく縄を絞めた。

足が動く。手も握れる。枝は元から持っていた。やる事は一つ。 

無詠唱で魔術を唱え、
黒煙に紛れてハリスと逃げた。
樹官らはすぐに反応し、
身をとてつもない速さで翻す。
まるで魔獣、反応速度はヒトのものとは思えないほどだ。そんな化け物の足が遅い訳なく、身体強化を施していつもの三倍は早くなっている筈が一瞬にして追いつかれる。
即座に防御体制へ入るが肉体と魔術の壁もあっさりと壊され、吸い込まれるように、横腹に鉄の脚がめり込む。
其の一撃は重く、身体の全機能を不能に陥れるに足る一撃だった。

ハリスは剣を抜くも即座に折られる。
仕込まれた枝も一瞬にして奪われ、無力化の後に馬乗りにされていた。

息は出来ず、足は動かず、枝を握っていた筈の手はいつの間にか枝を離していた。
考えも纏まらない。何をすべきかも分からな


男が近づき枝を目の前に突き出し
言葉を放つ。
「不浄の眼を焦がせ。」
瞬間_燃えた。ジュッと肉体の芯に取り戻せない断末魔が響き渡る。
「ガッっ__アっ_グュ」

目が見えない、片方は生きてる。けど
いたくてどちらも見えない。

いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい。

ハリスを見ると体をさぐられていた。
うごいていない。されるがまま。

「見つけたぞ、コイツは右眼だ。眼の裏に術式が刻んである。」

目をくり抜かれて動かないハリス。

やっと正常な考えを出来るほどには頭が冴えてきた。突然の攻撃に右目の負傷。
ハリスが動かなくなったことに対して悲しみも怒りも浮かばない。
ただ恐ろしくここから逃げたい一心。

ハリスを連れて…


と言っても無理だった。逃げるための足はもう無かった。
その上枝もない。
あれだけ頑張った魔術も意味を成さない。
抵抗の余地は端から存在していなかった。

「頭にも刻印が残っている。本体の右目はここでこいつ諸共燃やす。コイツ、殺す気はなかったが、さっきのでよく分かった。コイツも魔者だ。異端者を庇ったことも重罪、燃えない部位以外全て燃やし尽くす。」

ハリスの右目が転がって来る。
俺とは違う青い瞳の眼。
俺の蒸発して空となった右を摩る。
目を瞑り、死から目を背ける。



ぞぷん。

何かが身体に入った。いや、何かではない。
彼の右目だ。瞼が焼失した右側に土足で踏み入って来た。

根付き、繋がり、何かを刻まれる感触を味わう。
ゆっくりと自覚して自分が産まれ変わる。
気持ち悪くも痛くもない。

繋がり終えた後、過去の情報がが流れて来た。



「全てを燃やせ。」

その合図と共に燃え尽きる筈が
燃えはしなかった。

口から出たあの夢のよく分からない言語。

それが魔力を収束させ、樹官の魔術を相殺し、焼却を防いだ。
樹官は驚きながらももう一度唱える準備を始める。

私の魔術ではコイツらを倒せない。

だから、今防いだあの言葉に相手を踏み潰す意思を乗せて口に出す。

「--・-・ --・- 」

即座にその言葉は周囲を支配し、一帯の生気を奪い尽くした。

二人の樹官も他と同様に、奪い尽くされ横になっている。

こうして旅の再開は、
最悪の幕を開けた。


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